42.救いようのないアホだからこそ、人を救える事もある。 ②
「──はぁ。君は本当に救いようの無い底無しのどうしようもないアホだね。だからこそ、俺は救われたんだけどね」
「そ、それは違います。貴方を救うのはお医者様です。今すぐ、病院に行きましょう。今ならまだ間に合いますって。私が連れていってあげますから!」
と、勢いでジュニアの手を取ろうとしたところで私は躊躇した。さっきの抱きしめ合いが頭をよぎって顔が熱くなる。
「や、やっぱり、病院は一人で行ってくださいっ!」
「君の顔は、俺の作る魔工芸品よりも表現豊かだな。いいから、そこに座りなよ。ちょっとは落ち着いて俺の話を聞いてくれ」
逆に手を掴まれて引っ張られた。素敵なタンポポ椅子が沢山あるのに、何故か二人して床に座り込んでいる。うぅ、近い……、ジュニアの顔がまともに見られない。
「俺は君に言っておかなければならない事がある」
「な、何でしょうか……?」
顔を見なくてもジュニアが真剣だというのが口調からヒシヒシと伝わってくる。私は悟った。これからとんでもない爆弾発言が彼の口から飛び出すということを。
「俺は実は……君に負けずとも劣らないアホなんだ」
「はい、そうですか…………はぁ!?」
うん、ある意味爆弾だ。爆発するのは私の怒りだけど。
「何ですかそれ。天才魔工芸師の貴方がアホ? 馬鹿にしてるんですか? アホを馬鹿にしてるんですか? ジュニアさんが嫌味ったらしいのは今に始まったことじゃないですけど、さすがにそれは失礼すぎます。謝ってください!」
「いいや、俺はアホだ。とは言っても、俺の言っているアホとは、普段の君の突拍子もない言動のようなそれを指しているわけじゃない」
さすが天才は言う事がいちいち回りくどい。今の体調で哲学的な話とかされると3秒で寝る自信がありますけど、大丈夫でしょうか。
「俺が言ってるアホとは、君のナビゲーターとしての生き様さ」
「ちょっと、それは聞き捨てなりませんね。私の事はいくらアホアホ言ってくれても結構ですけど、ナビゲーターという仕事を悪く言うのは許せませんよ」
一気に目が覚めた。腕組みをして徹底抗戦の構えを取る。それに対してジュニアからは全く戦う意志が感じ取れない。
「そういうつもりで言ったわけじゃない。それより、君がナビゲーターをする目的って何だい?」
「それはお客様の見る世界をキラキラと輝かせて心からアトラクションを楽しんでもらうためですって何度も言ってるじゃないですか」
「そう、それだよ。君は他人のために必死になれる。自己犠牲ができるアホなんだよ。そして俺もまた、他の魔工芸師なんかのために展示場なんてやってるアホだ」
「じ、自己犠牲だなんてそんな大層なものでは……」
そんな風に考えたことは一度もなかったし、実際言われてみてもピンとこない。だってナビゲーターに限らず、テーマパークの従業員は皆、お客様に楽しんでもらうために一生懸命な人がほとんどなわけで。
「君のいた環境ではそういうのが当たり前だったのかもしれないけど、俺がいる魔工芸師の社会っていうのは、周り全員がライバルの激しい競争社会だ。そんな中、こんな辺鄙な地でライバルに塩を送っている俺は、他の上位魔工芸師から変人認定を受けて笑い種にされてるってわけ」
「そんな、ひどいですよ。ジュニアさんは必死に頑張っているじゃないですか。少なくとも、ここに来る人達はとても感謝していますよ。私がナビゲートをできるのだって貴方のおかげなんです」
そんな私の異議をジュニアは軽く笑い飛ばす。
「ははは、いいんだよ。俺自身、何やってんだろって思ってたからさ。勢いで本気の奴の味方になってやるって大勢の前で啖呵切ってしまって、そのまま1年近くもこんな事をしてきた。まぁ本気でそう思ってたから苦痛でもなんでもなく本気でやってこれた。けど、本当に俺のしてる事は正しいのだろうかって疑問に思い始めてたんだ。その時、君がここにやってきた」
「そして、展示品をキラキラにさせるとか訳のわからない事を言い始めた……?」
「ああ、最初は何を言ってるんだこいつはと思ったんだけどさ。君の眼からは一切冗談っぽさを感じる事ができなかった。だから試させてもらった」
