風の精霊として生まれ変わった私が人間だった頃の恋人を見に行った結果。
私は風の精霊である。
風の中を漂い、自由気ままに生きている精霊。
だけど、私には人間だった頃の記憶があった。人間だった時の私はしがない村娘でしかなかった。いや、ちょっと普通ではない部分があったけれど。だけど基本的に私自身は普通の少女だった。あるとき死亡し、気づいたら風の精霊なんてものになっていた。正直意味が分からなかった。人間が死んで精霊になったなどという話を私は聞いたことがなかったし、まさかこんなことになるとも考えていなかった。
どうしてこんなことになっているのかさっぱり分からない私だけど、とりあえず、風の精霊なんていうものになれたのだから思いっきり楽しんで生きようと思った。
風の精霊として生まれ変わった私は、世界を見て回っていた。村娘だった頃には行けなかったであろう場所を見て回れて、とても楽しかった。そうしていたら、人間だった頃の恋人の動向がわかった。
人間だった頃の恋人のことがふと気になった。
私はもう人間ではなくて、精霊なんてものになっている。人間であった頃の恋人とはもう何のかかわりもない。……そう思うと、ちょっと寂しい。どうして私は精霊なんてものになって、人間の頃の記憶があるのだろう。記憶がなかったら、恋人のことを気にしなくて済んだのに。………私が死んで、もう二年も経過している。結婚を約束していた恋人は、私のことなんて忘れているだろう、なんて思っていて何だかしんみりした気持ちになってしまうから、中々見に行ってなかったのだけど。
でも、二年経過して。それで私は人間だった頃とは違うのだと受け入れて、ようやく昔の恋人を見に行こうと思った。
で、私は……恋人が、エスタがいるという街に向かったわけなのですが。
「ティーノア!!」
「おおおおお、わ、わ、私はティーノアではなく、今はしがない風の精霊!!」
人間だった頃の名前と共に、エスタに抱きつかれて、私としては凄く驚いた。エスタが精霊を見えること知っていたけれど、だからって見た目も違うのに私の人間の頃の名前を呼ぶなんて思ってなかった。
急にエスタが抱きついてきたから、私は正直バクバクしている。ちょっとのぞくつもりだったのに、何故見つかったのか。
そして精霊は一般的には見えない存在だから、周りが勇者様がご乱心だとかいっているんだけど!!
あ、そうそう。私の幼馴染のエスタは勇者だった。いや、本当なんで普通の村娘の私に勇者な恋人がいるかって疑問に思われそうなのだけど、只単に同じ村に生まれて、エスタと恋人になっていたんだよ。そしたらエスタは勇者だって神託が下りて、魔王を倒す旅に出ちゃったんだよね。
それからしばらくして、私は死んだ。って、あれ、何で私は死んだんだっけ。急に襲われて亡くなったのはわかっているけど……。
エスタの腕の中で私は現実逃避中だった。だって、正直、何で抱きつかれているか分からない。
「ティーノアは、ティーノアだろう?」
いい笑顔です。周りのギャラリーたちが、エスタの笑顔にきゃーきゃーいっているけど、一切そちらに視線を向けないエスタっていうね。
「ええっと、エスタ……」
「なに、ティーノア」
「……人が多い所だと、エスタが一人で話している変人になるから、場所を移動しませんか」
「いいよ、じゃあ、俺の泊まっている宿にいこう」
エスタは笑みを零して、私を抱きかかえたままそういった。
エスタは、勇者だし。エスタは……かっこいいし。私は恋人としてエスタのいい所沢山知っていた。幼い頃からずっと知っていた。エスタが勇者として旅立ってから、エスタには会えていなかった。それだけ長い旅で、私はそれについていけなどしなかった。本当に力もない、ただの村娘だった私は、勇者の恋人として相応しくなかった。
……勇者パーティーはエスタ以外女性率が高くて、その女性全員がエスタに好意を抱いていた。私に、エスタには釣り合わないって初対面でいってきたような人たちで。とても綺麗だった。エスタに、私が相応しくないことぐらい知っていた。エスタは、かっこよくて。勇者として選ばれちゃうぐらいで。
勇者なエスタは、魔王を倒したあとは姫様と結婚するのではないか、なんて言われてて。エスタは、私のことなんて忘れて、私の事なんて気にも留めてないだろう、って勝手に思ってた。
だから……死んでしまったあと、精霊なんてものに転生してしまってからもエスタに会いに行かなかった。胸が痛むから。
……なのに、エスタは、私の名を呼んだ。
そのことが衝撃だった。
「えっと、エスタ」
「どうしたの、ティーノア」
「わ、私、今、精霊なんだよ……? に、人間だった頃のティーノアじゃないし」
「関係ない。ティーノアはティーノアに決まっているじゃないか」
「……と、というか、わ、私のこと、覚えてたの……?」
「なんで俺がティーノアを忘れるの?」
「……だ、だって、エスタ凄くもてて、いっぱい選び放題で……」
「なんで? 俺が結婚するのはティーノアだよ?」
「ええっと、というか、私死んだの知っているよね? 死んだのに、探してて、くれたの?」
「当然じゃん。ティーノアが精霊に転生したの、俺が頼んだからだし」
「え?」
戸惑いながらエスタと会話をしていたわけだが、その中で私が精霊になったのはエスタのせいだっていうことを聞かされて思わず固まってしまった。エスタを見れば、エスタはにこにこと笑っていた。
「俺がティーノアにもう会えないのが嫌だったから、頼んだんだよ。俺が勇者なんてものに選ばれたからティーノアが殺されてしまったんだから、俺を勇者に選んだ奴に責任を取らせるのは当然だろう?」
それって、つまり……、勇者を選んだ神様に頼んだ結果、私が精霊になったってこと?
「な、なんで、そんなこと……私以外にも、沢山、エスタを好きな女の子はいるのに……」
「何でも何も、俺はティーノアがいいって、昔からいっているでしょ?」
「で、でも……」
「でもじゃない。――というか、あれだけ、俺の思い伝えていたのにまだ、ティーノアは俺の愛を疑ってたの?」
「ええ、っと」
いや、確かに村を出るまで散々言われましたとも。身を持って愛されているということを実感していましたとも。でも、エステルは勇者だし、私なんかを、とやっぱ思ってしまう。とか考えていたら、
「そっか。じゃあ、また分からせればいいね?」
と、押し倒された!
「おおおお!?」
「相変わらずティーノアは可愛いね」
……ええ、そのまま食べられましたとも。
それでいてその後は私は可視化を覚えて、エスタと結婚式まであげ(エスタがさっさと手配した)、
「ずっと一緒だよ?」
というエスタに愛される日々を送ることになるのだった。
――――風の精霊として生まれ変わった私が人間だった頃の恋人を見に行った結果。
(見に行ったらそのまま捕まって、愛される日々を送ることになりました)