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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
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22.

 雪が降り積もる真っ白な景色は、朝日を反射して神秘的に輝いている。冷え込む空気は澄んでいて、吐き出す息は白い。そして緩やかな風が流れる音が聞こえるほど、静かだ……。

 その銀世界の中で、真っ直ぐに立つ女が一人―――。

 遠目からでは、いや近くとも、正面から顔を見ないとそれが人だと気づかないかもしれない。手には弓矢を持ち、目いっぱい引き絞っているが、全くぶれず、微動だにしない……呼吸すらしていないのではないだろうか。白い吐息は見えない。黒いコートのファーと長い黒髪が風に靡いてサラサラと揺れるだけで、女は景色と完全に同化していた。


 一際強い風が吹き、新雪が眩しく光りながら舞い上がり………それが止んだ頃、女の手から矢が消えていた。


 音もなく放たれた矢はどこへ飛んだのか。女が鏃を向けていたのは林の奥―――。しかし矢は背の高い木々を飛び越えるように山なりに飛び、風を受けて枝と枝の間へと消えていった……。

「―――見事」

 女の後ろで頷く初老の男。少し小柄だが、その眼光は鋭くも暖かい。二人の間にはいくらか距離があったか、女の耳はしっかり声を拾っていた。振り向いた女はパッと花を咲かせたような明るい表情で雪道をズボズボと鳴らして駆け寄っていく。

「どうですかおじ様! 上手くなったでしょう?」

「うむ、もはや神業の域よ。シロモリ、いやエレステル史上でもお前ほどの使い手はおらぬかも知れぬ」

 褒められた女は照れて小さくなる。

 女は年齢より上に見られる美貌の持ち主だったが、まだまだ少女のような無邪気な顔を見せる。

「ところで、なぜ昨日突然いらっしゃったのですか? 少しやつれていらっしゃるようにも見えますが」

「…妻の実家が北部にあってな、近くに来たゆえに寄った」

「奥様……は、ご一緒ではないのですか…?」

「今回はな…。代わりに娘が追ってやってくる」

「娘……」

 思慕する…敬愛するガンジョウおじ様が結婚していて、それなりに大きな子供がいることも知っているが、そんなことは関係ない。数年に一度しか会えず、今回で三度目ながらも、褒めてもらうために、認めてもらうために弓の腕を磨いてきたのに……おじ様の寵愛を一身に受けてきた娘を見て、耐えられるだろうか。零下の寒さにも慣れた身体が、恐れで震える…。

 と、ガンジョウが何かに気付いた。女もその先に目を向けると、まだ豆粒のような大きさだが、人影が見える。

「む…? こんな早くに来るはずは…」

「あれが…」

 小さな人影は……小柄な人影は、雪に慣れないのか脚を取られてコケた。すぐに立ち上がって粉雪の付いたコートをぱっぱと払い、またこちらへ向かってのしのし歩いてくる。

 目の前まで来てもサイズは小さなまま…。小柄な少女は毅然と振舞って見せるが、それでもコケたのを見られたのが恥ずかしかったのか、少し視線を落とし、顔を赤くしていて―――……

(かっ……かわいいいぃ!!)

 女は心の叫びを声に出さないように息を止めて堪えた。しかしなんというか、猫のようで抱きしめたくなる……なんだ、この愛くるしい娘は!?

「父様、只今到着しました。あの、こちらの方が…」

「うむ。ナーヨ、今話していた、娘のミオだ。ミオ、彼女はナーヨ=イッシュ」

「初めまして。ミオ=シロモリと申します」

 丁寧に頭を下げる。それを見て女―――ナーヨ=イッシュの表情が緩む。

「イッシュは遠縁の親戚だ。シロモリの分家筋に当たる」

「分家…? そのようなお話、初めて窺いました…」

 ミオに目線を合わせるようにナーヨが屈む。

「初代の息子、二代目の弟の血筋なのよ」

「そうなんですか…」

 ミオの表情が気持ち硬い……。

 ――ああそうか、屈まれるのが嫌なのか。いちいち可愛いな、このコは…!

「ミオちゃんも剣を使うの?」

「一応は……拙いですが」

「私は弓が得意なの。見てて……あれを狙うから」

 さっと弓矢を構えて、明後日の方向へ山なりに矢を放つナーヨ。あれと言われたが、ミオはどれのことを指しているのかまだわからない。ナーヨが矢を放った方向は起伏に富んだ雪原が広がるだけで、木々がまばらに立っている以外は何もない……。

 矢は高々と、真上に射られたのではないかと思えるほど上がり、頂点から落ちてくる途中で風に煽られ、わずかに左へと流れ……落ちた。ストンと地面に刺さったように見えた矢はぴくんと跳ね、雪景色に赤いシミが広がる…。そこでミオは初めて、白ウサギがいた事に気付いた。

