染められた月姫
ー一体……なにがどうなってるんだ……!
『くっ…そ!!』
俺は本能でとにかくやばいと感じたので奴らのいない路地の方へと一気に走り出した。
しかし背後では余裕を含んだ呟きが聞こえる。
『…無能だな……いくぞ』
黒い影は俺の後ろ姿を追って一斉に動き出した。
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『…っ!』
俺は息を切らして全速力で逃げ回ったが最悪なことにとうとう行き止まりにでくわしてしまった。
『冗談だろ…』
俺は不安と焦燥感に襲われながらもどうすればいいか…必死に頭を回転させた。しかし、
ザッ…
『忠告したはずだ…ユウリス・ベルベット』
その声音にはっとして後ろを振り向くと案の定先程の奴らがざっと俺を囲っていた。
『大人しくしていた方が利口であったと…その頭にたたきつけておくがよい…』
誰かがそう呟いた刹那、目の前に見たこともないような光のルーンがいくつも浮かび上がって、そこから発せられた何かが業火のごとく俺をめがけて飛んできた。
状況もよくわからない混乱の中、何もできずに立ち尽くすことしかできない俺は、
きっとあれを真に受けて、そして……。
ドォォンッ
爆発音。その場の景色が一瞬白く光ってから消える。俺は全身に受ける痛みを想像して顔をしかめた。…しかし、数秒たってもその痛みを感じることはなかった。
『…っ…!?』
はっとして顔をあげると俺を庇うように目の前に人影があった。
桜色のカールされた艶やかな髪を横なびかせ、真っ白な制服に身を包む後ろ姿。手には月明かりに反射してきらきらと輝く剣が握られており、周りにはクリスタルダストと化したガラスの欠片のようなものが散らばっている。
ー今、なにが、起こったんだ…。
俺は額に冷や汗をにじませながら、目の前に現れた人物の後ろ姿をただ見ていた。
すると先ほどの集団の一人が前へと一歩出ると、低く冷めた口調で言い放つ。
『…貴様は誰だ…我々の邪魔をするな…』
そして、突如俺の目の前に現れた人物は、慣れた動作でさっと剣をひと振りすると、一歩足を踏み出して言った。
『剣術も魔術も身に付けぬ人間を大勢で襲撃とは……卑怯な輩だな』
『なに…?』
突如俺の目の前に現れた人物は、慣れた動作でさっと剣をひと振りすると、一歩足を踏み出して言った。
その時、集団の後方にいた一人がはっとした動作を通ると、こちらに指をさして言う。
『まさか貴殿は……あのシュ』
ブシャァァァアッ
『え…』
ドサッ
ーおい…今…
相手が喋り終える寸前、突如として目の前に血飛沫が舞う。
『悪いな…べらべらと人の名前を喋られては困るので……』
俺の思考回路が停止している中、そうどこか挑発的な台詞が聞こえてくる。
『…くっ…例え誰であろうと容赦はしない…ッ』
そう言うと謎の集団の連中は先ほどと同じように呪文のようなものを唱え始めると次々と魔法の雨を解き放った。俺はあまりの眩しさに目を細め、今度こそ死ぬ…と思ったが、一瞬物凄い風の渦が目の前に巻き起こって飛んでくるはずのものが消滅した。
『…誰がついてこいなんていった…』
そんな呟きが聞こえたと思った末、目の前にいた人物が目にも見えぬ速さで彼らに立ち向かったのを見てからしばらく…、先ほど以上に大量の血飛沫が月夜に舞って、断末魔の叫びが響きわたったのであった。
どれくらいの時間がたったのか。
俺が目の前の出来事についていけず放心状態でいると静かになった血だまりの海から先ほど現れた人物がこちらに歩いてきた。俺は無意識にびくりとしながら顔をあげ、そして目を見開いた。満月の下、桃色の髪を風に揺らし、紅く染まった白い制服を纏った彼女がその翡翠色の瞳で静かにこちらを見下ろしていた。