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40.これが私の、私とジュニアのナビゲート!

この話の後半部分はイグルー視点の三人称となっています。

「ユイさん、さっきから貴女は先生風吹かせて何を言っているんですか?」

「何って、私は質問されたことをイグルーの失敗談を交えて──」


 私の発言を、アエリオが前の席を力強く叩いて遮る。


「それですよ。何ですか、その失敗談って。黙って聞いていれば次から次へと……天才であるイグルーさんが失敗なんかするはずがないでしょう!」


 なるほど、そういう事ね。やはりアエリオはジュニアの事を失敗なんてしない天才魔工芸師だと思いこんでいるのね。いいよ、お姉さんが貴方を夢から醒ましてあげる!


「自分の尊敬する人が失敗ばかりしてるなんて信じたくもないでしょうけど。これは現実なのよ」

「嘘だ! じゃあ、あの魔工芸品にも失敗があるとでもいうのですか!?」


 アエリオから受けた挑戦状。その舞台に選ばれたのは氷の大地で舞い踊るダンサーの動きに合わせて複数のオーロラが優雅に空を駆け巡るといったものだ。とても美しいのだけど、そのシンプルさからか生徒達からの質問は一切無かった。アエリオもそれを承知でこれを選んだのだろう。でもね、こういうシンプルなものほど苦労話があったりするのよ。


「あるもなにも、イグルーはこれを作るのにかなり苦戦してるのよ」

「う、嘘だ!」

「嘘じゃない。何故これに苦戦したかというと……イグルーはリズム感があまりよろしくないのよ!」

「リ、リズム感……!」


 予想外の返答にたじろぐアエリオ。そして予想通りに殺気を投げつけてくるジュニア。無視無視。


「あの踊り子のダンスとオーロラの動きは連動させると制御が複雑になりすぎるから、実は別制御なのよ。そうなるとダンサーと複数のオーロラの動きを完璧に合わせるのはリズム感がないと無理に近い。そしてイグルーは苦戦した挙句、私に手伝ってと泣きついてきたのよ!」


 何を隠そう、私はドゥリームランドのパレードで怪我したダンサーの代理を勤めるぐらいにダンスが得意なのだ。えっへん、まいったか。


「う、嘘だ……、僕の尊敬するイグルーさんは天才なんだ。天才は失敗なんてするはずないんだ……」


 まったくもう、どこまでもしつこい男だよ、アエリオは。はっきりとは言わなかったけど、これまで何となくは伝えてきたつもりなのだけど、やはりこういうしつこい男にはハッキリ言ってやらないとダメなようね。


「勘違いするのもいい加減にしなさいよ。貴方はイグルーが何故天才なのかが全くわかっていない」

「ふん、どうせイグルーさんだって努力してるって言いたいんでしょ? わかってますよ。イグルーさんは努力を重ねた結果、失敗せず完璧な魔工芸品をどんどん生み出す上位魔工芸師になれたって事ぐらいね!」

「違う! イグルーは今でも努力の人だ! まだ気付かないの? 彼はあんなに沢山の失敗をしているにも関わらず、たった一週間でこれだけの展示場を作ったんだよ?」


 アエリオは何かに気付いたようで、アッと小さく声を漏らす。


「気付いた? イグルーが天才と言われるのは、失敗を繰り返せるだけの強大な魔力を持っているから。そしてその失敗を成功に繋げるための努力をできるから。真の天才ってのはね、失敗を許された者の事をいうのよ!」

「そ、そうか……。確かに失敗を繰り返すなんて凡人の僕には絶対にできない。そんなとんでもない事を平然とやってのけるイグルーさんはやっぱり天才だ!」


 ボート中で沸き起こる拍手。それはもちろんアエリオでも私にでもなく、天才魔工芸師イグルーに送られたものだ。当の本人は照れながらもどこか腑に落ちないといった様子だ。そりゃ失敗の天才って言われても何だか微妙だよねぇ。まぁでも、それだけ生徒達にとっては失敗って重大な問題って事なんだよね。だからこそ、人の失敗を知ることは絶対に彼らのタメになったはずだ。私は胸を張って言える。今回のナビゲートをやってよかったと!

 まぁ、失敗以前に資金の問題ってのが、我が生徒達には常に嫌でもつきまとうわけですが、それはさすがに頑張ってとしか言えないよね……。


 何はともあれ、私はボートの乗客全員の世界をキラキラに──いやまだだ。まだ一人だけキラキラしていない奴がいる。それは我がクラスの副担任であるイグルー先生ことジュニアだ。彼の世界もキラキラにしないと、このマジックルーズが成功したとは言えない。

 でもはっきり言って、私のナビゲートでは絶対にそれは不可能だ。だからといって、策がないわけではない。私にできないなら、他の人にやってもらうまでだ。


 惑星郡を抜けたボートはしばし光の球体以外は何もない空間を遊覧している。

 私は待つ。その時がくるのをじっと待つ。


「──な、何だ!?」


 来た! 

