親切な女将さん
「よし!これで準備万端だよね」
「……」
(うーん。何か重大な事を忘れている気がする……)
「うーん。…………あっ」
(そういえば、教会にどうやって行くのか全然考えていなかったんだった。去年は、お父様と一緒に行ったのだけれど、今回は一人なんだよね。これまた今思い出したことだけど、ビルドには、今日一人で出掛けるように数週間前、ちらっと言われた気がする)
「はぁ………」
(仕方がないけど。一人で走りに行ってくるしかないよね。だって馬車の手配してないし……。走ると言っても、馬に乗っていくだけなんだけど……。)
ボクはため息を吐きながらも、馬のもとへ歩みを進めた。
♢ ♧ ♡ ♤
ふと、空を見上げてみた。
(もう九刻位なのかな)
起きたときに比べてすっかり日はのぼっている。そのおかげで、大地にはサンサンと日差しが降り注いでいる。ちなみに八月上旬に入ったばかりなので、現在馬に乗り、駆けている身としてはとてもキツイ。
だけど、記憶からするともうすぐのはずだ。
―― 数分後 ――
「はぁっ、はぁっ。やっとっ、着いたぁ」
目前には、とても賑やかな街並みが広がっている。
疲れて、少し馬に座り休んでいると…。
「もしもーし」
声が聞こえてきた。そっちの方を見てみると、人柄の良さそうなお姉さんがいた。
「何ですか?」
不思議になって聞いてみた。
「もし良かったら、うちの馬車置き場にその馬を預けていかないかい?」
(とても嬉しい意見だけれど、なんでわざわざ言ってくれるんだろう?)
ボクが不思議に思っているのを察したのか。お姉さんが返してくれた。
「いや……、ここだと目立つだろう?君の格好は」
言われて気付くボクは、どんくさいのだろう。今のボクの服装は、あまりにも場違いだ。なんせ、貴族の正装を着ているのだから。まあ、そのまま馬に乗ってしまったけれど。
「そうですね。じゃあ、甘えさせてもらいます」
「よし。じゃあ私についてきな」
ボク達は、馬を連れて歩きだした。
しばらく二人とも無言で歩いていると、お姉さんが口を開いた。
「ああ、そういえば、自己紹介がまだだったね。私の名前はメルニ。これから行く、『めいぷる堂』の女将さ。気軽に女将とでも呼んでくれてかまわないよ」
「わかりました。女将さん。ボクの名前はジラルドです。呼び名は………、お好きなようにしてください」
「おおっ、丁寧な自己紹介だね。うちのお客たちにも見習ってほしいくらいだよ。…………っと、着いたようだね。じゃあ、改めて紹介するよ」
女将さんはそう言って、扉を豪快に開いた。そして……、
「『めいぷる堂』へようこそ。ジラルド」
扉の先には、街とは比べ物にならないほどに賑やかで、楽しげな風景が広がっていた。