5.ただの紙束では済まさない
「ちょっと、これは一体どういう事なんですか!」
夜遅くまで練習していたせいで、まだ若干眠たかったのだけど、ある物を見た瞬間、私の眼はシャキーンという効果音が鳴りそうなぐらい大きく見開いた。
「ん、ちょっと可愛すぎだった? 要望通りヒラヒラを多少付けてみたけど」
朝起きてロビーに行くとタキシードガイコツのアルバリオンに今日着る衣装を手渡されたので、早速それを試着してジュニアに見せるために船着き場へと来て現在に至る。
ジュニアが舐め回すように私の事をじろじろと見てくる。
おそらく彼は私が服装の事で文句を言ったと思っているのだろう。
「そんなにじっくりと見ないでくださいよ。特に文句はありませんけど、強いていうなら上半身のコレは必要なんでしょうか」
「必要だよ。なぜなら俺の世界観はメルヘンチックではなく、ファンタジーだからね」
「はぁ、そうですか……」
あぁ、やっぱりまだ気にしてたか。それでこんな余分な物が付いているわけね。
服には両胸を守る金属製で銀色の胸当てが備え付けられている。全体的に控えめな淡い金色で細かい装飾が施され、右胸にはカッコイイ紋章が刻まれており、銀と金がうまく調和していて気品を感じる。
たしかにこれだけ見ればとてもファンタジーだけど……、その下の白と水色を基調とした乙女チックなワンピースドレスはどうなのよ。多少と言いながら、このヒラヒラ具合はもはや狂気すら感じてしまう。特にスカート部分なんてフリルとレースを重ねすぎて風船みたいにもっこりしちゃってるけど、これならパンチラの危険性が低くて結構大きなアクションをしても平気そうね。
完全にメルヘンチックじゃん! おまけでファンシーもつけてあげる!
と、とてもツッコんでやりたかったけど、そんな事を言えば今度はフルアーマーにされかねないので、唇をきゅっと噛んで我慢する。
さて、服装の事は置いておいて、そろそろ本題を問いつめましょうか。
「服よりも、アレについて説明してください」
私が船着き場の対岸をビシっと指さすと、ジュニアは首をかしげて眉をひそめた。
「アレって……、君がこれからナビゲートをする舞台じゃないか」
「そんな事はわかっています。問題なのは昨日とまったく別物になってるって事ですよ!」
対岸には、昨日体感したメルヘンな世界は忽然と姿を消し、代わりに中世ヨーロッパ風の立派な町ができていたのだ。夢かと思って何度か頬をつねってみたけど、それは私にヒリヒリ感を刻みつけただけに終わった。
「何で一晩でこんなのが建っているんですか。豊臣秀吉もビックリよ」
「それが誰かはわからないが、別にそんなに驚く程の事でもないだろう。ただ単に展示内容を変更しただけじゃないか」
それはもう腹が立つほどに涼しげな表情で、ちょっと部屋をイメチェンしてみました風に言われても全く納得できませんが。
「変更しただけって、昨日とは完全に別世界になってるじゃないですか。いったい何をどうすればこうなるんですか」
「あのね、魔工芸師は常に魔術の向上を目指して新しい物を作り続けなければならない。立ち止まってる暇なんてないのさ。だからここの展示品も大体一週間毎にリニューアルしてるってわけ」
「それは大変素晴らしい考えだと思います。けど私はそういう事を言っているのではなく、どうやって一晩で……いえ、何でもないです」
やめておこう、どうせ意味不明な魔法理論を長々と聞かされるに違いない。それよりも私の一晩の努力は完全に無駄になったわけで、やはり文句の一つも言わないと気が収まらない。
「展示を変更するのは仕方がないけど、それを事前に言ってくれないのは卑怯だと思います」
「え、ちゃんと言ったじゃないか。昨日見たものを目に焼きつけていても無理だって」
