08.
「……なるほど、それであたしに相談に来たと」
いつぞやにウラノが現れた時のオープンカフェで、アケミは頭を抱えた。
「あたし、忙しんだけどな…」
「嘘つけ! 娼館に入っていこうとしてただろ!!」
テーブルを叩いてコーヒーカップが揺れる。向かいに座るのはミストリア……胡蝶館の前で待ち伏せしてアケミを捕まえたのだ。
「しばらく遠出するんだよ! だからその前に、ライラさんに別れの挨拶するんだよ!」
「何!? 今日出かける予定だったのか?」
「いや、明後日だが」
「遊ぶ気満々だったじゃねぇか!! つーか……ホントにお前、あんなところで…娼婦と付き合ってんのか…?」
ミストリアの声が小さくなる。アケミはピンときた。
「フ…知りたいのか? あたしとライラさんがどんなことしてるのか……」
ミストリアが男の兵士相手に遠慮がないのは乙女だからだ。この手の話を無理やり聞かせようとすれば追い払える……そう考えたアケミだったのだが。ミストリアは恥ずかしがるどころか冷めた顔で、目が冷たい…。
「な、なんだ…?」
「お前……妹と比べたら、結構クズだな」
「………ッ!!!」
半端ないダメージを負った! 確かに褒められる生き方をしているとは言えないが、妹と比較して悪く言われるのは初めてだが、思った以上に辛い…。
アケミはコーヒーを一口含み、咳払いする。
「あー……なんだ、強くなりたい、だったな。どうすべきかは前にも言ったはずだが」
「わかってる。だけど、根本的に……地力が足りない。力は並の男よりあるけど、たぶん総合的には普通の兵士以下だ。基本ができていないのだと思う……」
「ほう……よく気づいた。ここまで長かったな」
「あぁ!? とにかくっ……何が足りないのか、教えてくれ!」
「今お前が自分で言っただろう、基本ができてない。強さを学ぶコツは前に話しただろ」
「そうじゃなくて、もっと具体的に技とかっ……二週間しかないんだ!」
「二週間? なんだそれは?」
「修行のために二週間もらった。オレは腕っ節がみんなよりちょっと強いだけで、他のことはできない……二週間離れる許可を貰えたのも、どうしてもオレがやらなきゃならないことがないからだ。いざという時にしか役に立たないのなら、誰にも負けない力がないとダメだ!」
「………ふむ」
何か心境の変化があったのか。今さら負けたからといって凹むとは思えないが……いや、そうじゃない。仲間のために力になれない自分が嫌なのか…。何が原因でそうなった? 考えられるのは部隊として正式に機能し始めたこと。そして―――ミオか。
「…フ」
「何がおかしい…!?」
「いや、別に……。話はわかった、ついてこい」
アケミは立ち上がり、後ろをミストリアも追いかける――――が、すぐに立ち止まってしまった。
「ん? どうした?」
「そっちは娼館が集まってる方だろ。どこに連れてく気だよ!?」
「こっちから通り抜けたほうが早いんだよ!」
信じられないといった目で見てくるミストリアに少しカチンときた……ミストリアのくせに…。
アケミはミストリアを連れてオウル工房へ向かう。
「工房って、こんな外れにあるんだな」
「鉄鉱石や薪、あと水もたくさん要る。全ての条件を揃えようとすると木の多い鉱山の近く、川の側ということになる。ただ、今は用水路が整備されているから材料を運べば街中でもできる。それに軍の武器を作る工場が駐屯地から外れた場所にあると不便だろ?」
「それは確かに…。じゃあどうしてそんな遠くの工房に行くんだ?」
「決まってる、腕がいいからだ」
煙を吐く建物が見えてくる……オウル工房は今日も稼働している。
「ちわーす」
ドアのない工房の入口で声を張り上げる。すると、大男が現れた。
