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藤色アワー  作者: ゲロ豚
序.『藤色の連中がやってくる』
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1-2

 そうして、少し距離を置きながら彼らの接客を無難にこなしつつ、やがて二十一時になろうかという頃。再び「落陽」の扉が騒がしく開かれて、今度はサラリーマン風の男が陽気な表情でやってきた。

 先客である四人組の方にちろりと目をやって、一言。


「ありゃま。この店なら、しっぽり落ち着けるかなぁと期待してたんですけどね」


 わざとらしく、露骨に残念そうな顔をした。

 男はいかにも気の利きそうな、仕事のできるサラリーマンといった風体であった。垂れた瞳と大きな口を目いっぱいに操って、実に豊かに表情を作ってみせる。


 居酒屋「落陽」を選んだ理由が「他に客がいなさそうだから」だとすれば手放しで喜べる話ではないが、サラリーマン風の男の向こうに人影が四つも五つも大挙しているというのであれば上客である。

 章一はそんな算段など()()()にも出さず、静かに入店を促した。


「もし、騒がしいのがお嫌いでしたら、カウンター席でもご案内できますけど」


 歳のころは三十代半ばから四十代というところであろう。

 章一としては、単純に歳が近いというだけでも喜ばしいことである。が、それ以上に、なにしろ皆一様に喪服なのだ。告別式の()()()だろうか。ともかく、故人の思い出話になぞらえて章一好みの小噺が一つ二つ披露される見込みは十二分にあった。章一にとっては実に()()()お客様というわけだ。


 6人でカウンター席? と不満を漏らす者もいたが、サラリーマン風の男の指揮に従ってぞろぞろと腰を下ろしていく。

 章一から向かって右側に男性3名、左側に女性3名。計6名で彼らはやってきた。


「男性陣はまだ飲めるの?」


 その左端、やたらに目つきの悪い女が声を張った。

 175センチくらいはあるのだろうか。とは言え決してモデル体型だということはなく、スポーツでもやっていたのであろう体格のよさを喪服の上からでも感じさせる。

 告別式の最中にはその長い髪を短く纏めていたのであろうから、髪を(ほど)いた今でもそのワンレンには少々クセがついていた。


「あたりめえよ。酒、酒、酒もってこおい」


 今度は、右端。

 これまたなかなかの体格のよさだが、こちらは完全にただのビールっ腹といった風体である。

 その男ががたん、がたんと、わざとらしく椅子を前後に傾けながら酒をねだる。


「うるさいですね」とは最初のリーマン風の男。「じゃあ、マスター、とりあえず瓶ビール3つにグラス4つ。それと……」

 章一の背後に並ぶ焼酎のボトルをさっと見定めた。

「京子、なにかボトル入れます? 『三岳』あたり」


 尋ねられて、ワンレン女は「いいね」と即答した。


「じゃあ『三岳』と、水割りセット。史乃(しの)は梅酒でいいんですよね」

 リーマンの横に座る小柄な女が黙って頷いた。

「それを、ロックで」


 リーマンが、さすがの手際の良さですらすらと注文を済ませてゆく。

 きっと、いつもこういう役回りなんだろうと、章一はくすりと口元を(ほころ)ばせた。


 章一は注文をさっと用意して、「お通し」として小皿にしらすと大根おろしを添えた。


「あら。ずいぶん気の利いたお通しだこと」

 ワンレンと「史乃」の間に座る女が身を乗り出して興味を示した。

 短く切り揃えた髪先がふわりと揺れる、こちらはキャリアウーマンといった風の女であった。


 章一は、趣向を凝らしたお通しが評価されたことに密かにほくそ笑んだ。

 少なくとも、先ほどの四人組に提供した際にはなんのリアクションもなかった。


「ああ~、もう。どうなっても知らないからね。私、介抱しないわよ」

 水を()いでやろうとしたキャリアウーマンを遮って、ワンレンが「三岳」だけをグラスいっぱいに(そそ)いでいる。


 そんな様子を脇目にしながら、今度は、ビールっ腹とリーマンの間に座った男が章一にぽつりと言った。

「マスター。バケツだけ、置いといてもらった方がいいかも」

 6人の中でもひときわ目立つ、堀の深いダンディな男だった。そのすらりと伸びた手足が喪服を着ていてもとてもよく画になっている。

 映画にはちょっと造詣の深い章一だが、その章一をして若い頃のアル・パチーノのようだと思わせる雰囲気を携えていた。


 そうしている内に6人全員の飲み物が出揃うと、誰に促されるわけでもなくリーマンがすっとビールのグラスを持ち上げた。

「さ、さ。まあとりあえず、改めましてご唱和願いますよ」

 おおっ、と場がにわかに湧いて、5人がリーマンに従ってグラスを掲げる。


「まあ、色々ありましたが――」

 そう言うと、5人は苦笑した。

「本当に、本当に色々あったわけですが――」

 今度は、どっと笑った。


「せっかくの機会でございます。今日は『ジッキー』が隣にいると思って、最後まで飲み明かしてやりましょう! 『献杯』!」

 リーマンの音頭に乗って、6つのグラスが小気味よい音を立てる。若い学生風情じゃあるまいし、わざわざ一気飲みを強要したりということはない。ないが、「三岳」のロックをグラスで一気に飲み干したワンレンを、傍らの「史乃」が少し引いた目で見ていた。


「やだ、もう」

 キャリアウーマンも、ワンレンの様子を見て頭が痛いといったふうにわざとらしく右手を額にあてていた。


 くひぃ~、と、ワンレンが声にならない声を上げる。

 これは思ったより早くバケツが必要になりそうだと、章一がアル・パチーノの言葉の通りに慌ててバケツを用意する。と、その時。

 ワンレンがいささか胡乱(うろん)な目で章一を見つめ、ぼんやり寂し気な口調で言った。


「……あなたも、“藤”なのね」


「マジ?」

 5人の目が、一斉に章一に向いた。

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