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「ジッキー」こと、藤木省助が札幌市立北伸中学校へと転入してきたのは1999年の秋だった。
藤坪大介、藤方八郎、藤沢直保、藤生史乃、藤吉千尋、藤丸美花の6人は中学2年生であった。
「まあ、普通に軽度の発達障害だったんだと思うんだよね。今になって思えば、だけどさ」
藤丸美花が、175センチはあろうかという長躯をほとんど机に突っ伏して呟いた。直前まで小さく纏めていたのであろうワンレンには少々クセがついている。
札幌である、地下鉄北18条駅からほど近い古ぼけた居酒屋「落陽」である。
喪服に身を包んだ男女6名が、ぽつらぽつらと思い出話を肴にしながら酒をやっている。
「……私、『ジッキー』が初めて教室に入ってきたときのあの空気、今でも忘れられない。本当に」
こちらはキャリアウーマンという言葉がピッタリ似合う、見るからに出来の良さそうな女である。
「たまに、夜、目を瞑るとあの時の光景が蘇る。もう何十年経つんだよって話なのに」
自嘲気味に笑った。
「あれは、凄まじいものがありましたからね」リーマン風の藤沢直保が、眼鏡を直しながら深い相槌を打った。「転入生の登場にあれだけ心躍らせていた教室が、一瞬で凍り付きましたから。あれはもう、息もできないというか、共感性羞恥? ちょっと違うかな? ともかく、得も言われぬ緊張感が張り詰めていました」
「中学生に、あの場を盛り上げる機転はちょっとねえよなあ」とは藤坪大介。大きなビールっ腹の上にこれまた太い二の腕を組んで、何度も深く頷いている。「あれは、ちょっと、難易度が高すぎた。俺も、黙り込むしかできなかったもん」
「そして良くないことに、よりにもよって“藤”だったんだもんなぁ。ソイツが」
藤方八郎が、少し意地悪っぽい笑みを浮かべて隣のリーマンに語りかけた。名優アル・パチーノの若い頃を彷彿とさせるような男前である。
「ちょっと、ちょっと。私は始めから『ジッキー』を毛嫌いしたりはしませんでしたよ。一番酷かったのは美花でしょう?」
不意に槍玉に挙げられたワンレンが、バツが悪そうに右手で両目を覆った。
「……しょうがないでしょう。あれは、まあ、その、だって……。私も、正直な子どもだったから」
それ以降、どう言葉を紡いでも上手く言い繕える気がしなかったので、口に蓋をするように「三岳」をロックで流し込んだ。
「――と、言いますと?」
藤川章一が、我慢できないといった風に口を挟んだ。
古ぼけた居酒屋「落陽」の店主である。店に負けじとくたびれた風体をしている。章一は、繰り返しワンレンに問い質した。
「なにか、その。問題のある方だったんでしょうか?」
「ちょっと、やぁだ。そんな故人を悪く言うような真似、できないわよ」
ワンレンが、己を律するかのように右手で口を覆った。
「別に、問題ってわけじゃ……」
――涎を拭いまくったのだろう、黒く濡れているのが一目で見て取れる襟元。
半開きの口、きょろきょろと落ち着くことのない視線。吃音のひどい口調。
揃って押し黙ってしまった6人の脳裏には、きっと、藤木省助のあの日の痴態が蘇っているはずだ。