 小悪魔の時と同じで、急に周囲の光の球が全消灯した。

 一応驚いてみたけど、私は知っている。もうすぐ私の秘策を遂行するのを手伝ってくれる救世主が現れる事を。


「皆! 前から何かがくるぞ!」


 前方にぽつりと出現した小さな光。それは時間ととも次第に大きさを増し、最終的には──


「ぎゃああああああああ、グリフォンだああああああああああ!」


 光の正体は、神々しく輝くグリフォン。鷹とライオンが合体した伝説の生物だ。以前の海竜といい、このグリフォンといい、ジュニアは最後の展示物だけはデカくてカッコイイ生物じゃないと気が済まないようだ。

 

 グリフォンはボートから2メートル上ぐらいの高度を保ち、こちらに猛スピードで突っ込んでくる──透明ボード君、出番だよ!


「ぎゃああああああああ、誘拐されるううううううううう!」


 私は透明ボード君のボードを水平に倒し、そこに足をかけて叫びながら勢いよくジャンプ。手を伸ばして見事にグリフォンの足をキャッチ──できない!? 高度は十分だったのにタイミングが合わなかった……で済ませるかああああああああ!


「うおおおおりゃああああああああああ!」


 私は空中で無理矢理上半身をエビ反らせて気合でグリフォンの足、ではなくて尻尾をギリギリ掴む。

 見たか! これぞ私の真・必殺技『ジャンピングイナバウアー、キャッチ・ザ・グリフォンの尻尾(即興)』よ!

 などと、キメポーズを決めている暇はない。私は急いでボートでポカーンとしているジュニアに向かって、


「後の事はまかせましたよ! 大丈夫、私の生徒達は皆、貴方の声が大好きだあああああああああ!」


 と言い残し、グリフォンと共に魔法次元空間の奥底へと去っていった。

 …………私、ちゃんと帰れるよね?





     ※    ※    ※





(──あいつはアホか? いや知ってる。あいつはアホだ。あいつは底無しのアホだ。あそこまでアホな奴はこの世界には絶対に存在しない。あいつはすごいアホだ。人を巻き込む災害のようなアホだ)


 あそこまでダイナミックな職場放棄はシージナイジ王国史上、類を見ない偉業だろう。グリフォンに自主的に誘拐された結衣に対して、イグルーは呆れを通り越して尊敬の念すら抱いていた。


(とりあえず、あいつにはご褒美として減給一年分を贈呈するとして、俺に一体この状況をどうしろというんだ……)


 ボートに取り残されたイグルーは、否応無しに乗客全員の視線を一手に請け負うハメになってしまった。先日、結衣からボートに添乗して欲しいという相談を受け、半ば強制的に承諾させられた時から嫌な予感はしていた。が、まさかナビゲートの、しかもメインディッシュのナビゲートを丸投げされるとは夢にも思っていなかった。


「あ、あのー、イグルーさん? 質問よろしいでしょうか……?」


 ボート内の静寂を打ち破ったのは、アエリオだった。結衣の滅茶苦茶っぷりを知っている彼は、おそらくこの一連の流れは、全て彼女の打ち合わせ無しの暴走だと理解してくれているだろう。それを踏まえた上で、助け船を出してくれたのだ。しかし、イグルーはその好意を素直に受け取る事ができない。


「すまない。ちょっと待ってくれないか……」


 別に普通に会話したり、結衣に対してくだらない質問を投げかけるだけなら、声のコンプレックスをあまり気にせずにできる。だけどやはり、注目を浴びている状況で喋れと言われたら、どうしても過去のトラウマが脳裏をよぎる。自分の声の急な変貌に怯えるお客達、泣きわめく子供達、あの地獄絵図を思い出すと、どうしても躊躇してしまう。

 

 そもそも、そう簡単にできるなら初めから声を借りての説明なんてやってないわけで、こうならないためにもあんな得体の知れない騒がしい女を雇ったのだ。


(自分の成功だけを考えていればいいのに、とんだお節介女だ)


 結衣に対して、心の中で何度も舌打ちをする。腹がたって仕方がない。何よりもムカつくのが、いつまでも昔の事を引きずってウジウジした挙げ句に情けをかけられてしまった自分自身だ。


 あのナビゲーター馬鹿が、途中でナビゲートを放棄するなんて考えられない。彼女はお客達だけではなく、イグルーの世界までもをキラキラにしようと考えた。それが叶ってこそ、このマジックルーズ初出航が真に成功したと言えるのだろう。だからこそ、全てをイグルーに託した。彼がここでアエリオの質問に答えられなかった時点で、今回のナビゲートは失敗の烙印を押されてしまう。彼女がここまでやってきた頑張りは全て無駄になってしまう。


(……やればいいんだろ。俺を誰だと思っている。これぐらい毎週のように死にもの狂いで、こいつらが納得するような新しい魔工芸品を作り続ける事に比べたら、楽勝なんだよ……)


