20.
出立の日の朝。
集合場所であるグロニアの西側外壁には、バレーナを始めとするブラックダガーが待機していた。
そして――――
「おお……結構来てる」
背の低いメアが軽く飛び跳ねる。その数およそ百五十名………グロニアの貴族たちから私兵を始めとする兵力の提供があったのだ。
「バレーナ様自ら出立なされると聞けば、事前に協力を要請されていた貴族は無視できなくなる……ロナの作戦通りになりましたわね。同じ貴族の私としては、少し複雑な気分ですけれど」
イザベラは肩を竦める。一方で、成功を褒め讃えられたロナは浮かない顔だった。
「これは諸刃の剣だわ……ほとんどの貴族が示し合わせたように五人ずつ兵士を出してきている。裏で話し合いがあっただろうし、兵士も急遽雇った傭兵みたいなのばかり…。そしてこれで失敗すれば、バレーナ様のお立場は……」
「――そう思うのなら、こんな無謀な作戦は止めていただけますか」
冷たい声を出してレビィが、そしてマユラがやってくる。
「全く……こんなことをして、万が一のことがあったらどうするんですか!?」
「でもバレーナ様がやろうって―――」
「だったらそれを諌めるのがあなたたちの役目だ!!」
「うおぅ…怖っ…」
メアがぴょんと飛び跳ねてイザベラの後ろに隠れる。そこに進捗状況を確認しにミオもやってきた。
「意外にも協力者がたくさん集まりましたが、こんな混成部隊、どれだけ数が増えても意味がない………はっきり言っておきますが、私が危険だと判断した場合、あなたたちがどれほど惨たらしい状況に陥ったとしても、私はあなたたちを見捨ててバレーナ様を逃がしますので、そのつもりで」
「わかりました、その判断はお任せします。あてにしています」
ミオが頭を下げて、レビィは調子が狂う…。
遡り、バレーナが市街に出て演説をした日の夕方―――
「なぜです! バレーナ様が自ら出立されるというのに、我々は城で待機なんて…! バレーナ様を凶刃からお守りするのが親衛隊の本分ではありませんか!!」
「親衛隊の本分は王室を守ることだ。軍人の真似事をすることではない」
「っ……私を軍から引き抜いたのは隊長じゃないですか!!」
隊長室でレビィは親衛隊長に迫ったが答えは変わらず。レビィは隊長がいかに真摯に役目に向き合い、いかに誇りを持って臨んでいたか知っている。だから親衛隊に入ったのだ。だというのに、これはあまりにも冷たい……。
「…そんなに王女殿下の守備につきたいのなら、貴様も行くか?」
「!! やっぱり……そういうことなんですね……」
レビィの顔は自然と俯き、目尻から涙がこぼれてきた…。
「おっ……どうした!?」
「私を、親衛隊から追い出すつもりなんですね…」
「何!? どうしてそういう話になる!?」
「だから毎回ブラックダガーなんかの訓練に参加させたんじゃないんですか!? 私が自分から出て行くように……!」
「違うぞ!? むぅ……そんなふうに考えていたのか。すまん、俺のミスだ。ちゃんと伝えていたほうがよかったな」
「? 何をですか…」
「……まあ座れ」
来客用のソファに座らされ、しばらくしてメイドがコーヒーを持ってくる。隊長はそれをレビィに回して、もう一つ追加で頼んだ。
「あの…」
「飲んで落ち着け。ブラックダガーの話だがな、前にシロモリから相談を受けていた……姉の方だ。今だから言うが……ブラックダガーの設立によって親衛隊が縮小される可能性があると事前に話があった」
「…! 隊長はそれを受諾されたんですか!?」
「まさか。訓練も受けていない小娘の寄せ集めに我々の代わりが務まるはずもないだろう。しかしシロモリは王女殿下に必要だからと粘り強く説得してきた。心情としては理解できる……あの娘たちには、天涯孤独となってしまったバレーナ様を精神的にお支えする役割もある」
「あ……だから、若い娘ばかり…?」
「そうだ。しかしそれで親衛隊が削られるのは筋違いというもの。納得できるものではない。だが、王女殿下を擁護する派閥がシロモリがブラックダガーの隊長に就くのに難色を示すと、あの女はあっさりと身を引いた……いや、引いてみせた。シロモリはバレーナ様とは幼馴染というし、お側で仕えたい気持ちは並々ならんものがあっただろう。しかし己よりも隊の設立を優先させた。その覚悟を見て、俺も親衛隊の規模縮小を呑んだのだ。とはいえ、それについては俺の力不足が一番の原因だ……すまんと思っている」
「そんな裏話が…」
「しかし、王女殿下の話し相手だけなら隊としての体裁をとる必要ない。隊であるからには彼女たちには義務と権限が与えられる。それに見合う力があるか―――それを見定めるためにお前を行かせたのだ。ブラックダガーは女の園だ、男は易々と踏み込めん。それにお前は彼女たちと歳も近い。行く行くは情報交換するパイプ役にしようと思っていたのだが…」
