28.
エレステル全土にチェーン店を展開するバーグ商会だが、どこでも繁盛しているわけではない。ビンク領の店舗は本店の支援があるからこそ品揃えを維持していたが、売上高はそれほど高くなく、建家も特に大きくない。その理由はビンク領の特別な通商システムにある。ビンク領の主な取引には素材の段階で税がかけられる。そのため他の地域より物価が高いのだ。もちろん民は生活が苦しくなるのだが、それを補填するように領主より援助金が支払われる。資金源は前述の税金だ。そしてその一部は領主の懐に入る。元を正せば課税を撤廃すればよい話だが、そうすると援助金も同時に失われ、生活が成り立たなくなってしまう。ゆえに民は領主を支持し、商家は口を出せないのだ―――。
「汚い奴だ…」
エイナが吐き捨てるように言ったのを聞いて、アケミはその背中を叩いた。
「不満そうな顔を出すなよ。不審に思われて捕まったりしたらアウトだぞ」
「それはわかりますけど……ここまで必要ですか?」
ビンク領で一番いいホテルの一室。二人の手にはそこそこ高いドレス…。
「私、こんな服着た事なくて……そもそもスカートとか、何年ぶりか…」
「一着も持ってないのか? ダメだぞそれじゃあ。女であることを忘れるな。好きな男に見せるドレスもなくてどうする」
「いませんよそんなの。……アケミ隊長は、相手が女の人なんでしょう? 関係ないんじゃないですか?」
「馬鹿にするなよ」
長く艶やかな黒髪を串で止め、振り返るアケミのスカートが翻る。女にしては長身だが、そんなことが気にならないほど……いや、むしろ魅力であるほどに美しい貴婦人となっている。
「あたしほどになれば相手が男でも女でも見惚れるさ。それに―――女が大事な人に晒すのは服じゃない。表情だ」
「さっきと言ってることが違う…」
とツッコミつつ、エイナは息を呑む。見栄っ張りのバカが自慢しそうな長剣を担ぎ、傲岸不遜な態度で男勝りの度胸を持った武家の女……それがエイナのアケミに対する印象だった。しかしこうまで様変わりして、全く服に着られていない。化粧も完璧‥…己の美しさをわかっている。女であればこうありたいと思えるような美女だ。本当にこの人、自分と一~二歳しか変わらないのだろうか?
「何をボサッと立っている、早くしろ。着方がわからないのか? ほら、手を上げろ。ボタン止めてやる」
「いやいいです、自分でできます…!」
「遅いんだよ、じっとしてろ。動くと、キスするぞ」
「え………」
一瞬、時間が止まる……
「ククッ……オイオイ、本気にするな。冗談だろ」
「………」
ああこの人、根っからの女たらしだ。むしろ女でよかったのかもしれない……。
「いらっしゃいま―――…」
店に入ってきた客を見て、店員は言葉を失った。極上の美女が現れたからだ。服装は華美ではないが上質、侍女らしき女も伴っているところからすると、ほぼ間違いなく貴族の子女。上客だ…!
「あ、あ、いらっしゃいませ…!」
「私、イッシュ家のクリスチーナ=イッシュと申します。ご店主様はいらっしゃいますか?」
スカートの裾を上げて恭しく礼をする美女に反射的に頭を下げる店員だが…
「クリスチーナ=イッシュ様…」
「ああ、無理もございませんわ、田舎貴族ですもの。私、旅の途中でして、些か物入りですの。困ったことがあればバーグ商会様を尋ねればよいと、友人がこれを」
美女から渡された封書から取り出した紙を見て、店員は度肝を抜かれた――!
