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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
朱に染まる――。
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06.

 模擬戦、その後の訓練を経てミオが出した結論は「戦闘力が足りない」だった。

 ブラックダガーの全員参加ミーティングにおいて、この見解については批判的な意見が出た。メンバーの半数以上が手習い程度、そして四分の一以上はブラックダガーに参入するまで剣を握ったことすらない。

「そもそも護衛は親衛隊の役目なんだから、そんなに頑張る必要ないと思う」

 大半の意見はどれもそんな感じだったが、ミオは譲らなかった。

「実際に何かあったとき、バレーナ様の元まで迫ってくる刺客は親衛隊を突破してきているわけだから当然親衛隊より強いはず。私たちが最後の盾として戦うことになったとき、剣を交える敵はそういう手合いです。そんな時、一方的にやられてもいいのですか?」

 こう言われては反論することも難しい。ただ、ミオは皆が言うことも理解できないではなかった。自分もそうだが、「そんな時」の現実感がない。でも実際に国境での緊張は続き、必ず傷つき、倒れている人がいる………あの姉でさえああなったのだ。だから―――。

「マユラさん、現実的な手段として、私たちが最前線の兵士……現役の戦士と同じレベルで戦うにはどういう戦法をとったらいいですか?」

 急に問われたマユラは視線を落とし、天井を見上げ……たっぷり悩んでから小さく口を開いた。

「…全員の技術をそこまで持っていくのは無理…。相手が強ければ強いほど、集団での連携が大事……。一人に対しては集団で、集団に対しては強固な一として戦えば、倍の数が相手でもなんとかなる……それだけの人数もいる…」

 盾兵だったマユラの言葉には説得力がある。が、盾兵だったからこその言葉でもある。そんな戦闘スペックを持つ人材はこのブラックダガーにおいて、マユラの他にはいない。

「いきなりは無理なのはわかっています。ですが、まず目標とするレベルがどれほどのものか知る意味でも、一度実際の兵士と戦ってみましょう」

「「「えええ!?」」」

 悲鳴に似た叫び……というか悲鳴が上がる。ブラックダガーとしてこんな訓練をするなど誰も予想していなかったことだ。

 しかし一部は落ち着いていた。

「私はやってみるのもいいと思いますわ。身内同士の模擬戦では限界がありますし、目標や指針を見定める必要があるでしょうし」

 座ったままのイザベラは相変わらず綺麗な姿勢のまま述べる。

「私も同じ意見かな…。この間の訓練の時バレーナ様の剣を見て、私たちが護衛する必要あるのかな、と思ったのは私だけじゃないと思う…」

 ハイラが少し顔を引きつらせて言うのが皆理解できた。以前、アケミが「バレーナの剣は自分に匹敵する」と言っていたが、あながち冗談ではなく、手も足も出ないレベルという意味では間違いなかった。ついていけたのはミオとマユラだけだ。

「――バレーナ様の性格なら、もし刺客なんかが現れたとき、御自身が率先して前に出て、私たちは足手纏いになるだけじゃなく、守られることになるんじゃない? それは本末転倒よね。バレーナ様は私たちを単なる家臣として以上に大事にして下さっている……私たちも、並び立つ実力と覚悟が必要だと思う」

 皆、沈黙した。あの夜、バレーナが晒した胸の内に感銘を受けなかったものはいない。乾杯したとき、ブラックダガーの名を誇りに思わなかった者はいないはずだ。

「……決まりでいいんじゃない? そもそも足りない部分が多いメンツなのだから、せめて懸命に努力することは義務なんじゃないかしら」

 辛辣なセリフが静寂を破る。言い分はもっともなのだが、

(お前が言うな!!)

 ―――多くの視線がソウカを刺した。

「…隊長。私からも一つ、意見がある」

 ミストリアが背もたれに寄りかかって姿勢を崩しながら口を開く。

「なんですか」

「――それだ、その口の利き方。何でそんなへりくだった喋り方してんだ。お前、隊長だろ」

「………」

「お前が小さく纏まってちゃ示しがつかねぇし、他所からはナメられる。もっと隊長らしく堂々としろ」

 ミストリアに睨まれてミオは固まる。

「言い方は乱暴ですけれど、私もミストと同意見ですわ。年功序列を重んじるその姿勢は正しくとも、この部隊での立場にはそぐいません」

 イザベラも断ずる。

「ミオちゃん、遠慮することはないわ。みんなあなたの手足となる働きアリなのだから、虫ケラ扱いでいいのよ」

 ソウカも続き――

「さっきからテメェふざけんなよ! ぶっ潰すぞ!」

 ミストリアが席を立ってケンカが始まった……。ミオは取っ組み合いに辟易し、隣のロナに目を向けた。

「言葉遣い、よくないでしょうか…?」

「組織のリーダーは我が強いくらいの方がわかりやすくてついていきやすいものよ。あなたが自分の立場に戸惑うのはわかるけど、遠慮していると周りも地に足が着かなくなるわ。リーダーは千差万別、これといった決まった形はないと言われているけれど……問題児たちを纏めるには、それなりの強さが必要ね」

