6話 学食にて
慎吾は厳めしい顔を険しくさせて、光輝達の席へ近づいてくる。
先ほどは、適当なことを言って言いくるめられたが、今回はそういうわけにはいかない。
ひまりは何も知らずに笑顔で隣に座っている。
「ひまり……お前のことで噂が流れている。あれは本当なのか?」
「何の噂なの? 私、噂が多いから、どれだかわからないよ」
「お前が1人の男子を好きになったという噂だ」
「あ……それね。本当だよ。紹介するね。私の大好きな光輝。1年生の時からずっと大好きだったんだ。やっと今日になって光輝に打ち明けたの」
慎吾はその言葉を聞くと、顔色がはじめは青くなり、それから段々と赤色に染まっていく。
厳つい顔がもっと険しくなる。
「俺はそんな男子は認めない。そんな貧弱で、ひ弱そうな男子のことなど絶対に認めん」
「お前はお父ちゃんか」
「雄太は黙ってろ。これは俺とひまりと光輝の問題だ。お前は部外者だ。ひっこんでろ」
「光輝は俺の友達なんだよ……だから黙ってられねーな。何なら俺が喧嘩を買ってやろうか」
雄太が席から立ち上がって、両手の拳を握って、席を回り込んでくる。
雄太が歩いてくる間に、ひまりが席から立ち上がって、慎吾の目の前に立つ。
スタイルの良い腰に両手を当てて、胸を張って、少し怒った表情をしている。
「私は誰のものでもないよ……慎吾に何もいう資格なんてないし、慎吾に許してもらう必要なんてない。私が何をしようと私の自由でしょ……私が誰を好きになっても自由じゃん。文句いわないでよね」
「だが……ひまりにはもっと似合った男子がいるだろう。そんな影の薄い男子のどこがいいんだ?」
「そんなこと関係ないじゃん。影が薄くたっていいじゃん。私が好きなんだから……それでいいじゃん」
慎吾の頭の中に叩き込むように、ひまりの言葉が叩き込まれる。
その度に大柄な慎吾の体が縮んでいくように見える。
「せっかく光輝と昼休憩を楽しもうと思ったのに、台無しじゃん。光輝、教室へ帰ろう」
ひまりに手を強引に握られて、席を立つ。
武彦がトレイを片付けてくれている。
今まで動かなかった慎吾が急に振り返った。
「光輝……今度、会った時に話がある」
雄太が代わりに答える。
「お前と話すことなんて、光輝にはないってよ。喧嘩なら俺が相手するぜ」
ひまりに手を引っ張られて、廊下を2人で歩いていく。
その後ろを雄太と武彦が続く。
振り返ると、慎吾がパイプ椅子を蹴飛ばしていた。
ひまりに言い返せなかったので、怒りがたまっているのだろう。
今度、出会った時に問題が起きるかもしれない。
光輝は内心で覚悟を決めた。
ひまりは教室に着くまで、光輝の手を離さなかった。
生まれて初めて、女子と手をつないでいるのかもしれない。
ひまりの手はとてもツルツルして、柔らかくて、体温が伝わってくる。
手をつなぐって、とても気持ちがいいんだな。
教室の中へ入ると渚が武彦の席に座って手を振っている。
俺は自分の席に座って、雄太も自分の席に座る。武彦は雄太の前の席に座った。
ひまりは自分の席に座ると、食堂でのことを渚に説明する。
「慎吾にも困ったモノね」
渚は少しだけ困った顔をして微笑む。
どこまでも清楚さが漂う女子だ。
そこにいるだけで、おっとりとした淑やかな雰囲気になる。
ひまりも渚に愚痴を聞いてもらってスッキリしたようだ。
「これから光輝が学食へ行くのは危ないよ……絶対に慎吾に絡まれるから」
「そんなことを言っても、俺は弁当を作ったりしないからな」
「明日から、私が手作りしてあげる。だから一緒にお弁当を食べよ。渚もいるから3人で」
渚は何も言わずに光輝に微笑んでいる。
ひまりは本気のようだ。
女子の手作り弁当など男子からすれば憧れの的だ。
隣の雄太と武彦からの視線が突き刺さる。
「それはありがたいんだけど……それだと何の解決にもならないと思う。ただ、ひまりに守られて逃げているなんて、なんだか最低な男子じゃん。それはダメなような気がする」
光輝は今、思ったことを素直にひまりに打ち明ける。
ここで光輝が逃げたら、もっと慎吾の怒りに火を注ぐことになるだろう。
手作り弁当は嬉しいが、女子2人と教室で弁当を食べるのは少し恥ずかしい。
それに、男子同士の友情も大切だ。
「慎吾が本気で喧嘩を売ってくるなら……今度は俺が喧嘩を買ってやるから安心しろよ」
雄太が胸を張って言い切る。
頼もしい友人を得たものだ。
「私……あまり喧嘩のする男子って好きじゃないかも……もっと紳士な男子がいいわ」
渚がさりげなく、雄太のことを批判する。
すると今まで胸を張っていた雄太の元気がなくなる。
「男子の魅力って喧嘩じゃないと思う。そんなの強くても何の魅力にもならないじゃん。男子は優しさだと思う」
ひまりの言葉が追い打ちとなって、雄太は黙ったまま撃沈された。
隣で武彦が笑っている。
雄太は八つ当たりで、武彦の頭を持ってヘッドロックをかける。
武彦がいつものように悲鳴をあげる。
それを見た、ひまりと渚が楽しそうに声を出して笑った。
こんなに楽しい昼休憩は高校に入学してから初めてかもしれない。