表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
朱に染まる――。
81/124

10.

 日暮れ近くになり、ようやく村に入る。

 母方の家系が領主であるこの地は村が三つしかない。一番大きなここでも人口は千人に届かなかったはずだ。下手をすると家畜の方が多い。

 見知った顔に軽く挨拶しながら最奥の屋敷へと向かう。実に六年ぶりくらいだからか、私が誰だかわからないようだが、仕方がない。

 屋敷は構えこそ大きいが古びていて、趣あるというか、実際ボロい。ただしきちんと手入れされていて、家主のマメな性格が伺える……その親の反動なのか、母さまはろくに家事をしないのだが。

 ドアをノックすると覚えのある声で返事が返ってきた。

「――どちら様でございましょう?」

「あたしだよ、シャロンさん。アケミ」

「まあ…!」

 ドアが開き、母についていった家政婦・シャロンさんと久しぶりに顔を合わせる。

「アケミお嬢様…! いつこちらへ?」

「今だよ。任務でこっちに来る用があったから寄ったんだ」

「まあまあ…! 奥様、アケミお嬢様がいらしてくださいましたよ…!」

 シャロンさんが二階に向かって大声で呼ぶも、現れる気配はない……。代わりに、一階から祖父母が顔を出した。

「おお、アケミか…!? こんなに大きくなって……家族で一番大きいんじゃないのか!?」

「あなた…! アケミは女の子なんですよ! 大きいなんて言うものじゃありませんよ!」

 祖父母は相変わらずだ。母さまがいる以上、自分のことを聞いていないはずはないのだが……少し、安心した。

 リビングに通され、早速紅茶と茶菓子で饗される。変わらず母は降りてこないが、荷物を下ろし、暖かい紅茶を口に含むと、ひとまずどうでもよくなった。

「しかし見違えた……。この間ミオを見たときも大きくなったとは思ったが、アケミはまるで違うな。すっかり大人になった」

 祖父がしげしげと見てくる。確かに、ミオの六年と自分の六年は成長度合いが違うか…。

「まだまだ、一人前には程遠いですが」

「いやいや、前は謙遜などせんかったぞ。立派になった。その長い布袋はなんだ? 杖か?」

「剣です」

「剣……」

 途端に祖父の声の調子が落ちる。この田舎でも兵士を見ることがあるし剣もあるが、アケミのそれは槍と見紛うほどに長い。布袋の中にどれほど恐ろしい刃が収められているのか……祖父もぞっとしたことだろう。

「シロモリのお役目を継いだと聞きましたけれど、危ないことはないのですか?」

 祖母が不安気な顔を見せる。母によく似ている。

「剣を振るのが仕事ですが、前線で敵と戦うことはありません。内容はお教えできませんが、今回も軍の連絡役のようなもので……」

 祖母は要領を得ないといった感じだ。

「…心配ないですよ。私、周りからは鬼と呼ばれるくらい強いんですよ。剣の腕は父を超えたと、父本人からお墨付きをもらったほどです」

「そう……それならいいのだけれど……」

 にっこりと微笑んでみせたが、それでも祖母は浮かない顔だ。ここでは闘争など遠い世界での話だろう。

「母さまは元気でやっていらっしゃいますか…? その……塞ぎ込んだりされていたりとかは……」

「来てすぐは部屋に閉じこもってばかりだったけれど、この間ミオちゃんとガンジョウさんが来て少し明るくなったのよ」

「口数も多くなったんだがなぁ…。シャロン―――」

「ああ、いいです。後で私から行きますから」

 母を呼びに行こうとしたシャロンさんにいいよと手を振る。そのまま夕食になっても、母は部屋から出てこなかった。




 夜九時になっても母は姿を見せなかった。シャロンさんが呼びに行ってもダメだった。しかし、あたしはこのまま帰るわけにはいかない―――。

「母さま、アケミです」

 ドアをノックしても返事はない。物音一つしない。息を潜め、気配を殺し……実の娘が、そんなに怖いのか。

「母さま……入ります」

「まっ……来ないで!」

 ドアを開けると同時に悲鳴のような拒絶の声が飛んできて、心が傷つく。それでも部屋に入っていった。後ろから盆を持ったシャロンさんもついてくる。

 部屋の中は灯りも付けず、カーテンも締め切って真っ暗だった。

「……こんな所に籠らず、堂々と下に降りていらっしゃればいいではないですか」

 ランプ三つに火を灯し、部屋を明るくする。母はベッドの上でシーツに包まってこっちを見ている……まるで子供だ。

 シャロンさんに目で合図して、ミニテーブルの上に皿を並べてもらう。

「少しでもお召し上がりください。体調を崩されたら私も帰りにくくなります」

「…何て言い様…!」

 腹を立てながらもベッドから降り、スープに手を付ける母。本当に子供みたいで、思わず失笑してしまう。シャロンさんが側にいるから、というのもあるのだろうが。

「…そのままで結構ですので聞いてください。ミオがバレーナ様のお側にお仕えすることになりました」

「ミオが…?」

「王女をサポートするために新設された部隊の隊長です。私も想像しなかった異例の大抜擢です」

「それは……すごいではありませんか! おめでとうございます奥様!」

 シャロンさんが手を叩いて喜んでくれる。母はピンと来ないのか、スープを掬う手を止めたままだ。

「しかし隊長といってもミオは最年少、まだ子供です。これから苦心する日々が続くことでしょう。そしてミオが城に勤めるようになり、父さまも家で一人になります。今こそ、二人の心の支えになる母さまが必要なのです。どうか家にお戻りください」

