19.
少女たちの行動は早かった。それぞれが担当分野を持つブラックダガーは一斉に散開、必要なものを揃えに走った。資金や食材の調達、武器・防具の収集から、貴族や有力者へ協力要請、民衆への呼びかけ、組織編成の概要、ブロッケン盗賊団の情報収集など、考えられるありとあらゆることを同時に開始した。大臣や評議院議員の耳に入った頃には、全工程の六割が終了した後……それほど迅速だった。
残るは、一番肝心な兵士の確保である。これを成すためにロナが打った手は、二週間後に繁華街青年会が主催する祭り会場予定地を使って大々的に喧伝することだった。二日前にブロッケン盗賊団の襲来、そして討伐隊の募集の呼びかけはすでに告知されていたが、現場から遠いグロニアでは現実的な驚異を感じている者はほとんどいない。報酬の約束もされていないとあって、申し込んできた戦士は極僅か。総勢で二十名に満たない…。しかし予想されていたことでもあった。噂が広まってきたこの頃合いに手を打たなければならない……ただでさえ事態は急を要するのだ。
東の繁華街に急遽設営された大きな演説台に、周囲は少しずつ何事かと注目を集め始める。時刻はちょうど昼頃……界隈の食堂が賑わう時間。ざわつく中、一人の女が壇上に上っていく………。
「誰だ…?」
「すごい美人だ…」
「貴族の人じゃない?」
「貴族はもっとジャラジャラしてるだろ、嫌味ったらしく」
「つーか、剣持ってるぞ…」
「でもドレスだぞ。戦士じゃないだろ」
「いや、結構サマになってる……使い慣れてるって感じだ」
―――街の大勢の反応はこうだ。しかし、三十歳以上の何割かは目を剥いた。
「あれは……あの方は…!」
ドンッ―――!!!
鞘の先端を足元に突き立て、女は高らかに声を発した。
「私はバレーナ=エレステル――――先王、ヴァルメア王の遺児である!!」
「え…?」
広場はどよめいた。王女…? 本物なのか? こんなところに王女が居るはずがない―――口々に騒ぎ立てるが、それも一旦収まった。どこから現れたのか、演説台を守るように礼服を着た少女たちが取り囲んだからである。
壇上の女――――バレーナは、周りをゆっくりと見渡し……小さく息を吐いて、もう一度声を上げた。
「私はバレーナ=エレステル! この国の王女にして時期女王になる者だ! 今、この場に現れたのは他でもない。すでに聞いている者もいるだろうが、先日我らの国に蛮族が侵入した。ブロッケン盗賊団と名乗る奴らはすでに一つの村を焼き払い、そこにある全てを奪い、目に付く人間を殺した………私たちの国の人間をだ!!」
しん……と静まり返る。それほどにバレーナの怒りを秘めた声は、人々の心の芯に響く……。
「食事中の者は手元のパンを見て欲しい……それはグロニアの東側に広がる穀倉地帯で育った麦でできている。穀物は種さえ蒔けばできるのではない。土を整え、水を与え、幼子のを育てるように毎日世話をしなければならない。時に風雨と、時に日照りと戦い、自然と折り合いながら時間をかけて実りを迎える。そこに住まう者たちもまた、年を重ね、世代を重ね、幾度も幾度も麦を育ててきた。その田畑を――――人々を、奴らは無惨にも踏み荒らしたのだ! 私にはもう両親はいない。記憶すらない母の分まで愛してくれた父も、もう思い出の中にしかいない……。肉親を失う喪失感……それを思い出すと、盗賊団の振る舞いに怒りで狂いそうになるっ…!!」
ぎりっ…と剣の柄を握り締め、奥歯を噛み締めるバレーナ……これを演技だと疑うのは余程性根のねじ曲がった人間だけだろう。そして民は初めて知った……バレーナ=エレステルの激しさを。
「…味をしめた奴らは、イナゴの群れのように各地を蹂躙して回るだろう。数百に及ぶ賊の進撃は、生半に止められるものではない。だが現在、軍はすぐに討伐軍を派兵できない状況にある。しかし手をこまねいていては同胞が、同じ国に生きる家族がまた命を奪われてしまう! もはや猶予はない! 故に、有志による討伐隊を編成することにした! その先頭に立つのは―――――私だ!!」
バレーナの手が剣を引き抜き、十字に空を切る。その大ぶりの黒い直剣は女の身には不釣合いながらも、バレーナは片腕で手足のように操る。黒剣の重量を知る一部の者たちからは「おお…!」と感嘆の声が上がる。言わば王女の気まぐれ、ただの勇み足でないことを示したのだ。
「この戦いに報酬はない! 無論、必ずしも無事に帰ってこられるとは限らない! 後において私は民を扇動し、無駄な血を流させた愚かな王女として汚名を残すことになるかもしれない―――それでも、私は、今動かずにはいられない!! 討伐隊の出立は明後日の午前九時!! 参加の意思があるものは軍属・退役軍人・民間人を問わない! ただし、実力のある戦士だけだ!! 先程も言ったとおり、無事に済む保証はない。そして私には、戦ってくれる皆にすぐに報いる術を持たない………だが誓おう!! 私の生涯、最後の瞬間までを、この国のために捧げると! 今はまだ未熟な私のために、皆の力を貸してくれ―――!!!」
