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翌日、落ち着いているようですという従者の言葉を受けて、フィオメルはレミアの部屋を訪れた。
ここはミナス領の、彼女の別邸だ。続けざまの事態に憔悴した彼女を連れて自領に戻る訳にもいかず、なにより夜道を突っ切るのは危険過ぎることから町に留まった。軍の収集が開始された今、もう彼女に仕事はないだろう。方針はボルドネスら議会が決定し、レミアの所には事後報告が送られてくるのみだ。既に幾つかの報告があり、従者たちがせっせと紙に纏めていた。
部屋の中はどこか殺風景で、こういった屋敷の主が置きたがる壺や絵画などが全く見当たらない。屋敷全体でそうなのだから、おそらくは売り払って難民の保護費用に当てているのだろう。
「先日はすまない。無様な所を見せた」
「昔、権力者は決して謝罪をするなと言った者が居た。失敗でさえ成功と言い張り、追求する者をねじ伏せてでも胸を張れと。だからこそ失敗なんて出来ない。それだけの覚悟を持たなくては、権力者というのはあっという間に堕落する」
やや責めるような口調で言ってみても、レミアはただ困り顔をするだけだった。
「重いか」
「……あぁ」
「資格があるとボルドネスは言っていたが」
「私には、王族の血も流れている。遠い祖先の話だが、それでも御柱としては機能できるらしい」
それでも彼女は祖父、先代護国卿が死んだ後にその座を継ぎはしても、王座には着かなかった。おそらく護国卿にさえ彼女はなりたくなかったのだろう。だが混迷を極めるアストリアには仮初であっても指導者が必要だった。彼女が背負うしかなかった。
各領土と中央議会の対立。未熟な女神。王不在による奉権の儀での連敗。荒廃しきった国土。増え続ける難民。味方である連合各国からの謀略。敵国パルドランの度重なる侵攻。議会でさえ分裂し、争い続けている。
うんざりするような問題だらけの国だ。それでも彼女は、責任を放棄することだけはしていなかったから、
「少し頭の中を纏めよう。紙はあるか?」
言いながら勝手に彼女の机に近寄り、適当な紙を引っこ抜く。上等な紙だ。綺麗に白染めされていて、インクの乗りも良さそうだった。ふと裏面を見ると、古くなってきた議事堂の補修を決定したという事を、回りくどく飾り立てた言葉で記した報告書だった。国が荒れているというのに、こういった予算ばかりが通ってしまう。権威ほど虚構なものはない。そう分かっていても、権威無くして人は大局を動かせない。気分が悪いのでコレの裏面を使うことにした。
フィオメルはレミアの対面に腰掛け、机の上に紙を置く。
「まずは今起きていることを書き出すんだ。状況が混乱した時ほど、頭の中だけで考えず、何かに書き記してみるといい。思い付くものから挙げてくれ」
よく分かっていないようなレミアだったが、フィオメルが無言で要求すると、渋々といった様子で従った。
「……王の、不在」
言われ、フィオメルは紙に『王の不在』と書き記す。
「他には?」
「女神の誘拐、と、パルドランの侵攻だ」
「大きな問題はまずその三つだな。そして、誘拐と侵攻がインバス領の謀略で繋がっている可能性がボルドネス卿から示されている。また、町に異国風の者達が増えており、護国卿、キミの暗殺未遂を行ったのも異国風の男だ」
言いつつ、情報を紙に書いていく。自然と対面に居るレミアの身が乗り出してきた。
◯王の不在
◯女神の誘拐……町に不審な異国風の者達←同一の勢力?→◯護国卿暗殺未遂
↑
インバス領が画策?(ボルドネス論)
↓
◯パルドランの侵攻……間が良すぎる?
