42話 合い鍵
伊集院秀樹は何度も光輝に握手をして「ありがとう」と言って、リムジンで去っていった。
「とりあえず、ひまりは俺の隣の部屋を使ってくれ。仏壇を置いたままだけど、大丈夫か?」
「私、仏壇の部屋でいい。毎日、仏壇に手を合わせるから。毎日、謝りたいし……」
「何回も言っているが、ひまりが謝る必要はないんだよ……拝んでくれるのはありがたいけどな」
とりあえずダイニングに並べられている荷物をひまりの部屋へ入れて、ひまりに整理してもらう。
女子の荷物なだけに、男子の光輝が気軽に手伝うこともできない。
光輝はダイニングのキッチンで紅茶を淹れて、ひまりの片付けが終わるのを待つ。
そして2人そろってテーブルに座って紅茶を飲む。
「私のために光輝に迷惑をかけちゃって……本当にゴメンね」
「もう謝るのはなしだ。ひまりを預かったんだから、ここはひまりの家だ。ひまりもリラックスしてくれ」
「本当なら超嬉しいんだけど……今はそんな気分じゃないし……」
「ひまりの気持ちはわかってるつもりだ……無理に元気になれとは言わないよ」
こういう問題は心の問題だ。
他人が注意しても何の役にも立たない。
ひまりが心から納得すれば、いつもの元気が戻ってくるはずだ。
光輝は気長にひまりの回復を待つことにした。
「ひまりに合い鍵を作ってあげないといけないな。いつも俺が部屋にいるとは限らないからな。今から合い鍵を作りに行こう」
「光輝の家の合い鍵……それってまるで同棲みたい」
「俺とひまりは、ひまりのお父さんの公認で同棲することになった。本物の同棲だ」
「本当なら、すっごく嬉しいはずなのに……私、へこんでばかりでゴメンね」
「いいよ……そういう気分の時もある。今から外へ出よう」
スーパーの隣に鍵屋があったはず。
外へ出たら、ひまりの気分も少しは変わるだろう。
光輝はひまりと手をつないで、部屋を出て、家の鍵を閉める。
細い道路だが、車の往来が多い。
歩道がないので、2人で道の端を歩く。
いつもなら、寄り添ってくるはずのひまりが、今日は光輝と少しだけ距離を取って歩く。
光輝はつないでる手をギュッと握って、ひまりを自分の近くに寄せる。
「広がって歩くと、危ないから、もう少し近くに寄ってていいよ」
「うん……わかった……」
2人で手をつないで、光輝が車道側を歩いていく。
6月も近くなり、日差しが厳しい。
普段は近いスーパーなのに、今日は少し遠く感じる。
合い鍵屋に寄ると、30分ほど時間がかかると言われた。
合い鍵屋に自分の家の鍵を預けて、スーパーへ逃げ込む。
スーパーの中はひんやりしていて気持ちがいい。
スーパーのアイスコーナーへ行って適当にアイスを買う。
スーパーを出てからひまりにアイスを渡した。
「このチョコバニラアイス……光輝の家に初めて泊まりに行った時に買ったアイス」
「本当だな……よく覚えてたな」
「もちろん覚えてるもん。大好きな光輝の家に泊まったこと、全部覚えてるもん……それなのに……私、ごめんなさい」
突然、スーパーの前でひまりが屈みこんで泣き始めた。
慌てて、光輝がひまりの背中をさする。
ひまりは嗚咽をあげて、目から大粒の涙を流して、地面を濡らす。
「私が誘拐されたから、光輝の両親が殺されちゃったのに、光輝に優しくしてもらって、ゴメンなさい」
「だから、ひまりのせいじゃないって言ってるだろう。悪いとすれば、それはひまりを誘拐した犯人で……俺の両親を銃で殺した犯人だ。全て犯人が悪いんだ。ひまりは1つも悪くない……ひまりも被害者なんだよ」
「私も被害者……?」
「そうだ……悪いのは全部、犯人だよ。ひまりも、俺の両親も被害者なんだ。ひまりは生き残った、俺の両親は死んだだけの違いだ。全ては犯人の責任だ。ひまりだけでも生き残れて、俺は嬉しく思ってる」
最悪は犯人の銃で撃たれて、ひまりも両親も、3人共殺されていた可能性もあった。
ひまりだけでも助かったのは奇跡かもしれない。
犯人が銃で撃ったから、両親が死んだ。
「じゃあ……私が悪くないの?」
「全部、犯人が悪い。それだけは確かに言えることだよ……だから、ひまりは何も悪くない」
「それじゃあ……光輝のことを好きでいていいの?」
「もちろん……それはひまりの自由にしていい」
ひまりが立ち上がって光輝の胸の中へ飛び込んでくる。
そして胸の中で「ありがとう」と涙を流す。
光輝もしっかりとひまりを抱き留め、背中をさする。
段々とひまりは泣き止み、呼吸が落ち着いてくる。
「光輝が私のことを許してくれるから、私も私のことを許す。絶対に犯人のことは許さない」
「ひまりはそれでいい。ひまりは被害者なんだから」
2人で合い鍵屋に寄って、自宅の鍵と合い鍵を受け取る。
光輝はひまりのきれいな手の平の上に合い鍵を乗せる。
「これ……もらってもいいの?」
「これから一緒に住むんだからな……いらないなら返してもらうぞ」
「絶対に返さないし……光輝の傍から離れないから……」
ひまりは久々の笑顔で、光輝に抱き着いた。
光輝は優しく、ひまりを抱き寄せて微笑んだ。
どうやらひまりの元気は、ずいぶん戻ってきたようだ。




