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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
朱に染まる――。
78/124

07.

 軍の兵士との対戦を提案して一週間後、ブラックダガーは第三大隊の養成所で初めての模擬戦に臨んでいた。

 ブラックダガーは十八名。バレーナの執務の補佐・護衛などにロナやハイラなど五名が不参加だが、ミオ、マユラ、イザベラ、ミストリア、ソウカなど、ブラックダガーの武力はほとんど揃っている。対し、模擬戦に参加してくれる第三大隊の兵士は十五名。模擬戦部隊の隊長以外は基本的には自主的参加、同じ第三大隊といっても中隊・小隊単位で守備するエリアが違うため、顔も知らない者同士の寄せ集めである。顔ぶれは比較的若い兵士が多く、王女の部隊相手と聞いてアピールしたい狙いがある。逆に中堅以上のベテランは参加しない。怪我をさせて睨まれでもしたら出世の道が閉ざされかねないし、早くも「生娘部隊」と揶揄されるブラックダガーの相手など時間の無駄だと思っている。これに参加する奴はよほどの理由があるのだろう。たとえば―――

「何かしら……ガラの悪そうなのがいますわね…」

 イザベラの視線の先の四人の男たちはニヤニヤと、敵意と嘲笑の入り混じった目でチラチラと一人に視線を送っている。その先は……ミストリアだ。ミストリアには覚えがあった。第三大隊に所属していた時に訓練で加減せずにぶつかった奴らで、大なり小なり怪我をさせている。おそらく恨みを晴らそうというのだろう、そんな男達に今さら一対一で負けるつもりはないが、今は状況も心境も違う……。

 そしてもう一人、ゲストがいる―――

「なぜ私がこんなことを…」

 険しい顔で不満を漏らす彼女の名はレビィ。親衛隊に所属する女剣士だ。親衛隊に抜擢されるだけあって剣の腕は確か。明るい褐色の肌にブロンドの髪と、この国では目を引く容姿でなかなかの美人なのだが、イザベラに負けず劣らずの厳格な性格で、笑顔を見た人間は不幸になるとまで言われているらしい。

 彼女に訓練への参加を推薦したのはロナとマユラだ。理由を説明したときアケミとのことは伏せたが、特に問題もなくミオは了解した。そして三人で親衛隊長に交渉した末、比較的あっさりOKをもらい、ここに至る―――。親衛隊長に何かしら思惑があったことはレビィもわかっているが、さりとて納得はしていない。

「まるで大人と子供のケンカだ。こんなのは訓練でもなんでもない。あの小さな隊長に至っては子供そのもの……前に出たい気持ちはわかるが、すぐに場外へ弾き出されることだろう」

 陣形の最前列より一列手前、中央に立つミオを一番後方から見るレビィは鼻で笑う。するとすぐ前にいた弓を手にする女が、恐ろしく冷徹な目でレビィを振り返った。

「人形同然の役回りのくせして、何様? 私の妹の悪口を言ったら殺すわよ」

「なっ…はあ!?」

 頼まれたのはこっちの方だ! それに直接会話したことはないがアケミ=シロモリの顔をレビィは知っている。じゃあこの女は一体何なんだ!? わけがわからない……!

「―――では、改めてルールを説明する。制限時間なし、エリアは半径二百五十メートル内とする。相手の武器が胴体に当たれば死亡とみなし、速やかにエリア外に退場すること。先に相手の『王』を倒した方を勝ちとする。以上!」

 模擬戦部隊の隊長で王役を務めるジミル中隊長が声を張り上げて説明する。ブラックダガーの面々は戦々恐々としているが、軍兵士にとっては生ぬるいことこの上ないルールだ。それを表すように、ブラックダガーのほとんどは革の防具でガチガチに固めているが、模擬戦部隊は基本的に手に木剣を持っているだけだ。

