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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
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03.

 軒下でぐぅっと伸びをするミーシャは手をゴツンと縁にぶつけてしまい、肩を落とした。

 ミーシャの大きな身体では普通の尺度の建物は狭い。親は二人とも並以下の体格なのにどうしてこんなに大きくなってしまったのか、自分でもわからない。とはいえ鍛冶は腕力と体力の仕事なので恵まれている……と言われている。実際は二回り小さい父・マクベスにまだまだ追いつける気がしない。筋肉は付いているから「戦士やらないか」と冗談か本気かよくスカウトされるが、アケミに言われるまでもなく鈍臭いと自覚しているので、まあ鍛冶仕事を継ぐのも仕方ないかなと思っている。細かい作業は割と好きだし、最後の調整だけとはいえ、アケミのロングソードを任されたときはやりがいも感じた。ただ……「長刀」をアケミが持つようになってから武器に対する自分の印象が変わってきた。

 武器は所詮道具、どう使うかはその人次第で武器に罪はない。そう思っていた。しかしアケミは上手く使う……見事に、殺す。エレステルがいくら戦士の国といっても、殺伐としているわけではない。西に接するジャファルスと緊張状態が続くとはいえ、日常に死があるわけではない。だから戦士には不屈であることを求め、逞しさに憧れるのだ。物心つくころに木剣を振りまわすアケミも、鉄槌を握る自分も、みんながカッコイイと羨むことをやっていると、どこか誇らしくすらあった。

 だが……結局あの処刑の場でのことこそ行き着く先だと知ると、やはり武器屋なぞ狂気の沙汰だなと思った。父や祖父、ご先祖様を否定するわけではないが、自分が鉄を打つだけ人が死ぬ……そういう職なのだ。いや、自分はまだいい。実際に剣を振るうのは戦士なのだから―――…。

 ふと見ると、工房に続く緩い坂を上ってくるアケミがいた。

「…? 何赤くなってる?」

「いや…」

 ミーシャは目蓋を擦る様な仕草で俯いた。頭に姿を浮かべた瞬間に本物が現れてなんだか気恥ずかしくなる。

「あたしの刀、仕上がってるか」

「あ、ああ…」

 工房の奥から用意していたアケミの長刀を持ってきたミーシャだが……

「…何だ」

 なかなか刀を手渡さないミーシャをアケミが睨む。

「お前さ……しばらく剣から離れたほうがいいんじゃないか?」

「はあ? 何言ってるんだお前」

「この間の処刑の時―――お前、おかしかったぞ…」

「…………」

 無言のまま奪い取ろうとするアケミから一歩下がり、ミーシャは長刀を頭の上に高々と上げる。こうすればいかに長身のアケミでも届かない……もちろんジャンプすれば届くが、子供の時からこうするのがミーシャの唯一の反抗だった。

「チッ…ふざけるな。さっさと渡せ」

「お前の、その……噂、俺も聞いてるよ。いや、噂なんて半分以上はデマなんだろうけど、それでもああいうお前を見たら、やっぱ……」

「……かわいそう、か?」

「わかんないよ、俺には……大事な人を手にかけるのなんて想像したくもない。ただ……お前、剣の才能は凄いよ。でも、でもな………言いにくいっていうか、聞きたくないだろうけど………」

「なんだ…はっきり言え!」

「向いてないんじゃない、か……斬るのは」

 一瞬瞳が潤み、表情が崩れかけたのをミーシャは見逃さなかった。

「初めて処刑したときも、お前突っ張ってただろ。本当はやりたくないままずっと来たんじゃないのか? まして、あの……大事な、人だったんなら……」

 剣を握る度、人を斬る度に思い出す……トラウマになっているに決まっている。

 アケミは溜め息を吐いて肩を落とすと………ミーシャに近づき、近づき……ぴたりと寄り添った。

「えぅ……うえぇぇ!?」

 子供の頃でもこんなことはなかったんじゃないか。胸元に顔を埋め、アケミがぼそりと洩らす―――

「お前が……あたしを慰めてくれるのか」

「……」

 固まった。愛する人を失った女性に対する「慰め」とは、つまり――――……

「……い、いや……そういうのは、違うんじゃない、かな……?」

「………」

 直後、鳩尾に容赦ない拳が叩きこまれ、ミーシャは身体をくの字に折って膝をつく。そして長刀を奪い取ったアケミは、

「…ガキ」

 短く吐き捨てて立ち去ってしまった。

 残されたミーシャは脂汗を流しながら顔を上げることもできない。

「くっそっ……なんなんだよアイツ、人が心配してんのに…!」

「……情けねぇなぁ、オイ」

「オ、オヤジ…!?」

 いつからそこにいたのか、オヤジ―――マクベスが、工房の入り口から近づいてくる。いや、それよりも―――

「……み、見てた…?」

「見ちまったよ、息子の情けねぇ姿をよ。グダグダ抜かしやがって、がばぁって抱きしめてやりゃいいじゃねぇか」

「だ、だだっ、抱きしめるって…昔とは違うんだぞ! アイツ、なんかあったかいし、柔らかいし、いいニオイするし……! 斬馬刀とか使うからもっとガチガチムキムキかと思ってたのに、なんだよあの身体! 特に胸とか―――あ……」

