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藤木省助。
章一は、その男の人物像をまるで掴めないでいた。
6人の口振りは、男を懐かしんでいるようでもあり、愛おしんでいるようでもあり、かと思えば嘲笑しているようでもある。
「いや、マスター」リーマンが、返した親指をワンレンに向けて言った。「本当に、美花の拒否反応は異常だったんですから。なにしろ、省助に『ジッキー』というあだ名を考えてやったのは美花ですからね。逆に」
えっ? と、章一の口から自然と声が漏れた。
ああ、と、ビールっ腹が身体の奥底から嗚咽のような声を絞り出した。
「そうそう。そうだったよなあ。最初はずいぶん気さくだなと思ってたんだけど、後々になって話を聞いてみたら、『苗字で呼びたくなかったから』っつうんだもんなあ。“藤”の字を使いたくなかったからって。ほとんど、病気だよ」
ビールっ腹が景気よくグラスのビールを飲み干して、瓶ビールを2本追加した。
「いやはや、それは、また」
章一が、思慮深げに腕を組む。
「ちょっともう、ほんとにやめてよ」
ワンレンにとって“分の悪い”話が続き、「三岳」をやるペースがどんどん加速する。若かりし浅野温子のように長髪をがばっとかきあげてみせるのも、バツが悪いときのクセなんだと勝手が知れてくる。章一は綻ぶ口元を隠すようにグラスを口元にやった。
「だってさ。私は、“藤組”だからあんたたちと仲良くしてたってわけじゃ、ないんだよ」
ワンレンが、途端にしおらしいことを言った。
「そりゃあ、きっかけは“藤”だったろうけどさ。でも少なくとも私は、6人で遊んだり、テスト勉強やったり、ちょっと火遊びもしてみたりって、それは謎の義務感なんかで付き合ってたわけじゃなくてさ。本当に、みんなのことが好きだったから、一緒にいたんだよ」
2つ隣に座っている「史乃」が、意気に感じて唇をぐっと噛んでいるのが章一からは見て取れた。
「そこに、アイツがやってきた。7人目の“藤”として」
藤木、省助。
「なんか、面白くないって思ったよ。今思えば我ながら最低だけどさ。でも、面白くなかった。本当に。先生だけじゃなく、クラスメイトにまで『ジッキー』と仲良くするよう言われてさ。私たちが“藤”だからって。押しつけるみたいに『たのむぞ』って。ふざけんなって思ったよ」
「まあ、気分のいいもんではねえよな」
アル・パチーノが、胡乱な目つきで語るワンレンの肩をもってやった。
「中学2年生、ですからね」リーマンが、隣に座る「史乃」の空になったグラスを指さして、章一におかわりをねだった。「そういう、年頃ですよ」
ワンレンが、氷だけになったグラスをからんころん、とわざとらしく鳴らした。
その切れ長の瞳で寂し気に懐かしんでいるのは、当時の己の愚かさか、あるいは。
愛おしんでいるようで、慈しんでいるようで。
「実際問題、私たちが『ジッキー』と友だちかって言われたら、微妙なとこだよね」
キャリアウーマンが、ワンレンのグラスに「三岳」を注いでやりながら、言った。
「友だち……。友だち、まあ、はい」
リーマンが、なんとも歯切れ悪く呟いている。
「……なんか、惜しいよな。今さらになってさ」とは、アル・パチーノ。「もっと、色んな話をしてみたかった。アイツがどんな風に感じ、なにを考え、なにがしたかったのか。もっと、聞いてみたかった」
――でも、死んだ。
その問いの答えを、6人に提示することなく。
様々な感情だけを遺して、藤木省助は逝った。