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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
53/124

19.

 アケミたちがいかにして胡蝶館の危機を救ったのか、まずはその経緯を説明せねばならない。

 フラウがアケミと出会う少し前、ライラはアケミの家であるシロモリ邸に向かっていた。アケミが旅から戻ってくる頃合いだと思ったからだ。もう会いに来るなと言った手前、顔を合わすことはできず、いやそれ以前に娼婦が貴族の屋敷を訪ねるのは大問題だ。ただ元気でやっていてくれればいい……それだけなら直接顔を見る必要もない。シロモリは有名人なのだからその気になれば情報は手に入る。にもかかわらず……ライラはアケミの姿を追っていた。最後に店で会ったあの日から、アケミはライラの胸の内にずっと住み着いていて、消えない。ちょうど良いタイミングを逃すことなどできなかったのだ。

 そうしてフラウに適当な言い訳をしてシロモリ邸に向かったライラだったが、その途中―――ちょうど平民と貴族の住宅地の境のところで馬車に攫われた。馬車にはゲイスの他に四人も乗っており、一瞬の出来事だった。さらに場所も的確だった。住み分けしている境界線の外側は、互いに鑑賞せず、興味もないものである。つまり人通りが少なく、目撃者もほとんどいないであろう地点だったのだ。この手際の良さと狙い目から察するに、ゲイスたちはかなり狡猾に、そして常日頃からライラや胡蝶館の人間の動きを追っていた可能性がある。そしていつでも決行できるように準備していたのだろう。実際、完璧だったと言える。

 ただし、ここで偶然が起ってしまった―――目撃者がいたのだ。ウラノである。

 バレーナの命令でアケミの様子を見るように命じられたウラノは、アケミがグロニアに戻っているという情報を得て、ライラと同じようにシロモリ邸の方へ向かっていたのだ。そこで偶々ライラが攫われるのを目撃したウラノは非常用の伝書鳩を城へ飛ばし、馬車を追った。

 一方、報せを受けたバレーナはすぐさまロナやマユラたちバレーナ親衛隊に出動を命じた。全くの私事で動かすことになるが、ロナたちはバレーナに召抱えられていても隊としては正式に結成されていない。いくらでも言い訳できるし、元よりアケミのために動くのは当然だった。なんといっても、アケミが作った隊だ。

 まず先行したのが、スカウトされたばかりのアレインである。アレインは馬の扱いに長けるため、伝令役を受けることになった。まず胡蝶館へ向かい、オーナー(グレイズ)とアケミに誘拐されたことと応援が来る旨の手紙を渡す。しかし胡蝶館へ到着したときは身代金の要求へと状況が変わっており、判断を仰ぐために後続のロナたちの元へ戻った。

 ライラの捜索及び救出に向かおうとしていたロナたちは、ウラノからの二度目の報告で馬車が去った方角までは分かっていたものの、正確な位置を特定できていなかった。身代金受け渡しまでの残り時間が少ないことも踏まえ、ロナたちは胡蝶館で交渉の手助けをするべく転身する。アレインはゲイスたちの潜伏先を探るウラノと合流すべく駆け出したところで、アケミと遭遇したのだ。そしてアケミはウラノの導きでライラを助け、胡蝶館は応戦したマユラ、イザベラ、ハイラに守られたのである――――……。



「…まさに天恵だねぇ。どれか一つでも噛み合わなかったら、無事じゃ済まなかったよ」

 真っ赤な装飾の部屋で、説明を聞いていたグレイズは煙を蒸かし、一本目のタバコの火を消した。

 グレイズが胡蝶館に戻ってっきたのはライラが救出されてからさらに二十分後のことである。グロニアの反対側にいたらしく、時間がかかってしまったのだ。馬車が到着したときは、ほぼ片付いた後だった。

「ライラさんのことは伺いましたが、それにしても過激な行動です。お心当たりは?」

 ロナが説明から質問に転じるがグレイズは二本目のタバコに火をつけ、深く吸い込むだけだ。

「…覚えがないね。というより、恨みは山ほど買ってる。それでも殺されないように予防線は張ってるよ。かかってくるのはチンピラだけさ。まあ……従業員までってのはちょっと異常だがね、それは軍警察に任せるよ。それよりアンタ、バーグ商会の娘だろう? こんなところで縁ができるとは思わなかったね」

「…あくまで個人的にアケミ様をお助けしただけです。商会とは関係ありません」

「半分は本当だろうさ。王女様の下で働いてるんだろう?」

 ロナはすぐに答えられなかった。まさか娼館の一店主が城の中のことを知っているとは思わなかったのである。

「耳はいいんだよ……これが予防線さ。いずれ戴冠式ででもアンタが姿を見せれば不思議でもなんでもなくなる、大したことじゃない。しかし真っ当な商売が信条のアンタの店は、権力を持つのを嫌うんじゃないかね?」

