七夕ドタバタ願いを込めて
夏の接近を感じさせる明るい陽が射す頃。だがそんな外とは真逆に、暗く、息苦しさを漂わせる室内。その中に腕を組み、正座をする大勢の人間の前に一人、鬼の形相をした者が仁王立ちしていた。
「テメェら!今日は何の日だ!」
「七夕です、お嬢!」
身体の芯に響く力強さに幼さを合わせた女声に、腹に轟く男声が答えた。想定通りの答えに、そのとおり、と女性は頷き、しかし、と前置きして隣に立つホワイトボードを砕けんばかりに叩き、再び声を上げた。
「七夕だというのに、竹を忘れる阿呆が何処にいる!?」
「申し訳ありません!」
全員が一斉に床に額を擦り付けて頭を下げる。女性が叩いたホワイトボードには丸文字で可愛らしく『夏彦くん(と他数名)と過ごす、嬉し恥ずかし狂気乱舞の大七夕会』とあった。
「テメェら、七夕会で夏彦くんと過ごす為にに重要な竹を採ってくる係を、どうして決めておかなかったんだよ!そんなに夏彦くんの私を気を遣って寂しげに微笑む顔が見たかったのか!ええい、全員覚悟しろ五体満足でいられると思うなぁーっ!」
「ヒィィィィィ!」
傍らに立て掛けていた鞘から抜刀しようとする。しかし抜ききる前に、一番前に座っていた男が制止する。
「お嬢、今騒いで血祭りした後の部屋に夏彦さんを呼んで七夕祭りをするつもりですかい」
「ううっ!」
「今は失態を仕出かしたワシらを、それこそ殺す気で事態解決の為に用いた方がよろしいかと」
「うー…………」
鯉口から見えていた刀身を収め、引き下がる。女性は俯き、微かに震え始めた。その姿に周囲はどよめく。女性は手から刀を落として、
「そ、そんな事、言ったってぇ……あと、あと1時間でどうするのよ、ばかぁー!」
声を上げて泣き出した。
天川織歌、10歳。誕生日であり、七夕の日の出来事。
≪≫
牛飼夏彦、10歳。好きな女の子の誕生日会に呼ばれて、どうにも落ち着きを欠いていた。そのせいか、誕生日会開始1時間前に有り得ない失態に気づいた。
「プレゼント用意し忘れたぁー!」
大好きな少女に招待されて舞い上がり過ぎて、今の今までプレゼントのプの字も浮かばなかった。
「どーしよ!?ちょっと有り得ない失敗だよド畜生!好きな子の誕生日会に持っていくプレゼントを忘れるとか自分の馬鹿、阿呆、間抜け、豚にすら劣るクズ野郎!」
「随分楽しそうに自虐してるね、夏彦?」
「これが楽しそうに見えるなら目医者、ううん、お脳の医者に行った方がいいよ従姉さん!」
夏彦が振り返ると、尊大に脚を組んで椅子に座り自分にのみ扇風機を当てながら甘味炭酸水を堪能する女性、南条湊。早くに死に別れた母、仕事でほとんど会えない父、その二人の代わりに夏彦の保護者をしている十と五つ離れた従姉である。
「ははは、夏彦が先に行くといい。それほどの失態なのだからね。なに、ポジティブに考えればいいんだ。例えば、ボクがプレゼントだよ、とか」
「一応目上だから丁寧に言うよ、頭に虫でもわきましたか男日照り女」
言った瞬間、夏彦の反応速度を超えて湊のアイアンクローが夏彦の頭を捕らえる。そのまま脅威的な握力で潰しにかかる。
「ぼ、暴力反対!DVだよコレ!」
「愛の鞭だよ、夏彦。ありもしない虚言を叫ぶ悪い子にはお仕置きが必要だ。ゆっくりじっくり語り合おう」
「痛い痛いィィィ!その会話は肉体言語で毎回一方的じゃないか!15も離れた子になんて仕打ちだよ!というか、こんな事をしてる場合じゃないんだ早くなんとかしないと!」
「ふむ。五体投地で頼むなら切り抜ける方法を教えてやらんでも」
「お願い致します麗しきお従姉さま。この私にお知恵をお貸し下さいませ」
「……その素早さに若干引いた。プライドも何もないな、いやはやこうはなりたくない」
「堪えるんだ夏彦全ては身から出た錆び、そして従姉さんは子供を平伏させて悦に入る可哀想な人なんだ」
「誰が可哀想な人だバカ野郎」
