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町中を覆っていく戦いのざわめきを背に、レミアは馬を駆って敵の軍勢を引き寄せる。
既に外の防衛線は崩れ、陥落は時間の問題だろう。数だけならば圧倒している。だが、女神の力を振るう天軍を前に次々と敗戦を重ねていた。自らが統治する領土が戦いに呑まれていく様は、レミアにとって我が身を斬られる思いだった。
「もうこんな所にまでっ」
敵を分散させようと飛び出したが、まんまと回りこまれてしまったらしい。
仕方なくレミアは手綱を引いて馬を大通りへと走らせる。
『そこまでよ』
目の前の雪が一斉に盛り上がり、友軍への道が閉ざされる。視線を巡らせるも道はなく、唯一の活路は天軍に塞がれた。
『将が自ら飛び出してくるなんて、レミアちゃんってばおまぬけさん。こんな所での時間稼ぎに意味があるとでも思ったの?』
「その声、アーメイさんか」
『正解――もう私達が絡んでることは察してるのよね。諦めなさい。どれだけ数を集めた所で、女神の力には勝てないわ」
雪が舞い上がり、その中から顔を出した懐かしい人物に、レミアは歯噛みする。
女神の候補生。それも、一級の人材を神殿は送ってきていた。ボルドネスと神殿との繋がりは未だ不鮮明だが、相当な繋がりなのは分かる。遅れて現れた二人の候補生も、直接の面識は無かったものの、候補生としてかなり高位に居たことは記憶にある。
「……ボルドネス卿が来ると思っていたが、候補生が三人か」
「ご不満? でも安心して、大人しく捕まってくれたら、私が思いっきり可愛がってあげるから」
挑発的な笑みを浮かべるアーメイの背後、数十名の歩兵が散開していく。
心臓が早鐘を打ち、指先は震えた。ここに至るまで幾度も戦場を見てきたが、戦いに出たのはコレが初めてだった。元よりレミアは軍略というものを知らない。剣は嗜んでいても並程度で、戦いそのものも好きではない。それでも繰り返される敗戦の最中、彼女は死に物狂いで軍を纏めあげた。
自分が起こした行動の結果としてこれほどの死者を出している。ここで折れれば無意味に帰す。それだけは出来ない。彼はまだ、この国のどこかに居るのだろうから。
「少し雰囲気が変わったのかしら。女の眼をしてるわね」
「そういえば、アーメイさんでしたね。恋をすると女は強くなるって言ったのは」
「あら? あらあらあら? 何よどういうこと?」
「生憎と一気に失恋までいきましたが、おかげで腹が決まりました」
「話を聞くまで、アナタを逃がすわけにもいかなくなったわね」
氷の茨が迫る。アーメイの足元から伸びたソレは、幾重にも分岐してレミアを包囲しようとする。残る二人も、その動きに追従して茨を広げ、途端、無数の茨が地面から飛び出した。これではまるで蛇だ。避けるだけの隙間は何処にもない。喰い付かれれば瞬く間に身体の熱を食われ、動けなくなるだろう。
「逃げるつもりは最初からない。今の私は、一軍の将だ!」
剣を掲げる。
吹き荒れる膨大な吹雪はその先端から。人を一瞬で凍結させるような温度でもなく、吹き飛ばせるような風速でもない。ただただ膨大な量の雪をまき散らし、レミアは襲い来る茨を押し潰す。
「忘れて貰っては困る。私はこのアストリアの護国卿。王にさえ比肩する力の持ち主だ!」
技量は推して知るべし。だから小細工に頼らず、ひたすら彼女は行使できる力の量で対抗する。己の不足を知るからこそ、最も簡単な手段に全力を注ぐ。
気付けば、眼前の全てが雪に埋まり、控えていた天軍も姿が見えなくなっていた。
これが護国卿の力。祖父でさえ一度も行使することのなかったソレは、有能な候補生さえ圧倒してみせた。王に等しい権力を持ちうるからこそ、王に等しい力を扱える。理論上は理解していても、今まで未知数だった護国卿の権能が今初めて明らかとなった。
剣を下ろし、横薙ぎに振るう。積み上がった雪はそれだけで何処かへと掻き消えて、押し潰されて気を失った候補生や兵達が姿を表した。一見して無事だが、誰一人死んでいないなどということはありえないだろう。
初めて、人を殺した。