「そんなので伝わるわけないでしょ。魔法の説明はあんなに無駄に詳しいのに、何でそれ以外はこうも適当なのよ」
「無駄って言うな、無駄って。大体、プロだったら業務に影響がある事項は自ら確認を取ってくるべきじゃないのか。これは君を試すテストだ。俺がこっちから手を貸す義理はない」
ぐぎぎぎ、魔法なんてでたらめな力使うくせに正論振りかざしおってぇ……。仕方ないじゃない、普通アトラクションのリニューアルっていったら数ヶ月かかるってのがテーマパークの常識なんだから。
「まぁでも、俺もそこまで鬼じゃない。君にこれをくれてやろう」
「え、ちょ──おも!」
ジュニアが黒いコートの中から取り出した物体を慌てて受け取った。その正体は書類の束で、かなりの質量がある。貴方のコートは四次元空間とでも繋がっているのか。
「えーと、これは何ですか?」
「展示品に関する設計図だ。普通は誰にも見せないんだけど、今回だけは特別だよ。特に1ページ目右下の数字はとても重要だから必ず目を通しておくように」
ふーん、設計図なんてあるんだ。魔法って魔法陣書いたり呪文唱えればパッと出るものだと思っていたけど、案外めんどくさいのね…………何これ。
「あの、まったく何が書いてあるのかわからないんですけど」
「そりゃ魔法の知識がないと理解できないだろうね。それをもっと簡略化した説明書もあるけど、そっちにするかい?」
「いえ内容の難しさじゃなくて、文字が読めないです」
設計図には日本語でも英語でもない初めてみる文字がびっしりと刻まれている。たぶんこの国の言葉だと思うけど……何か今までで一番、異世界に来ちゃった事を実感させられた気がする。
「そうか、じゃあ諦めるんだね」
背中を向けて手を振りながら去っていこうとするジュニアのコートの襟を慌てて掴む。
「待てい! 言葉みたいに文字も魔法でどうにかなるんでしょ? ね? ね?」
「そういう魔法は確かにあるけど……」
んもう、歯切れの悪い男ね。早くかけなさいと、分厚い設計図をジュニアの顔に押しつけてやったけど、中々承諾しようとしない。
「ああもう、離れてくれ。文字は言葉と違って研究が進んでないから魔法術式がややこしいうえに素材が高くて、今すぐは絶対に無理だ」
「なんでよ、文字だって言葉と同じぐらい重要なものでしょ!?」
「いいや、声に比べたら文字なんて極めて重要度は低いね。そもそも他国と文のやり取りなんてそれほど多くはないし、例えあったとしても言霊を飛ばす魔法を使ったほうが圧倒的に速い」
ふむ、通信手段の多様化により文書の重要性が低下しているのはこの世界も私がいた世界も変わらないみたいね。むしろこちらの方が深刻なぐらい……私は何を冷静に分析しているんだ。そんな事やってる場合じゃないのよ。
とにかく出航までの時間、ジュニアからできる限り情報を聞き出すしかない。と、思った矢先、どこからともなく鐘の音が鳴り響いてきた。
「お、時間だね。あと30分ほどで出航させるから、俺はちょっと準備をしてくるよ。じゃあ今日はよろしく頼む」
「え、そんな、イグルーさん。ちょっと待ってぇぇぇ……」
ああ、最後の希望が無情にも去っていく。
残された私は設計図片手に途方に暮れ……ん、ちょっと待てよ。
そうよ、私が手にしているのは設計『図』よ!
あった。設計図をペラペラとめくると、所々に絵やら写真やらで図解が入っていた。もちろんこれだけじゃあまりにも情報不足で、ものすごく大雑把なアニメのネタバレをされた気分だけど、どういった形の魔法が飛び出してくるか知らないのと知ってるのとじゃ、天と地ほどの差がある。些細な情報だろうと絶対に見逃さないんだから、覚悟しなさい。
私が図解から得られる情報を一つ残らず搾り取るために設計図と壮絶な睨めっこを繰りひろげていると、いつの間にか船着き場には一隻のボートが停泊していた。