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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
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26.

 グレイズの訪問先は初めこそ同業の娼館だったが、その後、高級住宅街へ向かう。

(貴族の屋敷が多いな…)

 屋敷の入口に停まった馬車の中で待機することを繰り返す。今更という感じはするが、娼館の主の横に並んで貴族の屋敷に入ったりすれば、もう二度と母さまは帰ってこないだろう。いや、それとは関係なくよろしくないのだが―――。

 やはりグレイズはこうなることを見透かしていたのか。中まではついてこないと判断したから同乗を許したのだ。

 貴族を訪ねるのは予想外だった……いや、一軒くらいなら後ろ盾としてあるかもしれないが、もう三軒目だ。こうなると、むしろグレイズと一緒にいること事態が危険だ。もしもグレイズが貴族の「何か」に関わっていたとするならば、それに巻き込まれる可能性がある。グレイズの味方をしていると周りに勝手に判断され、しかもグレイズの派閥がバレーナの敵対勢力、あるいはそうなりうる存在だった場合は非常にまずいことに……

(…派閥? そういうことなのか…!?)

 四軒目―――グレイズは降りていった。しかし、ここまで片時も離れず随伴していたロディが今回は残っている。

「おい? なんでお前は同行しない?」

「………」

 窓を開けて声を掛けるが返事をしない……見向きもしない。今度は本気で斬りかかってやろうかと胸の内で呟きながら、御者が座っている正面側の窓を開ける。

「ここはどこだ? 誰の屋敷だ?」

「え? いや……お答えできませんよ」

 中年の御者はいつもと違うイレギュラーな乗客に戸惑ったのか、あるいはロディの無言の圧力に押されたのか、答えない。だが返事をする分、ロディよりは付け入る隙がある。

「御者なら知っているか? 『長刀斬鬼』の噂を」

「え? ええ、身の丈二倍もある大剣を振り回して敵を馬ごと斬り殺す狂戦士とか。女という話もありますが、それならどれほどの怪物なんでしょうね。それこそ鬼のような形相をしていて、一度見れば忘れられないんじゃないですか」

「………」

 小さな窓から手を伸ばし、御者の首をぐいっと捻って振り向かせた。

「あたしがその長刀斬鬼ことアケミ=シロモリだ」

「え? え!?」

「怪物級の美人だろ? よく覚えておけ。ところで、だ―――ここはどこだ? 誰の屋敷だ?」

「そ、その……」

「お、し、え、ろ」

 耳元に吐息を吹きかけると御者は「あふぅ」と背筋を震わせた。なんだろう……イタズラのつもりでもこの歳の人にやるのは悪い気がする。

「何をするんですか……クマイル様のお屋敷ですよ…!」

「クマイル卿…!?」

 驚いた……あのイヤミなジジイか。まさかそんな大物と繋がりがあるとは。

「おい、グレイズの馬車はいつもお前が引いてるんだろ。どれくらいの頻度でここにくる?」

「ええ!? さっきからどうしてそんなこと聞くんですか、長刀…シロモリ様は女将さんのお知り合いじゃないんですか!? あ、どうも…」

 御者が会釈を返す―――その視線の先には二頭の犬を散歩させている初老の男がいて、ぺこりと頭を下げていた。

「…誰だ今の男は」

「さあ……どこぞのお屋敷の使用人の方じゃないですか。いつも立派な犬といらっしゃいますし」

「いつも…? グレイズがここにくるのは決まった日だけか!? 時間は同じなのか!?」

「え!? え!?」

「さっさと答えろ!!」

 襟首を掴んで揺らすと御者が握ったままの手綱が引っ張られ、馬が驚いて今度は馬車が揺れる。慌てて手放すと御者が恨めしそうな目で見てくる…。

「同じじゃないですよ…! いつ、どのタイミングで出かけるなんて女将さん次第じゃないですか!? 私は呼ばれたら行くだけですよ…!」

 ドアを開け、馬車から飛び降りる。馬が鳴いたのを見てロディが何事かと近づいてきたところだった。

「ちょっと行ってくる。必ず戻るから待ってろよ」

 ロディは返事せず、首も縦に振らなかったが、そんなことに構っている余裕はなかった。先ほど馬車の横を通り過ぎていった男―――犬を連れた使用人(?)を追う。

 クマイル卿の屋敷は高級住宅地で一番端にあり、その奥は森林公園、そして墓地になっている。さっきの男はそこへ向かっていった。散歩というなら疑う余地はない。しかし……。

 消えた先に向かうと男はすでにかなり遠い場所にいた。ただの散歩の速度ではない。角を曲がった時には走り出していたのか…?

