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(あれー、昨日は普通に自分の部屋で寝たはずなんだけどなー…。)
なので、枕元にライオンが居るなんて事があるはずがない。
てかっ、日本中何処で寝てたとしても、枕元にライオンが突然現れるなんて事は非常識だ。
意外と冷静に分析している自分に少し驚いた。
更に分析を始める。
真っ黒で大きな体。
こんな至近距離でライオンを見るなんて勿論初めての事で、改めて大きさに驚かされる。
漆黒の体毛。
黒よりも、もっと黒。
正しく"漆黒"という言葉が相応しい色をしている。
質感はというと、まだ視覚のみだが、さらさらのふわふわに見える。
(さ、触りたい…。)
(そしておもいっきり"ムギュー"ってしたい。)
欲望が先に立つ…。
漆黒の鬣。
体毛よりも長めの毛でやっぱり真っ黒。
そしてさらさらふわふわ、且つ艶やかでキューティクル全開だ。
(男の子なんだー。)
透き通った青色の目。
ずっと見つめていると、吸い込まれるかのような衝動に駆られる。
(あっ、目が合っちゃった…。)
(わー すごく綺麗…。)
(蒼天の色だー…。)
真っ暗な部屋の中、カーテンの隙間から微かに外の街頭の光が差し込んでくる。
その光に照らされて、青く輝いた瞳だけが妖しげに光って見える。
とても綺麗な瞳だ。
真っ黒で大きく怖そうな外見とはうらはらに、美しく澄みきった瞳。
とても綺麗で、優しい瞳をしている。
そのせいかこんな状況でも恐怖は1ミリも感じなかった。
目が合うこと数秒、あちらの方が先に我に返ったのか、みるみるうちに顔色が変わっていくのがわかった。
私の脳はまだ起きていないようで、その様子を呑気に眺めている。
次の瞬間。
ドサッ
大きな漆黒のライオンの体が宙を舞った。
そのまま後方にひっくり返る形で倒れ込んだ。
!!
更に動転と焦りからか、手足をばたつかせ暴れ出す。
「やばっ!!」
ここでやっと眠っていた私の脳が完全に覚醒した。
私は掛けていた掛け布団を跳ね除けベッドから飛び降りた。
そしてそのまま手足をばたつかせ仰向けで倒れているライオンの上に馬乗りになり、両手で顔の左右の鬣を鷲掴み、床に押し付けた。
「ちょっ、ちょっと静かにしてっ!」
「お願いだから暴れないでっ!!」
2階にある私の部屋で深夜にドタバタしていると、当然1階で寝ているであろう両親に気付かれてしまう。
それだけは避けたいものだ。
この非常識な状況を、両親に上手く説明出来る自信が私には無い。
私の必死の訴えに気付いてくれたのか、ライオンは落ち着きを取り戻し、大人しくなった。
その様子を見て私は鬣から手を離し、ライオンの前にペタンと座った。
ライオンも仰向けに倒れていた大きな体を起こし、俗に言う"おすわり"の形で、姿勢良く私の目の前に座った。
* * *
改めて大きさを確認する。
とても大きい。目線がずっと上の方にある。
私はライオンを見上げながら、この状況を何をどおしていいのか分からず、とりあえず疑問を投げかけてみることにした。
「まず、君は何?」
「何処から来たの?」
「どうして私の部屋に居るのかな?」
「どおやって部屋に入って来れたの?」
私の怒涛の質問攻めに少し困り顔。
そんなことは御構い無しに、さらに質問を続ける。
「何か困った事でもあるの?」
「ねぇ、ちょっとだけ触っていい?」
願望が抑えきれない…。
ライオンは、私の怒涛の質問攻めに困り果てたのか、居ても立っても居られないといった様子で腰を上げ、窓の方へと歩き出した。
「あっ、ちょっと!」
ドン
!?
もう一度。
ドン
!!
なんの躊躇も無く壁に激突。
目の前には壁もあるし窓も開いてない。
そうなるのは、自然なことだ。
ライオンは何が起こったのか分からないといった様子。
「どうしたの?窓開けて欲しいの??」
私は窓の鍵を開け、窓を全開で開け放った。
「これでいいの?」
と同時に私の横を大きくて黒い物体がフワッと軽々窓を飛び越えて部屋の外へ出て行った。
もちろんあのライオンだ。
すぐに開け放たれた窓から外を確認。
今日は新月なのか、月明かりも無い真っ暗な夜空に同化した漆黒のライオンが浮かんでこちらを見下ろしていた。
もう大抵のことでは驚かない。
ライオンは私の方に向き直り一礼。
クルッと身を翻し、真っ暗な闇の中へ空を駆けて行った。
(いったい何だったんだろう…)
6月中旬だというのにまだ夜風は肌寒い。
でもその中に微かに夏の匂いが混じっているのを感じた。
北国の夏はとても短いけれど、もう直ぐそこまで来ているのは確かな様だ。
呆然とライオンが消えていった闇を暫くの間見つめながら、一人残された私は夏の匂いを堪能した。
(ライオンのおばけ? 幽霊??)
(……もういーや)
とてつもなく密度の濃い数分間を過し、どっと疲れた私は、考える事を放棄した。
時間を確認する為、目覚まし時計をポンと叩く。
ピンク色の光で時刻が表示された。
3:03
もう考えても到底答えなど出るはずもなく、考えるのを放棄することを決め込んだ娑羅は、乱れた布団を整えて床につき、直ぐに意識を手放した。