同族の血だ。だが、今日まで地軍の者達にレミアが強要していたことでもある。折れることは許されない。繰り返し、心の中で言い聞かせる。そして、想いを形に。
「私は、必ず民を守り切る」
心が定まった。
※ ※ ※
繰り返し同じ行程を踏んでいると、そうと意識せずともこなせるようになってくる。
当初は幾度も紙に書きだして情報を纏めていたレミアだったが、いざ戦いが始まると常に十全の状態で考える余裕もなくなり、自然と頭の中に紙面を思い浮かべるようになっていた。まさしくフィオメルの言っていた通りに。
また、いざそれらを眺めてみると、様々な付帯情報が浮かんでくる。例えば補給一つとっても、何処と何処からという事務的な情報以上に、その物資を持ってきた拠点の状況や経路が思い浮かぶ。なぜその量なのか。適正なのか、不足しているのか。不足ならば何故か。
レミア領でも中央議会のあるミナス領寄りの町からは、申し訳程度の物資しか運ばれてきていない。紙面を広げる。そう、彼らはレミア領の町ではあるが、平時の往来のほとんどはミナス領の町と行っていた。であれば、町の有力者の中に中央寄りの人脈を太く持つ者が大勢居てもおかしくはない。しかし、表立って護国卿へ歯向かう訳にもいかず、物資は送るが申し訳程度。届いた部隊は途中で幾つも脱落しており、その理由を天軍の襲撃を受けたからとしている。だがレミアが見かけた時に戦いで深手を負った者はおらず、どれも軽傷、雪道を進んできた際の凍傷に留まっている。となれば簡単だ。彼らは途中で部隊を分け、大半を天軍に吸収させ、それを通行料に一部をこちらへ合流させた。どっち付かずとも言えるが、どちらが勝っても顔が立つ、町を守るための上手い策だと思えた。
また、このことからレミアは、書面だけで情報をやりとりする時の欠落を意識する重要性と、自らの足で現場を確認する必要性を感じた。後者はそもそも、昔からやっていたことだ。各領地の者が入り乱れてはいるが、顔の分かる者は多く、直接忌憚のない意見を聞ける。
町の東側に布陣した天幕の中、レミアは椅子に浅く腰掛け背凭れに自重を預けた。しばしの休息。午前の戦いは候補者三名の拘束という事態に足を止めた天軍と、町を東西に分けて睨み合う形で集結した。まだ両勢力が浸透作戦を繰り返しているが、大規模な動きには繋がっていない。
「護国卿。ハイアット卿とグラード卿がいらっしゃいました」
「分かった。通してくれ」
ここ最近で一層慇懃になった男に言って、レミアは居を正す。会うのは格下の領主達ではあったが、目上の人間だ。この戦いで大きな役割を担ってくれている彼らを雑に扱うわけにもいかない。
「ようっレミア嬢ちゃん! 先だって戦場でも見たが、随分といい女になったじゃねえか!」
「グラード卿、護国卿へそのような態度では」
「なんだよハイアットのっ、ここには俺たちだけなんだ。変に気を使う必要なんざない!」
「好きにしてくれて構わない。ハイアット卿、グラード卿、まずは先の戦いでの働き、見事なものだったと聞いている。よくやってくれた」
ボルドネスの天軍召集からレミアの側に付いた彼らは、各地で敗走する地軍を纏め上げ、つい先日合流するに至った。まるでこちらの意図を読んだかのような動きに幾度も助けられたのを覚えている。
「言ってくれるな。嬢ちゃんの活躍に比べたら大したことはねえさ!」
豪放かつ豪胆なグラード卿は、アストリアでも最東端に位置する田舎の領主だ。政治から離れて狩猟を好み、また東のイザリオとの交流も多い。彼らが駆る騎兵部隊は、女神の力を振るう天軍相手に見事な立ち回りを見せていた。
「ああいう理不尽な連中なら、イザリオとの喧嘩で慣れてるからな! まあ流石に正面からぶつかると全滅しちまうがな! はっはっはっはっは!」
仮にも連合国とのいざこざを喧嘩で片付けないで貰いたかったが、両国としてもアレはいつものことという認識がある為、政治的に気にしない。
「比べて、我が方の損耗率はやはり高い。理論通りにはいきませんな」
レミア領の東側に位置し、かつてはイザリオからの交易路となっていたハイアット領では、領主の方針により様々な学問が発達している。彼は領主であると同時に自らを学徒と称し、混乱の続くアストリアを支える数多くの研究を発表していた。