バレーナが演説をした広場が見える大通り、その一角にある小さなパン屋の前で、店主の男は夕焼け空を背に腕を組んでいた。
「あんた、何してんの? 札を掛け替えるのに何分かかってんの?」
ドアを開けて妻が顔を出す。ついでにドアの札をクローズに掛け替える。
店主の男は黙ったまま入ると、店内の椅子に腰かけた。
「何……どうしたの? 具合悪いの?」
ただならぬ雰囲気に妻が声をかける。奥から十一歳の息子も出てきた。
「……俺は行こうと思う」
「今から? どこに?」
「盗賊討伐だ」
「えっ…」
妻が言葉を失う。その後ろに立つ息子は何事かと二人を見やる。
「なっ…何考えてんの!? そんな……今さらあんたみたいなのが行ってどうすんのよ!? まさか、今からもう一度戦士になろうとか…」
「違う、そういうのじゃない」
「じゃあなんなのよ!!」
妻の声がヒステリックに甲高くなる。いつもと違う母の姿に、息子は何も言えずに両親を交互に見るだけだった。そんな息子に父は声をかける。
「昔、俺が戦士だった……兵士だった話はしたことがあるな? お前が生まれてすぐ、戦士を辞めて俺はこの店を継いだ」
「まだまだこれからって意気込んでた時に私が無理に言ったから、もしかしたら心の中でずっと燻ってたままだったんじゃないかって思ってたけど……何も、今さら……」
「そうじゃないって言ってんだろ…!」
しかし、とうとう妻は涙ぐみ始めた。溜息を吐いて男は息子に語り続ける。
「…まあ、母さんの言っていることはあながち嘘じゃない。俺は一度、勘当同然でこの家を出てな。大隊に採用された時には二十五を過ぎていたし、才能があったとは言えない。だから文字通り、必死になってやった。そして俺もようやく小隊長を任されるようになった。部下は五人ぽっち、納屋みたいなあばら家から国境線を見張る任務だが、俺はやりがいを感じていた。だが母さんがお前を身篭って……俺は戦士を辞めて、親父の…じいちゃんのこの店で働くことになった。だが、働き始めてすぐじいちゃんが腰をやって動けなくなったときがあってな。俺が一人で焼くパンはひどいもんだったが、誰も文句を言わなかった。今だから言うが……母さんの言ってたとおり、俺はイライラしててな。パンは上手くできない、戦士続けてたほうが上手くいってたんじゃないかとか………ムシャクシャしていた。それで無意識に殺気振りまいてたんだよ。客足は減っていって、やる気も失せかけていたとき………小さな女の子が二人やってきた。で、年上の方の子供がパンを食うなり『まずい』ってハッキリ言いやがった。まあ子供は素直なもんだが、そいつはさらに『美味しいパンをご馳走するために連れてきたのにどうしてくれる』なんて抜かしやがったから頭にきてな、『不味いなら食うんじゃねぇ!』って怒鳴っちまった。ところがその子供は泣くどころか『未来に投資する』って言って、手を引いていた子と二人分パンを買っていった……。わけのわからん話だろ? だが俺はそれで救われた……迂闊にも涙が出てしまった。気持ちを整理できないまま上手くできなくて足掻いていた俺を認めてくれて、この先も頑張れと……パン屋を選んで間違いでなかったと教えられたような気がした。もちろん、子供の言ったことにそんな意味が含まれているなんて勝手な思い込みだと誰もが思うだろう。だけど、その女の子こそあの王女様だったんだ」
「ええ!? そんな、王族が街中をうろついているはずないでしょ…」
妻は目元を拭いながら声を上げる。
「後で知ったが……当時はよく、イオンハブスのお姫様を街中連れ回していたらしい。護衛がそっと後を付けて回ってたってな。その王女様の『投資』で、今もこうして毎朝オーブンに火を入れている……だから俺にはわかるんだ。王女様は王族の義務感や使命感だけであんなことを言ってるんじゃない。本当にこの街が、国が大切なんだ。そして同じ国の人間が苦しんでる……まして俺らに大切な小麦を作ってる農家もいるんだぞ。放っておけないだろ」
「だとしても……!」
妻は納得しない……いや、わかっている。この人は意義のあることを求め、そして義理堅い。だからこそ自分の道を諦めて、傍にいることを選んでくれた。それを否定することはできない、けれど……。
「…心配するな。危険は危険だが、考えてみろ。王女様が行くのに兵士が民兵だけなんてことあるわけないだろう? それに実力者だけ来いってことなら集まるのは経験者ばかりだ。盗賊なんか蹴散らして帰って来れる。俺だって無茶するつもりはないさ」
「…………」
…妻はもう反論しなかった。男は息子に向き直る。
「俺がいない間、母さんを頼む。ちょっとの間だ、留守番できるな」
息子は頷く。何の話か半分は分かっていないが確かなことは一つ――――父親から任されたということだ。男の顔を見せた息子に、父は満足げに笑った。
更新ですが…う~ん、なかなか苦しいですねぇ。思ったように進まない。ヌウゥ……。まだまだこれから、頑張ります…!




