50話 ひまりの嫉妬
「光輝の幼馴染だから、一応は穏やかにしていたけど……やっぱり香織のことが気に入らないし」
家に帰ってくると、ダイニングに座ったひまりが、プリプリと頬を膨らませて抗議をしてくる。
自分の知らない光輝の過去を香織が知っていることが気に入らないのだろう。
光輝もひまりの過去を知っている男子が現れたら嫉妬すると思うから、ひまりの気持ちはわかる。
「光輝って幼稚園の時……すっごく香織と仲が良かったんだね……」
「家が隣の幼馴染ということもあるし……幼稚園の頃の俺は泣き虫で、皆に虐められていたから。香織によく助けてもらったんだよ。香織は男勝りで勝気だったから」
「それで香織のことを好きになって、キスまでしたんだ。結婚の約束までしたって……何? 絶対に許せない」
「幼稚園の頃の園児の思い出じゃないか。ひまりも好きな男子の1人ぐらいはいただろう?」
「私は英才教育だったから、家に家庭教師が来てたの。だから幼稚園に行ったこともないし……好きな男の子もいなかった」
確かにひまりの家は大金持ちだ。家庭教師をつけて英才教育を施すくらいのことはするだろう。
ひまりは幼稚園の頃、同年代の友達達と遊んだことがなかったのか……それはそれで不憫だと思う。
光輝にとって幼稚園は虐められに行くようなものだったが、香織がいたおかげで、皆とも仲良くやってたし。
「私……まだファーストキスを守ってるのよ。なのに光輝は香織と幼稚園の時に簡単にキスしてるなんて……もう光輝のファーストキスをもらえないじゃない」
だから幼稚園の頃のことはノーカウントにしてもらいたい。
まだ、物心もついていない、幼少の頃の話だ。
そのまま聞き流してくれてもいいだろう。
「結婚の約束って何?……もし香織が今でも本気で結婚の約束で夢見てたら、強力なライバルじゃない」
幼少時代の幼稚園での約束を、未だに覚えている香織が変であって……通常は忘れていくものだろう。
なぜ、女性というのは、過去の記憶を鮮明に持っているのだろうか?
大事なのは今だと思う……しかし、今のひまりにそれを言っても通用しない。
「もちろん結婚の約束は破棄だ。もう既にひまりと一緒に同棲しているし……俺はひまりのことが好きだ」
「そんなの口だけで、心はわからないじゃない。口でなら何とでも言えるわ」
では……どうやって行動で示せというのか。
ひまりと今すぐ結婚式をあげたら、納得してくれるというのか。
それは、いくらなんでも非現実的すぎる。
「まずはキスよ……問題はキスなんだし……私とキスして、香織との思い出を消して……」
いきなり、そんなことを言われても心の準備ができていない。
ひまりは光輝に近寄って、上目遣いで目を潤ませて、顔を寄せてくる。
ひまりのきれいな顔が段々と近寄ってくる。
心臓が跳ね上がるほとドキドキして動悸が止まらない。
「浩平も言っていただろう……不純異性行為はやめるようにって……キスは不純異性行為にあたるから、今はしてはダメだよ」
「香織ならチュッチュとするのに……私だとキスもできないというのね」
ひまりはダイニングの椅子に座って、顔を隠して泣いているが、涙が出ている様子はない。
たぶん、これは嘘泣きだ。
「キスなんていうのは、甘いムードになって、お互いに気分が高まった時にするもんだ。学校から帰ってきていきなりキスしろと言われても、キスなんてできないし困るよ」
「香織とは甘いムードだったのね」
「だからそれは幼稚園の頃の話だと言っているだろう。幼児なんだから甘いムードなんてわかってないよ」
「ムウ―――!」
「私、仏壇のお父様とお母様に報告してくる」
ひまりは自分の部屋へ鞄も持って行ってしまった。
もし、仏壇に、父さんと母さんがいるなら、荒ぶるひまりの魂を鎮めてください。
平安なひと時が訪れるようにお願いします……
光輝は自室へ入って、鞄を机に置いて、制服のシャツとズボンを脱いで、私服に着替える。
そして、ダイニングへ行って、紅茶を入れて、平和なひと時を過ごす。
ひまりが部屋から出て来て上機嫌な顔をしている。
「甘いムードがないというなら、甘いムードを作ればいいのよ……私って頭いいし」
ひまりは何か悪知恵を働かせたようがだが、
光輝としては、そんな作り物の甘いムードでキスするつもりはない。
本当にひまりを愛しく思った時にキスしたかった。
「今日は私がスーパーへ買い物に行ってくるから、預けているクレジットカードを返して」
「クレジットカードなら仏壇の棚に入れてあるぞ」
ひまりはニンマリと微笑んで、仏壇からクレジットカードを出して財布の中へ入れて、スーパーへ買い物に出かけた。
ひまりが何を買ってくるのか……非常に不安にかられるが、スーパーなら無茶なものは売っていないだろう。
ひまりがいなくなった、平和なひと時を今は満喫しようと、光輝は紅茶に口をつける。