「私からも一つ―――」

 ミオが手を挙げる。手を挙げても小さいが、まだ少女のあどけなさを残した声は不思議とよく響く。

「ブラックダガーは部隊としては未熟で素人同然だが、女子供の集まりと侮らず、余計な気遣いはなしでお願いしたい。我々も胸を借りるつもりで精一杯やらせて頂く。実りある訓練になることを期待する」

 ――前言撤回。およそ少女の口上ではない。覚えた文章をなぞっているのではなく、自らの口から発した言葉なのが堂々とした口調からわかる。ジミル中隊長も、まさかこうくるとは思わなかった。

 隊長としてのミオの振る舞いに少し勇気をもらったブラックダガーだが、一方で「全力で臨む」という発言に背筋が凍る。目の前の戦士は男も女も体つきが違う。特に風格を漂わせるほどになると肉体そのものが一つの武器であり、鎧だ。あの腕で殴られただけでぼきりと身体が折れてしまうのではないかと不安になる…。

 ピー――――…

「…開始!!」

 笛の合図で模擬戦が開始される。当初の打ち合わせ通り突撃するブラックダガーの前衛だが、動きが硬い。

 イザベラは敵に肉迫するも、そこで足を止めてしまう。これでは勢いをつけた意味がない。メアやアレインも似たような感じだった。

 そしてミストリアは―――

「こっ―――のおぉ!」

「おっと……クククク!」

 例の四人の男達に早くも囲まれてしまっている。長槍型の木剣を持っているミストリアは接近を許さないように距離を保つように武器を振るが、男たちは元より接近するつもりはないらしく、槍の範囲の外から隙を伺うようにミストリアの周囲を回っている。予定とは違うが、これは作戦通りではあった。前衛ができるだけ引きつけて中衛で中央突破し、速攻で攻め込む。そしてその後ろからさらに後衛が現れ、王を狙う―――体力面で劣るブラックダガーの電撃作戦だった。二度は通じない手だが、まず「勝ち」の実感を与える必要があった。それには作戦そのものを完遂させることも重要になってくる。それならば初戦は勝たせてもらうように裏で打ち合わせていてもいいのではないかとロナは提案したが、ミオとウラノは首を横に振った。それでは訓練にならないこともあるが……ブラックダガーはアケミという最上級の実力を知っている。自らの腕は貧弱でも、目は肥えている……手を抜けばすぐにわかってしまうだろう。

 厳しい難題ではあるが、出だしは狙い通りだった。しかし三十秒を過ぎようという頃には早くも旗色が変わりつつあった。

 ミストリアは依然状況が変わらないが、他の三人は一対一のまま拮抗……やや負けているのだ。

 緊張のほぐれてきたイザベラは調子を上げつつも、相手を下がらせるまでには至らない。相手の隙を突こうとするが、なかなか上手く決まらない。アレインとメアは早くも押され、前線を下げつつある…。

 前衛は四対七―――待機中の残りの兵士は十四対八。人数差を考慮してか、模擬戦部隊は現状を維持したまま、前衛の援護に飛び出すこともない……。ジミル中隊長の指示がなくとも、状況を判断してセオリーを守れるのが現役兵士の強いところだ。とても急造チームとは思えない。

「…………」

 ミオは離れて横に並ぶマユラに視線を送り、マユラもアイコンタクトを返す。木剣に木製のラージシールドを持つマユラは前方に盾を構えると、ゆっくりと走り出す―――。目指すは、メアとアレイン……!

「ん…? お、おおお…!?」

 突進する大女がアレインと剣を合わせていた兵士をドンと弾き飛ばす。そしてすぐさまメアを追い詰めていた男も打つ―――マユラはまだ新米の顔をした兵士たちをあっという間に掃討し、均衡を崩してしまった。同時にミオが号令をかける。

「第二陣、突撃―――!!」

 中衛からさらに四人が出る。アレイン、メア、さらにマユラと合わせると七人が攻め上がる。対し、模擬戦部隊は八人だが、ブラックダガーにはミオを始めとする攻め手―――詰めとなる人数が残っている。ここが勝負どころになる……!