「あっ………すごい…!」

「そう? ありがとう」

 ナーヨは軽く会釈するが、やったのはとんでもないことだ。カムフラージュしている標的を探し―――振り向くとほぼ同時に構え―――矢を番えていっぱいまで弦を引いた瞬間に放し―――風が吹くのを予測したとしか思えない軌道でヒットした。この間、五秒もあっただろうか。構えて矢を放つまではおそらく一秒半とかかっていないはずだ。

 一般人が見れば適当にやってまぐれ当たりしたと思うだけだろう。しかしミオはほんの少しだが弓矢の練習をしたことがあるからわかる。弓を扱うのに必要なのは精密さや器用さ、集中力……それ以上に、筋力だ。筋肉のバネを使って弓を引き、狙いを定める間、その姿勢のままぶれずに静止しなくてはならない。弦を引く力を維持し続けなければならないのだ。

 ちなみに、ミオはできなかった。姉であるアケミは十五の頃、筋力トレーニングを重ねて弓矢の練習をしていた。似合わない武器ではあるが、どうやっても剣では届かない時があるからできるにこしたことはない―――そんなことを言っていた記憶がある。アケミはすぐにやめてしまったが、おそらくある程度マスターしたのだろう。そうでなければあの長刀で居合い斬りできる筋力を持ち得ないはずだ。アケミが捨てた弓でミオも挑戦してみたが、引けない。当時十歳だったが、まるで歯が立たなかった。それから四年経ち……鍛え、学んだが、未だにあの弓を満足に引くことができない。アケミが使っていたのは通常の弓の倍の力が要る強弓。くやしいが、体格の差を認めさせられた。いや……姉とは見えているものが、目指す先が最初から違っていたのかもしれない…。

 姉のことはさておき―――コートの上から見るナーヨは線が細い。もちろん鍛え上げているのだろうが、必要以上に筋肉が膨れ上がっているわけではなく、非常にしなやかである。それでいて無理なく弓を扱える秘密は、その姿勢にある。背筋をまっすぐ伸ばした美しい姿が弓を引くための力を最大限に発揮しているのだ。もちろん、動きをコピーしてもミオがナーヨと同じように弓を引けるわけではない……修練の賜物だ。

 足を取られる結構な距離の雪道を難なく往復したナーヨの手にはウサギが握られている。それをガンジョウに手渡すと、ナーヨはそのままミオの手を引く。

「ではおじ様、私はミオちゃんと一緒に得物を運んで戻りますので、お先にどうぞ」

「うむ。大物であればよいな」

「それは間違いありません」

「?」

 ロープを手渡されたミオはわけもわからず手を引かれて、林の中へ。ナーヨは丸太を担ぎ、鼻歌を弾ませている。

「あの…? どこへ、何をしに向かっているんでしょう?」

「久しぶりのお客様だから、今日は鹿を獲ってこいってお父さんがね」

「狩りですか? すみません、経験がありませんのでお役に立てるかどうか…」

「大丈夫。ちょっと力仕事だけど、心配しなくていいから」

 背の高い草や道を塞ぐ木はほとんどないが、高さ十数メートルはある木々が天を覆う林の中は不気味なほど静かだ。もうかなり奥まで歩いているはずなのにナーヨは鼻歌を止めないが……いいのだろうか?

「いた」

 鹿? どこに? しかしナーヨはなおも歩き続ける―――。

「え……??」

 ようやく見つけた鹿は―――倒れていた。脳天に矢が刺さり、息絶えている……。

 ナーヨはミオが持っていたロープで鹿の手足を縛り、丸太に括り始めた。

「……ああ! 仕留めた後に、ロープを取りに行ってたんですか?」

 不可解な状況にやっと合点がいったミオだった、が。

「違うわよ? さっきの場所から射かけたの」

「さっき、って……」

 まさか、出会った場所で!??

 ミオは来た道を振り返る。辛うじて林の入口から向こうが見えるが、それは窓をほんの少し開けているようなわずかな隙間だ。距離はウサギのときとは比べるべくもなく、しかもここは高い木々が障害物になっている林の中だ。まず鹿を、動物を見つけることそのものが不可能で、その上でさっきのウサギと同じように仕留めたのだとしたら―――……!!!