最初のナビゲート。あの黒歴史が頭に思い浮かびそうになった瞬間、頭を左右にぶんぶんと振ってそれをかき消す。その頃ジュニアは、空を見上げてバッチリとあの時の私の失態を脳内再生しているようだった……。
「あの時の君は本当にひどかった。俺の展示品に大げさに驚いてみせたり、変な発言をしたりしては無視されて、勉強中じゃない俺でさえ目を背けたくなる内容だった」
「ちょっともう! 気にしてるんですからそれ以上は思いださせないでっ!」
私はジュニアに襲いかかろうとしたが、頭を右手一本でガッシリと押さえられ、彼の体に到達できずに手をジタバタとするばかり。くぅぅ、8歳のくせに力は立派な大人の男性だ。
そんな状態のまま、ジュニアは構わず話を続ける。
「でもね、実際は目を背けるなんてできなかった。やり方はどうあれ、君は本当に俺の展示品の魅力を引きだそうと一生懸命だったから。そして極めつけは君が力尽きる前に言った言葉だよ」
「ん? 私、何か言いました?」
私はピタっと手を止めて引き下がる。
どうしよう、全然思い出せない。ジュニアが眉をひそめて不満そうにしている。
「言ったじゃないか、『私のナビは嫌いになっても、イグルーさんの魔工芸は嫌いにならないでください』って。覚えてないの?」
「……あー、そういえば言いましたね。それが何か?」
「俺はそれで君が自分と同じくらいのアホだと確信した。俺の他にも他人のために本気な奴がいるってわかって、何だか救われた気分になったんだ。だからこそ俺は、まだまだここで本気の奴の味方でいようって気持ちになれた。全て君のおかげだよ」
「ど、ど、どういたしまして……!」
言えない。あの言葉は某アイドルの引退演説をパクりましたなんて口が裂けても言えないよ……。
でも、あの言葉は本心だ。私はジュニアの独創的な展示品の数々が本当に大好きだ。ナビゲーターだからとかではなく、純粋にお客様達にももっと好きになって欲しかった。嫌いになって欲しくなかった。その気持ち、ちゃんと彼に伝わってたんだ。
……ジュ、ジュニアあああああああああ!
「ええい、だから抱きつこうとするなと何回言えばわかるんだっ!」
「す、すみません……」
今度は手でなく足で止められた。
「……とにかく。俺が言いたいのは、アホ同士難しく考えるのはやめようって事さ。年下の俺が言うのも変な話かもしれないけど、歳を気にするのはもうやめないか。俺はもう君を年増って言わない。だからそっちも俺をジュニアって子供扱いするのはやめてくれ」
「え、いや、別に子供扱いしてるわけじゃないんだけど……」
あくまでマフィアの息子って意味だったのだけど、どうやらジュニアには子供という意味合いで伝わっているみたいね。
「え、俺が子供っぽく見えたから初対面でジュニア様とか言ってきたんじゃないの?」
「あー……えっと……そう……です……」
そういや私、マフィアの若頭って何て呼ぶのか考えてて、ついつい話しかけられた時にジュニアって言っちゃったんだよね……。
説明するのも面倒だし、ここは一つ話を合わせてみた。
「よかった。もし伝達ミスとかだったら、俺が勘違いで腹立てて、この世界の年齢と寿命について教えなかったって事になるからね」
「はい? そういえばアエリオ君に聞くまでそこの事について全く聞かされてませんでしたけど……それだけの理由で黙ってたの!?」
「それだけっていうけどね。君は初対面で突然子供扱いしてきた同年代ぐらいにしか見えない相手に、年齢の話をしたいと思うのかい?」
「……いいえ、思いません」
意地っ張りなところのあるジュニアなら尚更でしょうね。つまりはあの最初の失言さえなければ、もっと早くにこの世界の寿命について知れたわけで、もしかしたら最初のナビゲートでも何かしらの対策を立てれたのかもしれない。口は災いの元っていうのは正にこのことね……トホホ。
「それで、俺の提案に乗るの? 乗らないの?」
「いいですよ。正直8歳とか言われても、実感わかないですもん」
「わかった。じゃあそういう事で、改めてよろしく、ユイ」
ドッキーン! 心臓バクバク!