「ついでに、王の不在に関して二つの勢力が動いているという情報があるな」
「あぁ、インバス卿が擁立している王と……長老派の擁立している」
「そうだ。特にインバス領には状況からして強い疑いがある。分かるか?」
「インバス領はパルドランと交易を行っていた、からか? 渡りをつけて動かすことも出来ると」
ただ、一国の軍を動かせるほどの取り引きが行われたとすれば、余程の見返りがなければいけない。インバス領がパルドランへ降伏し、国を明け渡した、などと考えるのは穿ち過ぎだろう。女神を渡す、などというのも現実的とは思えない。そうなればインバス領も共に滅びることになるのだから。フィオメルは心当たりが無いか聞いてみた。
「パルドランの求めるものか。それはきっと、三ッ子山の奪還だろう。あそこの麓にある森は奴らの聖地と言われている。以前から聖地奪還を謳って侵攻を仕掛けてきていた。ただ、そこは西のローゼリアとルノアーデ領が協同で防衛している場所だ。統治そのものはローゼリアが中心となっているから、インバス領の独断でどうこうできるような場所ではないと思う」
「だが、仮に可能だとすれば、連中は軍を動かすか」
「突発的な侵攻が偶然重なった可能性もあるか?」
無くはないが、出来すぎではある。
「一応聞いておくが、異国風の者達というのはパルドラン人ではないんだな?」
「違う。彼らは森の民と呼ばれ、黄金の髪と緑色の瞳を持つ。総じて細身で長身だ。顔つきも違うから、まず門番が気付く。敵国の民を招き入れるような警備はしていない」
彼らがどこからからか雇入れた連中という線もあるが、今は置いておく。
「そこは門番の真面目さに期待するとして。となると暗殺未遂の男と同じく黒髪の者とするのが妥当か。その辺りはボルドネスにしっかりと聞いておくべきだったが、まあいい」
幾つかの項目を書き加え、情報を纏めていく。今のところはこんな感じだ。
◯王の不在……王の擁立疑惑 貴族院『長老派』←敵対中→『インバス領』
◯女神の誘拐……町に不審な異国風の者達←同一の勢力?→◯護国卿暗殺未遂
↑ ↑パルドラン人ではなく、黒髪の異国人?
インバス領が画策?(ボルドネス論)←ローゼリアとどのようにして話をつけるのか?
↓
◯パルドランの侵攻……間が良すぎる? 目的は三ッ子山の麓にある聖地の奪還
↑
ルノアーデ領とローゼリア(二面戦争に)が対応中。しかし兵力不足。
更に一筆加えた紙をレミアに向けて差し出す。
力ない瞳でそれを眺めた彼女は、ちらりとフィオメルを一目見、改めて手元に視線を落とす。
「慣れない内はこうして状況を纏めるようにするといい。何度も繰り返していると、その内自然と頭の中だけで出来るようになる」
「あ、あぁ……それは、わかった」
戸惑う声にフィオメルは口の端を上げ、笑った。
「だいたいそんな顔だったろう?」
レミアへ紙を渡す前に書き加えたもの――ボルドネスの似顔絵を示して言うと、目を丸くて硬直し、やがて微かに彼女は笑った。小さく描かれた顔は決してあの議員を正確に模写していはいない。むしろ特徴を更に強調し、もはや馬面と呼べる代物となっている。それが干し草を眺めて涎を垂らしているのだから笑うしかない。
「貸してみろ、他の連中も書いてやる」
最初に出会った襲撃者の顔は髪を逆立たせて更に凶悪そうなものに、ボルドネスに付き従っていた他の議員たちやレミアの従者たちも次々と描いていく。ひとつ見せる度にレミアの表情に驚きが浮かび、真剣に当人と比べては笑みを見せる。
最後にレミアの似顔絵を描いて渡すと、ようやく彼女は何の遠慮もなく笑った。
「はは――っ、そうかっ。私はこんな顔をしているのかっ」
生真面目そうな表情で眉を寄せつつ、滝のような涙を流す己の顔が余程気に入ったのか、ひとしきり笑った後、レミアは切り取って飾っておこうととまで言い出した。が、そこでそれらがどんな紙の裏に書かれていたのかに気付き、怒り出そうとした所に、フィオメルは二つ目の似顔絵を差し出した。
それは今までの絵とは打って変わって写実的なものだった。短時間で、しかもインクで描かれているにもかかわらず、線の太さを細かく工夫し、あるいはインクをぼかすことで非常に暖かい印象を与えていた。