 しかし―――

「わっ!?」

「きゃああ!!」

 ブラックダガーの中衛が攻め入るのとほぼ同時に飛び出した模擬戦部隊の若い女剣士が、マユラと合流前のメンバー達を電光石火の勢いで三人倒してしまう。女剣士はマユラたちと待機中のミオたちの間に取り残されるが、すぐさま反転、さらにメアたち二人を倒し、背後からマユラに接近する。同時にマユラの前方からも二人が飛び出し、マユラと残ったアレインは挟み込まれる形になった。

 さらに、

「ぐぅっ……この野郎…!!」

 囲まれていたミストリアは嬲られていた。男たちは武器で攻撃せず、拳でミストリアを殴りつけているのだ。これならルール上は降参しない限りミストリアが退場することはない……だが、訓練としてはあまりに酷い光景だ。ミストリアの様子を視界の端に捉えるイザベラも目の前の相手から離れられず、援護に行けない…!

「おいアンタら! 何遊んでる!!」

 非難を浴びせたのは今しがた目覚しい活躍を見せた模擬戦部隊の女剣士だ。しかしまだ新人の彼女の声を無視し、男たちの弄ぶような攻撃は続く。事情をなんとなく理解しているジミル隊長も、さすがに目に余る光景に口を出そうとするが―――

「…少し悪ふざけが過ぎる」

 いつの間にそこにいたのか。拳を振り上げた男の腕を取るミオがいた。

「ちっ、ガキがっ…!?」

 振り払おうとしても離れない――。まさしく子供の体躯のこの少女のどこにこんな力があるのか!?

 男は身体を捻りつつ全力でミオの腕を振り解くと、そのまま木剣を横薙ぎに振った。ミオはわずかに身を沈ませて避ける。頭を狙う攻撃は激しい打撃戦の訓練でもタブーとされていて、形振り構わない男の姿勢が明らかになる。それを確認した瞬間、ミオの左拳が男の脇腹に刺さっていた。体重の乗らないミオの拳は軽いが、鋭く急所を打っている。それでも普段からして鍛え上げている兵士を倒せるほどではない。左手で右の脇腹を押さえながらも右手の木剣で反撃したのだ――――が、男はミオの頭の高さで宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 今、何が起こったのか? ミオに片手で投げ飛ばされたようにも見えたが…!?

 ミオの目が残りの三人を捉える。男たちも察したようで三人同時に襲いかかる! 慣れているのかすぐにミオを取り囲むと、三方向からほぼ同時に仕掛ける――!

 ミオは右前方からの振り下ろしを半歩下がって避け、左前方からの胸を狙った打突を身を逸らして避け、後方からの狙いすました袈裟斬りを、振り向きもせずに身体を半回転して避ける………明らかに見切っている…!

 ――そして直後にミオの反撃。三人とも手首を打たれ、木剣は乾いた音を立てて地面に落ちた。

「すげ……」

 誰の声でもない。その場にいた全員の感じたことだった。

 アケミのような荒々しさ、天賦の才能を認めざるを得ない理不尽さはない。だが、性質は違えど、鍛え上げられた、練り上げられた力だった。まだ誰も正しく理解していなかった……この少女は、シロモリなのだ……!




 空が赤く染まる夕暮れどき―――

「結果から言えば、戦いにすらなっていなかった」

 …レビィの述べる所見は辛辣だった。

「強い弱いの問題ではなく、全体的に闘争心が足りない。及び腰なのが見え見え。ほとんどが戦いに向いているようには見えない。とても連携どころじゃない……滑稽にすら見える」

 容赦ないが、それも仕方のないことだった。一日かけて三度やったが、一度も勝てなかったのだ。

「敵に向かっていける気概のある者も実力はそこそこ、駒として機能するのがやっとといったところ。二種以上の武器を扱うのが基本の軍兵士に比べれば見劣りする。応用力もなく駆け引きも知らず、はっきり言って弱い」