 ロナは苦笑し、その向こうではマユラが「がんばって」と拳を握る。最年長に頼られる最年少……慣れるのは難しいが、とりあえずロナの最後の言葉が一番わかりやすかった。

 ミオは静かに、深く、深く息を吸い込み……


「静かに――――!」


 掴み合うミストリアとソウカ、その二人を止めようとする数人がピタリと止まり、ガタンガタンと椅子を揺らして見物していたメアが落ちた―――。

 全員、呼吸を忘れたように静止していた……ミオは叫んだわけでも怒鳴ったわけでもない。ただ大きな声を出しただけだが、部屋ごと揺れたかと思うほどの声量だった。

 「気合」。それはミオがアケミの強さの秘密と見ていた「殺気」を独自に身に着けようとした末に会得してしまった、一つの奥義である。「気合を入れる」といった感情的なものではなく、真の気合とは「衝撃」。古来の文献によれば気合で遠く離れた敵を倒す武術もあるそうなのだが、当然ミオにそんなことができるはずもない。ただ一つ、ミオ自身思いもよらなかったのだが――――姉よりもリーダー向きの能力だった。この後、味方を鼓舞して初めて真価を知ることになる……。









「ほれほれ」

「うわはあぁ♪」

 リビングで幼子二人をあやすのはアケミだ。五歳に満たないこの年頃の子供はどうでもいいことでキャッキャとはしゃぎ、もう可愛いことこの上ない――――

「ばあば、ばあば」

「あはは……十五年経っても覚えとくからなこの野郎。戦士になったら徹底的にしごいてやるぞ」

 髪を引っ張るお返しにくしゃくしゃと頭を撫でてやると、くすぐったそうに顔を綻ばせる。くそ、可愛いなぁ…。

 と、奥の部屋からぞろぞろと男たちが、最後に白髪白髭の巨漢―――ベルマン=ゴルドロンが現れる。

「おお、待たせたのう」

「忙しないな。療養中なんて言ってサボってていいのか?」

「何を言う、今も立派に療養中じゃ。そんな老人の家にアポなしでやってくるのはお主くらいじゃぞ。理由はわからんでもないがのう…。で? なんの用じゃ?」

「見舞いだよ」

「ほう。で? 見舞いの品は?」

 ふい、と目をやる。アケミの膝から降りた二人の幼子がそれぞれ手に新しいぬいぐるみを持って走り回っている。

「…ワシへの見舞いは?」

「………」

「まあよいがの……孫たちも喜んでおるしのう」

 客人―――おそらくベルマンの部下の男たちは屋敷から出て行ったようだ。孫たちも母親であるベルマンの娘に連れられてリビングから出て行った。

「用はないのか…?」

「ないな……強いて言えば、軍の再編はどうなったのか」

「ふむ。それを聞いてどうする?」

「………」

 アケミは目の前に置かれていたティーカップを手に取る。紅茶はもう冷たくなっている……その様子を見たベルマンはパンパンと膝を叩き、破顔した。

「ワハハハ! そう不安にならずともよい。焦っておるのか? 例の……ブラックジャガーの隊長になれず、自らを値踏みしておるのじゃろう?」

「ジャガーじゃない、ダガーだ」

「そうじゃったそうじゃった……何故ダガーなのじゃ? ジャガーのほうがカッコよかろう」

「シロモリの祖先の国では腹心の部下を「懐刀」って言うんだよ。バレーナのイメージカラーは黒だろう? だから『バレーナの切り(ブラックダガー)』」

「なるほどのう? ハッタリの効いた傭兵団が付けそうな名前じゃと思ったが、そんな深い意味があったとは」

「ほっとけ!」

 メンバーたちからも似たり寄ったりの感想だったと聞いている。少なからず感銘を受けてくれると思ったのにショックだ…。

「まあのう、名前はともかく、ゼロから部隊を一つ立ち上げたのは大いに評価するところよ。その若さで立派じゃ、胸を張るとよいぞ」

 そう言われても素直には喜べない。紆余曲折あり、ベルマンにも借りを作っている。

「なんじゃ暗いのう……ワシが褒めるのでは不満か?」

「いや……。そういうことなら頼みがある。評議会の様子を教えて欲しい」

「正直に言わんか。王女の味方をしてほしいじゃろう? そんなにワシは信用できんか?」

「………なんとも言えないな。アンタは外面より理屈や損得で動くタイプだ。思うところはあるのだろうが腹黒くも見える」

「年長者に酷な言い方をするのう……ならば腹を割って話すか。ワシはバレーナ様を―――……」

 …と、ベルマンは口を開けたまま顔を顰めた。

「……を?」

「…いや、違うのう。バレーナ様の、味方をしておる。最初から」

「どこが?」

「腑に落ちん顔をするな」

「腹を割ると言っておきながら言い淀むからだろう」

「それはそうじゃ、ワハハハ!」

 肩を揺らして笑いながら大きな腹をポンと叩くベルマン。

「誤解を招かんようにと思ったんじゃがな……まあよい。ワシはバレーナ様を実の娘のように思っておる」

「はぁ?」

 何をトチ狂ったことを言ってるんだこのジジイは?