ミストリアから見て、身体は戦士のようにたくましく筋肉質。だが、顔は童顔というか。マユラの男版みたいな感じで、歳もあまり変わらないように見える。
「ミーシャ、親方は?」
「あ、ああ…今手が離せない…」
「? どうした?」
「また違う女の子連れてるなって…」
「誤解される言い方するなよ。こいつはそんな女じゃないぞ……ってどうしたミスト」
「は!? なっ、なにがっ…!?」
ミストリアは少し頬を赤くしてドギマギしている…。
「? ミーシャ、頼んでいたものは仕上がったか?」
「アレか? あー、まあ、作るには作ってみたけど……俺の腕じゃあの厚みのものを刀みたいに鋼を折り重ねて打つことはできないぞ」
「別にいい、練習用だ」
裏の倉庫に案内され、ミーシャが鍵を開ける。重い引き戸の鉄扉が金切り声を上げた。
「お前も見てみるか? 軍の武器庫よりも面白いぞ」
ミストリアは恐る恐る倉庫に踏み込んでくる……そして目を見開いた。
「うわっ…」
石造りの壁を内側から補強する鉄板、はめ殺しの窓は厚いガラスの内側に鉄格子がはめられていて、要塞のようだ。薄暗がりの中をよく目を凝らすと、およそ小さな工房のものとは思えない、多種多様な武器が整然と並んでいる。
「触んなよ。下手に触ると親方のゲンコツが飛んでくるぞ」
ミストリアがぐるりと見回している間に奥からミーシャが柄の長い武器を持って出てきた。
「ほら、試作品だ。これでいいのか?」
「ああ……だが、ミストリアにはちょっと長いな」
「え? お前が使うんじゃないのか? てっきり、斬馬刀の代わりにするんだと…」
「――ざんばとう?」
ミストリアが首を傾げる。
「あれだ」
アケミが指差す先を見てミストリアは固まった。人の大きさ程もある鉄板……いや鉄塊だ。刃があって柄もあるが、これは剣…なのか?
「あんなの……使えるのか? 使おうとする奴は相当頭おかしいだろ…」
「悪かったな、頭おかしくて」
「え!?」
「ほらほら、出ろ」
ミストリアを追い立てて外に出る。明るみに出た武器は、槍のように長いが、穂先の部分に弧を描く分厚い剣が付いている。
これを見て、ミストリアは息を呑んだ。形は美しくも、それがもたらす威力と結果を想像すると怖気が走る。これが、本当の武具――――大量生産された不特定多数に渡る一本ではなく、個人のために生まれた逸品なのか…!
目を輝かせるミーシャを見て、アケミは唇の端を上げた。
「これはお前のだ」
「オレ、の…?」
ミーシャは手を伸ばす……が、ひょいと遠ざけた。
「その前に教えることがある。こっちにこい」
今度は工房の裏手に広がる山林へ。いくらか進んだところで、アケミは一本の杉の前で止まった。
「これだな…」
「一体何だ? まさか、それでこの木を切るっていうのか!?」
「そうだ」
見上げれば高さ二十メートルはありそうな大木だが…。
「さておさらいだ。槍の基本的な使い方は何だ?」
「は?」
「答えろ」
「敵の間合いの外から、一方的に突く…」
「そうだ。誰から教えてもらった?」
「えっと……マユラから」
「……だろうな」
担いでいた武器を下ろし、柄尻を地面に突く。
「ミスト。おそらくお前は棒きれの延長で槍を選んだんだろう。お前は力があるから長い獲物を振り回せるし威力も出る、たまたまそれがハマっただけだ。だが、ちゃんと基礎を学んでいないお前は本来の槍の使い方を覚えないままだからがむしゃらに叩きつけるだけだ。当然大ぶりになり、隙は大きく、軌道は単純、挙動も無駄が多いから動きを読まれればあっという間に間合いを詰められ、手も足も出なくなる。相手が複数とはいえ、拳で殴りつけられるなんてのはその最たる例だ」