 ブラックダガーの欠点をズバズバ斬って、レビィはウラノに振り返った。

「このような訓練、やるだけ無駄なのでは? 怪我するだけです。戦闘員と非戦闘員に分けて差別化した方がスムーズにことが運ぶと思いますが。まあその場合、親衛隊を元に戻してあなた方の大半はクビということになるでしょうけどね。いかがです?」

「…私は無駄とは思わない…。それに……どうするかは隊長が決めることだから…」

「…ふん…」

 そう言われてようやくレビィはウラノの隣のミオに目線を落とした。

「失礼ながら………私はあなたが隊長にふさわしいとは思いません。あのレベルの戦士の十人や二十人、その気になればあなたとウラノさんでもなんとかなったのかもしれません。が、それは攻めるときの話です。ブラックダガーが剣を取るのはバレーナ様をお守りするときのはず。なのに今日あなたがとった作戦は味方を犠牲にしても敵将の首を取りに行くイチかバチかの手ばかり。本当に必要なのは守備力でしょう。あなたはブラックダガーという組織の役割を自覚しているのですか?」

 レビィは冷たい声で捲し立てる。ミオの年頃の少女なら泣き出してしまうかもしれない……実際、ブラックダガーのメンバーもそう思っていた。しかし、ミオは一度も顔を伏せることなく、毅然とした態度を崩さなかった。

「おっしゃることはわかります……確かにバレーナ様のお側に侍る我々はまず一番に危険からお守りすることを考えるべきです。しかし、我々はの役目は単にバレーナ様の後ろにつくことではないのです。バレーナ様と同じものを見て、バレーナ様ともに歩む……そのために、今はまだ何もできなくとも、何でもやるのです」

 真っ直ぐ見返すミオに迷いはない。なるほど、確固たる意思こそこの少女が隊長たる所以か…。

「心構えは立派ですが……周りをよく見たほうがいいのでは? 槍持ちはアザだらけ、一方で弓持ちは全く何もしなかった。あなたにチームの意思を統率できる力がない証拠では?」

「………」

「……どうにしろ、こんな茶番に私を付き合わせるのは二度とやめていただきたい。私にも王女様をお守りする任務がありますので」

 踵を返し、レビィは去っていく……後には敗戦に沈むブラックダガーが残る。他に訓練していた兵士も切り上げて、いつの間にか周りには誰もいなくなっていた……。






「………」

 模擬戦に参加していた若い女剣士は、夕日を受けて立ち尽くすブラックダガーを見ていた。

「何やってんのエイナ?」

 後ろから若い男が声をかける。若い…というより、まだ少年だ。見た目も小柄で華奢だが、生意気そうな目はランランと輝いている。

「いや……あのちっこい隊長、全力じゃなかったよな。あれが長刀斬鬼の妹なんだろ? やっぱりシロモリってすごいんだな」

「あー…。でも手加減してたのはこっちも同じじゃん。最後のほうはグダグダだったけどさー。いや、俺はてっきりエイナがあの部隊に入りたいのかと思ったよ。なんか思ってたのと違ったよね、もっとキャッキャウフフな貴族の令嬢ばっかり集まってるのかと思ってたのに、あれじゃ寄せ集めのショボイ傭兵団みたいで、なんかガッカリ。あのレベルだったらエイナでも十分入れるよ」

「うるさいギャラン、聞こえたらどうする。というかあのレベルとはどういう意味だ、自分を棚上げするな!」

 女剣士ことエイナはギャランをしっしと追い払い、もう一度ブラックダガーを振り返る。小さな隊長の目は、負けているようには見えない……。








 眠いです……なんか今週は疲れが溜まっている気がします。なぜでしょう…。


 いきなり出てきたレビィさんはまあともかく、「女王への階」に登場していたエイナとギャランも登場です。そういえば劇中でこの二人はミオのことを知っている口ぶりだったな、と思い出し、登場の運びとなりました。しかし久しぶり過ぎてどんな奴らだったか、肝心なところが思い出せなかったという…。根はいい奴で時々恥ずかしい弓使いがエイナ、見た目も中身も生意気で地理に詳しいギャラン……こんな感じだったはずです(笑)。

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