「……私に権力などありません。先ほども申し上げたように、私は個人でお助けしているだけです」

「その歳でアタシの前で二枚舌とはいい度胸だよ。商人が採算度外視で動くわけないじゃないか。アンタ、立派な政治家になるね」

 自然とロナの眉間には皺が寄っていた。いくら今の自分と商売を切り離すといっても、商人の血筋と教えは、譲れないアイデンティティーなのである。正義を成したい気持ちはあるが、政治家になるつもりなどない。ないのだが……二枚舌と言われたのはさすがに堪えた。正面切って否定できなかった自分が情けない…。

「…ま、助けてもらったんだ。礼は言っておくよ」

 椅子に座ったままだが、グレイズが頭を下げる。斜に構えた態度から一変、机に頭を擦りつけるほど深く頭を下げたのを見て、少し意外に思った。

 ともかく―――並々ならない相手であることは間違いない。よりにもよってこんな所に入り浸って、アケミ様は大丈夫なのだろうか? ロナは気が気でない…。






 アケミが胡蝶館に戻ってきたのは夜の九時前だった。裏口から入るとライラは部屋だと言われ、その足で向かう。店はきっちり営業している。しかしさすがにライラには皆が気遣っているようだった。

「ライラさん、ただいま…」

 ライラは約束通り、部屋でアケミの膳を用意して待っていたが―――…

「ここはアンタの家じゃないでしょ…」

 やはりまいっているのか、反応が薄い。

「ごめん、取り調べが長引いた。あたしが『刀でその辺の机とか柱とか丸ごと斬った』って言ったら『できるか!』って怒り出してさ、じゃあやってやるよって、取り調べ室の机を真っ二つにしたらもうケンカだよ。いやまあ、乱闘になったわけじゃないけど……あ」

「………」

 アケミはうっかり口を滑らせてしまい、気まずくなる。そしてライラは相変わらず俯いたままだ。それ以上は気の利いたことも思い浮かばず、用意してあった膳に箸をつける。冷たい……。

 黙々と食べ続け……食べ終わろうという頃合で、ライラが酒を持ってきた。

「え、いいの?」

「一応、助けてもらったし………飲みすぎないでよ。アンタ、前例あるんだから」

「あはは……ライラさんも飲もうよ」

「仕事中…」

「厨房も落ち着いたからここで待っててくれたんじゃないの? それにあたしの相手をするのも仕事でしょ」

「それとこれとは別…」

「今日くらいいいじゃないさ、あたしが掛け合ってくる」

「ちょっと…!」

 今度はアケミが出て行く。一人になったライラはゆっくり息を吐き出す……。

 しばらくして戻ってきたアケミの手にはグラスが握られていた。

「はい、ライラさんの」

 押し付け、注ぎ、一方的に「乾杯!」とグラスを合わせ、アケミは酒を呷る。ライラもまた、静かに口を付けた。

「…………」

「………」

「……………」

「…………何?」

 酒を飲みながら黙って見つめ続けるアケミの視線にしびれを切らせたライラだが、

「ううん……こうやって向かい合って飲むの、初めてだなと思って」

「………」

 アケミのグラスが空になり、ライラが注ぐ。少しペースが早い……というか、無理に飲み込んでいるような気がして、注意しようとしたが、先に口を開いたのはアケミの方だった。

「………あの、さ…」

「……何なの」

「ライラさん………ここ出て、一緒に住もう」

 グラスを傾けようとしたライラの手がピタリと止まる。

「……アンタの家で家政婦やれって? お断りよ」

「違う、あたしと二人で暮らすんだ。だから……ずっと側にいて欲しいっていうか…」

 ―――ガン!

 ライラはグラスを床に叩きつけた。

「バカじゃないの? アンタは貴族で名家の当主なのよ? 女を囲って評判を落として、親や先祖に申し訳ないと思わないの?」

「周りのことや親は関係ない。それに囲うんじゃない、隣にいてほしいんだ。できるなら……結婚して欲しい」

 バシャ―――!

 ライラのグラスの酒がアケミに浴びせられる。さらにライラは空になったグラスを投げ捨てた。割れはしなかったが、冷えた空気に音が響く――――。

「ホンッ…ト、ガキ! 結婚!? できるか! 女同士で結婚した人を見たことある!? 後継は!? 子供はどうするの!? 魔女にでも頼んでアンタの子供を産める身体になれっていうの!? 夢を見るのもいい加減にしろ! 現実を見ろ!」

 凍りつくような言葉の羅列が狭い部屋を満たす……その後の重い沈黙が、二人の間に決定的な溝をつくった。

 ―――かに思えた。

「…それでも、ライラさんが好きだ」

 ポツリと漏れると、アケミも堰を切ったように感情をさらけ出した。

「わかってる、いやわかってない…どれだけ周りに迷惑をかけるかなんてわからない。周囲から謂れのない悪態を吐かれるかもしれないし、母さまからは絶縁状を渡されるかもしれない、とても想像できない、できるはずもない―――でも、想像しても仕方ない! 結婚なんてできない、自分がガキなのもわかってる、でも! そんなのどうでもよくなるくらい、ライラさんが好きなんだ…!」

