触れた指先
俺はその後、不思議な丘で出逢った彼女につれられて無事に学院長室に向かった。
そして俺は、なぜ貴族でない自分に入学許可がでたのか、なぜ市民の俺に家名があるのかを聞いたが、白髪混じりの学院長はそれは上の意向だから自分にもわからないと言い、眉間に皺を寄せた。
俺は仕方がないのでとりあえず押し付けられた制服と教科書を受け取って学院長室を出た。
『…用件はすんだかしら?』
声のする方に視線を向けると先程の彼女が壁にもたれかかって立っていた。
『君は…。ああ、そうだ。さっきは助かった、案内をしてもらって。俺…方向音痴なんだ。』
そういうと彼女はふっと微笑んでこちらを見た。
『いいえ、構わないわ…。それよりあなた、疲れた顔してるわね……寮の場所はきいた?案内するわ。もう授業は終わっているから、今日はお休みになった方がいいわ…』
こっちよ。そう言って踵をかえす彼女。きっと俺がまた迷子になると思って、ここに残っていてくれたんだろう。
『あ、いや…今日は荷物を取りに自宅に帰るつもりだから、平気だ。まさか寮に住むことになるとは思わなかった。』
『あらそう…わかったわ。…それでは私は失礼するわね…』
なぜか少し寂しそうに微笑む彼女はくるりと足先を変えた。
『…、なぁ』
『?』
『君の名前を教えてくれないか』
彼女が行ってしまうと感じてから咄嗟にでた台詞。こんな俺は全くもって、自分らしくない…。
『…ルーナ』
『ルーナか…、俺はユウリス…。確か、家名は…ベル』
そう家名をいいかけた時だった。
ふいに彼女の白くて細い人差し指が俺の唇にあてがわれた。
『ここでは…家名というものは容易に口にだしてはいけなくてよ……、ね…?』
そう彼女は悪戯っぽく微笑むと、硬直する俺をおいてこの場を去っていったのであった。
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それから俺はしばらく学院の中で迷子になった後、敷地の外へとでて帰路に着いた。空はもう大分暗くなっている。
本来なら俺に宛てがわれた寮部屋に帰ればよいのだが、そんなことは知らなかったので当然荷物をまとめてなどいなかった。
ふと空を見上げる。
朝はあんなに晴れていたのに、今は少し曇っているようで、夜空に輝く金色の月に黒い雲がうっすらと被さっていた。