 我に返ったミーシャが振り返ると……マクベスが憐れむような目で見下ろしていた。

「頼むオヤジ………聞かなかったことにしてくれ……」

「……ガキ」

 ミーシャは耳まで真っ赤になった顔を両手で覆い、乙女のように悶えた。






 夜も更けて九時を過ぎ、しかしいよいよ夜は盛り時である。隠れ家的なレストランバーもバカ騒ぎする客こそいないが盛況である。そのカウンターの片隅に座る二人は一段と濃い雰囲気を発していて他人を寄せ付けない。一人は髭を豊かに蓄え、一人は顎髭が長い。二人とも着物を着て、二人とも深い皺が刻まれた顔が渋い。これ以上ないほどの「サムライルックス」だが、それもそのはず。一人はシロモリ家前当主、一人はシロモリから派生したメイスン道場の師範である。心身とも年季の入った二人が並び、ウィスキーを呑む姿が様になりすぎていて、見知った他の客も遠巻きに見る始末である。

 そんな周りを気にすることなくグラスを傾ける二人はところどころで溜め息を漏らしている。

「…すまん、お前の娘の顔に傷を付けてしまった。こちらの不手際だ」

 ガラノフ=メイスンが静かに頭を下げる。

「いや……傷というほどのものでもなし、あれも剣を取るならば覚悟の上よ」

 ガンジョウ=シロモリが手に持つグラスを揺らす。

「なかなか一本気な娘だ。技術も申し分ない。負けん気と強情さは、昔のお前にそっくりだな」

「……だからアケミを当主に選んだ」

 ガンジョウはぐっとウィスキーを口に含んだ。

「アケミはワシなど及ばぬ才能を持っておる。故に、ミオは剣では一生姉を越えられぬ」

「あくまで剣だけの話であろう? 当主には当主として必要な素養がある。ミオからはそれが感じられたがな」

「尚更よ。もしミオが当主になれば、その性格ゆえ、自分より優れた剣技を持つ人間がいるのに己が当主でよいのか、思い悩むところであっただろう」

「そこまで言い切るほどか? 確かにミオは体格には恵まれておらぬが、アケミを上回る実力を得る可能性もあると思うぞ」

「あ奴は……アケミは剣と相思相愛よ。もはや放したくても離れられぬ。たとえ自ら振るう剣によってどれほどの不幸が訪れようとも、決して手放すことはできぬ」

 あくまで譲ろうとしないガンジョウに諦めにも似た頑なさを感じ、ガラノフも酒に口を付ける。

「……なかなか大変なようだな、アケミは。ウチに道場破りに現れたと聞いた時はよくもここまで剣に貪欲になったかと感心したものだが、今は酒に酔って街を彷徨う姿を見かけることも珍しくないという……少々早すぎたのではないか? 継承するのは」

「………女としての喜びを知った後であれば当主にはなれぬであろう。あ奴も望んだことゆえ時期尚早とは思ったが家督を譲った。だが………父親としては間違っていたかもしれん。剣士としても女としても再起できるか……ワシにはかけてやる言葉も見つからん……」

 普段からして石のように動じないガンジョウだが、今日は沈み方が激しい。さすがにガラノフも気の毒になる。

「お前は先程褒めたではないか、アケミは剣に愛されていると。天賦の才を持つ者に常人の心配など杞憂に過ぎん」

「…褒めてなどおらん」

「いいや褒めた。俺の弟子たちはお前の姉妹に完膚なきまでに叩きつぶされて一からやり直しだ。大いに自慢しろ」

 そう言ってガラノフはガンジョウの前にグラスを掲げた。

「…すまん…」

 チン、とグラスを合わせ、男達は酒に呑まれていった……。









 年末以来、また調子崩しました。というか、あんなにはっきり熱が出たのは何年ぶりでしょうか……一日寝たらなんとか治りましたが。

 でもそんなことより一次審査通らなかったのが残念……まあ仕方ないですけどね、あまり読み手のことを考えずに好き勝手書いてますし。かといってやればできる実力があるかというとそれは違うのですが(苦笑) とはいえ、かなり時間をかけているので最後まで書ききりたいと思っています。続けて読んでくださってる方、引き続きお付き合いいただけるとうれしいです。

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