「なら……なら、なぜ事前に話して下さらなかったので―――」
ドアがノックされて申し訳なさそうにメイドが入ってくる。レビィの声が外まで聞こえていたのだろう。あまり大っぴらに知られていい話ではない……レビィはコーヒーを口に含んで一旦気持ちを落ち着かせる。
「…なぜ、お話して下さらなかったのですか。それならそれでやりようもありました…!」
「貴様は優秀だが、感情的になりすぎるきらいがある。先に言っていれば、親衛隊縮小の遠因となったブラックダガーを快く思ってない貴様は正しい評価を下せないだろう。そう考えたのだが」
「…………」
残念ながら隊長の気遣いは逆効果だった。ブラックダガーと会話はするが、仲良くはない……特に何人かとは険悪だ。
「…今からでもバレーナ様をお引き止めしたほうがよろしいのではないですか? あまりにも無謀すぎます」
「それは難しい問題だ……王代行とはいえ、国のトップが一度行くと言っておいて止めるわけにはいかん」
「それで評価が下がったとしても、一時のことじゃないですか! 代わりに軍が出れば何も問題ないわけですし…!」
「……レビィ。元一兵卒の貴様は、今の王女のお立場をどう考える?」
「どう、とは…。王位を引き継がれる大事な時期です」
「そうだ。だが、事はそう単純ではない。バレーナ様は十分な資質をお持ちでも、女だ。周囲はバレーナ様を将来の王妃と認めてはいても、女王とは見ていない。それにあの性格だ、やがて迎える王と合わなければ激しく衝突することも考えられる。今からバレーナ様に近づいて、果たして未来はあるのか? 周りはそれを値踏みしているのだ。結果、足並み揃わぬ配下はジレンの評定に響き、バレーナ様は王位に着けない…」
「そんな……バレーナ様個人とは関係ないことではないですか!」
「いや、臣下を纏められぬ者は上に立つ資格を持たない。バレーナ様が意気込んでも、周りの動きが鈍ければ国の動きは停滞する。そして結局は、バレーナ様の能力が疑われることとなる。少なくとも市民にとってはそうだ。しかし……そのためのブラックダガーでもある」
「?」
「貴様から見て、ブラックダガーはどのように映った?」
「素人が集まっているようにしか……中には飛び抜けて能力が高い者もいますが、指折るほどです」
「それは軍事訓練においての話だな?」
「そうですが……それが彼女らの主任務では?」
「違う。シロモリによれば、ブラックダガーの真の目的とは、国そのものになることだ」
「?? 意味がわかりませんが…」
「ブラックダガーのメンバーは、あらゆるジャンルに特化した者たちの集まりだ。もちろん彼女たちはまだ若く、実力も経験も抜きん出ているとは言えないが、彼女たちは貪欲に学び、研修を重ねている。最終的には、それぞれが各分野の担当大臣に匹敵する役目を果たすのが目的だ」
「―――!! まさか、そんなことが…」
「現在、顕著に能力を示しているのがロナ=バーグだな。バーグ商会の娘で元々商人として鍛えられている。経済と物流に強く、あらゆる方面にコネを持ち、交渉も上手い。性格は真面目で几帳面、目上を立てる細やかさもあり、文官に言わせれば『とにかく手強い』。彼女はすでに、バレーナ様の片腕として認知されている」
「訓練でほとんど姿を見ませんでしたが……それほどの人物なのですか」
「いずれ、他の者も頭角を現してくるかもしれない。そうなれば、たとえ議員や官僚がバレーナ様の政策を渋っても、ブラックダガーがそれを成す。彼女たちがいればあらゆる箇所にバレーナ様の影響力が及ぶことになる………それを鬱陶しく思っている人間も少なくはないし、これからも増えるだろう。そしてバレーナ様は王としての主権を得ない限り手を緩めることはない―――それが貴様の言う『大事な時期』だ」
「………」
「今回バレーナ様が自らの出撃を宣言されたのは、盗賊団討伐によって勇名を得て、民の支持を集める狙いもあるのだろう。そうすればジレンに認められる日も近づく。一方で―――快く思わない人間が妨害工作を仕掛けてくる可能性も考えられる」
「兵力を出し渋ったり……ですか?」
「……連中が仕掛けるなら、どんな結果が最良だ?」
「え……ブラックダガーが解体し、バレーナ様が大人しくなれば…」
「いいや。バレーナ様がいなくなればいい」
「!! それは、暗さつ―――」
隊長の大きな手でレビィの口は塞がれる。レビィ自身も、自分が口にしたことにぞっとした。
「…いくらなんでも、それは…」