頭を下げたままでブツブツ呟く夏彦の脳天に、湊の踵が落ちる。声にならない叫びを上げ転がり回る夏彦を見ながら、
「まあいい。では教授してやろう。切り抜ける方法を。少々お前の勇気が必要だがな」
ニヤリと笑った。
≪≫
「方法?」
あれから少し落ち着きを取り戻し涙を拭った織歌の問いに答えるのは、先ほど抜刀を止めた男、通称、潰しの耕治である。
「そうです。竹に短冊を吊るすのは大抵最初か最後。だから吊るすのを最後にして、先にお嬢の誕生日会を行います。それで少しは時間を稼げるかと。その手伝いをする数名を残してワシらは竹を採りにいきます」
本人は至って真剣に、いつもより優しく話しているつもりなのだが、誰が見ても今にも人を殺す気満々の顔だ。その辺の一般の方なら失禁モノの表情に、物怖じせず問う。
「採りに行く、って竹がある所まで結構あるよね」
「ええ、ですが往復は基本的に車を使うので問題ありません。せいぜい山の中を竹を担いで走って、血ヘドを吐く程度です」
「あんまり問題ない状況じゃない気がするけど。夏彦くんの為。その身体、捧げてもらうよ。謝罪も感謝もしない。元はテメェらの失態だし、出来て当然。ま、気が向いたら労いの言葉くらいはあげる」
「それで十分です」
「なら今すぐいって」
「承知。よしお前ら!お嬢の為、手足がもげても死ぬ気で山一番の竹を採りにいくぞ!」
『応ッ!!』
鬨の声を上げ、一目散に外へと駆け出していく。しかし威勢が良すぎて男達は扉で引っ掛かりあったりしている。織歌はその様子を頬杖をつきながら見て吐息。
「……大丈夫かなぁ?」
≪≫
「そう、これで大丈夫だ」
そう言って話し終えた湊。その提案を聞いた夏彦は首をブンブン横に振る。
「む、無理だよそんなの!」
床に座る夏彦は、椅子に座っているので高低差で湊に威圧的に見下されている感覚に陥っていた。湊の鋭い視線が痛い。
「無理だと?無理ではないはずだ。やろうとしないだけだ。なりふり構っていられないのだろう?」
「それは……そうだけど……自信ないよ」
「安心するがいい。この偉大なる銀河天帝が保証する」
「今、かなり傲慢でトンデモな自称したよね、面倒だから無視するけど。で、用意はどうするのさ?」
案ずるな、と一言で夏彦の気弱な態度を叩っ斬る。
「プレゼント自体はある。後は段取りを覚えるだけだ」
しばし待て、と湊は自分の部屋に戻り、ちょっとして小さな箱と紙切れを持って戻ってきた。
「なにこの箱と紙切れ?」
「その紙切れにあるセリフと計画を実行せよ。手順を終えてからプレゼントを渡せ。だがこの作戦には短冊を吊るす竹が必要不可欠だ。話に聞けば天川織歌の家は中々な所らしいじゃないか。竹に関しては問題ないだろう。家が郊外なのも条件に合致する。何はともあれ時間がない、さぁ状況開始だ」
「ええい、こうなりゃヤケだ!やってやろうじゃないか」
気合いを入れて、紙切れにある文章をブツブツ唱え始める夏彦。湊はその後ろ姿を少しニヤニヤしながら眺めた後、
「一応、確認は取っておくか」
携帯を開きながら部屋を出た。
≪≫
「ワシだ」
法定速度を守っていると言い張りながらエンジンに限界を強いて走る車内。不意に鳴り出した警告音のような着信音に渋い顔をしながら、潰しの耕治は電話に応える。
『今日貴様の所で七夕会をやるらしいな』
電話越しに聞こえてきたのは、玲瓏でありながら高圧的な女声。
「……何をする気だ」
車内にいる者、全員の背筋に冷たいものが走るほどにドスのきいた声で耕治が静かに問う。微かに洩れ聞こえる声は明るく笑う。
『楽しい事だよ、耕治。たまには善行もいいかなと思ってね。君が悲しみ怒る事はしないよ』
「それを信じろと?今までの所業を思えば」
『今回は本気さ。私の愛する者の幸せの為、そしてそれは耕治の大切なフロイラインの幸せにも繋がる。そういう事だ』
「お嬢の幸せ?」
眉をひそめる耕治。いつからか背後から聞こえる白黒ツートーン車の、停止を促し叫ぶ声と赤いサイレンがうるさい。
