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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
朱に染まる――。
72/124

01.

 走る。走る。ひた走る――――。

 人気のない岩だらけの斜面を小さな影が疾駆する。とても悪路を走っているとは思えないその速さ、いかなる獣かと思えば人である―――少女である。

 


 ――ミオは山篭りの修行を行っていた。もはやグロニアの一般人で剣の相手が務まるものはほとんどいない。しかし現役軍人のエース級に稽古の申し出をすることはミオの立場ではままならない。よって、今はこれ以上技術を上積みするよりも、未だに背が伸びない小さな身体を鍛えることに専念するべきだと考えた。

 求めるのは体格差があっても当たり負けしないパワーと丈夫な身体、そして何より先手を取れるスピード…。それには十分な筋力が必要だ。

 筋肉の膨れ上がった大きな肉体は動きがトロいと言われがちだが、それは違う。筋肉があるからこそ瞬間的なスピードは桁違いに早い。問題は太くなった筋肉が肉体の旋回半径を縮めて動きを制限してしまうところにある。また、筋肉は鍛えられても骨や関節の強化は易々とできるものではない。力が強ければ強いほど身体は軋み、絶大な筋力に耐え切れずに骨が折れてしまう……。このような自壊を防ぐために身体は自然とリミッターを付けてしまうのだが、そうすると今度は太い筋肉が重い枷となり、動きは緩慢になってしまう…。

 こうならないようにするには、本来の肉体のバランスを保ちながら基礎能力を引き上げる。筋力でスピードを上げるのではなく、上がったスピードをコントロールするための筋力を付ける。と同時に、動きに適した力を出せるよう神経も鍛え上げるのだ。体重が足りずとも、加速すれば一撃は威力を増す。相手より先に一点を、急所を狙い、穿つのだ……!

 今のミオがやっているのは大自然を全力疾走する、トレイルランニングを超えたトレイルダッシュ。シロモリの先祖が残した文献にある「シノビ」は非現実的な超人だが、それを言うなら姉はすでに超人の域だ。天賦の才も理想の肉体も姉のものならば、自分は違う方法で努力を積み重ねるしかない。この山間での疾走で筋力、反射神経、バランス感覚、瞬発力、跳躍力、体力を徹底的に鍛え上げる――――姉を追うしかできない自分を、超えるために!!

 

 ピイィィ―――…


「……?」

 ミオは脚を止めた。ソウカによる鏑矢の合図だ。

 まだ食事の時間ではないはずだけど………?

 行きよりも早い足運びでキャンプ地に戻ると、覚えのある顔があった。

「あなたは……どうしてここに…?」

 以前、一度だけ話したことがある。姉以上にミオの憧れの体躯を持つ戦士……姉の部下だと自己紹介したその人は、マユラと名乗っていた。




 ブラックダガーお披露目の五日前―――アケミがイオンハブスへ出立する三日前のことである。





    ※    ※    ※





「納得できませんわ」

 晩餐会でのお披露目後、城内の一室で王女直轄部隊「ブラックダガー」が勢揃いする中、硬い口調で第一声を放ったのはイザベラだ。

「私たちはバレーナ様のお力になるために、アケミ隊長の呼び声で集まったはずです。それがどうしてこんなことになっているのです?」

「それは、政治的な理由があったからで…!」

「…やはりロナもマユラも知っていたのですね」

 イザベラに指摘され、二人に注目が集まる。ロナもマユラも、お披露目の時にバレーナとともに会場に出てきていた。つまり、隊長がアケミでないことを了解していたのだ。

「どういうことです……貴女方最初期のメンバーは最初からこういうつもりだったのですか」

「……私たちもアケミが隊長をするつもりだと思ってた…。だけど、シロモリは軍の役職に就けないのが昔からの決まりらしくて…」

「バレーナ様を支持する保守派の貴族が、アケミ様の隊長就任に難色を示されたのです。それで自ら身を引かれて…」

 マユラとロナの弁明は誰もが初めて聞くことだった。だが、イザベラはそれで収まらない。

「そうであったとしても―――どうして隊長が彼女なんですか!」

 ビシッと指されたのは、みんなの輪から少し離れたところに立っている小さな少女―――ミオ=シロモリ。アケミの妹という話だが、ここにいるほとんどの者は面識がない。背丈も歳も、最も下だ。

「自分が隊長になれないから妹に、というわけですの!? この隊は地位も身分も関係なく、有能な者達が集う場のはずでしょう!? 隊長の座は別で、血縁や世襲というわけですか…!」

「誤解しないで、ミオさんを選んだのはバレーナ様よ。アケミ様から急遽辞退する申し出が直接バレーナ様にあって、呼ばれた私とマユラは隊長にふさわしい人物を模索したわ。年長者で兵士の経験値も高いマユラが隊長になることも考えていたけれど、バレーナ様がミオさんをご指名になったのよ」