見ていたレミアの頬が朱色に染まっていく。
「こ、これは私か?」
描かれていたのは、弾けんばかりの笑みを浮かべるレミア=シュタットレイだ。しかし己のものとは思えぬほどに柔らかで明るい表情に、レミアは異様に恥ずかしくなった。今、会って間もないこの男の前で自分はこんな顔をしていたのか、と。
彼は答えるでもなく両手を上げ、肩を竦めてみせた。その指先がインクで黒く染まっている。
「わ、忘れろ!」
「分かった」
「いいのか!?」
「覚えておいてほしいのか?」
「忘れろ! 忘れるんだ!」
「分かった」
恨みがましそうな視線がフィオメルを刺したが相手にはしない。
「…………それに、しても……上手いんだな」
レミアはしきりに手元の似顔絵に目線を落としては、なんともいえない表情でフィオメルを睨む。
「どちらかと言えば人物画より風景画が好みだがな。まあ、昔からの趣味だ」
「かなり意外だ」
「よく言われるよ」
言って、フィオメルは「だがな」と付け加える。
レミアが首を傾げ、また手元を見ては頬を染める。
「もし何もかもを捨てられるなら、俺は剣など持たず、画材道具を持って世界中を回りたい。気の向くままに絵を描き、それを売って糧を得る。なんとなれば自然になっている物を食べればいいから、儲けはどうでもいいな」
喋りながらもフィオメルはペンを動かし、時折指先で撫でては試行錯誤するように眉を寄せて首を捻る。出会って以来、冷静沈着といった印象を彼に持っていたレミアにとっては、そんな仕草が異様におかしかった。
今度は幾らか時間が掛かっているようだった。おそらくはまた大切な報告書だろう紙の裏側に描かれているのを見ても、もうレミアは怒るのを止めている。
「……お前はどうなんだ?」
レミアは言われた意味が分からない、といった様子で硬直した。
「もし何もかもを自由に出来るとすれば、何をしたい?」
「…………………………わからない」
物心ついた時から周囲に言われるまま行動し続けてきた彼女は、急に引く手を離された幼子のような顔でそう言った。
「……護国卿となる前は何をしていたんだ?」
「実は、私は数年前まで神殿に居たんだ」
「神殿? 女神の、奉権の儀なんかを取り仕切っている連中か」
「あぁ。アストリアでは貴族の娘は、一度は神殿に身を寄せて行儀作法なんかを学ぶんだ。といっても、国内の神殿だから、アストリアから出た訳じゃない。で、そこでは、資質があれば次の女神候補者となる場合もあるんだが、私は……途中で呼び戻されてしまったからな。あそこでは時間は幾らでもあったが、趣味らしい趣味は」
俗世から隔離されたまま自由を与えられても、周りは清められたような環境で、接するのは同じく無垢な者か、世話をする神官たちばかり。風習というより政略結婚の為に娘たちを管理させているだけかもしれない。
時代を考えれば、一つの国に拠らない神殿には各国の神殿から集められる潤沢な物資があった筈だ。手元に残すより、安全で安定した生活が送れるから、というのも大きな理由かもしれない。
「剣はどうだ? いつも持ち歩いているし、それなりに扱える印象はあるが」
「コレは、護国卿となってから学び始めたものだ。仮にも国の最高権力者であれば、最も女神の力を扱えるからな。奉権の儀で戦う可能性も考えて学ぶように言われた。しかし……」
争いは好まない。そんな顔だった。
「案外、畑でも耕しているのがいいのかもしれんな」
「……畑、か?」
ふっと声に浮き立つものが混じった。
「もし何もかもから開放されたら、小さな畑でも買ってみるといい。そこで野菜でも育てながら暮らすのはどうだ? 流石に今みたいな裕福な暮らしは出来なくなるだろう。家にはすきま風が入り込んで寒いだろうし、畑仕事は大変だ。折角出来た野菜もなかなか売れないかもしれない。だが、お前を縛るものはなにもない。全ての行いは自分にだけ返ってくる。苦労はするが、穏やかな日常だ」
「……」
ふっと笑い、フィオメルは続ける。
