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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
59/124

25.

 収容所での聞き込みを終えた翌日の朝、もぞもぞと動く気配を感じてアケミは目を覚ました。

「ん……ライラさん、もう起きるの…?」

「………」

 ライラは瞼をこすりながら大きく息を吐き出した。

「アンタ、ただ寝に来るなら家に帰りなさいって、何度言わせんのよ…」

「ライラさんに会いに来てる。嫌?」

「だからそういうことじゃなくって……あーもう…!」

「起き抜けにそんなに機嫌悪くしなくてもいいじゃん………あ、もしかして……したかった…?」

「……バカじゃないの?」

 無視して背を向けるライラ。その後ろから腕を回し、アケミが抱きつく。シュミーズ越しに柔らかな弾力を感じ、剥き出しの肩が擦れ合う。少し肌寒い朝の空気の中、離れ難い温もりが伝わってくる。

 くっ…とライラが息を止めたのをアケミは見逃さなかった。

「ライラさんってさ……寝てるとき、すごくくっついてくるよね…」

 息を吹きかけるように耳元で囁く……ぴくりと肩が上がった。

「狭いベッドにアンタが潜り込むからでしょ…」

「膝の間に脚入れられて、なかなか寝られなかったんだけど…?」

「知らないわよ…!」

「誘ってた…? 今からでよかったら、応えてあげるよ…?」

 ライラの首筋にアケミが口付ける。ライラの喉の奥からわずかに官能の吐息が漏れ――――肘が、アケミの脇腹に直撃した。

「くあっ…!?」

「~~~っ!!」

 跳ね上がるように立ち上がったライラが真っ赤になって手を振り上げるが、アケミも待ったと手をかざす。

「ちょっ、ちょ、ちょっと…!! いくらなんでもコレはなくない…っ!?」

「こっちのセリフだ!」

「殴ることないでしょ!? 嫌なら嫌って言えばいいじゃん! 聞いたら濁すし…!」

「いつ濁したってのよ!」

「さっき! さっき濁した!」

「じゃあはっきり言ってやるわ! 嫌! 嫌だからもう来るな!」

「はぁ!? 会えなかったら寂しくて家まで来るくせに!」

「…!」

 アケミの家―――シロモリ邸に向かっている途中でゲイスに攫われたのだから世話はない。

 ライラが言葉に詰まったその隙にアケミは腕を引き、唇を奪う。抵抗するライラを力尽くでベッドに引き倒し、文句を言う間もなくまた唇を重ね、息をつかせないほどの濃厚なキスを仕掛ける。その最中も二人の手足はバタバタ抵抗と抑圧を繰り返し、ベッドは揺れる…。唇が離れたときには全力疾走した後のように肩で息をし、どっと汗を掻いていた―――。

「はぁ、はぁ……もういいよ、ムードもクソもないけど、しよう。ごちゃごちゃ言うより、そっちのほうがスッキリする」

「何言ってんの…!? アンタ、獣かなんか―――」

「――嫌なの?」

 ぐっと額を押し付けて視線が絡まる。アケミの瞳に見つめられたライラは……頬を染めて目を逸らした。

「……好きにしなさいよ…」

 アケミがゴクリと喉を鳴らし、二人の唇が三度触れそうになった、その時――――!

 

 バン――――ッ!!!

 

 何か爆発したのかと思うほどの衝撃に二人は固まる。開かれたドアの向こうには、鬼の形相のカーチェが立っていた…!

「…朝からうっさいのよクソ女ども!! 外でやれ!! 殺すぞ!!」

 ボサボサの髪を振り上げ、目を血走らせて怒鳴るカーチェに、盛り上がった空気は一気に冷めていった……。






「四六時中盛んなのが若者の特権って言っても、節度がないのはただのケダモノだよ」

「ライラさんが変に頑ななのが悪い。もう少し心を開くっていうか、気軽に接してくれてもいいのに」

「歳上のプライドがあるのさ」

「胡蝶館の女将なら理解して、遠慮すると?」

「…………あのコみたいなタイプは持ち上げつつ、ここぞというとこでは押しまくるのがいいかね」

「なるほど……先手を取らせてあげればいいのか。でもじれったくて我慢できなくなりそうだ」

「そこは惚れさせた方が勝ちだね………ところで、さっきからアンタはここで何をしてるんだい」

 胡蝶館の裏口、午前九時半―――。よそ行きの装いで馬車を待つグレイズと、アケミが並んで立っている。普段はない光景だ。

「ほら、あたしは用心棒だろ。またこの間みたいなことがあっても面倒だからな、護衛してやるよ」

「頼んじゃいないよ」

「頼まれなくても護衛するさ。今日は一日暇だからな」

「………」

 険しい瞳が交叉する。グレイズには何かがある―――不審に思っていることを、アケミはもはや隠そうとしない。

 そこに、割って入った者がいる。グレイズの付き人・ロディ。浅黒い肌、スキンヘッド逞しい体付き、おまけに黒メガネをかけている、怪しさ満点の男。女だらけの館の、まさしく黒一点。グレイズに影のように付き従い、絶対に喋らない。