『ほう、公彦の所の犬に追いかけられているようだね?私が公彦に言って片付けさせよう』
「余計なお世話だ」
そう吐き捨てるように言うが、電話の声はそれを許さない。
『そうはいかない。私の計画の為には竹は必須だ。手に入れてもらわねば。そんな所で停まってもらっては困る』
「どうして竹の事を!?」
『七夕会に竹を忘れるとは流石の次元覇王の私も焦ったぞ。まぁいい、これから貴様の後援を開始する。カーナビに最短ルートを送る、あとは信号機操作と、山近くの部下に竹を用意させる。急げ耕治、皆の幸福の為に』
「……お前にだけは借りを作りたくなかったんだがな」
耕治のその一言に電話の声は、フン、と鼻を鳴らし、
『今度、食事にでも連れていけ。それでチャラにしてやるよ』
「そうだな、久々に公彦を交えて楽しむのも悪くないな」
『……気のきかない奴だな。相変わらずの鈍感野郎め』
「あ?なんだって?」
サイレンで聞き取れなかったので問いなおすが、既に通話は切られていた。
「なんなんだ?」
携帯を見ながら耕治は首を傾げた。
≪≫
夏彦を迎えにきた少年少女達は首を傾げた。保護者に襟を掴まれ引きずられてきた彼は、一心不乱に紙切れを凝視しながら小さく唱えていた。保護者の蹴りでこちらに帰ってきた夏彦と、織歌の所のちょっと強面の従業員の車に乗ってやってきたのは街の中央から少し離れた場所。古風な塀の中には屋敷と現代風の大きな家。門をくぐる夏彦は、門にあった天川組という看板を目にする。たしか織歌の家は建築土木系統ではなく警備会社をしているらしいのだが。
「いらっしゃい皆!」
現代風の大きな家の方から扉を押して出てきたのは天川織歌。各々祝福の言葉を掛ける。紙切れを見ていた夏彦は織歌が近づくを感じて、慌ててポケットにしまう。
「夏彦くんも……来てくれて、ありがとっ」
「う、うん……今日は、おめでとう織歌ちゃん」
両者、微妙に目線がずれている。それを見る他の少年少女達は、ああ二人とももどかしいなぁ、なんて囁きあう。そんな周囲の会話すら耳に入らない二人はモジモジするばかり。その桃色空間に割って入ってきた従業員の人に意識を戻された二人と他の少年少女達は中へと案内される。案内された先は広々とした部屋。折り紙製の装飾に彩られた室内に並ぶテーブル。その上には様々な料理やお菓子。子供達は目を輝かせて飛びついていく。皆、楽しく談笑しながら織歌が来た時にそれぞれプレゼントを渡していく。だが夏彦は渡せない。従姉の計画通りに事を進める為には。会もある程度経った頃、夏彦は織歌に訊ねた。
「ね、ねぇ織歌ちゃん。竹って、あるかな?ほら短冊吊るしたりする用の」
その一言に織歌は心臓を直に掴まれた気がした。背中に妙な汗が流れる。
「えぇ!?あ、うん竹……竹ね、あーえっと……」
どもる織歌。視線はあらぬ方向へ。夏彦は答えない織歌を不思議に思う。その時、部屋のドアが開いて従業員の誰より強面、もはや羅刹の男が汗だくになりながら織歌の傍へ。何かぼそぼそと囁く。織歌は彼の耳元で、よくやった、と夏彦に聴こえないぐらいの答えを返す。その言葉に深く頭を下げて、男は部屋を去っていった。視線を男へ向けていた夏彦は織歌に向き直る。そこには先ほどの狼狽の姿はなかった。
「あるよ、竹。じゃ行こうか」
夏彦の正念場、来る。
≪≫
「…………フー」
既に日が落ちた空へ細い紫煙が昇る。星空を見上げ、煙草を吸う耕治の姿がそこにあった。
「あー……疲れた。だがお嬢が喜んでくれたのなら幸いだ」
独り、庭の木陰に座る耕治。本当に死にかけるほど体力を使い果たした部下達を屋敷に帰し、届けた立派な竹の場所とは反対側で痛む身体を休めていた。
「献身的、いやその忠義には驚嘆するよ、耕治」
「どこから侵入した」
気がつけば、目の前には一陣の風と共に女性が一人、耕治を見下ろす形で立っていた。
「警備が甘いぞ。それでよく警備会社を名乗れる」