そのハイアット卿が眼鏡のつるを押し上げ、レミアを見る。
「こちらが捕らえた候補生は、護国卿が三人、グラード卿が二人、私はなし。五人ということになります。想定通り、天軍本陣から候補生を引き離してしまえば極端に力が落ちることから、ボルドネス卿が何らかの手段で力の分配を行っていたと考えられます。証明するには試行の回数が足りませんが」
「やはり、候補生の扱っていた力が、この国の季節に対応していたのには理由があるんだな」
「そのようです」
分析内容以外は簡潔に述べて、ハイアット卿は口を閉じる。
「かといって、これ以上下がる訳にもいかないか」
今居るこの町は、インバス領とハイアット領に繋がる交易路を持つ、重要な拠点となる。ここを落とされれば両者は分断され、今ほどの補給が受けられなくなり、やがてはジリ貧だ。
「仮に下がるなら、山脈の壁と海への逃げ道があるインバス領だが……インバス卿はまだ戻らないのか?」
「一度指示を出しに戻られたようですが、再び何処かへ向かわれました。行き先は不明です」
地理に精通した者が居ないというのは不安が残る。インバス領への退避は一度置き、ハイアット領へ下がる方が堅実ではあるのかもしれない。
沈黙するレミアに二人は口を閉ざして待つ。両者の眼には、頼りなかった護国卿が、この戦いの中で成長していく様がよく分かった。内乱は手痛かったものの、指導者の成長は万金に値する。
「やはりインバス領か……海への道があるインバス領へ逃げ込めば、相手は陸路以外にも警戒を向けなければならなくなる。それを怠るようなら一部を船で背後に回し、挟撃することも」
撤退という言葉に踊らされると、どうしても守りやすさ、逃げやすさなどという弱気に取り憑かれる。そうなった軍は弱い。けれどもレミアは、攻めに回ることも考えた上でもしもの退路を決定した。しかも、相手にとってどちらが困難であるかを思考した上で。
軍略を学んだものならともかく、軍を動かすことなど初めての少女がここまで考えを及ばせるというのは驚愕だった。
「その方針で行きましょう。神殿がボルドネスを支援している以上、迂闊に他国へ近づけばどのような策を弄してくるかわかりません。その点でも我がハイアット領には不安が残る」
「しかし、これではハイアット領を見捨てることに……」
「そう不安がるなっ。なんとなればウチの連中が勝手に面倒を見るさ! 俺が居なくても、ウチの母ちゃんが大暴れするだろうからなあ!」
恐妻家で知られるグラード卿の言葉に、思わず二人は笑う。常に気力を損なわず豪快に笑う彼の姿は、恐るべき天軍を前にした兵達をこの上なく鼓舞してくれている。優れた頭脳で戦術を練るハイアット卿とはまた違う意味で大きな力だ。
「つまり……天軍にとってはインバス領へ逃げられるのが最も厄介なんだな。だとすれば、これからの戦いは、そちらへの退路を塞ぐように攻めてくる……もしかすると先に部隊を送っている可能性も」
「その通りです」
優秀な生徒を褒める教師のようにハイアット卿は言った。
「今町で行われている浸透作戦は、その鬩ぎ合いです。既に多数の斥候を放ち、南方への経路を警戒、確保しています。インバス領からも新たな部隊が派遣されてくるでしょう」
と、その時、一人の兵がやってきて、ハイアット卿へ耳打ちした。彼は頷き、どこか楽しげに言う。
「捕らえた候補生らを調べた結果、やはりかなりの無理をしていたようです。命に別状はありませんが、様態の悪化した者が出ました。元々、定められた四女神の枠へ無理矢理押し入っているようなもの。以降は、時間を掛ければ掛けるほど、我々に有利となるでしょう」
「この戦いだけを見れば、だろう?」
「その通りです」
戦いの勝敗だけを追いかけていてはいけない。戦いとは手段に過ぎないのだ。血を流すという暴挙に訴えてまで手に入れたい何かがあるからこそ、人は時として剣を取る。戦いに勝っても、相手の目的を達成させては意味が無い。
「ボルドネス卿の狙いは……やはり王位に就くことなのか。いや、神殿にここまで協力させているんだ、相応の見返りが……そもそも権力ならばここまでせずとも十分にあった筈だ。自ら王を擁立しようとしていた。それは、この国を立て直そうとしていたからだ。ならなぜ急に天軍の召集など」
