12話 呼び出し
放課後に入り、早くに勉強道具を片付けて、かばんを持って席を立とうとする。
すると、ひまりに服の裾を引っ張られた。
「今日はいつもより急いで帰ろうとしているように見えるんだけど?」
「ああ……今日は少しだけ用事があってね。少し急いでるんだ。ひまり……また明日な」
ジッとひまりは光輝の様子を観察する。
それも疑いを持った眼差しだ。
ひまりの勘が働いているのだろうか。
「今日はおかしいもん。いつもなら、ひまり達と少しお話して、それから雄太や武彦と一緒に学校を出るじゃん。それなのに、今日は1人で帰ろうとするなんて、絶対に変」
「だから用事だって言ってるじゃないか。嘘はついてないぞ」
慎吾に会うのも立派な用事だ。
嘘はついていない。
光輝はまっすぐにひまりの瞳を見て話す。
「今日は、急ぎの用があるんだってさ。俺達も昼休憩の時に聞いていたんだよ」
武彦がナイスアシストをしてくれる。
武彦と雄太の役目はひまりを無事に下校させることだ。
ひまりを巻き込みたくないから。
「俺も昼休憩の時に聞いたわ。今まで忘れてたけどさ」
雄太も無表情で武彦の言葉に合わせる。
それでも、何か不満そうにして、ひまりは光輝の服の裾を離さない。
ひまりの隣の席になってから、こんなひまりは初めてだ。
「そんなことを言って、光輝を困らせるもんじゃないわよ。嫌われたらイヤでしょう」
渚が帰る用意をすませて、ひまりの席まで歩いてきた。
渚はいつものおっとりした口調で、ひまりに注意する。
「こんなことで光輝は私のこと嫌ったりしないもん」
ひまりは頬を膨らませて、渚に抗議する。
「私がひまりの相手をしているから、光輝くんは用事があるんでしょう。早く帰ったほうがいいわよ」
渚がひまりの相手をしてくれると言う。
武彦と雄太もついている。
後のことを任せて、光輝は教室を出る。
その姿を、納得できないという顔をして、ひまりは見送った。
◇
自転車置き場に着くと、既に慎吾が待っていた。
「少し、遅れて申し訳ない。それで2人きりになったわけだけど、食堂での話の続きをしようか」
光輝は制服のブレザーを脱いで、近くにあった自転車にひっかける。
「ひまりから手を引け。そうすれば痛い目に遭わせない」
「何度も同じことを言ってるけど、俺から言い寄っているわけじゃない。ひまりから俺に近寄ってくるだけだ」
今では隣の席同士ということで、仲良くしているひまりだが、光輝から話しかけたことはほとんどない。
休憩時間なども、なるべく2人っきりにならないようにして、雄太や武彦とも一緒に過ごしている。
「それだとしても、お前が断ればいいだろう。お前のような影の薄い男子が、ひまりに近づかれること自体が奇跡だ。とても信じられん」
「そこは俺も同意見だな。俺のような影の薄い男子のどこが良いのか、ひまりでないとわからないけどさ」
光輝のような、今まで小・中・高と影が薄かった男子としては、ひまりが何を考えているかは不明だ。
そういう意味では慎吾が納得できない理由も理解できる。
だから、自転車置き場まで逃げずにきた。
「このまま、俺のいうことを聞いて、ひまりが近くに来ても避けるようにしろ」
「それはイヤだね。俺は誰かに命令されて動くのが大嫌いなんだ」
「それなら仕方がない。腕ずくでも言うことを聞いてもらう」
慎吾は光輝のシャツの胸倉をつかんで、吊し上げようとする。
光輝は慎吾の手首の関節を極めて、上に持ち上げられないように耐える。
慎吾の右拳がうなりをあげて、光輝の右顔を殴りつける。
光輝は拳が当たる前に左に首を回転させて、顔に当たる瞬間を和らげる。
慎吾はそのままの体勢で、光輝の鳩尾へ膝蹴りを叩き込もうとする。
膝蹴りが入る瞬間に、少し体を浮かせて、衝撃を和らげる。
慎吾が胸倉を離して、右拳で光輝の左頬を殴り飛ばす。
光輝は右拳が当たる瞬間に、自分から派手に吹き飛んで、地面に転がる。
「何を派手に転がっている。お前、何か武術をやっているな。今も自分で飛んだだろう」
「少しだけ、小さい頃に爺ちゃんに仕込まれただけさ。武術は習っていない」
嘘はついていない。
光輝は正式な道場に通ったことはない。
「おもしろいな……ただ、影が薄いだけの男と思っていたのに……少しは見直したぞ」
「見直してくれた、ついでに……もう喧嘩をするのを止めないか?」
「面白くなってきたのだから、止められるか」
慎吾は真正面から光輝の首をつかみかかってくる。
光輝はその腕をつかんで、一瞬のうちに肘を捻ねる。
そして、手を添えて、遠心力を使って、慎吾を投げ飛ばす。
慎吾は仰向けに地面に転がされる。
倒れている慎吾の腕を捻って、手首の関節を極める。
そして、慎吾をうつぶせにして、肩の付け根から腕を極めていき、身動きをとれなくする。
その一連の動作は、淀みがなく、スムーズで慎吾は抵抗もできなかった。
光輝は慎吾の腕を捻り上げる。
これ以上、捻ると、肩が脱臼することになる。
慎吾はあまりの痛さに地面をタップする。
「わかった……お前の勝ちだ……もう俺はお前を過少評価しない。ひまりに近づいても文句は言わない」
「そんな言葉を俺が信じられないね。なぜ、校舎裏でなく、自転車置き場を選んだと思う」
慎吾は倒れたまま荒い息をしている。
「自転車置き場には盗難防止のために、学校側が監視カメラを設置している。この現場もばっちりと映っている。お前は先に俺に暴力を振るった。俺は仕方なく、それを取り押さえた。正当防衛の現場が映っている」
「お前はそれが狙いで、最初に俺の暴力を受けていたというのか」
「後は、学校側が監視カメラを解析すれば、それが証拠になるだろう。もう陰で暴力を振るうことはできないぞ」
これで慎吾の暴力に怯える学生は少なくなるだろう。
慎吾と光輝は学校からの呼び出し決定ではあるが。
「光輝……なぜ、光輝が慎吾を倒してるの? 状況がわかんないんだけど?」
ひまりが慌てて、光輝の元へ走ってくる。
その後ろから雄太と武彦も追いかけてくる。
遠くに渚の姿もある。
武彦も雄太もひまりの説得に失敗したようだ。
慎吾を倒している光輝の姿を見て、2人とも驚いた顔をしている。
ひまりは何も言わずに、光輝の所まで歩いてくると、光輝に抱き着いた。




