7話 朝の日常
2年生になった初日から1週間が経った。
今でもひまりの積極的な態度は続いている。
机の中に自分の教科書を隠して、科目先生に教科書を忘れたと嘘の報告をする。
光輝の机と机を合わせて、2人で授業を受けたりしている。
科目先生の目が光っているので、特に接近したりしていない。
ただ隣に座っているだけなのに、ひまりはとても嬉しそうだ。
最近では、普通に並べている机の位置も10cmほど光輝の席に接近している。
どこまで一緒にいたいのだろうと思ってしまうが、絶世の美少女に慕われているのだから気分は良い。
朝5時に起きて、いつものようにジャージに着替えてアパートを出て、10kmのランニングに出かける。
そして、アパートの近くの公園で、筋トレを行って、爺ちゃんに教えられたように、合気道の型の訓練をする。
爺ちゃんも父さんも母さんも警察官だったらしい。
らしいというのは、父さんと母さんは何かの事件に巻き込まれて殉職して、この世にはいない。
幼少の頃から爺ちゃんに引き取られて、爺ちゃんと婆ちゃんに育てられた。
爺ちゃんは元警察官だけあって、厳しい躾の人だった。
それに、幼少の頃から、空手、柔道、日本拳法、合気道の基礎を叩き込まれた。
三雲高校に入学をしたのを期に祖父母の家から出て、自分で安アパートを借りて生活している。
婆ちゃんも躾には厳しい人だったから、家事全般は幼少の頃から教え込まれた。
今も日課となっている朝の修練を終えて、自宅へ帰って牛乳を一気に飲む。
汗をかいたので、シャワーを浴びる。
一気に熱した体の熱が奪われて、気持ちがいい。
昨日の夜にアイロンがけしておいた、制服のシャツに手を通して、学校へ行く準備をする。
スマホのバイブが鳴る。
いつものように着信履歴を確かめて、スマホを耳に当てる。
ひまりの少し鼻にかかった甘い声が聞こえてくる。
《エヘヘ……起きてる? いつものモーニングコールだよ。今日も良い天気だね。光輝に会うのが楽しみ》
《ありがとう。今、ひまりに起こしてもらったところだよ。いつもありがとう。今日も良い天気だね》
ひまりの嬉しそうな声を聞くと、毎朝5時に起きていることは言えない。
スマホから少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうなひまりの声が聞こえてくる。
2年生の初日に連絡先を交換してから、毎日のようにモーニングコールをしてくれる。
始めは戸惑ったが、今ではひまりとの朝の挨拶となっている。
《今日も早く教室に行って待ってるね。なるべく早く来てね》
《わかった。いつもの時間に登校するよ》
ひまりから聞いたのだが、ひまりのご両親は2人共に芸能人らしい。
ひまりの家は少し学校から遠い場所にあり、自転車通学は無理らしい。
だからひまりは毎日、運転手付きの自動車に乗って学校まで通ってきている。
さすが芸能一家といった感じだ。
光輝は学校に行く準備を整えて、アパートに鍵をかけて登校する。
最近では、ひまりが定時30分前には学校に登校しているので、光輝も30分前に登校するようにしている。
定時30分前の教室の中は、ほとんどの生徒はまだ登校していなく、生徒達はまばらだ。
学校に着いてから何か2人で特別なことをしているわけではない。
2人で学校の勉強の予習と、宿題の答え合わせをしているくらいだ。
どうしてこうなったのかは、ひまりが宿題をよく忘れてくるからだ。
ひまりの成績は中の中ぐらいで、良い成績とも言いにくい。
それよりも宿題忘れが多い。
いつも家に帰ると宿題のことを忘れてしまうことが多いそうだ。
毎日、宿題しているか確かめるのも面倒だし、登校してから一緒に確かめるようになった。
ひまりはさすが芸能一家の娘だけあって、記憶力がいい。
学校で先生が言っていたことも、黒板に書いたことも、全て覚えていることが多い。
しかし、勘違いも多いのが少しだけもったいない。
「こうして2人で机を並べて勉強していると、本当の恋人同士みたいだね」
「……」
光輝はまだひまりの告白に対して答えていない。
ひまりは絶世の美少女で可愛いと思うのだが、自分には不釣り合いだという気持ちが大きい。
なんと答えていいのかわからない。
だから、まだ保留状態だ。
最近では、ひまりと一緒にいることも多いので、時々、ひまりがこういった感じで答えを催促してくる。
今まで女子とほとんど話したこともない光輝としては、どう答えていいのか、本気で悩む。
「ひまりと一緒にいるのは楽しいよ」
「私も光輝と一緒にいて楽しい」
ひまりからもこれ以上の催促はしてこない。
それに甘えるのはいけないことだと思いつつ、未だに答えを出せないままになっている。
「焦ることないからね。私のこと十分に理解してからで答えはいいから。私、今でも幸せだから」
「ありがとう。情けない男でごめん。ひまりは俺にはもったいないと思う」
「そんなことないよ。光輝のほうが私にはもったいないと思ってるもん」
2人で一瞬だけ見つめ合って、2人共に顔を真っ赤にして、俯いて黙ってしまう。
焦ることはないとひまりは言ってくれる。
今の状態のひまりとの心の距離感でも十分に光輝は幸せだと思う。