「別に一人だけで生きる必要もない。今やっているように、近隣の住民たちと仲良くやりながら、一緒に騒がしい日々を送るというのも悪く無いだろう。お前は女だ。伴侶を見つけ、子を成し、そいつらを守って生きる道もある。俺も子育ての経験はないが、相当に苦戦するらしいな、アレは。戦場で兵を震え上がらせる豪傑が、娘の前で四苦八苦している様はなんとも笑えるものだった」
不意にレミアは顔を伏せ、目元に手をやった。
だからフィオメルは手元の絵に意識を集中し、しばしの時間を沈黙で満たした。陽だまりが移ろっていく。微かな呼吸音が聞こえ、彼女は顔を上げた。
「…………最悪だ、そんな日々」
「そうか」
「あぁ。私は護国卿、このアストリアを背負う者だ」
「そうか」
「己の足りなさは理解している。それでも私は、民を守りたい。初めて皆の笑顔を見たあの日にそう誓ったのだから」
フィオメルは描き上げた絵を折り曲げて懐に仕舞う。
「そうか」
誇りを胸に笑う少女に対し、彼の表情は凍り付いたまま、何一つ動かない。
「一歩一歩、進んでいけばいい。その為にも力を貸してくれ、フィオメル殿」
「あぁ、そういう契約だ」
程無くして使いの者が屋敷に訪れ、侵攻してきたパルドランと、沈黙するインバス領への派兵が可決されたと告げた。元々インバス領に同調していたハイアット領とグラート領からは、強硬な姿勢を咎めるものと、領土の治安維持の為に兵の供出は出来ないという返答があったらしい。多方から圧力を掛けてインバス領への援軍だけは抑えたとのことだが、裏での支援は続くだろう。
次に女神の捜索だが、逃走経路が判明したらしい。やはり東側へ向かっているとのこと。ただ、最終手段として新たな女神を襲名させることも考えて、神殿から数名の候補者が派遣されてくるらしい。
悠長に歩んでいられるほどの時間はもう残されていない。
これらの報告を、レミアは悔しげに聞いているしか出来なかった。
※ ※ ※
彼女が目覚めたのは、月明かりが周囲を照らし始めた頃だった。
天幕から抜け出して降り積もる雪を確認した途端、思わず身を抱いて震わせた。だが、寒さなどは感じない。彼女は非常に軽装で、とても冷気を遮断できるものではないにも関わらず。
それでも両手で肌をさするのを止められず、ふらりふらりと周囲を探る。居た。
「なんでまだアストリアに居るの」
焚き火の管理をする老人へ向けて、つっけんどんな口調で女が言う。
「私を開放してくれるんじゃなかったの……!」
怒りは突風を生み、風に呑まれた全てが瞬く間に凍り付いていく。老人はそれを一瞥し、焚き火に木を放る。結局、その風が老人を呑み込むことはなかった。
「覚悟の無い攻撃なんぞ最初からするなよ」
身構え、注視した先に居たのは、黒い髪をした男だ。暗闇に溶けこむように立つ彼は、ため息混じりに氷漬けとなった薪の山に手をやる。それを見て慌てたのは彼女だ。
「触らないで!」
「平気だよ」
掴んだその場から薪が一気に燃え上がる。
「……なんで」
「鬼火ってヤツだな。なんでも燃やす。木でも水でも命でも」
言って放った先の焚き火が一層強く燃え上がり、灰が舞った。
「何者なの……アナタ」
「ジン=ロークハインドだ。冬の女神、セレアス」
「様を付けなさいよ」
「生憎と信仰心が無くてな」
「人間風情が息巻くな」
「お前だって元は人間だろうが」
「あら、だったら皆最初は赤ん坊よ。ジンちゃんって呼んであげましょうか?」
「…………お前馬鹿だろ」
ダン――と地面を踏み付ける。呆れ顔のジンを包囲するように氷の檻が出現し、逃げ出す間もなく閉じ込められた。
「礼儀を知らないおサルさんは閉じ込めておくのが一番ね。ほら、ウキーとお鳴き。十回鳴いたら出してあげるわ」
「やっぱり馬鹿なんだな、お前」
氷の檻は瞬く間に燃え上がり、その中から火傷一つ負っていないジンが顔を出す。
「そんな!? なんで出てこれるの!?」
「なんでも燃やすって言っただろ。氷だって燃えるんだよ」
「ふざけないでよ! わ・た・し・は! レーベンフォルト連合国で最強なのよ!?」
「アホくさ」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「ほら」
