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4.プロ(デビュー前)として一言物申す

「どうだい、気分は落ち着いた?」


 最終的にジュニアは牛乳をおかわりして戻ってきた。自分の分だけ。

 私はふてくされながら首を縦に一度だけ振った。


「ふむ……それでかなりざっくりとしちゃったけど、ここがどういう所かはわかってくれたかな?」

「はい、魔法の話しかされてない気がしますけど何となくは把握できました。次は私の世界の話をする番ですね」

「いや、それは別にいいや。だって君の世界には魔法が存在しないんだろ。話を聞いても特に得るものは無さそうだ」

「はぁ、それなら別にいいですけど」


 ぷっっっくう!

 むかつく、この魔法オタク!

 魔法なんて無くても素敵な物は沢山あるっての。と思ったけど、何を自慢しても鼻で笑われそうだからもういいや……。


「じゃあ次にこれから君をどうするかなんだけどさ、帰る方法が見つかるまでここで働かないか? ちゃんと給料も払うし」

「え、働くって……受付とか?」

「いや、それはアルバリオンがやってくれるからいい」


 何、その無駄にカッコイイ名前。

 ふと受付カウンターに目をやる。もう営業終了しているというのに、タキシードガイコツことアルバリオンはピクリとも動かずに立っていた。まるで屍のようだ。


「君にはアメシアの代わりにナビゲーターをやって欲しいんだ。さっきみたいに2階にいて俺に声を貸してくれればそれでいい。簡単な仕事だろう」

「そりゃまぁ楽ですけど、そんな面倒な事をしないでイグルーさんが直接お客様に説明してあげればいいじゃないですか」

「俺だってそうしたいところだけど……ほら、俺の声って怖いからさ……」


 ああ、自覚あったのね。

 事情は分かるけど、そんなマネキン人形みたいな事やって給料もらうってのもなんかねぇ。

 いや待てよ、これはチャンスかもしれない。この魔法オタクに、私の世界にある素晴らしい文化を見せつけるまたとないチャンスだ。


「ナビゲーターするのはいいですけど条件があります」

「条件? どんな?」

「声を貸すのではなくて、私の言葉で、私のやり方でナビゲーターをやらせてください」


 ジュニアは難しい顔をして押し黙ってしまった。

 うう、やっぱりダメなのかな。一応もう一押ししてみよう。


「私はドゥリームランドっていうテーマパークのアトラクションでナビゲーターをやっていたんです。だから絶対に上手くやってみせます。一度でいいのでチャンスを与えてくれませんか」

「……君はナビゲーターの観点からみて俺の説明じゃ不十分だと言いたいのか?」

「いいえ、そういう事じゃありません。むしろ逆です」

「逆ってどういう意味?」


 ジュニアの表情がこれまでになく真剣になった。私の背筋が自然と定規でも入れられたかのように真っ直ぐに伸びる。 


「イグルーさんのナビは説明しかないんです。素敵で独創的な世界が目の前に広がっているのに、あんな真面目でお堅い授業のような説明を延々とされたら興ざめですよ。ナビゲーターってのは話術と動作でアトラクションの魅力を最大限以上に引き出してお客様に最高の時間を提供するのが仕事なんですから」


 たしかにボートから見たイグルーさんの魔工芸の数々はどれもすごくてワクワクが止まらなかった。

 しかし、何かが圧倒的に欠けていた。それは間違いなくナビゲーターの楽しませようという気持ちだと思う。


「私がイグルーさんのボートに乗っている時、見飽きる程乗ったドゥリームクルーズの方がまた乗りたいと思いました。だってあっちには素敵な先輩ナビゲーター達がいるから。一人一人がまったく違う表現方法で、それぞれのドゥリームクルーズを演出してくれるからです。魔法なんかよりももっと世界をキラキラしたものにしてくれるからです!」


 ……あちゃあ、勢いにのって言い過ぎちゃったかなぁ。ジュニアは絶賛難しい顔継続中だ。更にオプションで腕組みまで追加されている。


「一度だけだよ」


 え、今何か言った?