「よく聞かんか。ワシはのう、若い頃ヴァルメア様の付き人をしておったことがある。その頃から昵懇の仲でのう、ちょうど今のお主とバレーナ様の関係に似ておる」

「………」

「お主の父ともそういう繋がりじゃったが、あの男は生来頑固でのう、融通がきかん。じゃからちょっと危ない橋を渡るときはいつもワシが先導する役目よ。じゃが、反則スレスレの手はいつか失敗するものでな、ゆえにワシはいつ何が起きてもよいように様々な絡め手を覚えたものよ。あの手この手、時には裏にも手を回し、もっともな事を言って口八丁で押し通す―――。人はのう、それをおかしいと感じていても、理に適っていれば反論出来ぬのよ……と、こんな考えゆえにワシを怪しく感じるのじゃろうが。まあ一口で言えばただの性悪ジジイよ、ワハハハ!!」

「……ヴァルメア様亡き後、バレーナの後ろ盾になるつもりなのか?」

「そういうことではない。ヴァルメア様の遺言通り……ワシらは見守るのみ。せいぜいが強く鍛えて差し上げるくらいよ。お主のことも、バレーナ様に身を捧げる忠を尽くすからこそ同志として、先達として接しておるつもりじゃ。言っておくが、生意気な口を利くのを許しておるのはお主だけじゃぞ?」

「嘘をつけ。ロイ・ローはお前のことをボロカスに言ってたぞ」

「なんじゃと!? 次会ったらタイマン勝負じゃのう、ワハハハ!!」

 また大笑い……すると娘がリビングに現れて「うるさい!! 子供が寝付いたんだから静かにしてよ!!」とエレステル中の戦士が畏れる白き大熊を頭ごなしに怒鳴りつけてまた出て行った…。

「親になってもおっかないのう…。まあなんじゃ……とにかくそういうわけじゃ。ワシはお主にとって敵ではない。味方とも言わん。なぜかはわかるのう?」

「甘えるなということだろう……わかっている。だからシロモリ当主として、対等なこの接し方も続けさせてもらう」

「よいよい、それでよい。おお、そうじゃ―――折角じゃから当主殿に一つ頼みごとをしようかのう」

「何?」

 取ってつけたように……どうせ最初から考えていたことだろう、だからどこか信用ならないのだ。

 ――しかししかめっ面のアケミに構わず好々爺は話を進める。

「件の軍再編の話じゃが、ワシは第二大隊に移る。第一大隊の大隊長にはバラリウス=ゲンベルトを据える」

「前に言ってた男か? だがいくら中隊長と言っても、出世コースに乗る器じゃないぞ……現場レベルでは知らんが、少なくとも軍上層部や評議院、城中で名前が出たことがない。しかも第一大隊ということは後継者という意味だろう? 異例の大抜擢だ。周囲が納得するとは思えないぞ」

「そこで、お主にあの男を量ってほしい。実はまだワシ一人が考えておるところでな、本人にもまだ伝えておらん。お主から見てふさわしいと感じたらワシの意向を伝えてくれんか」

「じゃあ行く必要はないな。ふさわしくない」

「そうつれん事を言うな。ワシとお主の仲ではないか」

 わざとらしく困り顔を見せるベルマンに、溜息しか出なかった。

「はあ………要するにあたしが視察した事実があって、お墨付きを与えればいいんだな?」

「話が早い、やはり優秀じゃのうお主は」

「期待には答えられないぞ……あたしはお前の味方じゃないからな」

「これは一本取られたのう、ワハハハハ!!!」

 ベルマンが腹を抱えてまた笑う……と、ベルマンの娘がやってきて――――ベルマンの顔面に座布団を投げつけた。

「うるさいってぇの、くそジジイ!!」

 …なんというか、呆気にとられてしまった。どうしてこの親からこの娘が生まれたのか? そして孫であるあの子らは誰に似るのだろうか……と不憫にも思ったのだが、まったく人のことを言えない己に気付くのだった…。









 遅くなっちゃった……お休みなさい。


 この第三部はアケミ・ブラックダガー・その他……と、複数の視点で話が進んでいくので中々大変……キリのいいとこまで書こうとすると今までより文章量がやや増えます。正直、ちょっと苦戦でございます…。

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