15話 お泊り会の朝
土曜日の朝に三雲高校の校門前でひまり達と待ち合わせをする。
黒の胴体の長いリムジンが停車したと思ったら、運転席から白髪の紳士が現れた。
そして、リムジンの後部座席のドアを開ける。
するとリムジンの中から大きなカバンを持ったひまりがピョンと現れた。
「柴田、この男子が私の想い人で光輝よ。格好いいでしょう? 柴田もそう思わない?」
「はい。ひまりお嬢様の選ばれた男子ですから、それは素晴らしい男子かと思っております」
「この間なんてね。自分よりも大きな男子を組み伏せちゃったのよ。あの時の様子を柴田にも見せたかったわ」
いきなり、ひまりは柴田という男性に、光輝が慎吾を組み伏せた時の話を始める。
それは大げさな脚色がされていて、聞いている光輝のほうが恥ずかしくなった。
「ひまり……そんなにオーバーな話をしないでくれ。ただ取り押さえただけだろう。初めまして高賀光輝と言います。ひまりを明日までお預かりします」
「私は苑田家で家令をしております、柴田浩紀と申します。ひまりお嬢様をよろしくお願いいたします。高賀様ですか……世間には似た名前の方が多いようです」
高賀という名前は一般的に多い名前ではないと思うが、柴田さんは不思議なことをいう。
柴田さんは深々と礼をすると、リムジンの運手席に乗り込んで、ひまりを置いて去っていった。
「柴田は私が幼少の頃から家で家令をしてくれているの。私の一番の相談相手なのよ。いつもお父様とお母様がいないから、家令の柴田が家を仕切ってくれているの。とっても頼りになる紳士よ」
両親2人が芸能人という芸能一家だ。
家令の1人ぐらいいてもおかしくない。
ひまりの大きなバックは不思議なくらいにパンパンに膨れ上がっている。
「大きなバックだな。何が入っているんだ?」
「これからも、時々……光輝の家に泊めてもらおうと思って、少し多めにお泊り道具を持ってきたの」
そんなに嬉しそうにニッコリと笑ってもダメだからな。
誰がいつ、そんな許可をだした!?
ひまりに頻繁に泊まりに来られたら、学校でいらぬ噂が立つかもしれない。
それだけは避けたい。
「今日は皆が一緒だから、仕方なくお泊りを許しただけだからな。原則俺の家は女子の立ち入り禁止だ」
「えー。そんなの聞いてないし。絶対に今、光輝が決めたんだよ……そんなのズルい」
「ズルくない……俺の家では俺が法律だ。だから、ひまりが時々、お泊りの来るのは禁止だ。」
「せっかく、いっぱい、お泊りセットを持ってきたのに……いいもん。光輝の家に置いておくもん」
ひまりは一歩も譲らないつもりらしい。
光輝としても、ひまり1人だけを泊まらせるわけにはいかない。
ここは光輝もひまりに甘い顔をするわけにいかなかった。
「ひまり……少しは自分のことを考えよう。ひまりはすごい美少女なんだぞ。そんな美少女が男子の1人部屋に泊まりにきたら、変な噂が立つだろう。それはダメだからな」
「光輝と噂になるならいいもん」
ひまりは頬を膨らませて、可愛い顔をする。
そんな顔をされると、怒ることができない。
光輝はそっとため息を吐いた。
「朝から仲良く、何を騒いでいるのかしら?」
大きなバックを持った、ニットのカットソーにデニムパンツ姿の渚が立っていた。
栗色のカールのロングストレートの髪が風になびいてキラキラと光っている。
清楚な雰囲気は変わらないが、いつもよりリラックスした感じだ。
それにしても、ひまりも渚も一般人離れした超絶美少女である。
こんな2人を本当に自分の家に招待していいのだろうか。
「おお……2人共、もう来てたんだ。俺達が一番最後か。待たせて悪いな」
「ひまりも渚も私服姿……超かわいいし、きれいだ……今日は来てラッキーだった」
パーカーを着た雄太が、自転車に乗ってやってきた。
手荷物は自転車のカゴの中に入っている。
その隣にはシャツ姿の武彦が自転車に乗って立っている。
2人で待ち合わせして、校門まで自転車で来たようだ。
雄太と武彦の自転車に、ひまりと渚の鞄を乗せてもらう。
そして5人でゆっくりと光輝の家へと向かう。
光輝の家は学校から歩いて20分の所にある3階建てのアパートだ。
自転車を自転車置き場に置いて、5人で3階まで階段を上って、光輝が家の鍵を開ける。
光輝の部屋は2DKの部屋で、風呂とトイレが別になっている。
その中の1室を自分の部屋としてメインで使っている状態だ。
ひまり達が来る2日前から大掃除を始めたので、目立ったゴミは見当たらない。
きちんと整理整頓された部屋が、ひまり達の目の前に広がっている。
「あら、男子の1人暮らしというから、もっと散らかってると思ったのに、案外ときれいなのね」
「光輝が言ってた通り、あまり何も置いてないんだね。家具が少なーい」
渚とひまりが部屋を見た印象を話し合う。
「これだけ広かったら、そして妹や弟がいなかったら、伸び伸びした暮らしができるんだろうな」
「1人暮らしも慣れると良いものかもしれないな。俺も大学へ入学したら1人暮らしをしてみよう」
雄太と武彦も部屋の中を見て、2人で話し合っている。
「麦茶くらいはあるからさ。皆、早く靴を脱いで、部屋へ入ってくれ。このまま玄関にいても仕方ないだろう」
初めて光輝の部屋を見た4人は、部屋の中を見るのに忙しくて、まだ玄関に立ったままだということを忘れていた。
「「「「お邪魔しまーす」」」」
4人は靴を脱ぐと、台所のテーブルの上に荷物を置いて、それぞれに部屋を開けていく。
光輝の家中の部屋を見てまわる。
そんなに他人の家が珍しいのか。
そんなに珍しい物は何も置いていないぞ。
光輝の部屋はベッドに机に家具があるぐらいだ。
そして、もう1つの部屋には仏壇が置いてあるだけで、他に家具などはない。
「ねえ、光輝、この仏壇って何か意味があるの?」
「ああ、その仏壇は俺の亡くなった両親の仏壇なんだ。祖父母に持っていけって言われて、持ってきた」
それを聞いた4人は複雑な顔をする。
光輝が1人暮らしをしていることは4人共、知っていたが事情を知らなかった。
まさか、両親2名共に他界しているとは思っていなかったのだろう。
「俺の小さい頃の話だ。今でも親の顔も思い出せない。だから、あんまりしんみりしないでくれ」
ひまりが駆け寄ってきて、光輝に飛びつく。
「これからは苦しい時やイヤな時はひまりに連絡してね。なんでも相談に乗るから」
ひまりの目にうっすらと涙が浮かんでいる。
光輝はひまりの髪をなでて、落ち着かせる。
「高校2年になってから友達もできたし、今は楽しいから、大丈夫だよ。今日は1日、ゆっくりして行ってくれ」
光輝の言葉を聞いて、雄太、武彦、渚、ひまりの4人は笑顔で大きく頷いた。




