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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
54/124

20.

 光が目に入り込んでくる……眩しい……。

 今日は瞼が重い……いや、身体もだ。濡れた布団を被っているような重さと、それに抗えない倦怠感……なのに肌はスースーしていて落ち着かない。

 当然だった。何も着ていない…。

 隣に目をやる。気配でわかっていたが、やはりアケミはいなかった。帰ったのだろうか。

「……………」

 昨晩のことを思い出す……蹂躙された跡の残る肌はしっかりと覚えている。

 ―――誤算があった。

 ――一つはアケミが手馴れていたこと。

 ――一つはどこで終わるのかわからなかったこと。

 ―――そしてもう一つは、この状況に自分がハマってしまったことだ。


 男と違って、まるで蛇のようだった……。


 隙間なく手足は絡まり、口を付けられる度に甘く痺れ、指先は肌を滑りながら隙間へと潜り込んでいった…。カーチェの予言通り巧みな技を持ったアケミは体力も化物じみていて、今さら戦士なのだと理解したほどだ。タガが外れたアケミは欲望に忠実で、時折こちらを気遣いながらも一切手を緩めることはなかった。それは自分への愛情と欲情ゆえ……望む望まないに関わらず、素直に好意を向けられれば優越感に浸ってもしまう。一方で、多様な愛撫の数々が例の「クーラさん」に仕込まれたのだろうと思うとなぜか嫉妬してしまい―――張り合うようにアケミと愛し合ってしまったのだ。

 だめだ、思い出すとまた変な気分になってしまう……。

 しかし頭は反比例するように覚めていき、やがてふつふつと後悔と反省の念が浮かんできた。

 特に昨夜、ベッドに沈む直前の言い争い。振り返れば死にたくなるくらい恥ずかしい。酒が入っていたこともあると思う、でもそうは言っても、アレはないだろう……。お互いにガキガキ怒鳴りあって実は好きでしたみたいなことを暴露し、わけもわからず盛り上がって始めちゃうってホント何なんだ……。あんな恥ずかしいこと、娼婦として座敷に上がる前でもやったことがない。本当におかしくなってしまったのか、私………いつ眠ったのかも記憶がないし……

「………は!?」

 今、何時だ!? 机の上の時計を振り返る……一気に血の気が引いていった。

「うわっ、しまった……!」



 髪もろくに整えず雑にシャツを羽織り、裸足のまま厨房へと下りていくと、ダイニングで住み込みのメンバー―――全員後輩―――が、朝食を食べている最中だった。

「ごめんみんな、寝過ごして…!」

 後輩たちは目が合った途端、時間が止まったように停止し、そして一斉に視線を逸らす…。 

 不可解な態度に眉根を寄せると、明らかに苛立った足音を鳴らしながらカーチェが現れた。カーチェは殊更に機嫌の悪い顔で、浴衣もはだけて辛うじて帯を巻いている程度だ。

「ったく…発情した猫がうるさくって、煽られて盛った男がしつっこいのなんの……」

 猫? そうだっただろうか…?

 と、横を通り過ぎようとしたカーチェが立ち止まってスンスンと鼻を鳴らし、今にも殺しそうな目で睨んできた。

「臭うわよメス猫。さっさと風呂に入ってきたら?」

「メス猫……?」

 何を言って――――あ。

 かあっと顔が熱くなっていく。発情した猫って、つまり――…!

「アンアンアンアン明け方までうるさいのよ!! 店中に聞こえてたわよ! なんで窓全開でヤってるの!? 変態なの!?」

「なっ、うそっ…し、してない! 夜中に窓開けっ放しにするわけないでしょうが!!」

 だって起きたときには窓締まってたし、大体そんな、声なんか出して……どうなんだろう、覚えてない…!

 かつてないほど混乱する中、ヤーネルがとんでもないことを呟く―――

「女同士って、ああやるんだー…」

 ぼそりと小さく、しかし絶大な破壊力の一言だった…! さらに席に着いていた他の後輩たちが口々に「バカ!」「言ったらダメだって…!」とヤーネルを責める。これは、つまり……!

「ま、まさか……アンタたち、覗いてたんじゃ…!?」

 揃って沈黙する。従業員だけでなく娼婦のコまで…!?

「う、うそでしょ!? うそでしょ!?」

「だっ……だ、だ、だって、部屋から怒鳴り合う声がしたし、ライラ姐さんには前科があるし、シロモリさんは剣持ってるし、絶対様子見たほうがいいって言ってるうちに静かになって、怖くなって覗いてみたら―――………なんというか、なんというか…!」

 焦って真っ赤な顔で必死に弁明するフラウ。ちなみに彼女は最初から娼婦になるつもりはない。意思のない者には娼婦の具体的なアレコレは教えないのが暗黙のルールになっている。つまりフラウたち従業員組はそういうことに興味はあっても、基本的に乙女なのだ。

「まーその後は、かわるがわる覗き見しちゃったんだけど…」

 キスカの暴露に絶句―――。開けっ放しは窓ではなく、ドアだったのだ。しかし、全然気付かなかった…!

