41 『星乙女の御前』
水取逸角が目を覚ますとテーブルに座って真っ白な部屋にいた。
目隠しをした金の髪の少女が向かいに座っている。
お茶を優雅に飲んでいる。
目隠しをしても尚、美しさがにじみ出てる。
あっけにとられた。
おそらく口をぽかんと開けて見ていたのだろう。
少女が微笑んだので慌てて目を伏せた。
余りにも美しすぎて直視できないのである。
長い金の髪は秋の夕暮れ時に輝き返す一面の麦の穂を連想させた。
幼少の頃に初めて見た時のような、胸がいっぱいになる美しさだった。
これまで会った中でも群を抜いて圧倒的だ。
目を伏せて尋ねる。
「あなたは?」
「呼んでおいてそれはなかろう。もっともその娘は気絶しているようだが。
やれやれ。白の魔女を名乗るにはまだ未熟な娘だ。
いや良い。そのまま寝させておくのだ。
愛い寝顔である故に」
振り返ると後ろにベッドがあってエイプリルがすやすやと寝ている。
無事で良かった。
聞き役に徹することにした。なんだか口を開くのも恐れ多いという気分だ。
脳内のヨアヒムさんは奥の茶室に閉じこもり、
豆知識先生はその茶室からこちらを覗き見しようとして
ヨアヒムさんが「これ止しなさい」と窘めている。
……たぶん、目の前の人はこれまでの経験から考えてとても偉い人なんだろうと思う。
麗しい乙女が話を続けた。
とりとめのない話をしながら考えをまとめている、という感じだ。
この人にとっても事態が予想外だったのだろう。
素直に傾聴することにした。
「水取逸角。
狭間のプレイヤーよ。ひとまずは勝利を讃えよう。
沼の魔女の行いは少々度が過ぎていたようだ。
沼の魔女の代わりに新たな問題が起こったようだが。
流浪の君、いや紅公子と呼んだ方が良いか。
昔から公子がいると良く混乱が起きる。
困ったことだ。
その波乱を楽しむ者達もいるが
私としてはもっと穏やかに進めて貰いたいものだよ。
人の善を見るために悪に放り込むというのは
見栄えがするが私としては哀しいと思っている。
話がそれたな。
王の血を持つ者が狭間の城の零の民の呪いを解く、
と伝えておいたのは私だ。
本来は戦乱の国の王子が召喚されるはずだったが仕方あるまい。
お前がプレイヤーとしてここに来たのは
お前にも資格があったのだろう。
王の血か。
何を以ってそうなったのか、終わりまでを楽しむ事にするよ。
さて。
厄介な者を目覚めさせてくれたね。
この娘が警告した通り、お前は呪いを解かねばならぬ。
元の世界へ戻ったらお前は悪を為すだろうからね。
アスラは戦を願う。
戦のための戦、終わりなき闘争で心休まる時がないのだ。
だから今帰るのは勧めない。
たぶらかされたと結果とはいえ
悪を為す未来に戻す事は私の矜持が許さない。
これは私の神としての神性を問われているようなものだ。
まあ言ってみればそう、ただの意地だよ」
乙女が席を立つ。寝ているエイプリルに近付き髪を撫でる。よく寝てるようだ。
再び戻ってきた。歩きながら思考をまとめている、といった所だろう。言葉を待つ。
「私はこのゲームに興じている訳でもないが全く知らぬ訳でもない。
もうお前はゲームのプレイヤーとして絡め取られているのだろう。
宝石を集めて外つ国へ帰る時、ここで得た呪いは全て解かれる。
途中退場をしないように、そうせざるを得ない状況になったのだろうね。
私はお前を可哀想に思うよ。
ここに至るまでお前が選択らしい選択をした事があっただろうか?
波に浮かぶ木の葉のように揺蕩いながら
呪いを背負わされるだけ背負わされている。
千秋姫で無くても歯がゆく思うものだ。
お前が好ましい行動を取る限りは
加護を与えてあげたいが、どうしたものかね。
狭間のゲームは神々の戯れだ。
直接乗り込むのも角が立つ。
こうして私が介入してるのも例外なのだよ」
一旦言葉を切ってから麗しい乙女が再び語り出す。
考えをまとめたようだ。
柔らかい優しさの光が身を包む。
水取は頬を赤らめる。
「3つのギフトを贈ろう。
すでに勝敗が決した。
観客は役者を褒め称えてギフトを贈った。
そういうことだよ。
だからお前に3つのギフトを贈る事にしよう。
まずは一つ目のギフトを贈ろう。
この娘に見覚えがあるな?」
ミムさんがテーブルの上に小さく現れた。
3Dホログラムみたいだ。
「これが何に見える? おぞましいか? 愛おしいか?」
――それは……。
「しっかり見極める事だ。
お前はやがて決断せねばならぬのだから。
恋人の愛を疑われたある神は怪物に変わった恋人の為に己の目を潰した。
それも一つの決断だろうが私はそれを許さない。
はっきり見える目があるのなら正しく使え。
この事を私を呼んだお前に私は課す」
有無を言わせぬ口調だ。怒らせたら絶対怖い人だ。
「ゴーレムに乗る時はエイプリルと共に乗ると良い。
それが正気を保つ。これが2つ目のギフトだ。
白の魔女は私の忠実な下僕。
魔法使いが魔法を操り、神官が神の助力を願うのならば
法に沿った通りに叶える事は神々が守るべき法である。
この娘は未だ未熟だがお前とともに成長する事もあろう。
いやそれを私は期待しているよ。」
