39.これが私の、私だけのナビゲート! ④
さて、小悪魔ゾーンを抜けたのはいいけど、ここからが問題だ。勝負の行方はこのインターバルにかかっている。
「次の展示に到着するまで2分程あるので、今の内にできるだけ説明書を読んでおくのよ。そうじゃないと、ついていけなくなりますからね」
次の展示コーナーは、今回の中核といっても過言ではない。それだけ濃い内容となっている。その分、ナビゲートの難易度もグンっとあがるわけで、かくいう私も、脳内で展示品の情報を必死で整理している最中だ。しかし、たった2分程度でまとまるはずもなく、考えの半分以上がふわふわしてる状態で、その時がきてしまった。
「──さぁ、ついにおでましだ。イグルーワールドをふんだんにご堪能あれ!」
と言ったものの、本当にあまるほどたくさんあるから困る。
ボートが進入したのは、何十という数の惑星からなる非常にスケールのでかい惑星群。のミニチュアで、惑星一つずつの大きさはごく一般的な一軒家ぐらいしかない。それら全ての惑星には、それぞれテーマの違う展示物が展示されている。早い話が、宇宙魔工芸品博覧会といった感じかな。
これよりボートは速度を落として、全ての惑星を様々な角度から見渡せるようなルートを辿る。それを2週ほどする予定なのだけど、はっきり言って、その程度じゃこれら全ての魔工芸品の仕組みをじっくり学ぶなんて不可能に近い。惑星一つずつにいくつもの失敗談があるのだから……。
一応ジュニアにその旨を伝えたけれど、『一度で無理だったら、また来ればいいだけの話だろ』の一点張りで、相手にされなかった。
これが普通のテーマパークならば、リピーター客を増やすという意味でも間違いじゃない戦略だけど、一週間でリニュールアルするアトラクションでする事は決しやってはいけないと思うの。
しかしやってしまったものは仕方がない。私のやるべき事は、生徒達に膨大な失敗談の中から、少しでも有益なものを提供する事だ。本当は昨日の夜のうちに選んでおくつもりだったのだけど、不覚ながらもオーバーヒート状態になってダウンしてしまった。とにかく、決まっている分だけでも素早く教えていくしかない。
そう決心して、手始めに入り口付近の惑星のナビゲートをしようとした瞬間、私は信じられないものを目の当たりにした。
生徒が手を挙げている。アエリオでもなく、ジュニアでもない。手を挙げているのは、3列目の右端に座る小太りの青年だった。少しオドオドしてはいるものの、好奇心いっぱいといった感じの良い表情をうかべ、眼を……眼をキラキラと輝かせている……!
「えっと、じゃあ……そこの君、質問かな?」
青年は素早く起立をして答える。
「はい、そうです。あそこで決闘している犬と猫ですが、犬の方はあんなに重装備なのに、猫は何故素手で闘っているのでしょうか。不利なのでは?」
生徒が指をさした先の惑星では、コロシアムのような場所で犬と猫の決闘が始まっていた。犬は右手に剣、左手に盾を持ち、物々しい西洋風の兜と鎧を装備している。それに対して、猫は裸一貫という漢っぷり。一見、いじめのようにも見える状況ではあるけど、実はそうじゃないの。
「あれはれっきとしたハンデだ。ネコらしい動きをするケットティの魂と、犬らしい動きをするケルペロン。正々堂々と闘わせるには力が違いすぎるのよ。試しに猫にも持たせたら、数秒で犬はミジン斬りにされてしまったのよ」
質問に答えた直後、犬の猛攻を巧みに交わして背後を取った猫の殺人チョップが、兜と鎧の合間をぬって犬の首に直撃する。しかし、犬は首にプロテクターをつけているので、気絶を免れて闘いは続行される。
「今回は惑星群を2週するつもりなので、早期に決着がついては困る。なので、犬と猫の動きのクオリティはそのままで、試合が長引くように何度も失敗しながら調整したわけだ。でもこれは八百長じゃないので、そこのところはヨロシク!」
「なるほど、両者の動きにこだわりを持ったままバランスを調整した結果なのか……よくわかりました。ありがとうございます」
青年は納得をしてくれたようで、丁寧なお辞儀をして静かに着席をした。それがスイッチであったかのように、別の生徒が手を挙げる。今度はひょろひょろ眼鏡君と真ん中分けの中年だ。どちらも好奇心からか、眼をキラキラとさせている。
「じゃあ、眼鏡の君からどうぞ」
「はい! ワタクシはあの映像が映っているお花畑の惑星についての質問であります!」
お次のお題は、表面でアルバリオン主演のショートムービーが放映されている荒廃した惑星ね。あれは少し離れた場所から映写機の魔工芸品を使用して映している。ムービーの内容はアルバリオンが手の中から花束を出す手品を延々とするだけという、実につまらない内容なのだが、ジュニアがそれだけのものを展示するわけがない。
実はこれ、アルバリオンが花束を出した瞬間、映像と同じ色の花が、荒廃した地面から急に咲き誇るのだ。数秒すると、それはまた地面の中に引っ込む。そしてアルバリオンがさっきと違う色の花束を出すと、それと同色の花が再び惑星全土に咲き誇る。シンプルだけど、女性が喜びそうな演出よね。プロポーズの時にでもどうぞ。
「あの花達は毎回引っ込めなくても、手品をするたびに花の色を変えるだけではダメなのでありますか? 引っ込めたほうが映像と合っているというのは理解できるのですが、少し効率が悪い気がするであります」
「それならイグルーも考えたわよ。でもね、毎回上書きで変色していると、どうしても花が劣化してしまうの。なので何回も失敗と試行錯誤を繰り返した結果、一回ずつ引っ込めて作り直そうって結論になったの」
実はあの惑星の中にはガイコツさんが5人ほど入っていて。せっせと花を作る内職に励んでいるのだ。どうも、お疲れ様ですっ!
