39 『呪文の歌。――死の舞踏』
「死ねば良い」
女の声がまず一声響いた。
恐ろしい程に冷えた声だった。
その声に併せて波のように暗い星の魔力が中庭を走り抜ける。
城の中庭に夜の蒼い闇が霧のように落ちた。
喧騒が鎮まり誰一人として動かず事の成り行きを見守った。
――ブラムシリカも含めて。
「何が役割だ。何が運命だ。
死人の国が幸せか。
選択をしただと。良いように使われただけだ。
私はお前を許さない。
死ぬことを許さない。
自分が死ねば皆が喜ぶだと?
死がお前の幸福ならそれを許さない」
ゴーレムから少女の怒った声が響く。
「魔女も、神も、悪魔も仙人も皆が勝手だ。
そんなに幸せならば何故おのれは死を拒む!
死ぬが良い。 ――死だ」
城に響くこだまが死を繰り返す。
ゴーレムが胸の槍を掴む。固まったヘドロの騎士ごと持ち上げ無造作に振り飛ばす。
胸の損傷は途端に塞がる。機体が青い光に包まれる。
「――私が千の舞を踊った時に王は望みの褒美を与えると言った。
――それで私は王の首が欲しいと言った」
囁くような声から呪文が始まる。
蒼い透明な腕が地から伸びて生きる者、
動く者を母の腕のように撫でてから優しく絡めとる。
それでいて怒りを押し殺した調子で呪文が歌う。
無数の死者が歌う呪いの歌だ。
憎悪を優しさのスポンジで押し込めたらばこういう声になるのだろう。
そういった歌声だった。
ゴーレムを中心にそれが始まる。沼が見る見る間に干上がり乾いていく。
沼の魔女ブラムシリカも吸血鬼の王もその配下も、
霧の魔女の配下の骨兵士もメイドも彫像のように立ってそれを見守っている。
阿修羅ゴーレム、千の秋の王、が呪文を歌い始める。
水取の声でも誰の声でもない、阿修羅の歌声、千秋姫の美しい声だ。
千の秋の王の周りに四つの輝く線が現れそれぞれが巨大な魔法陣を丁寧に描き始めた。
魔法陣が呪文を歌う。
押し殺した調子の声だ。
合唱のように大勢の声が重なって作られている。
先程までの喧騒は消え、静寂に呪文の歌声だけが響くのだ。
「――私が千の舞を踊った時に王は望みの褒美を与えると言った。
――それで私は王の首が欲しいと言った。
――王は私に千の剣を突き立てた」
死の舞踏が開始された。
「――王よ。王。
お前が言葉を違えるならば私は四つの剣で舞を踊ってみせよう。
――王よ。王。
お前が褒美を与えぬのなら私は褒美を勝ち取ってみせよう。
たとえ千の剣が私を阻むとも」
「――地よ、来たれ」
地の魔法陣から巨大な剣が現れた。
「 ――天よ、落ちよ」
宙の魔法陣から巨大な剣を引き抜いた
「――海よ、静寂をかえせ」
渦巻く魔法陣が現れ巨大な剣が現れた。
「 ――風よ、嵐を叫べ」
緩やかな風が魔法陣となり巨大な剣を引き抜いた。
「――炎よ
――炎を」
息吹が炎となって包み込む。
「――人も魔も。神も。龍も。哀しみも喜びも。
――灰から灰に。無から無に。
――褒美を剣もて問う。
――生を望む
――死を望む」
こだまが叫ぶ。
「――死を。 死を。 死を」
ゴーレムが四本の腕に四本の剣をそれぞれ持ちゆらりと立つ。
ゆっくりと上体を回す。
踊る。
ゴーレムが踊る。
剣の舞を踊る。
アラビアの歌姫のようにしなやかな踊り。
ナメクジのようなぬらりとした踊り。
舞が加速していく。
四つの魔法陣からは催眠歌のような呪文が成される。
沼の魔女も吸血鬼の王も動けない。
深海に沈んだ缶のように魔素に潰されているのだ。
かつて天の諸将と悪魔の大群を相手に一人で大立ち回りを演じた阿修羅。
その力の残滓はまだ残っていた。
神ならざる身では瞬きも許されなかった。
加速していく。
呪文の歌は恐ろしくも美しく舞に併せていく。
さらに加速していく。
加速しながらもなおも魅せる美しさを保った舞だ。
阿修羅ゴーレムの飾り布が踊りに併せて流れる。
影が踊る。
影が怯えて逃げる。
捕まる。
隠れて逃げる。
見つかり舞が追いかける。
千の秋の姫が阿修羅の影に見える人は見えるだろう。
美しい舞を怒りを秘めた瞳で踊るのだ。
「――すべて死ぬが良い。
人も。
魔も。
私を裏切った神も。
なにもかも」
阿修羅の舞が周囲を回りながら段々と狭まる。
切り刻まれる。切り刻まれる。
吸血鬼の王の不死の源は糸車に巻かれるように次元を超えて回収されていく。
王は止めようと必死に抵抗したが一度回りだした車輪は止まらない。
不死である証もなにもかもが切り刻まれていく。
『死の舞踏』
城が銀河の渦のように魔法で染まった。
全てを飲み込む。
不死も生きているものも等しく破滅を願う、
神々に逆らう阿修羅の持つ恐るべきルーンの力だ。
沼の魔女も吸血鬼も骨の兵もメイドも飲み込んでいく。
すべてが中央に引き寄せられ一つの肉の塊に変化していく。
舞が中心に近づく。曲の回転も段々と落としていく。
肉塊を阿修羅の4本の腕が掴む。
肉塊が頭と胴だけの死体に変わる。
胴を二本の腕が掴み、そして残る二本の腕がゆっくりと喉を腕が締める。
――ポキ。
乾いた音がした。
脛骨が折れる。
頭が落ちる。
床にぶつかりカツンっと音が響く。
「――私が千の舞を踊った時に王は望みの褒美を与えると言った。
――それで私は王の首が欲しいと言った」
ゴーレムが首を拾って甘い口づけをする。
「――果たしてこれは王の首であったか否や?」
呪文が終わる。
そして不死に死が刻まれた。
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ウィンドウ:
『魔女ブラムシリカが死亡しました』
『プレイヤーのウルズデーンが死亡しました』
『ゲームの終了が流浪の王によって宣言されました』
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霧の魔女が立ち上がる。
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あと2話で一章終わりです。




