14.
三日目。
ついにタイムリミットの日である。勝負は早朝の農作業を終え、朝食後に始まった。昨日ほどのギャラリーはいないが、それでもローの息子たち、孫たちは揃っている。
「儂の首一つ獲ったところで何の強さの証明にもならんが……最後はスッキリして帰りたかろう。きばれ」
全く、勝手なことを言ってくれる…。
ロイ老人はまた愛用の鍬から刃を外している。
「あんまりやるもんじゃないのう、少し緩くなってしもうとる。とはいえ、これで最後だから構わんが」
棒を両手で持ってぐっぐっ、とストレッチする。一方、アケミは………立てかけてある木剣ではなく、長刀を手に取っていた。
ロイ=ローは顎を撫で、ギャラリーはざわつく。
「……何か心境の変化があったか?」
「自らの不甲斐なさを知っただけです。あたしは貴方に教えを請う立場だったにも関わらず、木剣なんかを使っていたことがそもそもの間違い。対等に並ばずして勝てる相手ではなかった」
「誰ぞに儂の『槍』のことを聞いたか」
「それが鍬だろうが槍だろうが、実力を見極められなかった……いや、判断を誤ったあたしが未熟だった」
ロイ老人は真剣を持つ相手を前にしても平静のままだが、ロー一家はブーイング。特に幼い子供たちは大騒ぎだ。しかしここから先は、それどころではなくなる―――。
「最初の時に使えと仰ったのは挑発か本気か知らないが、今更文句は言わないですよね? ただ、あたしもコイツを人に向けて振るのは久々だ……手元が狂っても、恨むなよ?」
口元を歪ませて凶悪な笑みを浮かべたのは半分わざと、半分は自然と漏れ出たものだ。独特の金属音が耳を打ち、現れる刀身は、初めて見る人間を黙らせるには十分な迫力がある。ギラリと凶々しく輝くそれは猛獣の牙のようで、握る自分もまた高揚感が沸き立つ。
「さあ……本気で行かせてもらう」
身体を絞るように捻り、切先は相手を指す。まっすぐ流れるような正眼の構えとは違い、独特な八相の型の変形版は防御より攻撃、先手で相手を切り伏せるためにある。それが誰の目にもわかるほど、強烈な殺気が全身から吹き荒れるように放たれていた。
まさに、鬼。長刀を振り回す鬼だ。
さっきまで騒いでいたギャラリーは、子供から大人まで静まり返っていた。ランに至っては恐ろしさで泣きそうになってしまっている。それはそうだろう、こんな平和な村ではありえない光景だ。これは嫌われるな……三日間とはいえよくしてもらっただけに、後ろめたい気持ちもある。もちろんロイ老人を殺すつもりはないが、それは「できれば」の話だ。勝負の展開によってはどうなるかわからない。抜いたというのはそういうことだ……あらゆる覚悟をしなければならない。
はたしてこの長刀を前に、ロイ老人は―――
「―――降参じゃ」
ぽいと棒を投げ捨てた。
「えっ…え!?」
「負け。儂の負け」
あまりにもあっさりと白旗を振られて、拍子抜けしてしまう。
「そんな剣で斬りかかられたら、獲物も儂も真っ二つよ。卑怯じゃのう」
「……」
構えを解くと、ギャラリーから安堵のため息が聞こえ、同時にまた子供たちからブーイングが飛んでくる。
「卑怯ものー!」
「アケミずるしたー!」
「デカ女ー!」
「おっぱい剣士ー!」
…最後の方はただの悪口だ。帰る前にいっぺんシメておこう。
「客観的に見ればああいう反応が当然じゃ。しかしお前のしたことは間違っとらん。なぜなら儂は元戦士として考えうる策を用いて戦ったからな」
ロイ老人は棒を拾い上げる……あたしは刀を鞘に納めない。
「そう、それよ。つまりはそういうことよ。お前が儂に何を求めるのか……お前に何が足りないのか。つまりはそれよ……おいみんな、ちょっと静まれ、話ができん。お前もさっさと剣をしまえ」
今度こそ納刀し、深く息を吐く…。少し気持ちが昂ぶり過ぎていた気がする………もっと感覚を取り戻さなければ。
ロー一家は畑に戻り、アケミは家の前の切り株でロイ老人と向かい合って茶を啜っていた。お茶を持ってきてくれたランは目が合うと恥ずかしそうに顔を逸らし、パタパタと家に入っていく。
「何かあったのか?」
