13話 生徒指導室
「どうしてここに呼ばれたか、わかっているな」
「はい。自転車置き場でのことですね」
朝のHRが終わると、小室先生は生徒指導室の部屋に光輝を1人だけ呼んだ。
2日前の自転車置き場での慎吾との喧嘩の件だ。
「既に佐々木慎吾の事情聴取はしている。佐々木から色々な情報を得ている。嘘をついても仕方がないぞ」
「嘘をつくつもりなんて一切ありません。今回は慎吾に呼び出されて仕方なく対処しました」
「佐々木に呼び出された原因は何だ?既に佐々木から聞いているが、もう一度聞きたい」
「俺は毎日食堂を使っているんですが、彼から『ひまりに近づくな』といきなり文句をつけられたのが原因です。1週間ほど逃げ回っていたんですけど、とうとう捕まって、呼び出されたというわけです」
慎吾が話した内容とほぼ一致したのだろう。
小室先生は光輝の話を聞いて納得している。
「監視カメラから見た映像では、かなり佐々木に暴力を振るわれていた様子だったが、光輝には怪我が見当たらないな」
「ええ、殴られもしましたし、蹴られもしましたが、運よく軽症ですみました。今ではすっかり元気です」
「佐々木は光輝に武術の心得があると言っていたが、それはどうなんだ?」
「俺のようなヒョロッ子が武術なんて習っているわけないでしょう。体を見てくださいよ」
小室先生は疑いの眼差しで光輝を睨みつける。
それでも、意見を曲げるつもりはない。
なるべく武術のことは伏せておきたい。
「喧嘩の途中で、佐々木を投げ飛ばして、取り押さえていたのは光輝だ。佐々木は空手の有段者だぞ。それを簡単に取り押さえられるものなのか?」
「亡くなった両親が2人共、警察官だったので、生前に少しだけ稽古をつけてもらっていただけです」
これは嘘ではない。
亡くなった両親は遊びだと言って、よく光輝に護身術を教えてくれていた。
「佐々木は最初から、光輝に暴力を振るっている。しかし、光輝は佐々木を取り押さえただけだ。法律でいえば正当防衛に見えなくもない」
「先生は何を疑っているんですか?」
「佐々木ははじめ、校舎裏に光輝を呼び出したが、光輝が自転車置き場に場所を変えたと言っている。お前は監視カメラがあることを知っていたんじゃないのか?」
小室先生は、監視カメラのある場所に光輝が誘導したことを確信している。
言い逃れはできない。
ここは正直に言ったほうがいいだろう。
「はい。知っていました。一方的に殴られるのはイヤですからね。だから監視カメラの映る場所に変更したんです。それなら、俺がボコボコにされても証拠が残っていますから。学校側が動くでしょう」
「その点が確信犯的なので、正当防衛とは認めにくいと言っておこう。それなら自分から殴られに行ったようなものだからな」
監視カメラの場所まで誘導している点に計画性があると言いたいわけか。
確かにそれであれば、一方的に殴られて正当防衛を演出することもできる。
そういう意味で小室先生は怪しんでいるということか。
「それで俺の処分はどうなりますか?」
「私は訓告が妥当だと思っているが、学校側が出した答えは、光輝に対しては不問だ。今後、何が問題を起こせば、今回の問題も含めて加味させてもらう。佐々木は3日間の停学だ」
「わかりました。寛大な処置に感謝します」
計画通りだ。
これで佐々木も今までのように、何かあれば暴力に訴えることができなくなるだろう。
「だが、まだ原因が残っている……今後、佐々木はひまりに対して近寄ることを禁止された。後は光輝の処分だが……ひまりは光輝に好意を寄せていることは私でもクラスの噂で聞いている」
「……」
「今回はひまりが何かをしたわけではない。ひまりを罰するようなことはできない。だから、この件も不問とする。私だけの興味だが、光輝はひまりのことをどう思っているんだ? 好意はあるのか?」
担任の教師から、女性に対しての好意を聞かれるとは思わなかった。
正直、なんと答えていいか迷う。
「俺のような影が薄い、一般の生徒を、学年NO.1美少女ギャルのひまりが気に入っている時点で、俺には意味がわかりません。なぜ、そうなっているのかも意味不明です」
「私は光輝の気持ちを聞いているんだ」
「美少女に好意を持たれているんですから、正直に言って嬉しいですよ。でも俺にはもったいないと思っています。今まで女子とまともに話したこともない男子ですよ。嬉しいというよりも戸惑いが大きいです」
「だから、ひまりの件を光輝は保留にしているのか?」
詳しすぎる。小室先生は一体、どこまで話を聞いているのだろうか。
そして、誰から、この話を聞いたのだろうか。
「先生のご想像の通りです。今は保留にしています。お互いにまだ知り合ったばかりですし、慎重にしたほうが、お互いのためだと思っています。好きになるなら外面だけでなく、内面も好きになってあげたいですから」
「今時の男子には珍しく、古風な考えのような気もするな」
「俺を育ててくれたのは祖父母ですから。多少は古風な考えが入っているのかもしれませんね」
「そういえば光輝の家も複雑だったな。配慮が足りなかった。すまない。教室へ戻っていいぞ」
小室先生に深々と礼をして、生徒指導室の扉を開いて、廊下へ出る。
今回の件は、少し自重が足りなかったかもしれない。
これからはもっと考えて行動しよう。
教室へ戻ると、ひまりが今にも泣きそうな顔でジッとこちらを見ている。
ひまりに微笑みかけると、席を立ちあがって、光輝の胸の中へ飛び込んできた。
「心配することはなかったよ。俺はお咎めなし。慎吾は3日間の停学だ」
「ひまりのせいで、光輝に迷惑をかけてゴメンなさい」
光輝の胸の中で、ひまりは体を嗚咽させて泣いている。
傍から見ると、まるで光輝がひまりを泣かしているように見えるので、体裁が悪い。
優しく背中をなでて、ひまりが落ち着くのを待つ。
「私が光輝に好きって言ったから、こうなったんでしょう?」
「ひまりに好きと言ってもらって、俺は嬉しいんだ。生まれて初めて女子から好きって言われたんだから……だから、ひまりが原因じゃない。ひまりが責任を感じる必要はない」
それは事実だ。
今まで女子から好きなどと言われたことがなかったのだから。
美少女に好きと言われて、嬉しくない男子なんていないだろう。
「今まで通りでいいの?」
「ああ……今まで通りにしてくれたほうが、俺も助かる。ひまりに他人行儀にされると、俺も困る」
「やっぱり、優しい光輝のことが好き。もっと好きになった。ありがとう」
授業が始まるまで、ひまりは光輝の胸の中で、嬉しそうに目を閉じていた。