 イグルーの眼にはもはや迷いはない。彼は颯爽と歩きだし、舵の前まで来ると華麗に振り返ってお客達と対峙する。そしてアエリオを指さしながら口を開く。


「アエリオ、待たせたね。質問どうぞ」

「は、はい! それでは、さっきのグリフォンが持っていた光の球体なんですが──」


 なんだそんな事か。開発者のイグルーからすればアエリオの質問は他愛もない事だった。しかし彼は丁寧かつ、わかりやすく、さらには質問の内容を掘り下げて、もっと詳しく、もっと深い知識をアエリオだけではなく、お客全員に伝えた。ただ横で見ていた結衣と、実際に悩みながら作りあげたイグルー。あまりにもその知識の濃度には差がありすぎた。お客達はイグルーの話に息をするのも忘れて夢中になっている。


「──というわけだ。納得できたかい」

「……は、はい! とても勉強になりました!」


 イグルーの話がもう数秒長ければ、ここにいる全員が呼吸困難で倒れていただろう。彼らは助かったといわんばかりに大きな深呼吸をした。


(どうだ、見たか。俺の方があんな騒がしいアホ女より、よっぽどナビゲーターに向いてるじゃないか)


 イグルーは一仕事終えて悦に浸っていたが、至福の一時を迎えている暇など今の彼にはない。


「おいおい、まだあるのか……」


 アエリオだけで済むはずがない。憧れの人物から直接話を聞ける貴重なチャンスをみすみす逃す手はない。ここぞとばかりにお客達はこぞって手を挙げる。どいつもこいつも眼をキラキラと輝かせて。


「ああもう、わかったよ。じゃあ、そこの君。質問はなんだ──」


 答える。結衣の数倍深みある解答をバシバシお客達につきつけている。トラウマなんてものは案外こんなものだ。勇気を出して足を踏み入れてみれば実は簡単に打破できてしまう。少なくともイグルーのそれは、そんなちっぽけな悩みだったのだ。

 でも、やはり自分だけでは絶対にこのトラウマからは抜け出せなかったと、彼は思う。不本意で仕方がないが、全ては背中を押してくれた結衣のおかげなのだ。しかもそれは今回の丸投げだけではない。


 今朝方、イグルーはアエリオを迎えに町に行ったのだが、それはアエリオをマジックルーズに招待するのだけが目的ではなかった。イグルーにはどうしても確かめずにはいられないことがあった。それは結衣が言っていた自分が町で英雄扱いを受けているという話だ。


 にわかには信じられなかった。自分のせいで賑わいを失ったはずの町が今でも活気が溢れているうえに自分を英雄視しているなどと、誰が信用できるだろうか。しかし、実際に訪れたルーザヌの町は彼女の言う通りだった。朝早いにも関わらず、市場は昔では考えられない程の熱気に包まれていた。しかも、イグルーを見かけた住民達が気さくに話かけてくるのだ。


 状況が飲み込めなかったイグルーは、アエリオに話を聞いたのだが、その内容は自分が今まで思い描いていた町の現状とはまったく逆だった。彼が言うには、イグルーが展示場を始めて観光客を集めたおかげで、たしかに町は賑わったが、態度の悪い客も多くて住民は迷惑をしていたそうだ。


 しかしイグルーがそんな観光客を追い出してくれたおかげで、態度の悪い客は消え、本当に町の事を気に入ってくれた良客や商人だけが残ったという。それに加えて、イグルーに魔工芸制作を依頼するために訪れる大金持ちなどが町に寄ったついでに大量に買い物をしてくれたりするので、町は多少だが前よりも裕福になっているらしい。なので、イグルーは町の英雄だそうだ。

 

 その話を聞いた彼は憑き物が落ちるように体が軽くなった。

 結衣がアエリオと出会って英雄の話を聞き、それをイグルーに伝えてなければ、彼は今こうしてお客達と向き合う勇気を持つ事はできなかっただろう。


 しかし、イグルーが結衣に助けられたのはそれが初めてではない。実はもっと前にイグルーは結衣に救われているのだが、それはまた別のお話だ。


「よーし、到着までの時間でできるだけの質問に答えてやる。グリフォンに限らず、どの魔工芸品の質問でもいいよ」


 気分の乗ってきたイグルーは自ら質問を募った。それを聞いたお客達はワーっと歓声とともに一斉に挙手をする。その手の一本一本がイグルーにはとてもキラキラと輝いて見えた。そう、結衣の思惑通り、イグルーの世界もキラキラにされてしまったのだ。


「おっと、その前にやる事があるから待ってくれ」


 そう言うと、イグルーはグリフォンの去っていった方を向いてそっと右手をかざす。目を瞑って手に魔力を集中させると、右手の平がほのかに光る。それは遙か遠方にまで飛んでいったグリフォンへ魔力を送る行為だった。


(ふん、職場放棄した罰だよ。せいぜいグリフォンと楽しい空の旅でも満喫するんだね)


 その後、イグルーはボートが船着き場に到着するまでの間、お客達の質問に答え続けた。

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