「止まれ、そこの男!! 聞くことがある!!」

 生憎……いや、幸運にも他に誰もいない。男はわずかに逡巡したようだが、すぐに止まった。

「私に何か御用ですか…?」

「貴様はどこの誰だ? ここで何をしている」

「ご覧の通り散歩ですよ。これが私の仕事でして……失礼ながらどういった御用でしょうか」

「質問しているのはこっちだ。あたしは軍警察の要請を受けてある事件の調査をしている。シロモ……長刀斬鬼と言えば聞こえはいいか?」

「長刀斬鬼っ…!?」

 少なからず驚いた……驚きすぎだ。都市伝説的に有名なのか、それともシロモリに恐れをなしたのか―――その場合、シロモリの剣の腕にビビってるのか立場にビビってるのか、それによって相手がどういうものか見えてくる。

 しかし男はふと何かに気づき、肩を落とした。

「…高名な剣士様とお見受けしますが、長刀斬鬼などと、ご冗談を」

「冗談?」

「お腰のものは、どうみても普通の剣ではありませんか」

 確かに――。

 トレードマークの長剣は現在持っていないが………こうなると自分よりも無銘の刀の方が有名なのか。

「長刀斬鬼とは勝手に付けられた名だ。本来シロモリは武芸百般、武器を選ばないのがモットーだ」

「だとしても、あなた様がシロモリだと証明できるものはお持ちなのですか? 私はさる貴族のお方にお仕えする身、すなわち貴族の所有物。軍警察の方であっても正式な手続きなしでは逮捕することができないはず」

 ペラペラと理屈を並べ立てるあたり、言い逃れるための下準備はしているというわけか。

「詳しいな……その詳しいお前が、なぜ御者に挨拶した?」

「? どういうことでしょう…?」

「貴族は詮索しないのが暗黙のルール……まして、屋敷を訪れている馬車に声をかけるなど言語道断だ。怪しまれないための演技だったのだろうが、ルールを知らない下町の馬車に怪しまれなかったから、通用すると思い込んでしまったんだな。まさか知らなかったとは言わないな? 言い逃れをするのなら、どこの誰かを名乗り、非礼を詫びてからにしてもらおうか」

 左手を腰の刀に添える…。初老の男は硬直し、沈黙し……

「――――行け!!」

 犬のリードを離すと同時に二頭の犬がまっすぐ襲いかかってくる! 犬は猟犬としても使われるドーベルマン。貴族が番犬として飼っていると言えば納得の犬種で、実際驚異であるのだが―――

「―――ふ!」

 アケミの殺気を向けられた犬たちは表情を変え、地面に爪を立てながら急ブレーキ、Uターンして逃げていく。そして犬が襲っていれば絶妙のタイミングであった投擲されたナイフは右手で受け止めてそのまま投げ返す。ナイフは太股に刺さり、男は尻餅をついた。

「だからシロモリだと言っただろう。やれやれ……知らぬは飼い主ばかりが」

 鯉口を切っていた刀を左手でパチンと納める。刃が欠けた刀を抜かずに済んでよかったと後で気づき、内心ホッとしたアケミだったのだが――――

「あいつら……!!」

 男を引っ張って戻ってきたら、もうそこに馬車はなかった……。













 少し短いですが更新です。

 もう昼間は暑すぎてダメですね。しかし仕事はこれからデスロード……直射日光モロに浴びて通勤します。熱中症で倒れないように気をつけないと。寝不足は避けたいですが…。

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