「ああ、えーと……あたし見た目はいいんで、結構モテるというか」
「ほう?」
わかったようなわからないような、首を捻りながらもとりあえず納得したらしい。
「えー、何だったか……そう、お前が儂から学ぶことよな。つまりは考え方、捉え方よ。それはお前が何を目指すかで決まる。剣術を極めるだけなら木剣での勝負もよかろう。しかしその若さで、女でシロモリを継ぐからにはそれだけが目標じゃなかろうて。訪ねてきたお前を見たとき、単に腕っ節の強さを求めてきただけのようには見えなんだ。シロモリの強さは個人に限らない。軍に戦術を授ける役目もある。つまり国の戦い、国の勝利を見据えにゃならん………と、お前の親父がぶつくさ言うとった。儂は末端の兵士じゃからそこんところはよくわからん。だが、戦場において正々堂々は存在せん。それは確かよ。とは言うても、ジャファルスと休戦して数十年……未だに国境線での小競り合いこそあれ、全面的な戦になっておらん。領土を守るため軍人は多いが、本当の戦争を知っているものはほとんどおらん。だから戦い方が下手なのよ」
「戦い方が、下手?」
「よう考えてみい。儂の槍術は所詮防御一辺倒の技。お前もわかっておろうが、防御は攻撃より神経をすり減らし、体力もいる。いくらコツを知ってて小手先の技を持っていても、この老骨が何分も持つわけないわ。なのにお前は儂のタイミングで戦い、儂のタイミングで止め、急造の木剣で勝てぬと悩んだ。言っちゃなんだが、アホじゃのう。顔が似とらんでよかったと思っとったが、そういうとこは本当に親父そっくりじゃの」
複雑だ…。正々堂々を重んじる父を武人として誇らしく思う一方、バカ真面目な親父殿は娘としてはもう少し融通が利いてもいいんじゃないかと思う。無理を聞いてもらっている身だが…。
「相手のルールに則って戦ってどうする。真に守るべきは何かをしっかり捉えておかねばならん。プライドも必要じゃろて……しかし驕りになってはならん。驕りは隙を生み、容易く命を奪う。儂はここの生まれでな、先祖代々農民よ。お前の親父がどう言うたか知らんが、ご大層なものは何一つ持ち合わせておらん。せいぜいが心構えと、生き残ったこの身よ。お前、もう相当斬っておるじゃろう……このご時世であれだけの殺気を纏うのに迷いを持っておれば、いつか取り返しのつかんことをするぞ。譲れんもんを見つけることじゃ」
「それは、信念とか…?」
「……お前は本当にそういうところが親父似じゃわ。すぐ白髪になるぞ」
言葉に詰まった。顔は母様似だが、髪は親父殿だ。あながちないとも言えない……というか、密かに気にしていたことだ。
「儂の場合は……カミさんじゃったな。女よ」
ヒッヒッヒッといやらしく笑うロイ老人。あ……後ろで見ているランが引いてるぞ……。
「儂はお世辞にも男前な面構えではなかったがな、武勲を上げて村一番の美女を奪い取ったわけよ。残念ながら先に死んでしもうたがの…。お前も中々別嬪じゃが、儂のカミさんには及ばん」
「はあ…」
何を言ってんだジイさん…。
でも、わからないわけではない。行き着くところは欲だ。自分もクーラさんがいたときはガムシャラに頑張っていた。下心は褒められたものではないが否定もできない。クーラさんもあたしを口説いたとき、大切な人を守りたいからと言った。あれは嘘じゃなかったと思うし……わたしも同じにしたはずだ。
じゃあ今は? 今は……
「……………」
出立する前、ライラさんにキスした感触が生々しく蘇る…。
どうしてあんなキスをしてしまったんだろうか。いくら優しくされたからって、クーラさんと同じことを言ったからって、あたしチョロ過ぎじゃないのか……。
「…どうした?」
「あ? いや、なんでも…」
目の前のロイ老人がまた首を捻る。まずい……どうしてこんなにドキドキするんだろう。頭からライラさんが離れない……。
短いですが更新です。
なんか知りませんが超眠いです。あ、いつも眠いです。
PSVitaで月華の剣士配信されているのですが、ウチには未だに攻略本がありました。いつのだよ(笑)。いい加減捨てるもん捨てなければ…。




