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41話 同棲の始まり

「すまない……突然、訪問したことをお詫びする。光輝くんの家にご両親の仏壇があると聞いて、私も仏壇に手を合わせたいと思って来たんだよ」



 体育祭の代休の日にひまりの家に行き……それからは普通に学校に通っていた。

ひまりは元気がなく、なぜか光輝を見ると顔を赤くして、何も言わずに黙っていることが多かった。

次の土曜日に突然、伊集院秀樹とひまりが光輝の家を訪問した。


 仏壇に手を合わせにきてくれたのは、正直に嬉しく思う。

伊集院秀樹は仏壇の前で、泣きながら手を合わせて拝んでいる。

その後ろで、ひまりもハンカチで目を拭きながら、拝んでいる。


 そのことで光輝が混乱しているわけではない。

光輝が混乱している理由は、家令の柴田さんが運び込んだ荷物だ。

荷物で家中が埋まっている。

これはどういう意味なのだろうか……考えれば、考えるほどに混乱する。



「仏壇に手を合わさせてくれてありがとう……胸の内が軽くなった」



 伊集院秀樹がそう言って、優しく光輝を見つめる。



「これからはひまりを頼む」



 そう言って、伊集院秀樹は部屋を出て行こうとする。

その腕をとっさに掴んで、引き留める。



「一体、どういう意味ですか? 全く意味がわかりません。 意味がわかるように俺に話してください。飲み物ぐらいは出しますから……ゆっくりとしていってください」



 伊集院秀樹は理由も話さずにすぐに帰るつもりだったらしいが、光輝は帰すつもりはなかった。

きっちりと理由を聞かせてもらわないと納得ができない。



「君が帰った後にひまりと少し話をしたんだ……このまま君と付き合っていいのか、ひまりはすごく悩んでいた」



 あの日、突然にひまりも自分の過去を聞かされた。

混乱して当たり前だと思う。

光輝はひまりを庇って、殉職した警官の息子。

ひまりがそれをどう受け止めたのかはわからないが、混乱したことは予想できる。



「ひまりは、自分のせいで光輝くんの両親が銃で撃たれて死んだと思っている……ひまりは自分が誘拐されていなければ、光輝くんの両親が生きていたと考えた……そして今もそのことを悔やんでいる」



 ひまりには悔やんでほしくない。

それは他界した両親も望んでいないはずだ。

両親は警官の職務を全うして殉職したのだから。

光輝はひまりをジッと見つめる。



「ひまり……俺の両親はひまりを庇って殉職した。でもそれは警官の務めを全うしたということだ。俺の両親もひまりに悔やんでほしいなんて思っていない。だから、いつもの元気で明るいひまりでいてくれ……それが俺の両親の望みだと思うから」


「光輝はそういうけど……やっぱり私のせいだと思うし……私が誘拐なんてされなければ事件はおきてないし……光輝の両親も生きていたはず……だから、ゴメンなさい」


「ひまりが誘拐されたことは仕方のなかったことなんだ。7歳の幼児に何もできることなんてない。ひまりが責任を感じることなんてないんだよ……これはひまりが責任を負うことじゃない……それを俺の両親も望んでいない」


「お父様にも同じことを言われたけど……やっぱり私のせいだと思うの……ゴメンなさい」



 ひまりは目から大粒の涙が頬を伝って、流れ落ちる。

それを必死でハンカチで拭いている。

その姿は、今までもひまりではなかった。

このままでは、ひまりが責任に押しつぶされてしまうかもしれない。

それは光輝の本意ではない。



「先日から、こういう状態が続いていてな……学校も行きたくないと言っていたんだが、無理に登校させていたんだ」



 伊集院秀樹も困った顔で、近況を光輝に話す。

ひまりの近況はわかったし、ひまりの状況も理解できた。

しかし、この大量の荷物がわからない。



「最近のひまりの近況はわかりました。なんとか元の元気で明るいひまりに戻ってもらう必要があることも……このままでは、ひまりがダメになる」


「光輝くんもそう思ってくれるか。では、これからは一緒にひまりと暮らしてやってくれ。では、私は帰る」


「ちょっと、待ってください。ひまりの近況と、この荷物との関係が俺にはわかりません。そこがさっきから疑問なんですよ。きちんと説明してください。説明してくれるまでは帰しません」



伊集院秀樹が複雑な顔をする。

あまり説明したくはなさそうだ。

イヤな予感がする。



「このままでは、ひまりが光輝くんからも、学校からも逃げ出す可能性がある。学校に行かなければ光輝くんと顔を合わさなくてもいいからね。そうなったら、最悪は転校も考える必要がある」



 自分が三雲高校に通っていることで、ひまりが光輝と顔を合わせたくないので転校するというのは、光輝にとってもショックな出来事になる。

転校したからと言って、元のひまりに戻る可能性も少ない。

できればその方向へ話が進むのは避けたい。



「それは俺としても本意ではありません。今までのような無邪気なひまりに戻ってもらいたいです」


「ひまりは光輝くんのことが好きだ。今でも好きだからこそ悩んでいる。その悩みは親である私には解消できない悩みだ。そのためには光輝くんの協力が必要なんだ。だからひまりと一緒に暮らして、2人でよく話し合ってくれ。話し合って、ひまりの心を解きほぐしてやってほしい」


「ひまりと話し合いを続けるのは良いですよ。でも、一緒に暮らす必要はないでしょう。まだ俺達、付き合ってもいないんですよ」


「そこは問題ではない。ひまりの心を癒すことが先決だと思わないかね」



 確かにひまりの心の傷を癒すことのほうが先決だ。

光輝も早くいつものひまりに戻ってほしいと思っている。



「このままでは、ひまりは学校に行かなくなる。学校に行かなければ光輝くんと顔を合わせることもない。それを防ぎたいのだよ。そのためには一緒に暮らすしかないと私は判断した。光輝くんも協力してくれ」



 伊集院秀樹がそう言って、光輝に深々と頭を下げる。



「結婚前の娘が、男子と同棲してもいいんですか? 不道徳すぎでしょう。ひまりとはまだ付き合っていないと言ってますよね」


「ひまりは光輝くんのことが好きだ。 私も光輝くんのことを気に入っている。このまま結婚してくれてもいいと私は思っている。だから、ひまりのことはどうか頼む。元のひまりに戻してくれ」



 付き合ってもいないのに……結婚話が飛び出した。

あまりの話の展開に光輝は頭を抱え込む。

そんな光輝の様子を見て、ひまりが光輝の服の袖を引っ張る。



「そんなに私と暮らすのがイヤ? やっぱり私のこと恨んでる?」



 ひまりと暮らすことはイヤではない。

両親のことで、ひまりを恨んでもいない。

しかし、このままでは、ひまりの誤解は解けない。

ひまりとは、ゆっくりと話をする時間が必要だ。

光輝が全く恨んでいないことを、ひまりに理解してもらう必要がある。



「わかりました。ひまりさんをお預かりします」


「本当に私と暮らしてくれるの? 私のこと恨んでないの?」


「ひまりのことは全く恨んでいない。両親は警察官として立派に殉職したと思っている。そのことは、俺と一緒に暮らしていけばわかるだろう。これからよろしくな……ひまり」



 こうして、ひまりと光輝の同棲生活は始まった。

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