 説明するロナにマユラも続く―――。

「…実際に私も少し手合わせしたけど、十分実力はある……並みの兵士を優に超えてるし、この隊の中では一番だと思う…」

「グロニアやその他多数の道場で百人組手を突破しているし、それらの道場からも免許皆伝を認められている。まだ十五歳でこの実績は歴代シロモリの中でも稀有な存在だわ。それに……事実として、シロモリの名は押しが利く。素人の娘ばかりが寄り集まっていると軽視されるこの隊には必要な要素よ」

 ロナやマユラがいかにミオを評価しても………アケミには及ばない。それがこの場にいる全員の気持ちだった。ミオからはアケミのような凄みが感じられないのだ。

「…ん? ちょっと待てよ、シロモリの人間は隊長になれないからアケミは退いたんだろ!? どうしてそいつが隊長になれるんだよ!?」

 噛み付いてきたのはミストリア。至極尤もな疑問にロナは努めて冷静に答える。

「シロモリの当主には軍事行動に影響を及ぼさない限り自らの任務・要求を優先されるという特権があるのよ。ミストをスカウトできたのもアケミ様にその権限があったからよ。でもミオさんにはそれがないからクリアされるというのがバレーナ様の見解よ…」

「『見解』…?」

 今度はイザベラが割り込んでくる。

「それは評議院には認められないかもしれないということじゃなくて? 彼女がなんの力もない小娘だと足元見られるから平気だろうと、そういうお考えですの!?」

「ベラちゃん、言い過ぎ。ミオさんだって事前に話を聞いていたわけじゃないって最初に聞いたじゃない。彼女を責めるような言い方はあんまりよ」

 ハイラがなだめるが、いよいよイザベラの怒りは爆発した!

「あんまりと言うのなら、それは私たちに対してのこの仕打ちですわ!! 私たちはバレーナ様にお仕えする身です、バレーナ様のご命令には従いますし、マユラが認めるなら剣の腕は確かなのでしょう、ロナの言う理屈もわかります――――ですが! 今回の件、私たちに一言あってもよろしかったんじゃありませんか!? 別に謝罪や釈明がほしいわけではありません、しかし! 私たちがこの身を預けたのはアケミ隊長だったはずです!! 自分が隊にいられなくなったからといって、何も言わずにいなくなるなんて、納得できるはずないでしょう!!」

 広い会議室が震えるかと思えるほど激昂するイザベラ。普段から姿勢も口調も厳しいが、自身の感情をここまで顕にすることはなかった。むしろ、常に感情浮き出しのミストリアを抑える方だったはずだ。それだけでイザベラの怒りの度合いがどれほどのものかよくわかる……。

 と――

「さっきから聞いていればなんなのあなたたち……随分ミオを軽く見ているようだけど、こんな素人集団の相手をさせられるミオの方がかわいそうよ」

 火に油を注ぐ、空気の読めない発言をするものがいる…。イザベラはギロリと睨みつけた。

「ずっと気になっていましたが、貴女は何ですの? 部外者がなぜ城中にいるのです!?」

 全員の視線はミオの隣に立つ、未だに名前も知らない女に注がれている。

「私はソウカ……ミオの姉よ」

「姉…!!?」

 会議室は色めき立った。ミオの姉ということはアケミの姉妹!? 黒いストレートの長髪にしなやかで長い手足はどことなくアケミに似ているが、三人姉妹だったとは聞いたことがない。まさか……

「…ソウカさん、ややこしくなるから…!」

 ミオがソウカの袖を引っ張るが、ソウカは「事実でしょう、姉妹同然なのだから」と突っぱねる。

「…アケミやミオとは遠縁の……シロモリの分家筋の人だって…。私が訪ねたとき、一緒に修行してて、そのままついてきちゃった……」

 マユラの説明にイザベラは頭を抱えた。

「全く……一体どうなっているんです!? 今日から正式な部隊になるのに、何一つきっちりできていないではないですか! 大体なんですの、ブラックダガーって……まるで暗殺集団の名前ですわ…!!」