「こ、これは! 少々お待ちくださいませ、すぐに店主を呼んで……いえ、その前に奥へどうぞ!」
美女はニコリと微笑み、侍女は硬い表情で奥の部屋へと通されていく…。
ややあって、部屋に店主が現れた。落ち着いた雰囲気の老人だ。皺の深さから、もうかなりの歳に見える。
「お待たせいたしました、店主のマイスです。こちらの紹介状……我がバーグ商会の令嬢、ロナ=バーグのもので間違いありませんが、どこでこれを?」
「令嬢…?」
侍女がポロリとこぼし、マイスの目がじろりと動く。クリスチーナがテーブルの下で侍女の足を蹴った。
「もちろん、ご本人から頂いたものですわ。イッシュ家は遠くキノソスの山の麓にございます、貴族と名乗るのもおこがましい家でして……お恥ずかしいですが、この服も旅用に誂えた一張羅ですのよ? ですが遠縁にシロモリ家がございまして、その伝でロナ様をご紹介いただきましたの」
「シロモリと…」
「ええ。若き当主のアケミ様とロナ様はとても仲良くされているとか。残念ながらあまりお話する時間が取れませんでしたけれど、大変良くしていただきました。その際、言伝てをお預かりしまして」
クリスチーナ=イッシュが掌を上にして右手を出す。何もない……。と、侍女が慌てたようにポーチから紙を取り出してクリスチーナの手に乗せる。侍女は焦り顔、クリスチーナは柔らかい微笑みを浮かべたままだ。
「これを」
「………」
受け取ったマイスが便箋を開き……また目を見開いた。
「……あなた様はこの内容を?」
「存じておりますわ。断られたときは別の方法を考えなければなりませんもの」
「あなたは一体………いえ、まさかあなたは………ブラックダガー…?」
「ブラック…? そのような物騒なものは存じませんわ。シャロン、知っていて?」
「……は? あ、いえ……知りません…」
「もう、ぼうっとしていないの。あなた、私のボディガードなんでしょう? しっかりしてくれないと」
ホホホホ、と笑って、また侍女の足を蹴った。
「まぬけ。へたくそ」
「だ、だって、侍女なんかやったことないですよ!」
「訓練で泥に塗れていてもロナはバーグ家のご令嬢なんだよ。イチイチ動揺するな」
エイナがアケミに罵倒されるが、ギャランは仕方がないことだと思った。エイナに貴族の真似は無理だし、演技もダメだ。その手の器用さは持ち合わせていない。むしろアケミの変貌ぶりにビックリだ。オーラからして違う……もうあれ、別人だっただろうと思う。
「戻りました…」
最後に戻ってきたノーマンが席に着き、四角い卓の四辺が埋まる。ここはホテル―――ではなく、ギャランとノーマンが泊まっている下町の宿だ。ビンク領に入ったシロモリ隊は男女別れて宿泊していた。
「地図」
アケミが声を出すとギャランが紙を卓に乗せる。例の盗賊団の基地周辺の道を調べた地図だが……
「…なんだ、この点線は?」
「や……だって一人で基地に近づけないじゃないですか、見張りもいるし……だからその点線は、想像でこんな感じかなーと…」
「………」
アケミの視線が冷たい…。ギャランは慌てて手を振った。
「でも間違ってないですって! 地形からするとこれ以外ありえないし!」
「…まあいいだろ。次、装備」
ノーマンが背負ってきた籠を卓の上に置く。その蓋を開けてアケミは剣を取り出した。女が片手で扱うにはやや大ぶりで……柄の部分にトゲの生えたナックルガードが付いている。
「何、そのバカっぽいの…」
ギャランが本音を漏らすが、アケミは底抜けに笑った。
「あははは! 自分でオーダーしておいてなんだが、本当にそうだな! どれどれ、中は…」
ずるりと引き抜いてエイナとギャランはビクッと肩を震わせるが、アケミは全く二人を気にしていない。剣先を窓から差し込む陽の光に向け、縦にした剣の刃筋を間近でじっと見つめる……。刀身は峰のないスタンダードな諸刃だが、剣の中程が緩やかに内側にカーブしている。
「……悪くない仕事だ。軸になる剣があるとはいえ、一日二日でよく仕上がったな」
「アケミ隊長が使うと聞いたら、鍛冶師のじいさんが本気になりました…」
のっぺりしたノーマンの口調以上に「じいさんの本気」がどれほどのものか、エイナとギャランもわかる。大隊に随行する鍛冶職人は少ない人数で大量の武器の補修をする上、国境警備で何もない日が続くと兵士が手持ち無沙汰になって剣のオーダーを始めるのだ。当然注文は詰まってきて日々忙殺されるのだが、ベテラン鍛冶師になると「無理なものは無理!」と屈強な兵士相手でも突っぱねてしまうのだ。大隊では、武器の要である鍛冶職人と食料庫の鍵を持っている調理人には絶対逆らってはいけないのが暗黙のルールなのだ。
アケミがノーマンを使いに出したのは近くの第四大隊で、剣はそこに所属する鍛冶職人にオーダーした。武器は命を預けるもの、本来なら自分自身で手に取って選ばなければとても使う気にはなれないが、アケミが考案したベース剣のカスタムオーダーであれば、寸法や重量はある程度予測が付く。アケミの要求はまず「一両日中に」。そして「バカが使いそうなデザイン」で「最高に斬れる剣」だった。要するにグリップや鞘はバランスが崩れない範囲で好きに、刀身は本気でやれということだ。長刀斬鬼の異名を持つアケミに「斬れる」と唸らせる剣を造るのだから、さぞかし「本気」だったことだろう…。
「バーグ商会の方は数日で調べ上げてくれるだろう。援軍もおそらく二~三日中には合流できる……そしたら、やるぞ」
ナックルガードに指をかけてくるりと剣を回し、鞘に納めるアケミ。その口元はニヤついていて、ひどく「悪い顔」だ。
「なあ、俺たちこの人について行って大丈夫かな…?」
「………」
ギャランが本気で心配そうな声を出すが、エイナは答えられない……。
ちょっと先が見えてきたので急いで続きをば。困ったときにキャラが動いてくれるともうホント助かります。「お楽しみに」というとハードル上げてしまいますが、個人的には今後の展開が楽しみになってきました。