お、落ち着くのよ、結衣。今までだって同級生の男子に何度でも下の名前で呼ばれてるじゃないのよ。平常心だ。気分を落ち着けて返事を返すのよ。
「──こちらこそ、よろしくお願いします。イ……イグルー……さん」
「おいおい、さんは付けなくていいよ。あと敬語もね」
「そ、それはできません! 何故なら貴方は私の雇い主ですからね!」
これが今の私の精一杯なのよl!
「ふむ、確かにそれもそうだね。じゃあ雇い主としても一言。これからはもっと質の高いナビゲートを頼んだよ」
「はい、もちろんです! 半年間、全力でがんばりますよ。あ、でも、それ以降も帰る方法がわかるまでは給料次第では働いてあげてもいいですよー」
「は? 何で半年間なわけ?」
「何でって、さっきナビゲーターとして正式採用するご褒美に借金の期間を半分にするって、イグルーさんが言ったじゃないですか」
「……まったく、君はそういうのだけはしっかりしてるな」
ふふん、渡る異世界も金次第ってね。
「でも残念だけど、君の借金の返済は半年じゃなくて1年半だ」
「え……ええええええええええええええ!?」
私は驚きのあまり立ち上がり、ジュニ……イグルーを鬼の形相で睨みつける。
「一体どういう計算すればそうなるのよ! 半分どころか増えてますけど!?」
「いいや、ちゃんと半分にしたよ。3年の半分は1年半。合ってるだろ?」
「合ってない! 計算以前に元の借金の期間が合ってなあああああああああああああああい!」
私が獅子のごとき雄叫びをあげると、イグルーは耳を塞いで嫌そうな顔を浮かべる。
「うっるさいなぁ。そんな大声出さなくても聞こえてるよ」
「聞こえるなら、私が納得のいくわかりやすい言い分の一つも言ったらどうですか!」
「タックル2発4ヶ月。パンチ連打7ヶ月。職場放棄1年」
「な……なななな!?」
わ、わかりやすい……。
文として色々と欠けているのにとてもわかりやすい……!
そして、わかりやすいほどにボッタクリだ……!
「君は雇い主に対して何度も暴力をふるったばかりか、最後の展示品のナビゲートを無許可で俺に丸投げした。クビどころか牢屋に放りこまれても文句は言えない。そうされないだけでも、有り難く思うべきだと俺は思うね」
「うぎぎぎ……。それについては反論できません。ですが、それじゃあ1ヶ月分、計算が合いませんよ」
全ての罪状合わせて1年と11ヶ月。私はアエリオを売ることで、前に延長された1ヶ月分をチャラにしてもらったので、全て合計すると2年と11ヶ月のはずだ。その半分だと1年半にはならない。
「ああ、残り1ヶ月分は君に頼まれた空飛ぶ黒板の改造費だ」
「ちょ、ちょっと待って。あれは無料でいいって話じゃ……」
「ユイ、君はさっき俺に抱きついたよね?」
「え……は、はい。抱きつきましたけどそれが何──」
ま、まさか、この男……あの時の……!
「どうやら気付いたようだね。俺はあの時言ったはずだ。抱きつかないって条件を飲めるならってね」
「そ、そんな! あれは昨日の話で、今日のことは関係ないでしょ!」
「俺は期限なんてつけた覚えはない」
ぐううう、なんと卑劣な……!
あ……あ……あ……アンタなんてやっぱりジュニアよ! 私の心の中では一生ジュニアなんだからああああああああ!
……あ。もうダメ。もう限界──。
「お、おい! 大丈夫か!」
ナビゲートでの疲れ。死に物狂いで泳いだ疲れ。一喜一憂の連続からの疲れ。様々な疲れが溜まりに溜まった私は、その場に倒れてしまい、だんだんと意識が遠のいていく──。
「おい、ユイ! しっかりしろ、ユイ! ──アエリオ、まだいるならちょっと来てくれー!」