 「暗殺集団」がツボにはまったメアが思わず噴き出すが、イザベラと目が合ってぷいと顔を逸らす。

「勝手ながら今日は失礼させていただきますわ……こんな状態では、私も気持ちの整理ができませんので…!」

「待って、ベラちゃん……いくらなんでもミオさんに対して失礼よ。謝って」

 これには皆ぎょっとした。いつも一緒にいるハイラがイザベラを咎めるなんて予想外だったからだ。

 しかしイザベラも反発して睨み返す――

「謝りませんわ……急な代役であれ、隊長であるのならその実力を示してみせるのが先でしょう…!!」

 イザベラは乱暴にドアを閉めて出て行った…。

「……よかったの? イザベラに付いていった方がよかったんじゃ…」

 ロナが心配するが、ハイラは首を横に振る。

「一緒に行ったら、ベラちゃんは私を巻き込んだと責任を感じて意地でも戻らなくなっちゃうから」

 ハイラは苦笑いする。今までにもこういうことはあったのかもしれない……だとすれば、とりあえずイザベラのことはハイラに任せておけばいいだろう。問題は……

「ほかの皆はどう? ミオさんが隊長になるのは納得できない?」

 ロナの呼びかけに皆顔を見合わせ、なかなか答えようとしない…。

「私はどっちでもいいかなぁ」

 最初に手を挙げたのはメアだ。

「お披露目で挨拶したとき、ミオちゃんは真面目そうだったし、別に問題ないように見えた。少なくとも傭兵抱えてる犯罪者の屋敷に突っ込めとか無茶ブリはしないと思う」

 あー…と少なからず頷いたのが見える。

 続いてアレインも手を挙げた。

「私も、隊長として問題がなければいいよ。元々ここに来たのはライドル一門の名誉回復と評価向上のためだったし。アケミ隊長にはジャイオンを殺された恨み……じゃないけど、やむを得なかったとはいえ、やっぱりどこかしこりがあったし」

 その後も「問題ない」という意見が続く。各々理由はあるが、それよりもあのアケミが自ら辞退しなければならないというのなら、よっぽどのことだったはず―――そこに口出しできる余地は誰にもないのだという見解だ。ただ、イザベラの言うとおり一言あってもよかったとは思う……。

「オレは納得できねぇな…」

 最後に流れに逆らったのはやはりミストリアだった。

「オレはアイツを超える強さを手に入れるためにここに来たんだ。代わりがこのチンチクリンか!? んなわけねぇだろ!」

 ソウカの目が猛禽類のように鋭く光ったのに気付いたのは運良くミオだけだ。

「…じゃあ、軍に戻る…?」

 マユラが問うてもミストリアは答えない。今のミストリアは身の程がわかっている。現状では二流の兵士にしかなれない…。

「…私は、姉とは違います」

 争議を外から見ていたミオが初めて口を開いた。

「シロモリの当主を継承してから姉が何をしてきたのか、私は何も知りません。家にいないことが多かったですし、ほとんど口も利きませんでしたから」

「口を利かない…?」

「基本的に、姉のことは嫌いです」

 すっぱりと言い切るミオに、ミストリアもぽかんと口を開けてしまった。

「姉がどうしてこの部隊を作ったのかわかりませんし、そもそも存在すら知りませんでしたし、その他にも、外に女の人を作ったりとか………姉のことは何一つ理解できません。ですがバレーナ様にお認め頂いた以上、私は命をかけてお仕えするだけです。姉の代わりのつもりなどありません」

 優等生のセリフではない。姉との決別宣言とも取れる。さっき気を吐いたミストリアはミオの気持ちが少し分かってしまった。理解できないのは、きっとアケミが大きすぎる壁だからだ。気にしていなかったらわざわざ山に篭って修行なんかしないだろう…。

 皆がミオの心情をそれとなく察したのだが―――ここでもやはり空気を読まないあの女がいる。

「ちょっと待ってミオ、アケミ姉さんに今の言い方はないわ。私たち姉妹は仲良くしなきゃ、ね?」

 ソウカだ。親戚なのかもしれないが、どうしてこんなに姉妹面ができるのか、そこがさっぱりわからない……と、ソウカの矛先はブラックダガーに向く。

「全く、あなたたちがこんなザマだからミオが無理して強がるハメになったでしょう! このままじゃ不安だわ……うん、私もこの隊に入る」

「はあ!?」

 ミストリアが声を裏返らせるが、誰よりも隣のミオが目を丸くしていた。

「テメェ、ナメてんじゃねぇぞ!! 入りたいから入りますなんてのが通るか! ちゃんと試験を受けて選ばれた人間がいるんだぞ、ここは!!」

「あなたが受かったくらいでしょう? 大したことないわね」

「上等だコラ……試してやるよ!!」

 勝負というよりもうすでに殴りかかろうと喧嘩腰のミストリアをシャーリーとドナリエが取り押さえるがソウカはどこ吹く風だ。しばらく傍観していたマユラはしばらく考えたあと、頷いた。

「……それはいいかもしれない…バレーナ様に進言して、明日は模擬戦しよう。そこで手合わせすれば一つ納得できると思う……チームなんだから、命を預ける仲間を知っとくのは大事…」

「なるほど、それで明日には私が入隊できるわけね」

 フンと鼻を鳴らすソウカだが、

「それはまた別…」

 マユラはそっぽを向いてボソリと呟く。「そんなのないでしょう!?」と詰め寄ろうとするソウカの袖をまたもミオが引っ張る。

「思った以上に事態は深刻だわ……」

 ロナは溜息を吐いて、アケミを少し恨めしく思った。









 …というわけで、今回より第三部になります。予定ではこれで外伝は完結……となる予定です。

 

 しかしのっけから波乱の展開……どうしたものでしょう?(笑)


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