21.
「ゆけえぇぇ―――!!」
岩場の影から狙いすましたように現れた一団は、全員が騎乗した精強な戦士たち―――バラリウス中隊である。現状休戦状態のエレステルにおいて、これほどまでに威風堂々とした戦士で揃えられた軍団はそうはない。戦士としての猛き闘争心と兵士としての冷徹な判断力が同居した面構えを各々持ち、それらを束ねる長は、まさに百獣の王の如き形相で剣を掲げ、咆えるのだ。
丘を駆け下り、目指す先は移動中の盗賊団―――バラリウス中隊より圧倒的に多く、もはや一つの軍だが、それでも魚群を狙う鮫のように、横合いから食い破っていく。
その盗賊団はバラリウス中隊に気付くやいなや、それこそ鰯の群れのように逃げ出し―――二つに分かれ、林の中へと消えていく。バラリウス達は手綱を引いて馬を止めた。
「何人仕留めた?」
「二十名足らず」
前だけ見て尋ねる声に、横に並ぶブリッシュが答える。バラリウスは一度もぶつけることのなかった剣を鞘に納めると腕組みし、盗賊団が消えていった林の先を見つめた。
「……どう見る?」
「逃げの一手であったように見えます」
「しかし二手に分かれたところを見ると、ただ慌てて逃げたわけではあるまい」
「示し合わせたとするならば、少々合点がいきませんが」
「うむ……奴らの兵数は我らの五倍はある。迎え撃つならともかく、逃げる手はあるまい。何かに向かっているようにも見えん。目的は時間稼ぎか」
「無駄な消耗は避けたい、といったところでしょうか」
「ならばどこぞに潜んでいればよい。あえて姿を晒すあたり、やはり大物が釣れるのを待っておるのやもしれぬ」
「隊長は小物扱い……ではないのでしょう、おそらく」
「貴様もそうとるか。ワシもよ。こちらとぶつかればタダではすまん。兵力を認識しておるがゆえの逃走……であれば、やはり内通者がおるか。改めて、国境警備はザルと言わざるを得んな……ジャファルスに侵入された事件を挙げれば枚挙に暇がない。大隊レベルでの兵力増強をせねばならんな…」
「…………」
「む? どうした?」
バラリウスに問われ、ブリッシュは珍しく言い淀む。
「いえ……その口調には違和感が…」
「『ワシ』か? うむ、御大の真似をすることにしたのよ。曰く、ワシは迫力がありすぎるらしい。笑い方も怖いと言われてな、御大の孫はワシには懐かなんだ。しかしあのシロモリにはじゃれつくらしいのだぞ!? あの女とワシとでは、どちらがまともか火を見るより明らかであろう? 納得いかん」
「張り合うところではないと思いますが…」
「いいや! あの女を見返さねば気がすまん! まあそれも、諸々片付いた上でのことではあるが……さて、どう動く?」
バラリウス中隊は潮が引くように、静かにその場からいなくなった。
アケミはウラノと、黙々と中央街道を進んでいた。
フィノマニア城下まではあとわずか……明日には着くだろう。ここまで何も問題はなかったが、ウラノの進み方だけが気になった。現れたその日の夕方に出立と出始めこそ慌しかったが、途中雨で一日休み、一昨日はペースを落として刻むように宿泊。今更だが、急いでいるのであれば乗合馬車という手もあったはずだ。しかも話しかけてもろくに返事せず、雑談にも応えない有様……
「なあ、本当は行きたくないのか?」
顔を覗き込みながら聞くと、ウラノは歩みを止めず、目線だけチラリと向けてきた。
「シロモリ様は行きたくなければ行かれないのですか? お気楽な仕事で何よりです」
「それは行きたくないってことなのか?」
「……国を越えて出張となれば、それなりに決心が必要でしょう。まして、隣国の王城です。失礼があれば国家間の問題になるのですから重責です」
「ウラノに限って失礼はないだろう。隙なく嫌がらせするのが趣味みたいな女だしな」
「………私のことをどのように見ていらっしゃるか、よくわかりました。それでよく私の依頼を受けて下さいましたね」
「なんというか……ヤなヤツはヤなヤツなんだけど、敵って感じはしないんだよな。なんだかんだで芯の部分ではエレステルに忠誠を誓っているっていうか、プライドがあるのがわかる」
「………今、そのようなことを言われても嬉しくありません」
「今じゃなかったらよかったのか? ならもっと早く言っておけばよかったな」
「…………」
ウラノはまた黙ってしまった。いや……
「お気遣い、ありがとうございます。しかし私などに構わず、ご自身のことに力を尽くされるのがよろしいかと存じます」
「ひねくれてるのも、こう見れば可愛いな」
「そう言って口説くのが手ですか? 私は拒める立場にありませんので……今晩の宿は別々がよろしいでしょうか」
「あまりそういう言い方はしない方がいいぞ。ウラノの器量なら、誘われてると勘違いする男もいそうだからな」
「……」
ウラノは不機嫌そうな顔で、今度こそ黙ってしまった。……と、後方から馬が疾駆する蹄の音が聞こえてくる。振り返ると、道行く人を器用に避けながら結構な速さで馬が迫って来る。その上に乗る女と目が合った―――
「あ、いた! ストップストップ!」
「アレイン…!?」
まさしく人馬一体となった動きで馬を急停止させたアレインは、行く手を遮るように馬を回り込ませる。
「よかった、中央街道で見つからなかったらもうどうしようかと……!」
「どうした、そんなに慌てて…」
慌てている理由も気になるが、腰に剣を下げているのも気になる…。
「後ろに乗ってください、追っ付け説明しますから―――!!」
「いや待て、今は依頼を遂行している最中で…」
「みんなが、バレーナ様が大変なんです!」
「は…?」
みんな―――ブラックダガーとバレーナが…?