 テーブルを挟んで膝をつき、頭を下げる。母は………スプーンを置いた。

「変わったわね……少し前は礼儀正しく振舞って見せてもわがままを滲ませていたのに。いつからそんな厚顔でおべっかを並べられるようになったのかしら」

 シャロンさんの顔が青ざめる。だがそれも仕方なかったかもしれない。母に対してあまりにも他人行儀だった………そう思うことにする。

「確かに私の行いは家族に迷惑をかけています。今も……娼館で働いている人とお付き合いしています」

「しょ、娼婦と…!? よりにもよって……なんて子なの!」

「元・娼婦で、今は違います。いえ、そんなことには関係なく……私は間違ったことをしているとは思っていません。むしろ、得難い人に出会えたと認識しています」

「どうかしているんじゃないの!? 骨抜きにされるまで誑かされるなんて…っ」

「誑かされてなどいません。私が斬ってしまったクーラさんは私を甘えさせてくれて……ライラさんは、私のことを叱ってくれる人です。母さまがくれなかったものを、与えてくれる人です」

 母は絶句し、恐ろしい形相で私を睨む。

「なんなの!? あなたは私が悪いっていうの!?」

「そうは言っていません。ですが私は本気です。あの人たちと本気で向き合ったからこそ、私は大きくなることができたのです。大人になることができたのです。そうでなければ、おそらく私はこうして母さまの前に現れようと思わなかった……一生、遠ざける道を選んでいたかもしれません。でも今は……母さまが私を嫌っても、私にとって母さまは家族です。そう考えられるようになりました」

 もう一度手をつき、頭を下げる―――。

「お願いです母さま。私のことで世間から後ろ指をさされるかもしれません、奇異な目で見られるかもしれません、それについて味方をしてくれとか、守ってくれとか言いません。私も屋敷を出ていきます。ですからどうか……家族でいてください。母でいてください……お願いします…」

 頭を下げ続けていると、ややあって母さまから声がかかった。

「シロモリ当主の座は前当主であるお父さまが決めたことです。ですが、次代の当主はミオの子供に継承する――その旨を宣誓書に認めなさい」

「奥様! そのような……それは、あんまりです!」

 シャロンさんが珍しく声を上げた。いや、母さまに口答えすること自体が初めてかもしれない。

「何があんまりなの…!? 娼婦を愛しているんでしょう? 本気なのでしょう? なら一生添い遂げてみせなさい…!」

「…元よりそのつもりです」

「だったらアケミは子を産むことはなく、シロモリを継承するのは自ずとミオの子供になるわね。違う? それを確認しているだけよ!」

「ですが奥様――!!」

「…いいから、シャロンさん!」

 割り込んでくるシャロンさんを下がらせ、顔を上げて、正面から見据える。

「ご意見は承りました。母さまが戻ったら、家族で話し合いましょう」

「………」

 それ以上、会話は続かなかった。



 翌早朝、まだ陽が昇らないうちに出発の支度を整えた。

「本当にご挨拶なしに発たれるんですか」

 見送りはシャロンさんだけだ。

「奥様もあんな言い方をなさらずとも…。あれでは家族に亀裂ができてしまうだけですのに…」

「いいんだよ、とりあえず話ができるようになることが肝心なんだから」

「アケミ様………大人になられて…」

「それは違うよ、シャロンさん……原因を作ったのはあたしなんだ。それに母さまだって自分がやってることがどういうことか自覚しているはずだよ。でもあたしに一方的に頭を下げられたら、自分が悪者にされているようで腹が立つのも当然だ…。だからシャロンさんはどんなことがあっても母さまの味方でいてよ。そうじゃないと、母さまの逃げ場がなくなちゃうからさ」

「アケミ様……」

 シャロンさんが涙ぐんで目元を擦る。この人は本当にあたしたちの家に必要な人だ。

「気にしないでシャロンさん……母さまだけじゃない、皆あたしをどうしたらいかわからないんだ。あたしだってシロモリの家をどうするのかとか、散々ライラさんに言われたけど答えは出てない。それなのに母さまに戻って欲しいなんて一方的なわがままだよ。でもさ………毎朝鏡を見ても、母さま譲りの自分の顔を嫌いになれないんだ。お祖父さまたちにはああ言ったけど、剣を握っている限りどこで命を落とすかわからないし……もう大切な人を失うのは、嫌だ。あたしはまだ子供だよ。でも、もう背伸びはしない……我慢もしない。そうやって格好つけて知らんぷりするより、ぶつかる道を選ぶ。シロモリを継いでから、あたしが学んだことだ―――」

 ふと見上げると、二階の踊り場から母が見下ろしていた。ぺこりと頭を下げる―――ことはせず、なぜか苦笑してしまった。

 母は何も応えない……。返事を待たず、屋敷を後にした。














 更新です…。このアルタナシリーズ、何がテーマなのかと問われると、大枠としては「抗う百合」でしょうか。運命に、あるいは世界に対して愛を貫くという……言葉に表すと割と恥ずかしいテーマです。じゃあ別に百合じゃなくてもいいじゃん?という話になりますが、そこは書いてる本人もよくわからないんですよねー……あ、自分はノーマルです。念のため。正直、アルタナを初めとするキャラクターたちの心情がリアルかと問われるとさっぱりです。あくまで「ファンタジーとしての百合」ということになるんでしょうが、試行錯誤の書き連ねがこういう形になって現れています。そういうことで今回「家族とどう向き合うか」を書いてみました。アルタナもそうでしたが、やっぱり天才系キャラクターは平凡な環境では生まれないと思うので…。で、「ストーリーなかなか進まねーなぁ」と焦れてらっしゃる方はごめんなさいです。いずれ作者もバトルシーンで悩みまくることになると思うので、お楽しみに(苦笑)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