「それがガキだって言って―――!?」

 言い返そうとしたライラの唇をアケミの唇が奪う。ライラはすぐに引き剥がしてがむしゃらに平手打ちするが、それでもアケミはひるまずに、体当たりするようにライラを壁に押し付ける―――。

 不規則な呼吸が交わり、二人の間の空気が濃密になる…。

「ガキはライラさんじゃないの…?」

「はぁ!?」

「正論並べてわかったようなこと言って、恋したこともないんでしょ?」

 ライラは反論できなかった。わずかな動揺は図星だと暴露したに等しい。

「あたしは好きだって言ってる……愛してるって言ってる。答えはできるできないじゃなくて、イエスかノーだろ! 理屈並べて誤魔化して、気持ちに蓋をして…! あたしはライラさんが好きだ、好きだから一緒にいたい、愛してるからそばにいて欲しい! ライラさんは違うの!? そうじゃないの!?」

「うるさい!!!」

 悲鳴にも似た絶叫―――……ライラの顔はくしゃくしゃに歪んだ。

「バカじゃないの……ホントにバカじゃないの……何が『あたしの女』よ、人の唇勝手に奪って、勝手に心許して、挙句恋人気取り? ガキよ…アンタなんかただのガキよ!! ガキのくせに、ガキのくせにっ………私の心を、掻き乱さないでよ……」

 ポロポロと涙をこぼすライラは、少女のように真っ赤になって嗚咽を漏らす。

「私はもう大人なのよ……気持ちがあればなんでもできると思えるような歳じゃない……なのに、アンタがいつの間にか私の中に住み着いていて、気が付けばアンタを探してる……なんでなのよ! アンタが、私をおかしくした…!」

 ライラの告白―――そう、これは告白だ。告白を受けて、アケミの中で何かが外れる音がした―――。

「私だって…私だってライラさんのことが頭から離れない! 大切な人を手にかけてしまってあんなにボロボロだったのに、ちょっと優しくされてこんなになるなんて、どれだけ自分は最低な奴なんだって自己嫌悪した! でも今は最低だなんて思わない……だって、間違いじゃないって、気の迷いなんかじゃないって、はっきりわかったから……!!」

 また強引なキス――。今度は絡み合うほど強く、濃厚だった。ライラは抵抗するが、アケミは加減なしで押さえつける。長刀を自在に操る腕が本気になれば、ライラが微塵も反発できるはずがない。

 呼吸が苦しくなるほど貪り、混ざり合って雫が滴り落ちても、二人の熱は高まり続ける。際限ない未知の衝動が溢れるのを、二人共が感じていた…。

 時間を忘れ……唇が離れても、視線は交わり続けていた。潤んだ瞳には、相手の蕩けた顔しか映っていない……。

 ライラをベッドへと突き飛ばし、アケミはその上に覆いかぶさる。はちきれそうなほど胸が大きく鳴り響いているのが自分でもわかる…。

「ごめん……」

 アケミが小さく呟く。何がごめんなのか――

「――――ライラさんはもう、あたしのものだ」

「―――っ」

 熱くこみ上げてくるものは言葉にはならなかった。代わりに目尻から、止めど無く流れていく……


 


 そして、アケミはライラに触れた。

 

 ――抵抗はしなかった。

 

 ――――できなかった。











 一気に書ききりました……この章のクライマックスの一つまで来ました。当初はここで区切りにして第三章にいこうと思ってましたが、もう少し続きます(え、まだやるの!?(笑))

 

 本文中に女性同士が結婚できるとかできないとか、物議を醸しそうな部分もありますが、あくまでフィクションですので……作者としてはキャラクターの心の機微を見ていただきたいなと思います。なんだか最近エログロ小説っぽくなってきて、サイト移ったほうがいいのか?と思い始めてきましたが(笑)。そしてそういう場面に差し掛かるほど調子が上がってくるという………んもう!(笑)



 さて、ちょっと前にも後書きで上げましたが、キャラクターの名前があやふやになっている箇所がいくつかあった(これをアップした時点でまだ直してない…)のですが、そもそも名前被ってるじゃん!とさらに最近気づきました。シリーズ通してキャラクターがものすごく多くなりすぎて、誰が誰やらわかんなくなってきています……新キャラ登場するたびにメモ書きしないとダメですね。

 というわけで、今後唐突にキャラクターの名前が改名される可能性があります……これ、ネット上でないとできない所業ですね。ホントにすみません。訂正時にはなんらかお知らせをしますので、何卒ご容赦ください…。

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