 ありえない事態に呆然としていると、さっきまで格別に不機嫌だったカーチェがニヤついている。

「憐れ……憐れすぎて笑えるわあ。でも仕方ないわよねぇ、過去の自分が招いた結果だもの。まさか心配してくれた後輩を責められないわよねぇ?」

「ッ……!」

「そういえば嫁いでいったシェリー姐さんが言ってたわ。ケンカして仲直りした後は激しくなるって」

「「「「あー」」」」

 後輩たちが満場一致で同意する―――。

「あーって何よ!!!」

 イサ=カーチェ……この女、本当に嫌いだ…!

 さらに最悪のタイミングで闖入者が現れる。アケミだ! 

「はあー…あ、おはようライラさん」

 濡れた黒髪をタオルでガシガシと拭きながら場の空気も読まずにひょっこり現れるアケミ。顔を見た瞬間にイラっとしてしまった。

「お風呂気持ちよかったよ、ライラさんも入ってきなよ。あ………一緒に入る?」

 弾ける黄色い声…! 

 感情のやり場を失った私は、本気なのか冗談なのかわからないしたり顔のアケミを、渾身の力を込めて張り倒したのだった。






 再び軍警察に出頭してきたアケミは、頬に真っ赤なもみじをつけながらも上機嫌だった。昨日揉めまくった取調官はアケミの転身ぶりを気味悪く思いながらも、封書をアケミに手渡した。受け取ったアケミはソファに深く身を沈める―――今日は取調室ではなく応接室だ。お茶を運んできた女性も部屋の隅に控えている。察するに、昨日と何か事情が変わり、その一因がこの手紙なのだろう。

「それは上層部からの依頼書だと聞いている。また、軍将第一位のゴルドロン大隊長より取り調べの早期終了の命令が下った。なぜ貴様のような娘が将軍と…」

 アケミの予想を勝手に裏付けてくれた取調官だが、しかし失礼な奴だ。こちらはシロモリの当主だぞ……と言いたくなる一方、自らが尊敬に値する人物かというと……批判もやむなしか。直接会った人間には基本的に真っ当に相対しているつもりだが、一般大衆からはまだまだ支持を得ていないということだ。なにせ「長刀斬鬼」………女を呼ぶ名ではない。

 封筒から手紙を出すと、先日ベルマンと話したスカウトの件、その催促だった。さっさと出発しろとのことだ。

「…火を貸してくれないか?」

「なに?」 

「客人に煙草の一本も吸わせない気か? 灰皿も用意しているというのに」

 ミニテーブルの上に鎮座しているガラスの灰皿を顎で指すと、渋々マッチを手渡してきた。一本取り出して火を点け………手紙に火をつける。

「あ! 貴様、何を…!」

「慌てるな。これはこういう類のものだ。軍警察は記録を取っておくのが仕事だろうがな」

 灰皿に投げ入れると、ベルマンからの依頼書はあっという間に黒い灰となった。

「さて……これで用は済んだな。早速依頼に掛からせてもらう。まさか取調べの続きを、とか言うなよ。昨日話したことで全部だ、それ以上は何もない………いや、一つ気になることがあるな。ゲイスがいかにして仲間を集め、計画し、実行したかということだ。馬二頭と幌馬車なんて、出所したばかりの人間がすぐに手に入れられるものじゃないだろう。それに胡蝶館を皆殺しにして焼き払う算段だったのが引っ掛かる。怨恨にしても強盗にしても腑に落ちない」

「そんなことは、言われずともわかっている!」

「そうか、なら安心だ。それなら今後胡蝶館に危険が及ぶこともないのだろう………あてにしている」

 肩透かしをくらった取調官は口ぱくぱくさせて何も言えない。アケミは長刀を肩に担いで悠々と退出した。







 今朝のこと―――。

 ライラに引っぱたかれたアケミはそのまま部屋へ引きこまれた。床を指し示され、板張りに正座させられる。ライラはアケミの正面、ベッドの上に足を組んで座る。

「あの、ライラさん…?」

 ライラはムスっとした表情を崩さない。改めて聞くまでもない、これは説教モードだ。しかしアケミにはそこまで怒られる理由がわからなかった。

 しばらく無言で睨むライラだったが……やがて肩を落とし、溜息を吐いた。

「私に対するアンタの気持ちはよくわかった。昨夜はあんなことになったし……今さら女同士だからとか言うつもりもない。その上で―――やっぱりアンタと一緒に生活することはできない」