「状況を広く見ろ。今のバレーナ様の一番の後ろ盾は、イオンハブス王だ。もしイオンハブスの王室に何かあった場合、まだ少女の姫君しか残らない。わかるか? 二国とも、天涯孤独の姫のみ―――権力を求める者にとって、これは二度とないチャンスだ。たった数手で国の元首を変えることもできる。今回の討伐など、まさに絶好の機会……バレーナ様が盗賊団との戦いの中で命を落とされても、なんら不自然ではないのだからな」
「待ってください……では、バレーナ様が集める有志の兵など、敵だらけかもしれないじゃないですか…!」
「貴族が寄越してくるであろう私兵もわからん。どこに敵が潜んでいるのか、その時にならねば誰にもわからないのだ」
「それなのに……我々は同行しないのですか」
「…親衛隊がここに残る理由は、企てる輩に対して目を光らせることだ。もし暗殺計画を図っているならば、バレーナ様亡き後、有無を言わせぬ速さで自ら玉座に着こうとするはずだ。城内を我々が見張っていれば、敵に対する牽制になる」
「そういうことなのですか…! ですが…」
「無論、バレーナ様ご自身に何かあっては元も子もない。それに連絡役も必要になる」
「! ならば私が参ります!!」
レビィが身を乗り出す―――と、隊長は真顔になって押し黙る。
「あの……何か?」
「フッ……さっきは渋っていたのに、現金な奴だ」
「そっ……渋ったわけでは…」
そんな言い方をされてはバツが悪い。
「ジータも連れて行け。それから妨害工作……暗殺の可能性があることは誰に対しても口にするな。おそらく王女殿下ご自身やブラックダガーの一部は考えているだろうが、話が広まれば討伐どころではなくなる。この件を話していいのは第四大隊中隊長のバラリウス=ゲンベルトとシロモリ……アケミ=シロモリだけだ」
「シロモリ姉も討伐に参加するのですか?」
「現在所在がわからんようだが、おそらくな。『長刀斬鬼』が参戦すれば、それだけで士気は上がる」
「……それほどの人物には思えませんが」
「使えるものは全て使う。考えられる危険因子は可能な限り潰す。今回の討伐は『バレーナ様が無事に』『盗賊団を撃滅し』『名声を得る』ことが必須だ。この一件がどれほどの意味を持つか、もうわかるな?」
レビィは、深く頷いた―――。
「あ……」
「どうかした?」
集まった兵士たちでごった返す中、ドナリエの視線の先をシャーリーが追うと、レビィが少し離れたところからこちらを見ていて、すぐにマユラと一緒にバレーナの方へ歩いていった。
「あの親衛隊の人も参加するんだね。大丈夫なのかな、ソウカといっつもケンカしてたみたいだけど」
「う、うん…」
「? ドナリエ、あの人から何か言われた?」
「いや…別に」
腰に剣を携えて座るバレーナの側にはハイラが控えている。そこにミオ、マユラ、ロナ、メア、イザベラ、レビィが戻ってきた。
「バレーナ殿下、集まった兵の選別が完了しました」
「そうか。助かるレビィ……ブラックダガーで元兵士はマユラだけだ。軍の経験のあるレビィとジータがいてくれると頼りになる。それで、何人連れていけそうだ?」
「適性がある者は二百五十六名です」
おお、とメアが手を叩く。
「全部で四百……いけんじゃない?」
「私に言わせれば、楽観的と言わざるを得ませんね。とても統制がとれるとは思えません。僭越ながら、貴族側の兵と有志の兵は分けるべきかと」
「うむ…」
レビィの提案を受け、バレーナはロナに視線を送る。
「貴族側の兵はマクリール様にお任せ致しましょう。現役を引退されていますが、ゴルドロン様と肩を並べて戦った武勇をお持ちの方です。兵士も二十名を供出されてますし、適任かと」
「皆、異論はないか?」
バレーナが全員を見渡して確認する。反対意見はない。
「では出立する……整列させてくれ」
「「「は!」」」
ミオとロナを残して全員が散る。慌ただしくなる中、ミオは立ち上がるバレーナが漏らすのを聞き拾った。
「総勢四百名……無事に帰せるだろうか…」
表情には苦悩の色が滲む。まだ若いバレーナは犠牲をよしとはできない………だが、それでいい。理想を追い求めるバレーナこそ、ブラックダガーの、エレステルの求める王となるのだから。
「……必ず勝利します、バレーナ様」
バレーナの背中を見つめながら、ミオは決意を口にした。
えー、いつもより更新ペース遅れました。その分、ちょっとだけ長めです。なお、日曜は例によって死んでました(笑)。死ぬほど働いているわけじゃないのに、病弱でもないのに、どうしてこう調子悪くなるかなぁ…。前世で何かやらかしたのでしょうか。
なお、別作品「NEXT CROWN」も最近久しぶりに更新しました。読んだことない方は、時間と気持ちに余裕があればぜひ。感想いただけると嬉しいです。




