第六話「読書と愛情」
本屋から帰ったユネは、ある本を読み始めた。本郷谷マドカの家族団欒だ。この本はとても暖かな感情を感じる内容だった。母親が父親を、息子を思いやるやわらかい母性。息子にかける思いがしたたかに綴られている、心温まる物語だった。彼女はそれを読み終えると、すぐにもう一冊の本、本郷谷タカシの空想日記を手に取り、読み始める。彼の紡ぐ言葉は、父性そのものだった。この物語に出てくる少年が、どんな道を歩んで大人になっていくかが、楽しみでたまらなくなってくる。まるで子を見守る親のような気持ちで二冊を読み終えた。彼女は、本郷谷家がどういう家庭なのかが少し理解できた気がした。
翌日の放課後、ユネはマコトとセンを呼び出した。
「きたよ、ユネ。もしかして、本郷谷アキラの事について何かわかったの?」
「ええ、そうよ。」
「はやいねえ。何がわかったんだい?」
二人は、ユネの成果に期待したような目を向けている。
「とりあえずは、この本を読んでくれませんか。」
そう言ってユネは、二人に家族団欒と空想日記を手渡す。
「彼の事情は、これを読んでくれればわかるはず。」
「本郷谷マドカ…もしかして。」
「こっちは本郷谷タカシが著者だねえ。ということは、この二人が彼のご両親ということかなあ。」
「ええ、そうです。とにかく、読んでみてくれませんか。」
ユネが促すので、二人は言われるがままにその小説を読み耽った。
二人がその二冊を読み終わると、彼らは口々にこう言った。
「そういうことね。」
「愛されてるじゃないか。」
「そう。愛されているがゆえに、本人に愛を伝え忘れてしまったのよ。」
「そっか…それじゃあどうする?」
ユネには、考えがあった。
「そうね、その小説をアキラに読ませましょう。」
「そうだね、僕もそうするのが一番だと思うよ。」
「なら早速呼び出そう!」
そう決まると、彼らは準備を始めていくのだった。
二日後の放課後、三人はアキラを教室に呼び出すことに成功した。
「生徒会長サマがまた呼び出しかよ。」
「いいえ、今回用があるのは私のほうよ。」
「ふうん」
まるで興味がないといった顔をしている。しかし、その顔はすぐに崩された。
「この本を読んでくれるかしら。」
「…何の真似だ。」
ユネが差し出した二冊の本、本郷谷マドカの家族団欒と本郷谷タカシの空想日記をみたアキラは、苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。
「見覚えはあるようね。」
「これを俺に読めというのか。くだらねえ。こんなもん誰が読むかよ。」
この小説に関しては本当に心の底から嫌いなようだ。
「いいから、読んでくれるかしら。あなたの両親が伝えたい事が、ここには詰まってるのよ。」
「は?あんなクソ親の伝えたい事なんか聞く気ねえよ。」
アキラはいっそう不機嫌に拒み続ける。これ以上言っても読んではくれなさそうだが、ユネにはまだ策があった。
「なら、読み上げてあげるわ。」
アキラに返事をする余裕を与えず、家族団欒を読み始めた。
「秋めく銀杏の落ちる頃、私達は大切なお祝いをしていました。そう、私達の息子の誕生日なのです。」
彼女は心を込めて読み上げていく。彼の心を溶かすように、優しく、書いた人の気持ちをわかってもらえるように。
「息子の祝い事を始めてからもう十年が経っていました。彼はすくすくと育ち、毎日学校で起きた事を話してくれたりと、私達にとって、もっと尊い宝物になっていました。」
アキラは黙ってそれを聞いていた。次第に彼はうつむいていき、表情が見えなくなった。
「私達の仕事が忙しいからか、息子はあまり話しかけてくれなくなっていきました。それでも、私達は、晩御飯の時だけでも話す機会を作っていました。手料理を並べ、その日起きた事を言える範囲で話してもらっていました。」
教室にはユネの朗読だけが響く。
「息子はあまり話してくれなくなっていったけれど、私達は息子の事を嫌ってはいません。」
ここまで読んだところで、ユネの手から本が消えた。彼女が驚いて顔を上げると、目の前で椅子に座り、本を読むアキラがいた。きっと、自分の親の気持ちを知る気になったのだろう。三人は、彼が本を読み終わるのを待った。
数十分後、アキラは本をそっと閉じて夕暮れで色づいた窓の向こうを見つめた。そして、三人に語りかけるようなひとり言のような言葉を漏らす。
「家族って、こんなに温かいものなんだな。」
彼は椅子から立ち上がって、三人に向き直って語る。
「申し訳ねえな。こんなことしちまって。」
「いえ、大丈夫よ。」
「あなたのご両親の気持ちはわかった…?」
「ああ、痛いほどにな。」
そう言うと、アキラはまた窓の外の黄金を見つめるのだった。