 アケミは黙って聞いた。少なくとも好意は受け止めてくれたわけで、何か別に理由があるとわかったからだ。

「アンタ、言ったわよね。周りにどう迷惑をかけるか想像できないし、想像しても仕方ないって。想像しなさい。もっとちゃんと、想像できるまで考えなさい。どうなるかわからない程バカじゃないでしょ? アンタが私と暮らす……私と恋愛関係になるってことは、シロモリの名前に傷をつけるだけじゃない、王女様にも迷惑をかけることになるのよ?」

「それは……わかってる」

「本当に? じゃあ聞くけど、女を性愛の対象として見る女を王女様の側に置いておけるわけ?」

「あ――…」

 そこまでは考えていなかった。バレーナ本人は理解してくれるかもしれないが、普通の人間は不適切だと訴えることもあるだろう……さすがにこれ以上のゴタゴタを城へ持ち込むわけにはいかないが…。

「…でも、ライラさんを好きな気持ちとそれは別だ」

「子供みたいなことを言うな! いや、実際子供だろうけど……アンタは今浮かれてんのよ。ちゃんと足元を見なさい。一番優先しなければならないのは王女様を助けることでしょうが! 私がいたら邪魔なのよ! わかりなさいよ………アンタの足を引っ張りたくないと思うほどには、アンタのこと…好きだから…」

「………へ? なんて? なんて!?」

 アケミはこれみよがしに聞き返してくる。ライラは舌打ちした。

「とにかく! 私はアンタの気持ちを受け止めるから! アンタも私の言うことを理解しなさい。わかった!?」

「気持ちを受け止めるっていうのはつまり、あたしと付き合ってくれるってことでいいよね?」

 ライラはぐっと押し黙り、

「…………………保留」

「ええぇー…」

「一回寝たくらいで調子に乗るな! 私は元娼婦よ!? そんなんで付き合うわけない! 私と付き合いたかったら、一人前になってからきなさい!」

 ビシッと指をさすライラだったが、

「そういえば前にも同じようなこと言ったけど、結局寝ちゃったね」

「…………」

 ポーズはそのままに、ライラは目を逸らした。

「…まあいいや、ライラさんが大事に思ってくれてるってわかったから。いや、最初からそうか、ずっと心配してくれたし……」

「…わかったら、もう少し迷惑かけないように―――」

「……キスしよう」

「はぁ!?」

 ベッドに這いより、ギシリと、乗りかかるように迫るアケミに、ライラは慌てた。これでは昨日の再現になってしまう…!

「何してんの…ふざけないで」

「あたし、また遠出することになるんだ」

 言葉が出なかった。また、あの物足りないような、虚しい時間がくるのか。しかも、今度は前とは比べ物にならない…。

 額を押し付けるようにくっつけ、鼻先がくすぐるように触れて、余計に寂しさを感じてしまう。

「しばらく会えないし、今日のこと、昨日のこと、忘れたって言われるのは嫌だから」

「言わないわよ…」

「バレーナが女王になって、部隊も滞りなく作れたら、一人前だって認めてくれる?」

「認める……付き合うかは別だけど」

「そういうとこ、本当に強情だよね…」

 それで会話は止まってしまう。だが、二人は離れない。

 やがて……どちらからともなく、唇が触れた。相手の熱を求めるように、すぐに深いキスへと変わる。

 ―――ああ、本当に夢中になってしまったんだ。

 素面でのキスは恥ずかしさも照れもあり、心にじわじわと広がっていく……。胸が、だんだんと熱くなっていくようで―――……

「…は!?」

 ライラはアケミを押し返し、胸を鷲掴みにしていた手を叩き落とした。

「調子にのんな!!」

 二度目の張り手がアケミの頬を襲った。三日後、グロニアを出立する朝まで痕は消えなかった…。








 ライラさん黒歴史エピソードです…。正直、いるか?という話ですが、娼館という設定を考えたときにぶち込んでみたいなとずっと考えていました。しかしこれ、R―18に引っかかるのでしょうか…? きっと大丈夫ですよね…どうだろう。


 全く関係ない話なんですが、「犬神さんと猫山さん」の新刊が出てたんで買って読んだらなんか黒い方向に話が進んでてビックリ(笑)。そして隣に置いてあった同時刊行の「れんあいこわい」がまた爆笑を誘う内容で毎度くずしろ先生には楽しませていただいています。でもそういえば全員サービスの小冊子ってどうなったんだろ?と思ってたら「もーちょっとまってー(意訳)」となっていました。考えてみれば同時に何本連載してらっしゃるんでしょうね? 素人が言うのもなんですが、ご自愛ください…。



 

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