「…私のことは結構です。ここまで送っていただき、ありがとうございました」
ウラノは頭を下げるが…
「いいのか?」
「…不義理はしたくありませんので」
何のことだ…?
「……一つ、お礼を」
ウラノが一歩、二歩、アケミに近づき―――顔が、近い……
「ちょっ…」
「何か?」
「や、その…」
目を逸らすと、ウラノも気付いたらしい。冷めた視線が刺さる…。
「…お耳を」
「ああ、そういう…」
咳払いして肩の力を抜くが、耳にくすぐったい息が掛かってまた強ばってしまう。
「バレーナ様の他、数人しか知りませんが、イオンハブスのガルノス王様が現在伏せっておられます」
「何…!?」
「命に関わる重篤ではないという話ですが、私は内情を探るために派遣されるのです」
「…本当か!?」
いくらウラノが優秀だとしても、そんなスパイ紛いのことをバレーナがさせるのか? にわかには信じられない。
ふと、馬上から「早く!」とアレインが無言で訴えてくる。ちょっと待てと手を振ろうとすると、頬に柔らかい感触が――…!?
「うわっ…」
アレインの顔が引きつったのが見えた。
頬に唇を当ててきたウラノが久しぶりににやりと―――久しぶりに見る悪い笑みを唇に浮かべたのが一瞬見えた。
「ご武運をお祈りしています」
「………」
苦々しく見返すと、ウラノはしれっと、完璧な作り笑顔をしてみせた。
二人乗れるように大きい鞍を付けているのに、いざ後ろに跨って腰に掴まると、アレインはしかめっ面をする…。
「なんだその顔は…」
「……変なことしませんよね」
「するか!」
馬を走らせ始めるが、アレインの表情は硬い。
「マザロウの時も女の人にキスしたって言ってたのに、まさかお城のメイドさんにまで手を出してるなんて…」
「出してない! マザロウの時は落ち着かせるためで、さっきのはアイツのイタズラだ!」
「イタズラでも、そういうのを気軽にしたりさせたりするあたり、どうなのかな…。アケミ隊長、変なフェロモン出てるんじゃないですか」
「うるさいな……どっちかっていうと変なのに絡まれやすいのはこっちのほうだ。それにあたしはもう隊長じゃない、いい加減に気をつけろ。ミオが聞いたらヘソを曲げるぞ」
「あ、その辺のことはもういいんで」
「? それで、何が大変なんだ」
「ああ、えっと…どう話したらいいかな…」
「順を追って話せ」
―――そしてアケミは事のあらましを聞いた。盗賊団が出現したのはグロニアを発った直後……間が悪かったとしか言い様がない。しかしバレーナ自らが民衆に訴えかけてまで討伐隊を編成し、出撃する理由がわからない。軍がすぐにグロニアから応援を出さないと言っても、野放しにしているわけではないはずだ。ベルマンは抜け目がないし、バラリウス隊ならば上手くやるはずだ。そのことを知らなかったとしても、バレーナの行動はハイリスクすぎる。仮に盗賊討伐を成功させたとしても、自軍や民の被害の規模によっては実力を疑われる事態になりかねない。バレーナなら当然理解しているだろうし、ロナも気付いているはずだ……反対を押し切ったということか?
ウラノのことといい、何をそんなに焦っている…? 何がバレーナを突き動かしている……
――――ガルノス王様が現在伏せっておられます―――
「あ……そうか、そういうことか…! バレーナめ……何のためのブラックダガーかわかってるのか。一発引っぱたいてやる…!」
アケミが舌打ちするとアレインがぎょっとして振り返った。
「変なことしませんよね…!?」
「…飛ばせ!」
脇をつねってやった。
昨夜でもできなくはなかったですが、今日更新です…。「NEXT CROWN」も追って今晩更新予定ですので、そちらもよろしければ。
「アルタナ」や「女王への階」など見返しつつ、設定的におかしなところはちょこちょこと辻褄合わせをしております……ずるいであります(笑)。終わったら、本当に一回全部通して読んで、改訂したいものです……。