「くっ、そうか、劣化するのか……。無理だ。今のワタクシではこれを再現する事はできない……」
「お客様に最高品質を届けるためには、時には効率を捨てる勇気も必要なんだ。今はそんな余裕ないかもしれないけど、心の片隅にでもとめておきなさいな」
「はい! 今は技術も資金力も足りないですが、いつかはこんな素敵な魔工芸品を作れるように頑張ります!」
うんうん、それでいいんだよ。失敗しない秘訣は自分の力量を見極める事だからね。ジュニアの失敗談から、できる事できない事を冷静に分析してくれたら、こちらとしても狙い通りって感じかな。君達は絶対に自分の非にまったく気付かず、ひたすら笑いを取りにいっていたどこぞのお馬鹿なナビゲーターみたいにはなっちゃダメだぞ!
「さて、次の質問者は──だ、誰だっけ……?」
べ、別にアルツハイマーとかそういうのじゃなんだからね。ただちょっと、挙手してる人が多すぎるだけなんだからね!
一瞬何が起こっているのかわからなかった。ボートを埋め尽くす挙手の嵐に、私はすっかり圧倒されてしまった。生徒のほとんどが挙手をして、眼をキラキラとさせて知りたいオーラをばんばん私にぶつけてくる……。
──だめだ、しっかりするんだ。今私がすべき事は感動する事じゃない。限られた時間で少しでも彼らの質問に答えるんだ。
「えっと……さっき挙手してたのってそこの真ん中分けの君だよね。質問どうぞ」
「はい。自分が気になったのはあの水の惑星で演奏をしている水中合唱団なのですが、少し音質が悪いような気がして……」
「あれは水中で無理矢理に音を出すために施しているコーティング魔法の出力を上げればいくらでも綺麗になるが、そうすると長時間の演奏に楽器が耐えられない。あれはいくつも楽器を壊した上で見つけたギリギリの妥協点だ。無駄に楽器を壊したくなければ、最低出力からどんどん上げながら調整する事を強くオススメする。さて、次は──」
質問に答えられてホッと安堵の溜息をつく暇もなく、次の質問が襲いかかる。私は持てる知識をフル活用して立ち向かう。
──すごい。いくら答えても次から次へと挙手が止まらない。それも全てジュニアのおかげだ。彼が趣味全開の魔工芸品作成にこだわりを持って全力で挑んだからこそ、彼らの知的好奇心をくすぐるような数々の素晴らしい失敗が生まれた。
「あそこで使用している木材が、最高級のヘリプルの木ではなくて、格安のユークロの木なのは理由があるのでしょうか」
「大アリだ。時に最高級とは周りから浮いてしまうものなのよ。それにユークロは加工がしやすくて複数のマナにも耐えれるだけの耐久性を持っている。これぐらいは基本だ!」
この世界に名を残すというのが、どれ程厳しいイバラ道なのかは私には想像もつかない。でも貴方達みたいに必死に頑張っていても中々成果が上がらない人が他にも沢山いる事ぐらいは馬鹿な私でもわかる。でもここにいる人達は、他のそういう人達よりも幸せだ。
「あの可愛すぎる兵士達は売れますか?」
「売れん! 真似するな! 人のフリ見て我がフリ直せだ!」
だって、貴方達にはジュニアがついているのだから。失敗できない皆の代わりに失敗してくれるジュニアがいる。私はその橋渡しを全力でするだけだ。
「あの惑星でお手玉をしているゴーレムですが、なぜロッキンの魂ではなく大人しいヒッキーコの魂を使っているのですか?」
「あんな巨大な奴にロッキンなんて言語道断! 惑星を投げつけられて死ぬ思いをしたくなければ、絶対にやめておけ!」
聞け、私のナビゲートを!
学べ、ジュニアを与えてくれる失敗という名の貴重な知識を!
答える。生徒達が聞いてくる限り、私は答え続ける。
──はい、そこのノッポ君。
──次は耳がひょこひょこ動いてる貴方。
──ジュニアはスルーして、そこの筋肉質の君。
──どっちにしようかな……じゃあそっちのユー。
──ジュニアはいい加減に空気よめ! はいそこ。
──ふう、さすがに疲れた。
ボートが2週目の終盤にさしかかった頃、私も皆もヘロヘロになっていた。生徒達は、この短時間でいっぱい知識を詰め込めて満足といった顔をしている。……ただ一人の生徒を除いてはね。
「えっと、もう質問ある人はいないかな? それだったら次の展示品までは──」
「待ってください。最後に僕から一つ言わせてください」
「……どうぞ」
ついに来たわね。皆が必死で質問をしている中で、唯一不満そうな顔をしていた大ボス。私が貴方を絶対にキラキラした眼にしてみせる。かかってきなさい、アエリオ!