焚き火の近くで腰を落とした男に詰め寄ると、目の前に肉の刺さった鉄串が差し出される。普段では考えられないほどに雑な料理だったが、今まで嗅いだことのない食欲をそそる匂いに釣られて受け取ってしまった。程よく焼け目のついた表面を肉汁がしたたり、所々に黒い粒が見える。匂いの原因はコレだろうか。
警戒心はあったが、我慢できずにかぶりついた。
「っ――!? っ……っっっ! っっ、っっっっっっ!?」
「……食いつき過ぎだろ」
「もう一本寄越しなさい!」
「ほれ」
夢中で食べた。今まで焼いた肉と言えば塩味か香草だったが、これは味わったことのないものた。舌がピリリとする。病み付きになりそうだった。
「もう一本!」
「今焼いてる」
「仕方ないわね。少し待ってあげる」
「人の背中を椅子にするな」
「なに。私に地べたで座らせる気? せめて椅子にして頂いてありがとうございますくらい言いなさいよ」
「おい爺さん、コイツ本当に女神かよ」
「間違いない」
嘘だろ、と呆れた声を出すので腹が立った。だが結局振り落としもせずに次の肉を差し出してきたので許すことにした。
レーベンフォルト連合国の人間にとって、食は一番の楽しみである。と彼女は考えている。事実、『大災害』によってこの地方に逃げてきた人々には様々な身分の者が居た。今まで宮廷料理として秘されてきた調理方法が市井に流れ、それが大勢の人々に触れたことで更なる進化を遂げ、数えきれない料理が生まれた。女神の加護によって潤沢な実りが得られていたというのも大きい。優れた料理を出す人間にはそれだけで価値がある。
「アナタの態度は気に喰わないけど、アナタの料理は悪く無いわ。褒めてあげる」
「わーいわーい」
「ふふん」
「……」
追加の一本を食べ終えた後で、ようやくセレアスは当初の問題を思い出した。
口元の肉汁を舐め取り、肉の無くなった鉄串を老人へ突きつける。
「で、どういうことなの。アナタは私をこのくる……面倒事から開放してくれるって言って連れ出したのよ。女神の力はレーベンフォルトから出れば失われる。でも女神の意志で外に出ることは出来ない。だからアナタを信用してあげたのに、ひどい裏切りね」
「女神を外へ連れ出すなんて出来る筈ないだろ。お前個人を助けたって何の得もないのに」
「アナタには聞いてないの!」
覚悟のない攻撃がいけないとジンは言った。なら、死なない程度に痛めつける覚悟くらいなら出来なくもない。本当に、本気でセレアスが力を使えば個人で抵抗するなんて決して出来ないのだから。
嘘だと思えばその場で手足を氷漬けにする。そのつもりでセレアスは問うた。
「新たな王と君を引き合わせる為だ」
「どういう意味?」
「今のお前の苦しみは王不在による力の不安定さが呼び起こしている。新たな王が御柱となれば随分と楽になるだろう」
「そんなことは分かってる。でもレミアは王になりたくないみたいだし、私だってあの子がこんな面倒をこれ以上背負うのは止めたほうがいいと思ってるの。第一、力が不安定とかそういうのはどうでもいいのよ」
冬の女神となって三年。このアストリアで過ごした日々を思う。
「……もううんざりしてるだけ。一方的に追い出した癖に、いざ得になると分かったら馬鹿みたいに歓迎して、でも力不足が分かると放り出して。自分たちだってバラバラじゃない。権力争いばっかり。力を合わせようともしない。なのに私ばっかり責められて……下らない下らない下らない……!」
吐き出すように言って、最後にセレアスは「まあどうでもいいけど」と付け加える。
老人を見た。ジンを見た。諦めるように星空を仰ぎ、笑った。
「騙したことは許してあげる。利用したいなら好きにしなさい。でも私は手伝わない。ちゃんと三食美味しいご飯を用意してくれて、のんびり過ごさせてくれるなら文句はないわ」
それからセレアスはひたすら居丈高な物言いでジンとの馬鹿な会話を続けた。一切笑顔を崩さないまま、心底楽しげに。やがて焚き火が消えると黙りこみ、誰が何を言おうと答えず、二人が寝静まった後もじっと夜空を眺めていた。