「すごっ……すごい、凄すぎる!! 弓なら絶対に姉さまを超えています!!!」

「姉さま?」

「あっ…」

 一度口を紡ぎ、ミオは声の調子を落とした。

「私の姉は、その……身内の私が言うのもおかしいですが、武術に関してはすごい才能を持っていて……噂で聞いたりとか、ご存知ないですか?」

「ここは田舎というか、辺境だから、お姉さんが立派な人でもなかなか、ね」

 どうやら本当に知らないようで安堵した。しばらく塞ぎ込んでいたと思ったら一転して女郎買いとか、あの自由奔放な性格は家族としていたたまれなくなる…。

 一方、ナーヨは作業の手を止めてぶつぶつ独り言を言っている。

「そうか、お姉さんが……お姉さん歳はいくつ?」

「十八です」

「私の一つ上か。じゃあ私にとってもお姉さんで、私もミオちゃんのお姉ちゃんね」

「え? あ…はい?」

「これからはソウカお姉ちゃんって呼んでね」

「ソウカ…?」

「おじ様に(あざな)を頂いたのよ。つまりシロモリとして認められたということで、あなたたちとは姉妹同然ということね」

「はあ…」

 兄弟弟子とか、そういうことだろうか? わからないが、とりあえずそう解釈して呑み込んでおく。

「ところで、お姉さんってどんな感じの人?」

「え―――」

 黒いサラサラの髪、しなやかで細身の姿、大人っぽい雰囲気………まるで―――

「………背が高いです」

 まさかナーヨ…ソウカと似ているとは言えないミオだった……。





 イッシュの家がある村を後にし、ガンジョウとミオは馬を並べて帰路に着く。

 エレステルの首都・グロニアから東へ進めばすぐに隣国・イオンハブスとの国境だが北へ進めばまだ領地は東に伸びる。同盟国であるイオンハブスの北と西を囲むようにエレステルの国土は広がっているからである。イオンハブスはさらに東と南を海に面しており、外敵からの侵略に強い……というより、気にしていないというのが正しいだろう。結果的にエレステルがイオンハブスの盾となっていて、それをイオンハブス側が当然のように考えているから軋轢が生まれているとミオは学校で習った。しかし北にある聖山「キノソス山」周辺は特区となっており、国土としてはどちらにも属さず、不可侵の領域となっている……そのはずだったのだが―――

「あの村には守護の役目があるのだ。全くの無人では良からぬ者が集まる。代わりに外界とはほとんど繋がりがなく、閉ざされた世界となっておるがな。あの環境で自給自足は厳しいが、逞しく生きておる」

 父が説明してくれた。元々人がいないと思っていたところに自分の血縁がいたという事実は、ミオにとって貴重な体験だ。まして、天賦の才を持った人に会えたなんて…。

「母は……ロマリーはどうしておった?」

 今度は父から質問がくる。ミオはエレステル北方を治める貴族―――母の実家に様子を見に行っていたのだ。

「お元気でした。シャロンさんも変わらずお世話して下さって…。ただ、やはりお寂しいのか……出戻り同然というのも気にされているようで、私にべったりというか、離そうとなされない雰囲気でしたので、二泊お世話になるところを一泊で、早朝に出立してしまいました。父さまがお迎えに行かれるのが一番よろしいのかと思います、が……………今、姉さまのことをお知りになられたら卒倒してしまわれるのではないでしょうか…」

 アケミが女兵士のハニートラップにかかった事が高尚な貴族であることを尊ぶ母には耐えられなかったのだが、それでもまだ騙されたと見ることができる。しかし今度は自分から率先して女性と、しかも娼婦と付き合っているのだ。いよいよ母の心の限界を超えてしまうかもしれない…。

「…姉さまのこと、父さまはよろしいのですか? 継承者があの振る舞いで……どこまで本気なのかはわかりませんが、姉さまの後を継ぐ者が生まれない可能性だってあります」

「…………」

 父はしばらく黙し…

「……父と母はどのように結ばれたと思う?」

「は?」

 父の口から、およそ似つかわしくない話題が出て、ミオはしばらく思考が止まってしまった。

「ワシとロマリーは、恋愛結婚よ」

 自慢げに語る父は珍しい。常に粛々とし、賞賛されても決して驕らない―――それがミオの知っている父だったからだ。

「この地に流れ着いて王に忠誠を誓ったのが初代。初代の文武をまとめ上げ、昇華させたのが二代。その遺産を売って放蕩を尽くしたのが三代……ワシの父だ。当時、シロモリは父の影響で悪評に塗れており、ワシは父を反面教師としてただ誠実に生きておった……つまらぬ男だった。しかしそのワシをロマリーは見てくれたのだ。若さもあったやもしれぬ……しかしその結果、ワシには家族ができ、お前たちが生まれた。心の導きに従ってよかったと思っておる……。ゆえにアケミが享楽でなく、真に相手を想っているのなら、ワシは口を挟めぬ。お前や母には迷惑な話だが………すまん。しかしあ奴も思い悩んでいるのであろう。理解せよとは言わんが、察してやれ」

「………」

 ミオは何も言えなかった。

 父が語ること。姉が思うこと。そこに普遍的な正否はないのかもしれない。ならば何をもって善し悪しを決めるのか? その判断の基準となるものを―――愛を、ミオはまだ知らない……。










 シロモリ母の名前を変更しました。マリー⇒ロマリーとなっています。「マリィ」が「~女王の階~」で、一瞬でてきたのを忘れてたんですよね。この人、女王の階の続きを書くのならキーパーソンの一人になりうる可能性があるので…。

 そして同じく「~女王の階~」で登場したブラックダガーの超スナイパーにして自称ミオのお姉ちゃんというアブナイ女、ソウカの登場です。実は本名ではなかったという設定は初登場時から決めていました。ようやくメンバーが揃ってきましたね…。

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