16.
何かがおかしい―――――――そうロナは感じていた。
王女の側に侍るブラックダガーは固定化されつつある。平常時の警護と世話をするのがイザベラ、ハイラ、メアと他数名。メイクや服飾を担当するドナリエたち、馬廻りのアレイン、政治で補佐をするロナ、そして腹心の部下であり隊長のミオ。他のメンバーはそれぞれ得意とする分野を活かして研修や外部の活動に参加し、そこで学んだことや問題を持ち帰り、バレーナと隊の間で集約。国政に活かす―――。アケミの理想としたとおり、ブラックダガーは単なる護衛部隊以上の働きを見せつつある。今も継続中の兵士との模擬戦も勝率が上がり、皆の意識も戦い方もグンと上達していて、参加回数が極端に少ないロナは驚かされるばかりだ。逆に―――バレーナと接している時間が長いロナだからこそ、感じ取れるものがあった。
このところバレーナはブラックダガーをフル活動させている。そのこと自体はむしろ望むところなのだが、いつもとは様子が違った。
夕食後、ミーティングも終わり、入浴の時間になってようやく一段落つける頃、メアは大浴場の洗い場でペタンと座り込んでしまった。
「あー……最近のバレーナ様、私らをコキ使いすぎぃ」
大浴場はよく響く、今この場にはブラックダガーしかいないが、どこに漏れているかわからない。すかさずイザベラが叱咤する。
「なんてこと言うのですか。私たちに気兼ねなく仕事を任せて下さり、私たちも御用命に全力でお応えする。喜ばしいことですわ」
そう言うイザベラも疲れた表情だ。もちろんやりがいは感じているのだが―――
「最近のバレーナ様、少し急ぎすぎているというか……心ここにあらずというか、そんな印象はあるかも」
「それは私も感じるなぁ。どこかうかない表情だし、寝不足なのか化粧乗りも悪いんだよね。何か悩みでもあるのかな…」
ハイラにドナリエも続き、他のみんなもうーんと首を捻るが誰も答えを出せない。
―――しかしロナはもっと際立った場面を見ていた。日中の会議のことである。
「―――なんだこれは。こんなふざけた会議しかできないのか」
バレーナの声に場が凍りつく…。ロナから見てバレーナは激高しやすい性格だが、それでも正しいことのための怒りだった。たしかにダラダラした会議だが、論理で理性的に責めることこそあれ、こんなふうに不満を曝け出すことはなかった。その場にはロナしかいない……隊長のミオですら政治の場には参加できない。会議の場で、何に対する警護なのか―――バレーナの周辺を守るブラックダガーはあくまで武力、政治の壇上にはふさわしくはない。ロナはバレーナの補佐ということで特例なのだ。その分、模擬戦や訓練にはあまり参加できていないが、だからこそ許されてもいる。そこで果たされるロナの役目は、詰まるところ会議を円滑に進めることだ。事前に資料を用意し、根回しし、調整する。意見がぶつかりそうであれば妥協案を提案する。今では王女へのパイプ役として周囲に重宝されつつある。
その一方で、バレーナ本人は未だに軽視されている節がある。それはバレーナが「王女」であることが一番大きい。いずれ婚姻を果たせば、実権は王に移るだろう―――つまり現在のバレーナは一時的な代替と見られているのだ。無論、王家の血を引く唯一の存在だからぞんざいには扱われない。しかしバレーナを中心とした新体制は未だに形作られていない。バレーナの味方は父王の代から仕えている直属の家臣、親衛隊、そして新たに設立されたブラックダガー……アケミの話によれば貴族に影響力を持つクマイル卿は王家を尊重する立場らしいが、バレーナ個人を味方するわけではない。それにクマイル卿が口を挟んだのが原因でアケミはブラックダガーの隊長の座につかなかったのだ。バレーナとしても胸襟を開いて付き合える相手ではないだろう。
日々、ストレスに晒されている……それでも弱音を吐かないバレーナを横で見ていて、ロナは本当に感服する。いや、自分の前では見せていないだけなのかもしれないが、それでもすごいことだ。だが、ここ最近のバレーナはその緊張の糸が切れてしまったのか……いや逆だ、むしろさらに自らを縛るかのように緊張の度合いを高めている。それが周囲にも伝播し、少しずつ雰囲気を悪くしている……改善が必要だ。
一番いいのはバレーナが苛立つ原因、その問題を解決すること。そこで鍵となるのがミオだ。私室でもバレーナと一緒にいることが多いミオは特にバレーナに可愛がられている。最年少であり、幼馴染でもあるミオは隊のムードメーカーというか、マスコットになりつつある。もちろんミオ本人は生真面目すぎるほど真面目で優秀だが、それだけにその小さい姿がどこか背伸びをしているように見えてかわいい………と本人に言うと機嫌を損ねるので言わないのが暗黙の了解となっているが、とにかくミオはみんなの精神的支柱であり、清涼剤となっている。そのミオなら上手くバレーナから聞き出せるかも知れない………そう考えたのだが―――。
「バレーナ様は特に問題ないと仰られた。確かに最近お疲れのようだけど……心労が溜まっていらっしゃるんだと思う。私たちがもっと頑張らないと……」
……ミオでは駄目だったみたいだ。いくら幼馴染といっても、ミオはバレーナを尊敬し、心酔しすぎている。性格的にも踏み込みきれないし、どれだけ不審に思っても最後までバレーナを信じ抜くだろう。
やはり、アケミでなければ……。同い年であり、王女を公然と呼び捨てにできるアケミでなければ真相にたどり着かない。ロナも自身で原因を探ろうと思ったが、それは後々不信感を残してしまう。しかしアケミなら自分の命令ということにして上手く計ってくれる……そういうやり方ができるのだ。これはバレーナの側に寄り添うミオには不可能だ。
それとなく相談し、アケミの方から申し出てくれるように話をしようとロナは考えた。ずるいやり方であるが、こちらから頼めばバレーナやミオよりアケミを頼っているようで禍根が残る。それに最悪の場合はこじれて対立してしまうことになりかねない、よくよく考えて、自らの意思で判断してもらわなければならない……。
そうしてアケミを訪ねたロナだったが……
「え? イオンハブスに行った!?」
「うん、二日前に……え、知らなかったの? 王女様の命令だって……言っちゃいけなかった…!?」
シロモリ邸より先に訪れた胡蝶館で行方がわかったのはよかったが、イオンハブス…!?