お茶を一口飲む。柔和な笑みを少女が浮かべた、と思う。
目を伏せてるので雰囲気で察する。
「3つ。
お前を私の騎士としよう。
お前が私の意に沿った行いをする限りは影から力を貸そう。
その程度ならば他所の神々も強くは言うまい。
信者にルールに沿った加護を与えるのは神々の特権であるからだ。
私の娘に会うと良い。
お前が英雄としてゲームを生き残る助けになるだろう。
全く縁がない訳ではないな。ヨアヒムの師匠だよ」
脳内の茶室がガタ! っと揺れた。
……ヨアヒムさんが挙動不審になってる。
「では場を終えるとしよう」
席を少女が立った。ドアへ向かっていく。
ゆっくりと意識が遠のく。
「善を為せ。私はお前にそれを望む」
最後に言葉だけが響いた。
***********
――称号『星乙女の御手』を獲得しました。
効果:目隠しをした際に邪悪な者に対する攻撃力を上昇。邪悪な者のイデア体を捉えやすくする。
――切り札『直接嘆願権ー星乙女』を獲得しました。
使用可能回数:1
効果:直接嘆願が出来るが慎重に使う事。
**************
そうして水取は砂漠で目が覚めた。砂が口に入り吐き出す。
阿修羅ゴーレムの陰に居る。
エイプリルが肩にもたれ掛かっていた。すやすやと眠っている。
ここはどこだろう。
城ではないのは確かだ。
なにか派手な魔法を使ってたようだけど地形が変わった結果という感じでもない。
手がかりはないかと脳内のウィンドウなどをチェックする。
星の輝きに包まれている切り札が増えてる。一回こっきりらしい。
そして称号も!
称号、出歯亀を外して喜んで付け替えた。
視力がぐんっと下がるが気にしない。
やっとまともなのが来た……! 日頃の行いが良かったからだろう。
びびび「おっす! あーあーあー、きこえますかーきこえますかー」
小人がメッセージウィンドウを出してテレパシーしてきた。
中継会話Liveとかでてる。
相変わらずのなんでもありっぷりだ。
愉快なアップテンポの音楽が背景で鳴ってる。魔法の音楽。
「よし繋がったどすな! そこはな、別の狭間だべさ。
まだこちらの狭間とぶつかってねえから
殺し合いはしなくて良いどすが、面倒が起こる前に戻っておいで」
「べ、別の狭間だと!?」
「見ての通り、砂漠の国やな。たしか8月の魔女の所だべ」
「うわっ」
6月の魔女に散々ひどい目に合わされたので他所の魔女には恐怖しかない。
お家に帰る!
「それと水取どんに幾つかお知らせがありますどす」
「はい」
「最後に敵も味方も全部、肉団子にしてた件ざます」
「うわ」
トランス状態だったけど、そういえばえらいことした気がする!
「城の味方はこんな事もあろうかと逃がしておいたべ。
入れ替えておいたのさ!」
理科室にあるような骨格標本をバーン! と示してきた
途中から味方の兵士がろくに戦ってない理由が明らかになった!!
「な、なんだと!?」
「異存は?」
「ないぜ! 兄貴ぃ!」
ちゃっきーさんを褒め称える。
メイドさん達も無事。ついで兵士たちも無事とな。
「グッド。あ、あとお前さん、コマンド魔法の二つ目獲得しとき。
吸血鬼の王の灰に赤い宝石が埋まってない?」
どこだ! そしてまた赤か! 一系統を極める方向なのか!
「……探せ! そっちの世界のどっかにあるはずやで」
お、おうよ!
砂漠から針を見つけるようなクエストだ。
「水取さん、早く帰って来てくださいね。
お嬢様と二人っきりでも節度を持ってくださいな」
ミムさんがひょこり後ろからウィンドウに映る。
「……」
「水取さん、え? 怪我大丈夫ですか?
お嬢様を叩き起こして治療してください」
「ミムさん!」
「はい、ミムですよ」
「無事で良かった!」
先に無事だと星乙女から聞いてたものの実際に姿を見ると涙が止まらない。
目を腕で拭って隠す。
「はい。生きてますよ、水取さん」
ミムさんがくるくるとその場で回ってみせる。
「星乙女が私の胸に6月の宝石を授けてくれました。
これで私も精霊見習いですね」
「へえ!」
「時が来るまで仮面は取りませんよ」
「へ、へえ!」
仮面の下はかつて見た美少女なのか骨なのか判らない。
だがミムさんが生きてそこで待っているというだけで全ては許された気分だ。
脳内ウィンドウLiveなのでヨアヒムさんと豆知識先生もミムさんに見えてる。
ミムさんはなんでそんな所にいるの、しかも骨じゃないし!
と最初びっくりしててから次に笑い転げた。
なんでもありというのは良いことだね。
「そんじゃ砂の狭間の国から頑張って帰還よろしくどす。
詳細は寝ているエイプリルに任せるべ」
「おうよ!」
「水取くん、うるさい」
寝ぼけたエイプリルが不機嫌そうに言った。
第一章終わり
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「よし。沼の魔女も交代したし、千秋姫も目覚めたしで結果良しかな。
水取くんもこっちに残ってるから僕の一人勝ちだね。糸が間に合って良かったよ」
使い魔の小さな蜘蛛を愛おしく魔女はさすった。
――君を愛するよ。全世界を敵に回そうとも。