 歳の頃は三十~四十といったところか。兵士か傭兵上がりなのだろう、そこは間違いない。しかし普段は気配を消しているロディが自ら動いたことにアケミは興味をそそられる。

 左足を半歩引き、腰の刀に左手を添えてみる。ロディは距離を測る動きをする……いい反応だ。さらに加えて、アケミに対してわずかながらプレッシャーをかけてきた。ロディという男が、ほんの少し垣間見えた。

「お……やるか? ここでお前を負かせば、堂々と護衛に名乗りを上げることもできるしな」

 あくまで冗談半分だが、殺気は滲ませる。勝負をするつもりだと暗に示すのだ。

「………」

 ロディはこれを読み取った。戦闘経験もかなりあると見た。

 ロディの腕が主に下がる様に示し、グレイズはやれやれと肩をすくめた。

「アンタたち、店の裏で刃傷沙汰を起こしたら地獄に落とすからね」

「あくまで腕試しだ。わざわざけしかけてまで勝負するに値する男なのか、すぐにわかる」

 一足一刀の間合いまで離れ、アケミは先ほどと同じく左足を引いた半身の状態から腰を落とし、やや後ろに重心を置くように、力を溜める構えをとる。居合いの構えだ。アケミの得意技にして、反りのある刀の特性を生かした奥義の一つ。

 対し、ロディは―――ロディも同じ構えをとった!

 別に驚くことではない……居合抜きはシロモリのお家芸だが、初代の頃ならいざ知らず、今はシロモリの武術を学んだ弟子たちが各々道場を開いているくらいなのだ。会得する機会はあるし、納刀からの抜き打ちは奇襲に対応するのにも役立つ。それよりも気になるのは……

(黒剣、か……)

 わずかに鯉口を切ったロディの剣、垣間見えたその刀身は独特の色味に染まっていた。

 俗に「黒剣」と呼ばれる武器は、鈍く黒光りする独特の黒鉄で打つことによって生まれる。その性質は固く、強く、耐久性に優れるが、加工が難しく、重い。基本的に通常の武器の1.2倍の重量がある。武器は長期戦に耐えるが扱う人間は体力を大きく削られるという矛盾を抱えているのである。

 こんな実用性に乏しい剣を使っている奴は限られている。カッコつけたい見栄っ張りか、マニアのコレクターか――――本物の実力者だけだ。

 ロディの剣は飾り気がなく、おそらく諸刃の直剣……シンプルなロングソードだ。

 瞬きせずに見合ったまま………柄に手が、触れた――――


 ギイイイィィィィ――――ン…ッ!!!


 ぶつかった剣から派手な火花が飛び散り、あまり感じたことのない妙な手応えと耳に残る金切り声のような金属音…。互いに振り切った状態で静止し……アケミは戦闘態勢を解いて刀を検分した。

「……フン、意外にやるな」

 パチンと刀を鞘に納めると、ロディもまた剣をしまう。その様子をつぶさに観察しながらアケミは内心舌を巻いた。

 剣が交差する瞬間――――アケミはロディの剣を折るのを狙っていた。できるかどうかは半々だったが、ミーシャの刀を見る意味でも黒剣と勝負するのはいい機会だ思ったのだ。しかしロディはこちらの剣筋に合わせるように剣を抜き、刃を擦り合わせるように剣を振り切ったのだ。結果、ミーシャの初めての刀はいくらか刃がダメになってしまった。

 本気ではない。本気ではなかったが――……ロディはアケミの剣を読み、アケミ以上の重い剣で、アケミ以上の速さの攻撃を繰り出したことになる。実力を見せたその意味するところは、警告か。