アケミは手にした武器をぐるりと回し、槍の穂を前に、半身の姿勢で構える。オーソドックスな槍の構えだ。
「槍は相手の一足一刀の間合い……つまり、一歩で踏み込んで攻撃できる距離の外から突く武器だ。細かい牽制やフェイントで結界を作ってプレッシャーを与え、隙を見せた瞬間に急所を貫く! 突きは力を繰り出す方向と角度がピタリと合致すれば絶大な威力を発揮する。その気になれば鎧ごと敵の肉体を貫通することもできる。槍は初心者でも使い方次第でそこそこ戦えて、極めるほど強くなる武器だ。そこにおいてお前は、その機能の大半を無駄にしている」
「オレの戦い方は、間違ってたのか…」
「―――いいや? そうは言っていない」
アケミは構えを変える。今度は穂を後ろに、重心をやや後ろに、低く構える。
「間違っているわけじゃない。ただ、基礎が足りないだけだ。普通に槍を使うだけならお前より上手い奴は山ほどいる、それを望むならお前をブラックダガーに入れる必要はない。だがな、バカみたいに槍を振り回せるのはお前の長所なんだ。槍は長い分重量があり、長時間手足のように使うには相当身体を鍛えなければならない。強い槍使いになるためには才能が必要なんだ。お前はそれを持っている。だからスカウトした。そしてこれが、お前のパワーを活かす武器だ!」
アケミは手にした武器を、杉に向かって横薙ぎに振る! まるで巨大な爪が穿ったように杉の幹は大きく抉り取られ、ミシミシと音を立てて巨木は倒れた……!
「これは『矛』だ。槍のような使い方もできるが、より斬撃に特化している。重量もあるから、兜ごと敵の頭を叩きつぶす事もできる。ただ―――今のお前ではこれも半分の威力しか出せんだろうがな」
そうしてアケミは挑発的な笑みを浮かべながらミストリアに矛を渡し―――「あの木を切ってみろ」と指し示した。
ミストリアは構える……この武器は何かが違う。魂が籠っているとか、そういうことではないが、しかし魂を高ぶらせる何かはある。これなら……!!
「くう――おぉっ!!」
ビュウン――――ガッ!!
「――あ!」
矛の刃は幹に深々と食い込んで止まってしまった…。
「なんっ……くそ!」
「ほうらな、だから言ったろ」
幹に足をかけてグイグイと引き抜くミストリアをアケミは笑う。
「そもそもお前は刃の使い方を分かってない。引くか押すかしないと斬れないんだよ。軍にいたとき、調理をしたことは?」
「ない……力仕事ばっかりしてた…」
「そもそも包丁を握ったことは?」
「………」
「シャーリーに教えてもらえ。ついでに料理の一つも覚えろ。こんなところか……よし、二週間の予定を立ててやる。まずグロニア中の道場で基礎をマスターしろ。二週間の内にその道場で学べるものは全て学べ。そしてここで矛を使って杉を切り倒せ。切った杉は工房の薪に回せ。さらにシャーリーに付いて調理の下拵えを覚えろ。いいな」
「そんなんでいいのか!? オレはもっと厳しい特訓でも…!」
「そういうのが素人くさいんだよ」
平手がミストリアの頭をぱしんと叩く。
「地獄の様な修行をすれば一晩で強くなれる? そんなのあるわけないだろう、あたしみたいな天才でない限り。何事も大事なのは反復だ。身体に動きを覚え込ませろ。強さを染み込ませろ。今日から始める息の詰まるような訓練の成果が出始めるのは三ヶ月後だ。お前が本気だというのなら、甘い考えは捨てろ」
「……わかった…」
工房に戻ると、ミーシャがいつものベンチで昼寝していた。いつものようにベンチの足を蹴って起こす。
「起きろミーシャ。しばらくこのミストリアに修行の一環で木の伐採をさせる。その間にコイツに合うように武器のフィッティングをしてやってくれ。もちろん、真打の作成もな」
「わかってるよ。といっても、苦戦しそうだ…」