「聞こえなかったのか? 一度だけならチャンスをやると言ったのだが」

「き、聞こえてますよ。いやまさか了承してもらえるとは思わなかったので……」

「勘違いしないでほしいけど、俺は自分のやり方は間違っていないと思っているし、楽しさなんて必要ないぐらいに思ってる。でも君のナビゲーターとしての熱意と信念はすごい伝わった。元の世界ではさぞ優秀なナビゲーターだったのだろう。一応プロ様の意見は聞かないとね」

「あ、ありがとうございます!」


 プロといってもまだデビューすらしてないけどね。とりあえずそれは黙っておこう。


「でも、君は魔法の知識が無いのにどうやってナビをするんだ?」

「それならご心配なく。さっき見た光景、しっかり目に焼き付いてますから」


 もっとも説明はほとんど聞いてなかったから、仕組みとかはチンプンカンプンだけど、私のナビはあくまで目に映る物を更に輝かせるのが目的なので、つまらないウンチクなんて一切無しで勝負するつもりだ。


「ふーん、そうか。まぁ意味はないと思うけど頑張ってくれよ。出航は明日の朝だからね」


 ジュニアは最後に憎まれ口を叩くと牛乳を飲み干して席を立った。

 ふん、そんな事言ってられるのも明日までなんですからね。かなり予定と違う形になってしまったけど、明日ついに私はナビゲーターデビューを果たす。

 よーし、一生懸命頑張るぞ!


「あ、そうだ。君のそのジャングル探検隊みたい格好はちょっと俺の魔工芸の世界観に合わない気がする。新しい服をこちらで用意させてもらうけど、少しぐらいなら希望を取り入れるよ」

「え、あ、じゃあ……ヒラヒラなお洋服でお願いします!」


 しまった、勢いで言ってしまった。ボートに乗ってる時に着てみたいとは思ったけど衣装にするのはどうなの。ていうか、どうせ却下されるよね。


「ふーん、そういうのがいいんだ。了解、検討してみるよ」


 しないんかーい!

 検討してみるとか言いつつ、すごい乗り気に見えるのは気のせいでしょうか。

 うーん、何でも言ってみるものね。よーし、 


「あ、ついでに一つお願いがあるのですが──」


 私があつかましく要望を伝えると、渋々ながらもジュニアは了承してくれた。


「ふう、何だか面倒な事になったな。とりあえずは……君が今日寝る場所を提供しよう」


 この洋館はロビーのある本館の他に東館と西館があるらしく、私は西館の方にある客間の一室へと案内された。その部屋の扉を開けた瞬間、若干ホームシックになりかけてしまった。


「どうだい、良い部屋だろ?」

「ええ、まぁ……でも私にはちょっと豪華すぎですかねぇ……」


 なんて恐縮気味に言ってはみたけど、豪華というよりは私の趣味に合ってなくて落ち着かないっていうのが本音だ。

 ソファーは羊さん、ベッドは低空浮遊してる雲、電灯は逆さ吊りのアンコウ、机は何故かペンギンさんが手をぷるぷるさせながら支えているし、他にもあげればキリがない。全ての家具がいちいち可愛らしい。そして極めつけがピンク色のヒラヒラレースのファンシーなカーテン。ありがちだからこその破壊力。これは女子でも部屋に付けるにはちょっと勇気がいると思う。


 イグルーさんの魔工芸は素敵だけど、さすがに生活スペースにこれはちょっとどうなのよ……ああ、帰りたい。


「あのぅ、他に部屋はないんですかね?」

「残念だけど、客間は全て同じ間取りなんだよね。まぁとにかく今日はここで我慢してよ」


 私の要望はあっさり却下され、ジュニアは適当に手を振りながら部屋から出て行った。

 はぁ、まぁ仕方ないか……そんな事よりも明日の練習をしないとね。

 私は夜遅くまで無我夢中で明日のデビュー戦のイメージトレーニングをし続けた。その間、ピンクのカーテンがチラっと視界に入るたびに、私はジュニアにヒラヒラのお洋服をオーダーしたことを少なからず後悔していた……。

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