 だが―――。

「正直、想像以上だ。見くびっていた。だが、お前のような奴が付き従っている時点で、グレイズがただの娼館のオーナーでないことを証明しているようなものだ」

「………」

 ロディは答えない。代わりに威圧感が増した。

「…気は済んだかい? もう時間だよ」

 グレイズの言葉に呼ばれたように、曲がり角から馬車が顔を出した。小さいが、なかなか豪勢な箱馬車だ。

「乗りな」

 御者に腕を引かれて乗り込んだグレイズは、ドアを締めずにアケミに一言告げた。横目でロディにしてやったりと唇を釣り上げて見せた。

 馬車は御者のスペースを除けば二人乗りで狭いが、太ったグレイズのせいでなお狭い。ロディは外だが、いつもそうなのだろう。たった一人の護衛が同乗するはずもない。

 刀を腰から外し(いつもの長刀は常に手持ちだった)抱え込むように持つ。グレイズはハンドバッグから扇子を取り出し、早々に扇ぎ始める。香水の匂いが馬車の中に撒き散らされてアケミは顔を顰めた。

「…あのバーグ商会の娘の入れ知恵かい」

「あん?」

「アタシに看過できない秘密があると睨んでいるんだろう? この間バカどもを撃退してくれた女戦士たちやバーグ商会の娘は王女様付きだって聞いているよ。アンタもそうなんだろう? だからアタシみたいなのは腹の中を探っておきたいってところかね」

 アケミは顔の前をパタパタと払い――肩を竦めた。

「それも無くはないが、護衛は本心からだ。胡蝶館は今のあたしにとって居心地のいい場所だからな。皆殺しにして胡蝶館を燃やしつくそうってくらいだから相当恨みがあるか、アンタが目障りなのか。でも直接手を下すのではなく適当な手下を雇って襲わせる財力……いや、権力だな。それも持っている。プロを使わないのは疑われたくないからだ、なら相当地位の高い人間になる。ゲイスたちから辿るのは難しいだろう。だからアンタを分析すれば、相対的に敵となる人物が見えてくるんじゃないか……というのがロナの案だ」

「……それは明かしちゃ意味ないだろう」

「承知で馬車に乗せたんじゃないのか? 探られたくない腹があっても、小娘一人誤魔化せる自信があるんだろう」

「さてね…。どうにしろ、的なんか絞れやしないよ。恨みは、それこそ死ぬほど買ってるからね」

「だけど殺されるようなことはしていない――――」

「ん? なんだいそれは」

「ライラさんが言ってた」

「………」

 グレイズは仏頂面のまま視線を窓の外へ移す。アケミはシートに深く座り込んで姿勢を崩した。

「あたしも少し前まではこんな風になるなんて思ってなかった。親友のために体張って、親友と並べるように強く、偉くなることだけが目標だったし………あたしは娼館っていうと、世間に見放されたか、人生を見限った人たちが集まった場所だと偏見を持ってた」

「そういう女たちは少なくないよ。それでも昔よりは減ったがね…。まだ戦争やってた頃は娼館は戦争が生み出した膿の掃き溜めみたいな場所だった。孤児や未亡人が生きるために男に媚を売って金を稼いでたのさ。そこに欲はあっても情はなく、一方的に虐げられるだけだった。男が求める女でいられる時間には限りがある……若さをすり減らして生きても、歳をとれば乗り換えられ、捨てられる。勝手なもんさ、男ってのは」

「だけど胡蝶館のみんなは楽しそうだ。絆も固い。住み込みのみんなはほとんど孤児だって聞いたけど、みんな家族みたいだ」

「そういう綺麗事で誤魔化すのが一番嫌いだよ」

「あたしはライラさんに側にいてほしいと……家族になって欲しいと、本気で思ってる」

「……今は新しい刺激に夢中だからそう思うだけさ。アンタみたいなガキが、どうやって同じ女のライラを満たしてやれる?」

「それはあたしが決めることじゃない。二人で考えることだ」

「……ふん」

 派手な扇子を閉じ、グレイズはアケミの鼻先に突き出した。

「ウチの娼婦が欲しけりゃ払うもんを払い、積むもんを積みな! 娼婦はウチの商品だ! 口先だけの若造にくれてやるつもりはないよ!!」

「もうそのつもりだ」

 狭い馬車の中で睨み―――アケミはクッと笑った。

「アンタさ、今日はとびきり化粧が濃いな」

「………黙りな」

 グレイズはまたパタパタと扇子で扇ぎ始めた。








 今週は途中まで調子良かったんですけど、仕事と暑さに体力を奪われていきましたねぇ…まあスパロボもしてたんですけど。

 ちなみにスパロボOGの新しいロボット(jの主人公機)は好きなあのコを複座に乗せられるよ! 3人の中から選んでね! …という、なんだか最近のラノベみたいな仕様(笑)。でもちゃんと専用セリフがあるのはよい仕事です。

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