情報が足りないのか、未だにボルドネスの目的は見えない。そもそも王の暗殺などレミアはしていないし、それが本当とも限らない。
天軍の召集は、それほど大きな影響を与えていない。二十年前に王族を処刑したこの国の民は、既に王という存在への盲信を捨てている。レミアのように、王不在のアストリアで育った世代なら尚の事。
「単純に、腹が立ったってんじゃダメなのかねえ?」
「腹が?」
グラード卿の何気ない物言いに、レミアは思いもよらない思考を得た。
「いやさ。アイツなりに嬢ちゃんへの忠誠心はあったと思うが、それでも護国卿になった時から操り人形にしてきた小娘だ。そんな子がある時大胆な一手を打って自分を震え上がらせた。あまつさえ、アイツが言うには擁立しようとしてた王の候補まで殺されて、とうとうブチ切れた。もうやっこさんには、嬢ちゃんは今まで羊の皮を被っていた狼にしか思えなくなった。手負いにされた獣が相手を仕留めた時、執拗なまでに何度も急所へ喰らい付くように、ボルドネスにとっちゃあ居るだけで恐ろしい存在だ。となれば使える人脈はなんでも使う。神殿だろうとなんだろうと」
「グラード卿の意見は乱暴だが、あり得ない話でもない」
「いや、しかし……国を動かす立場に居る者がそんな私情でここまでのことを起こすなど」
「失礼ながら、レミア卿。アナタも私情で王位に着くことを拒否された」
ハイアット卿の言葉に、レミアは冷や水を浴びせられたかのように身を震わせた。彼の言葉には責める意図もないが、養護する意図もない。ありのままを並べ立てているだけ、そんな表情だった。
「……今言うべきことでも無かったようですね。私は席を外しましょう」
「いや待ってくれ! 助かる! 私はまだ自分の未熟ささえ自覚しきれていないんだ。アナタのように言ってくれる人物は得難いと思っている!」
政治とは私情で動く。きっと、何かを良くしようという考えすら私情なのだ。それに気づかず、己の欲求が正しさと結びついた時、人は盲目になってしまう。一つの正しさが絶対であると思い込む。いずれそれが己自身と繋がってしまい、自分が正しいのだから、それに反対する者は全て悪だと思い込む。
歴史にそのことが刻まれず、さも大層な理由と結びついているのは、ひとえにフィオメルのあの言葉にも通じる。
『例え不正解を選んだと分かっても、そこに正当性を見出し、さも正解であるかのように騙っているに過ぎない』
言葉の意図は異なるが、非常に似たものでもある。
「ボルドネス卿は私への個人的感情で戦いを仕掛けてきた…………」
「あくまで可能性ですが」
「ならば彼にとって、私の行動すべてに警戒する意味がある。違うか?」
「…………何をお考えですかな」
レミアは頭の中を纏め上げ、二人に告げた。
※ ※ ※
町の西側に布陣したボルドネス=ヒューイック率いる天軍は、外から見ている以上の疲弊を抱えていた。捕らえられた女神候補生は当然として、度重なる無理な力の行使に倒れるものが後を絶たない。強引な手段で議事堂を制圧していながら紛いなりにも天軍を指揮していられるのは、ひとえにレミア=シュタットレイが王となる筈だった人物を暗殺したという事実に由来している。
護国卿としての地位を失うことを怖れ、ようやく訪れたこの国の救いを、卑怯にも暗殺した悪逆非道の独裁者。レミアという個人を知らない者にとって、彼女の人物像はそういうものだった。
だが、あまりにも過激な噂話に疑問を持つ者も多い。そんな人物が今までアストリアを支配していたのなら、なぜインバス領と議会の対立をはじめ、各領主たちの独断専行が続いていたのか。
情報操作としてもお粗末だ。この内乱が起きる前、各地で噂されたレミア領の素晴らしさなどという話とも噛み合わない。
怖れている。
誰ともなく、天軍の主だった者達は、自らの統率者の内心をそう察した。
だが、誰がそれを責められるだろうか。天軍の威光が長期間維持できないことは最初から分かっていた。だから彼らは、全力を以って護国卿率いる地軍を叩き潰そうとした。この動きにインバス領を始め他の領主たちが参入してくる前に決着を付けなければならなかったからだ。