ライラの話によれば、バレーナの命令でウラノをイオンハブスの東、フィノマニア城まで付き添っていったらしい。移動手段はわからないが、徒歩なら片道七日の距離だ。二週間は帰ってこないと思っていた方がいい。
それにしてもバレーナ様の命令…? 確かにあのメイドはいつの間にか姿を見なくなっている。念のため確認すると、なんとウラノは辞めていた。ああいう態度を取っていたのだからクビになったというのはわからなくもない―――じゃあウラノに付いていったというアケミは? なぜ国外に出される必要がある…?
何かがおかしい――――――そう思えてならない。この不穏な気配、杞憂に終わればいいのだが……。
そんな矢先、事件は起きた。この数十年で一度もなかった、大事件が――――。
窓の外は雨……今日は一日、こんな天気のようだ。アケミはホテルで足止めを食らっていた。
振り返れば、ウラノは何もすることなくベッドに座ってじっとしている………食事時以外は、まるで人形のように微動だにしない。その様子を見て溜息をつく。
「なあ、暇つぶしに外に出てきたらどうだ? まあこの雨だし、ホテルからは出られないけど」
「別に用はございませんし、問題ありませ……ああ、そういうことですか。かしこまりました、では二時間ほど出てまいります」
「……待て、お前今、失礼なこと考えなかったか?」
「失礼なこととは?」
「……もういい、じゃあせめて横になってたらどうだ。こっちが落ち着かない」
「………襲いませんか?」
「襲うか! お前やっぱりさっき―――あたしをどういう目で見てるんだ!?」
「冗談でございます。二割ほど」
真顔で言う……笑うところなのか?
「私のことなどお気になさらず………剣の手入れをされてはいかがですか。昨日雨に濡れて、そのままでございましょう。どうぞお気遣いなく……バレーナ様もよくご自身の剣を磨いておられましたから、怖がったりはいたしません」
また笑った―――ほんの少し、うっすらと。
頭を掻いて長刀を取り、ベッドに座ると濃口を斬った。薄暗い部屋にギラリと光る刀身が姿を現す…。ちらりと横目でウラノを見ると、もうこっちを見ていなかった。
「……なあ、なんか浮かれてるのか?」
「はい?」
「いつもと調子が違うように見える。楽しそうだ」
「楽しい…?」
ウラノは首を捻り……笑った。今度ははっきりと。
「そうですね……城の勤めから解放されて、少々浮き足立っているのかもしれません」
笑ったが………その笑みはどこか自虐的に見えた。
「私の本当の顔を知って、意外ですか?」
「別に……何が本当ってわけでもないだろう。あたしなんかライラさんに甘えっぱなしだけど兵士は挑発してボコボコにするし、軍のトップに対しては偉そうにタメ口だが養成所にいたころの先輩には今でも敬語だ。みんないろんな顔を持ってる―――そのどれもに嘘なんてないだろ」
「ではアケミ様は人に表裏はないと? あれだけ手酷く裏切られたのに」
刀を持つ手がピタリと止まる―――。ウラノが唇を歪めたのが、見なくともわかった。
「失礼しました。お心に傷がつきましたね」
「……ああ、傷ついた。でもよかった……あたしはまだ、クーラさんを大切に思えている。ちゃんと後悔できる……あのとき、クーラさんの気持ちはあたしを裏切っていなかったのだと、信じられる」
「……?」
「…人に表裏はないのかと聞いたな。裏があるとすれば――――不義理をするときだけだ」
すぅっと刀の峰を撫で、そのまま鞘に納める。パチンと小気味良い音が、窓を叩く雨音の中で一際強く響いた。
「……なるほど」
独り言のように呟き、ウラノはまた黙ってしまった……。
(修正後)すいません、眠気と戦いながら書いていたので一部おかしいところがありました。ロナが文句言ったら終わっちゃうよ!(笑)
周りと比較するとアケミがいつの間にか成長しているように感じる不思議…。逆にミオはこれから姉に対してもっとコンプレックスを募らせていくことになるのでしょうか。




