転生世界メイドバイ神
気付けば上も下も右も左も真っ白な空間にいた。
最近世間ではトラックによる死亡事故が多発しているが、俺の場合は何て事はない。自宅の本棚の一番上にある漫画を取ろうと脚立に乗ったところ、バランスを崩して転倒し、次の瞬間にはこの場所に立っていた。恐らく死んだのだろう。情けないにも程がある。葬儀の際に隣組の皆様に死因を尋ねられる家族の事を思うといたたまれない。
「いつまでぼーっとしておるのだ」
突然背後から声を掛けられ振り向くと、そこには一人の男が立っていた。
銀色の瞳に透けるように白い肌、白髪に白くてゆったりとしたローブと、とにかくやたらと白い。泥に擬態しているカレイ並にこの真っ白な空間に溶け込んでいるが、なんとかその姿を視認する事が出来た。
「見てわかると思うが、私は神だ」
「はあ」
わかんねーよ。どちらかというと吸血鬼か何かだと言われたほうがまだしっくりくる。
……にしても、我ながら実に冷静である。恐らくノルアドレナリンだか何だかを放出すべき脳が既に失われているからだろう。
グッバイ19年共に生きてきた俺の体。無縁仏として埋葬されちまうけど勘弁な。
「あ、でもちょっと待てよ。これってもしかして神様のうっかりミスで死ぬ運命でない人間を殺しちゃった、とかいう奴?」
「たわけ。私はミスなどしていない」
軽く一蹴されてしまった。
「そもそもだ。確かに細かい性格の神だと住民達の生死まで決めている場合もある。しかし私の管轄ではそうではない。己の生死は己で決めてもらう。ゆえにお前が今ここにこうしているのも、お前の不注意による自業自得だ」
うっ……すんません。返す言葉もございません。
「しかし、だ。基本的に人間の生死には関わらぬ私だが、いわゆる『気まぐれ』というものがある。神は永遠の時間を生きる存在ゆえ、私は常に退屈しているのでな」
……それは人々の生死を決める仕事をサボっているのが原因では……。
「で、だ。お前は今、生死の境をさ迷っている状態だ」
「え、俺まだ生きてるんですか!?」
「ああ、だが魂が抜けた状態では長くはもたん。そこでだ、私が用意した異世界に転生し、見事その世界を救う事が出来たならば、お前の魂を再び元の世界の元の時間まで喚び戻し、肉体に入れ直してやろうぞ」
「それって要は生き返れるって事っすよね!?」
「まあそう考えて差し支えない」
やった!俺死なずに済むんだ!しかも巷で流行りの異世界転生まで出来るとは!
「その異世界ってもしや俺が今世で好きだったゲームの世界とか……?」
「私がお前の好きなゲームを知るわけがなかろう」
ごもっともなお言葉だ。やはり乙女ゲーやRPG世界への転生は小説の中だけの話という事なのだろうか……?
「お前が転生する世界は、私が趣味と暇つぶしの為にテキトーに作った自信作のオリジナルファンタジー世界だ」
「神様ってフリーゲーム作る程度のノリで世界創造しちゃうの!?」
テキトーと自信作という相反する言葉が不安感をより一層増幅させる。
「ちなみに今お前が言った通り、神の中には人間の作った物語を参考にして世界を作る者もいる。まあ自分好みにストーリーや人物設定を多少いじっていたりはするが」
……成程、つまりゲームに酷似した世界というのは、いわば神々による壮大な二次創作ゲームという事なのか。ある意味最大手の同人サークルである。
「……で、俺の転生先の異世界ってどういう設定なんですか?」
「ふむ、まずお前はとある国の将軍の養子であり、時期将軍として将来を有望視されていたが、ある日自分は魔王を倒す使命を負って生まれてきた勇者だと知る。また、聖なる一族の最後の生き残りであると同時に右腕には魔神の魂が封じられており、超人的な能力を有する反面、倫理に反する行動ばかりをしていると魔神に人格を乗っ取られ世界が滅びる。なお前世は己の身を犠牲にし、一夜にして3万の魔族軍を壊滅させた伝説の賢者だ」
「設定多過ぎだろ!!背負わされた宿命に既に圧死しそうだわ!つーか前世が賢者の時点で既に詐欺じゃねーか!俺はせいぜいひと夏に30匹の蚊を叩き潰した程度のごく普通の日本の大学生だからな!?」
それに魔神って何だ。魔王と魔神どっちが上なんだ。裏ボスポジションか何かか?
「そして魔王はかつて人間に粗末に扱われ、捨てられた元唐傘だ。ゆえに人間を激しく憎んでいる」
「これ和風ファンタジーだったの!?てゆーかそんな唐傘お化けみたいな奴がハイスペック勇者と互角に戦えるはずねーだろが!ちょっとは倒される側の事も考えてやれよ!!」
「ちなみにヒロインはエルフ耳とケモ耳を持つ4つ耳少女だ」
「萌え属性付けまくればいいってもんじゃねーよ!きっとそのヒロイン日々の騒音でノイローゼになってるぞ!」
「あと冒険の終盤頃には総勢20名のハーレムが完成する。各キャラの存在感が薄くならないよう全員性格に一癖も二癖もある濃いキャラにする予定だ」
「そんな面倒そうな女性陣の中に男一人とか、恋愛以前に精神力ガリガリ削り取られるだけじゃねーか!」
ハーレムに憧れる者は多い。しかし物語の中ならばともかく、現実にハーレムを作りたいと考える者がどれ程いるだろうか。
ただでさえ前髪切っただの、バッグを変えただの、今日はリップを塗っているだのと女心は複雑怪奇なのだ。それを20人も相手するくらいならば、俺は猫20匹によるにゃんこハーレムを形成する方がよほど心躍る。
「……もういい。あんたに世界の創造を任せてたら住民達が不幸になる。俺が内容チェックするから、まずは簡単なプロットを書いて見せてくれ」
俺がそう言うと、神はどこからともなく紙とペンを取り出し、プロットをさらさらと書きだした。
「……ってこれ異世界文字?神様文字?ともかく読めねーよ!ちゃんと日本語で書いてくれ。やり直し!」
「世界設定が雑!『無人島に住む原住民』って既にそれ無人島じゃねーから。矛盾してるから。やり直し!」
「台詞が不自然!特に最初の村の入口に立っている青年の台詞。『やあ、ここはハジマの村さ。ところで魔王の弱点は蛇の目の中央部分らしいよ』って脈絡無さ過ぎだろ!なんでのっけから魔王の弱点判明しちゃってるの!?てゆーかなんでこの人そんな重要事項知ってるの!?この人何者だよ!やり直し!!」
「味方の仲間入りの際のシチュエーション…………やり直し!」
「敵キャラのレベル配分…………やり直し!」
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――そんなこんなで俺は今、神々の国で真っ白神と共に異世界クリエイトに精を出している。
俺が異世界に転生出来るのはいつになるのか。
そして俺が無事生き返れる日は来るのか。
その答えは神ですら知らない。