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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
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15.

 国境を警備するエレステル軍の大隊は五つ。そのうち三つの大隊が国境警備に当たり、一定期間ごとに入れ替わる。つまり大隊の兵士は一年の半分以上は国境警備の任務、残り数ヶ月はグロニア周辺の各駐屯地に詰めることになる。国境警備以外の期間は規定の訓練に参加するだけで、他は自主訓練。非常招集に応じさえすればグロニアから離れた実家に帰省しても構わないと、ほとんど休みみたいなものなので、堕落しがちである。故に国境への出立前には再訓練とテストが行われ、ここで振い落されれば養成所へ逆戻り、逆に養成所から兵士に採用される者ももちろんいる。ただしこれは将校以下の一般兵にのみ適用されるので、不平等だという声も多い。明らかに太って、見るからに戦えないだろうと誰もが思う人物も多いのだが、それは出世ゆえの特権と一応認識されている。しかしそれを逆に利用して国境警備の任をサボろうとするけしからん将校もいる。ちょうど、この家の主のように――――……



「じいじ、じいじ、はいよー、はいよー」

「おうおう、走るぞ走るぞ…しかし馬も休ませにゃならん。それに一度に二人と一頭は乗りすぎじゃ、犬は下ろさんか。さすがにじいじも疲れたぞ」

 息を切らせて汗だく、しかし満面の笑顔で幼子たちを背に乗せる巨漢……庭先ではしゃぐ白髪白髭の男と幼い子供たちを、アケミは門の隙間から呆れて見ていた。

「むう? おおう、アケミではないか……しばらく見なんだが、怪我は治ったか」

「大将軍殿は腰痛だと聞いたが…?」

「そうじゃ。見ての通り立ち上がれずに四つん這いじゃ」

「よくその言い訳で部下に恨まれないな…」

 あくまで体調不良と言い張る第一大隊大隊長、ベルマン=ゴルドロン。自分の上官なら殴り倒しているところだ。

「ん? ……ちょっと、どちら様?」

 ちょうど玄関から出てきた女性がこちらの姿を見つけて近寄ってくる。ベルマンの妻……ではないだろうと思いたい、まだ若い。怪訝な表情で、視線は刺々しいものを感じる。

「シロモリの当主、アケミと申します。ベルマン殿が体調を崩されたと聞きましたので、お見舞いに参りました」

「アンタが、あの長刀斬っ……ああいや、ごめんなさい…」

「すまんのう。誰に似たのか、娘は口が悪くてのう」

「うるさい親父! あ…」

 またしまったと口を押さえる。なんだかかわいい人だ。

「あたしも家では親父呼びですよ」

「あ、そうなの…? なんか想像してたのと違う……もっと暗くてナヨっとしてたのかと思ってた」

「そうですか」

 あまり言われたことはない……が、案外的を射ているのかもしれないと、今は思う。




 ゴルドロン邸は貴族の住む一等地ではなく、高台にあった。というのも、ベルマンの家系は貴族ではなく代々下級兵士だった。ベルマンが一代で今の地位を築き上げたのだ。屋敷は将軍になってから建てたものであり、この立地を選んだのは「静かでのんびりできるから」と本人は話しているそうだが、そうではないとアケミは見た。この場所は城から外周部までグロニアのほとんどを見渡せるだけでなく、下からやってくる者も一目でわかる。ここは戦うことを考えた場所なのだ。何と? 誰と? ということではない……おそらく心構えというか、習性なのだろう。

 屋敷そのものはそれなりに広いが、豪華な作りではない。ちょっと稼ぎのいい商人ならありえる程度だ。特徴を挙げるなら庭が広く、厩舎があるところか。馬が二頭いる。

 リビングに通される。ベルマンは二人がけのソファの上にドカッと腰を下ろし、アケミはその脇のソファを勧められる。幼い孫たちは屋敷に入るときはまだキャッキャと騒いでいたが、五分もしないうちに糸が切れたように眠りについた。

「子供はすごいのう、エネルギーが切れるまで全力じゃ。さすがにこの歳では相手が難しいわい。それで、何の用で来た?」

「復帰の報告……というか、この間の件ではお世話になったので、礼を」

「ほう? 意外と律儀よな」

「ウチの親父殿を知ってるなら意外でもなんでもないだろう…これは土産だ」

 テーブルの上に風呂敷包みを置く。中から出てきたのはワインだ。

「もしかすると知り合いかもしれないが、ロイ=ロー殿と会ってきた」

「ロイ=ロー……? …ああ、あの槍モヤシか!」

「モヤシ……?」

「生っ白くて貧相な体でのう、敵から狙われるのよ。それでもしぶとく生き残るから有象無象が群がってくる、それを横合いから叩きまくって一番手柄よ。お主の父はそんなの戦法じゃないと憤ってのう、痛快じゃった」