だというのに、仕留め切れなかった。
地軍と戦えば決して負けることはなかった。開戦当初ならば特に、小さな虫を踏みつぶして歩くように、思うままに進んでいけた。だが、地を這う彼らは踏み潰しても踏み潰しても結束し、時にこちらの眼を眩まし、時に消えるように逃げ出し、時に行く手を遮った。快勝に継ぐ快勝。それでも敵は居なくならない。無尽蔵に湧き出てくるのかと思えるほど延々と勝利だけが続く。なぜ戦い続けられるのか。補給線を断ったつもりが、いつの間にか新たな構造に姿を変え、叩くべき急所が流転する。
不死の軍勢でも相手にしているかのような不気味さが、天軍将兵に蔓延していた。
ある者は言った。
「護国卿は天賦の才を与えられている。生まれながらの神童だったに違いない」
またある者は言った。
「いやそんな筈はない。以前会った時など、まるでそこらの小娘と変わらない有り様だった」
様々な評価が錯綜し、底の見えない敵の姿に、強引な手段へと訴えるものが現れた。切っ掛けはその護国卿が単騎で戦場に現れたのだという情報。討ち取るべきだと強硬に訴えた者が、十分な用意もせずに候補者三名を動かし、結果は敗北。残っていた者の中でも特に有能な人材を失い、更には誰も予測できなかった護国卿の持つ権能の凄まじさを見せつけられ、戦いの手が大きく鈍った。
そんな中、天軍の本営にある一報が届く。
「敵軍が部隊を細かく分け、一斉に各地へ?」
本体はそのまま町の東側に布陣している。元々数で勝る地軍に、グラード領とハイアット領からの援軍が加わったのだ。余剰戦力としては十分。しかし目の前に迫る脅威を前に少数戦力を分散させる意図が分からなかった。
「こちらも部隊を出し、全ての敵を殲滅しろ!」
怒りも顕に、ボルドネス=ヒューイックが命令した。
間も無く部隊が派遣され、幾つかの敵部隊を討伐。しかし、
「申し上げます! 敵部隊の中に、特に足の早いモノが紛れ込んでおり、迎撃敵わず! 更には表立って行動した部隊に隠れて、かなりの人員が動いた痕跡が見付かりました」
「そいつらはどこへ」
「それが――」
告げた内容に、ボルドネスの顔色が変わった。
「本陣を動かす! 即座に部隊を追い、その構成員を確認しろ!」
※ ※ ※
深夜、未だ街の中に留まっていたレミアは、ハイアット卿からの報告を受け、大きく吐息した。
「……掛かった、と見ていいんだろうか」
「おそらくは」
各地へ放たれた部隊一つ一つに大きな意味は無かった。仮に全てを放って置かれても、ひっそりと小規模な伏兵を配置出来るくらいで大勢には影響しない。ましてや相手は天軍だ。
グラード卿はボルドネスがレミアを怖れていると言った。だから、その人物が放った意味もない部隊に過剰反応する。そこから情報を解析し、ボルドネスの秘めたる目的を炙り出す第一手としての意味は、ほぼ果たされたと考えていい。
「天軍は今、大きく我が軍を迂回し、ハイアット領北部を防衛する動きを見せています」
「危うく私達は彼の思惑通りに動いてしまう所だったな」
インバス領への警戒に対し、ハイアット領への斥候は驚くほど無かった。そこから推測して第一手をそちらに向けたのだが、まさかいきなり当たりを引くとは。
「護国卿が紛れ込んでいると思わせる為にグラード卿を部隊へ加えたのは良い策です。仮にその先に彼らの守りたいものが無かったとしても、彼がハイアット領からの援軍を指揮できる。また、釣られて北部に兵を分けてくれれば」
「あぁ――王都へ向かう道筋が出来る」
事態は急速に掌握されていく。
ただ、性急過ぎる彼女の動きに、予想外の事態が起ころうとしていた。
※ ※ ※
明け方、部隊の疲弊も構わず走り抜け、王都の近郊へ集結した者達が目にしたのは、彼らを絶望させるに足る光景だった。
「なんで……あんなのが居るんだよ!」
冬の大地を塗りつぶし顕現する常夏の季節。
条理を逸した現象が意味するのは一つ。
「天軍!」
アストリアの軍ではない。
冬の女神を頂く彼らに、この季節を生み出すことは出来ない。
深い緑色の旗に、高らかに角笛を吹き鳴らす漆黒の鷹の紋章。それは、
「北のイザリオ…………傀儡の王子が、なんで王都を制圧してるんだよ!?」