「三ヶ月後に完成すればいい。親方の手を借りればもっと早く済むんだろうが……この間の小太刀ももう一つだったしなぁ」
「バカにすんな! 次は真っ当なのを打ってやる!」
「フ……頼む。ミスト、紹介状を書いて明日には送っておくから、届き次第道場に出向け。本当はミオが書いた方が角が立たなくて済むんだがな……ミオに了解を取らずにあたしの所に来たんだから仕方ないな」
アケミが溜息を吐くとミストリアが眉を寄せた。
「なあ、お前らって本当に仲悪いのか?」
「別に……相容れないってことだろ。生活態度については嫌われてるだろうけどな。ただ、今回のはまず隊長に相談するのが筋だろってことだ。まあアイツの剣はあたしを倒すために鍛えたんだろうし………もういいだろ、この話は終わりだ! やることはわかったな、解散! お前も今日は帰れ」
「え!? で、でも、なんていうか、みんな盛大に送り出してくれたのに…」
「知るか! お前、あたしを捕まえられなかったらどうするつもりだったんだ…。さっさと帰って素振り、そして夕食の手伝いをしろ。あたしはライラさんとイチャイチャする、これ以上邪魔すんな!!」
「お前、ホント最低だな…」
さっさと帰ろうとするアケミの後を追おうとするミストリアだったが、ミーシャに「ちょっと待って」と引き止められる。
「あ、オレ……わたし、に何の用…」
……んん?
「とりあえず握りやすいようにグリップ合わせておくから」
ミーシャはミストリアの手を取って、掌を見る。指の長さや革の厚み、マメの位置などを見て尺を計り、癖を見て、その人物に合った最適なサイズと重量バランスを読み取る。親方が唯一ミーシャを認める部分だ。
「結構力任せに武器を振ってる感じだなぁ、武器が合ってないのかもしれない。一度ちゃんと合ってる武器を探したほうが―――」
「ちょっ……手…!」
「え?」
「だからっ……手、を…!」
ミストリアは遠目に見てわかるほど真っ赤になっていた。
まさか……ミストリア、緊張しているのか!? ミーシャに手を撫でられて…!? もしかしてさっきも「女の子」と言われたから反応がおかしかったのか!?
しかしミストリアは恥じらう女の顔を見せて……そんなのをどこに隠していたんだこの男女は!?
「ひぇっ!? あっ、そ、の……ごめん…」
ミーシャも釣られるように目線をうろうろさせる。なんだこれ……。
全く、時間を無駄にさせられた気分だ…! 別にどうということはない、どうということはないのだが……なんだろう、このモヤモヤは。幼馴染がどこの誰に現を抜かそうが知ったことじゃないが……なんだろう、なぜか悔しいというか。ミストリアだから尚更そう思うのか…?
「あーくそ!」
早くライラさんに会いに行こう。そしてライラさんに触れて、ライラさんのことだけで頭をいっぱいにして今夜は過ごそう……。
自然と早足になりながら、胡蝶感に続く角を曲がった時―――
「アケミ様、お話が…」
――ミストリアに捕まったのと同じ場所にイザベラが立っていた。
「勘弁してくれ…」
最近、少しタグを変えた影響か、新規で読んでくださる方が増えてるような気がします……あくまで気がするだけですが。しかし考えてみれば「百合」とあっても「そういう要素を含む」という意味でキーワードが付いていることもあるわけで、コアなジャンルになるほど「違う、そうじゃないっ…!」ということもあるのかなぁと…。そこで「女主人公」と付け加えてみました。これなら「かなりガチなのかもしれない」と期待(?)できるのでは。ただこのアルタナシリーズ、問答無用のガチガチではありますが、男勝りな人が多いせいか、書き手としてはあんまりそういう感覚がありませんね…。