「ウチはお前みたいな破格の魔王ではなく、人間相手の商売なんだよ、湊」
顔を上げて見る女性、南条湊は妖艶に微笑んでいた。
「魔王とはなんだね、耕治。破格な事には間違いないが」
「何しに来やがった。今日はお嬢の誕生日会兼七夕会しかやってないぞ」
「私の愛する従弟がここで勝負に出るのでな。邪魔な貴様を何処かに連れていこうと思ってね」
「おと……うと?」
「知らなかったかね?牛飼夏彦という、母方の従弟だ」
思わず耕治は煙草を落とした。そして不意に笑いが込み上げてきた。
「ハッハッハ!なんだお嬢の想い人、夏彦さんってのは、お前の血族だったか!」
「邪魔してやるなよ。調べてみれば二人とも、気付きあっていないが相思相愛だという。可愛い従弟の望みなら手伝ってやらねばな」
「過保護な事だ。……ワシも人の事は言えんがな」
二人は揃って大切な人のいる場所へと目をやる。明るい部屋から楽しげな声が洩れ聞こえる。見ながら湊がクスリ、と重畳とばかりに笑う。耕治が湊に視線を戻すと、こちらを見る湊と目があった。ニヤリと三日月に口を歪める湊。
「さぁ行くとしようか、耕治」
耕治の腕を掴む湊。
「行くって何処へだ」
引っ張られて立ち上がる耕治。
「さてね。食事にでも行こうか。公彦は仕事で来れないとのこと。二人で楽しもうではないか」
「早速か。まぁさっさと借りは返しておきたいからな。いいだろう、響志朗の店に行くぞ」
「そうやって安く済まそうとしているな。その分、十二分にいただくとしよう」
並び立つ二人は夜空のもと、煌めく闇へと消えた。
≪≫
「へぇぇー……」
一同声を揃えて見上げる。眼前には高々とそびえる一本の竹。
「さぁ、みんな!短冊吊るそう!」
織歌の声に反応して、子供達は用意された色とりどりの短冊に書き始める。あれになりたい、これが欲しい、など多種多様各々思い思いの願望を記して吊るす。一人で何枚も書くので、大きな竹はたちまちカラフルに夜空に映える。
「織歌ちゃん……これ」
「え?」
その騒ぎの中、夏彦が何か書いた短冊を織歌に渡した。そこには『このあと裏にきて、渡したいものがあるから』と。織歌は夏彦に頷きをもって返答した。
━━☆━━
「渡したいものって……何かな?」
騒ぎの中から抜け出して、ちょうど竹の正反対の位置に二人はいた。
「うん……これ、さっき渡せなかった誕生日プレゼント……」
「あ、ありがとう!」
「開けてみて」
言われて箱の蓋を開くと、中には腕輪が入っていた。その腕輪には木に止まった鷲とが描かれていた。
「これは……?」
「あの、その、えっと……好きです。好きなんです!」
「………………ふぇ?」
織歌、硬直。
「もし僕と付き合って頂けるならそれを……」
夏彦は腕を差し出す。その手首には飛び立つ鷲が描かれた腕輪がついていた。
「腕に、つけてくれませんか?」
「………………」
「……あ、あのもし嫌ならそれを受け取らず、後日、別のを用意するからっ」
反応がない織歌に慌てる夏彦。しかし織歌はゆっくりと腕輪を己の腕につけた。
「え?」
「私も……私も好きです、夏彦くんの事が好きです!」
「うぇぇぇぇ!」
夏彦、硬直。
「ずっと、ずっと、好きでした。実は両想いだったなんて……!」
思わず涙がこぼれる織歌。
「な、泣かないで!えっと、あの、短冊吊るしに行こうよ!」
言って夏彦は一枚の紙を差し出した。
「これ……『ずっと一緒にいられますように』……?」
「う、うん。一緒に……竹の天辺に付けに行こう」
夏彦は腕輪を着けた右手を差し出す。
「うん!」
応えて織歌は涙を拭いて、腕輪を着けた左手で差し出れた手を握る。
星空に織姫、彦星。
地上に織歌、夏彦。
今日、天に橋が架かり、
そして二人の橋が架かった。
最近微妙にスランプ気味でして、リハビリを兼ねての作品です。
七夕から1週間経過してますが気にしたら負けです。
自分的に後半輪をかけて、ぐだくだ度が天井知らずに飛翔している気がします。