「そんなことがあったのか…?」

「まだ青二才の頃の話よ。モヤシはどうしておった?」

「日焼けして真っ黒になっていた」

「ワハハハハ!!」

 ベルマンはゲラゲラと笑う。ロイ老人もそうだが、親父がこの「白き大熊」と共闘していたとは初耳だ。

「しかしそうか、あ奴と会ったか……すまんのう、荷運びの真似をさせて」

 ベルマンはワインの入った瓶を手に取り、

「…ん? それはロイ殿から預かったものじゃない。あたしがこっちへ戻ってくるときに買ったものだ。ロイ殿はお前の方から会いに来いと言っていたぞ」

「…そうか」

 …そのままテーブルの上にまた戻した。

「まあよい……それよりも、お主が来てちょうどよかったわい。実はのう、軍の再編を考えておる」

「うん?」

「王の代換えに合わせて軍幹部も新しい世代に移行する時が来たということじゃ。ムネストールの穴も埋めねばならんしのう」

 話には聞いていた。ムネストール大隊長はクーラさんの件で引責辞任したらしい。

「大隊長にはさんざんお世話になったのに、あたしのせいで…」

「お主のせいではない、本当に急病じゃ。全く惜しい……ムネストールの方にこそ見舞いに行ってやれ」

「ああ……。それはそれとして……そちらはなぜ仮病でここにいる? 第一大隊は国境警備の輪番のはずで、とっくに出立しているだろう?」

「だから軍の再編成のためだというておろう。ワシはまだ引退せんが、第一大隊の大隊長の椅子は譲ろうと思っておる」

「! 軍将第一位の座を退くのか!?」

「いずれはの。差し当たって大隊長が一名、そして有能な人材を上に引き上げる必要がある。そのために人知れず人選しておるのよ」

「なぜ内密に進める必要がある?」

「公表すれば色々な裏工作が行われるじゃろう。まして将来の軍トップを決めるんじゃぞ? 派閥の勢力図が変わる事態じゃ。それで混乱が起これば王女殿下の神経を逆撫ですることになりかねん。殿下はお主の味方をしてなかなか苦境に立たされておるぞ。娼館に入り浸っておる場合ではないのう」

「………」

 胡蝶館のことはもう城の中枢まで知れ渡っていると思っておいたほうがいいな…。

「ともかく、復帰するというのならお主にも仕事をしてもらわねばならん」

「あたしに『も』? 何をさせる気だ?」

「決まっておるであろう、内密の話をしたのだぞ?」

「あたしも軍の再編に参加するのか!? だが、シロモリは…」

「わかっておる、軍事にも政治にも決定権を持たんと言いたいのじゃろ? お主はお主で推挙したい人物を紹介すればよい。時がくれば戦術・戦略を練る立場になるのに、使えん輩が寄り集まっていてはシロモリも困るじゃろう」

「なるほど…」

 それは一理ある……それに親衛隊のスカウトと同時に進めることができる。やって不可能なことではないな……。



 


 自宅に帰ってきたアケミは、門の前で潜む影を見つけた。時刻は午後二時……いくら閑静な住宅地だからといっても、陽が高いうちにシロモリの屋敷に泥棒に入ろうとは、度胸のある奴だ…!

「…何をしている」

「ひいいぃっ――!!?」

 うずくまるように小さくなっていた影は腰を抜かして尻餅をついた。それも仕方がない……いきなり背後に、長刀を担ぎ、殺気を漲らせた長身のアケミが現れればそうなる。

 だが、目を白黒させるその顔をじっと見れば――……

「…フラウ?」

「あ、ああ、アケミさっ……驚かさないでくださいよ…!!」

 アケミの姿を確認してもフラウは肩で息をしている……悪いことをしたな。

「何してる、ここで」

「あ、あの……ライラ姐さんに会ってませんか?」

「ライラさんに? いや……グロニアに帰ってきたのは昨夜だし、今日も朝から出かけてたし」

 昨夜帰ってきたその足でロナに会い、そこでベルマンのことを聞いて早々に尋ねたのだ。

「ライラさん、どうかしたのか?」

「午前中に買い出しに出かけたときに用があるって途中で別れたんですけど、帰ってこなくって……ライラ姐さん、狙われてるから街の外には出るなって言われてたのに…」

「狙われてる…!? 誰に!?」

「ゲイスという男です。ライラ姐さんの顔に傷をつけて捕まったんですけど、出所したらしくて、歓楽街は女将がブラックリストを流して目を光らせていたんですけど……。ライラ姐さん、その…顔の傷が目立つから、こっちの方へ歩いていくのを見たっていう人がいて、もしかしたらシロモリさんの様子を見に来たんじゃないかなって……」

「そんなに恨まれてるのか、そのゲイスって男に」

「私はそのとき胡蝶館にいなかったんで詳しくは知らないですけど、当時いた先輩たちはすごく気にしてるみたいです」

「わかった、あたしも探そう……」

 駆け出そうとして―――アケミはすぐに立ち止まり、ジャケットのポケットからペンと手帳を取り出し、走り書きをした。

「フラウ、このメモをこの住所へ届けてくれ。あたしからと言えば通じる。たぶん、応援が来てくれるはずだ」

「は、はい…!」

 まさか、とは思うが……ライラさんの傷の大きさと深さは尋常ではない。それが気がかりではある。









 一回当たりの文量は多くないですが、最近こまめに更新できているのはいいことです。

 が…さすがに登場人物が多くなってきて自分も混乱しております。おいおい…。

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