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38.これが私の、私だけのナビゲート! ③

「……イグルーさん。質問どうぞ」


 どういうつもりなのよ。質問なんてないでしょ、ここを作った張本人なんだから。貴方にわからない事が私にわかるわけじゃないでしょ。一体何が目的なのよ……などと、私が思うとでも思っているか。


「君がさっきからボードに描いているラグガキは必要あるの? そんな不明確な絵を使っての説明はお客に間違った知識を──」


 言うと思ってたわよ。くらえ、チョークボンバー!


「ぐべぇ!?」


 ふふん、額にビンゴ。


「これはあくまで演出だ。こんなものを見てる暇があったら、私のナビに集中しろ!」


 更に理不尽口撃で追い打ちをかける。物理と精神の両方を攻められたジュニアは、完全にふてくされてそっぽを向いてしまった。


 あー腹立つ。何がムカツクってジュニアに手助けをされてしまった事だ。

 生徒達はここに来て質問した経験なんてないだろうから、もしする気があったとしても躊躇してしまうのは当たり前。だからジュニアは率先して挙手をして、くだらない質問をする事によってハードルを下げてくれたのだと思う。すぐにとはいかないだろうけど、これで少なくとも一人はそのうち質問をしてくれるだろう。しゃくに障るけど、ここは好意として受け取っておきましょう。

 

「らーらららーらららーらら、らら、ららら──」


 お、始まった。

 周囲の人魚達が一斉に綺麗な歌声を奏ではじめた。透明感があって人魚なのに天使のようだ。少しのズレも、雑音もない完璧な合唱は、とても迫力があるのに癒しもあり、心にダイレクトに感動という名の音色を響かせてくる。非の打ち所がない。さすが……私!


「どうだ、心が洗われるような素晴らしい合唱だろう。実はこの声は実際に私が歌ったのを音石に録音してから魔法の力で加工をしているのだ」


 加工率はなんと、驚異の99パーセント!


「いやぁ、らららーしか言ってないのに結構難しくて、先生何回もやり直しさせられてしまったよー、ははは!」


 ……うん、誰も聞いちゃいない。そうだよね、私の歌の話なんてどうでもいいよね。知り合いであるアエリオまでが完全スルーするぐらいどうでもいいよね。一番奥の席のジュニア君、ザマァミロと言いたげにほくそ笑むのを今すぐやめなさい、この野郎。くそう、腹立つ。


「お前達! いつまでこんな歌を聞いているつもりだ。そんな事よりも水面に注目しろ!」


 私はキレ気味に水面を指さす。歌声に気を取られている間に、ボート周辺の水面がブクブクと泡だっている。


「別にこれは沸騰しているわけではないので、人魚達は平気だ。お前達は余計な心配しなくていいぞー」


 もっとも、最初から誰も心配なんてしてないようだけど。生徒達は皆、水面の泡立ちを食い入るように見つめている。

 泡立ちはどんどん激しさを増していき、泡同士がぶつかり融合し、大きな泡を作っていく。そしてそれは最終的にボートを完全に覆い尽くす一つのシャボン玉へと変貌していった……。


「ららるらーらーらー! らららるらららー!」

 

 人魚達が最後に力強い叫びのような歌声を奏でると、ボートが泡ごと浮かび上がっていき、川がどんどん小さく見えていく。


 ところで先程の人魚の歌声だけど、実はあれはただの演出で、水面が泡だったのも、ボートが浮かび上がったのも、全く無関係だ。でもどうせ説明書に書いてあるだろうし、別に言わなくてもいいよね。


 それより私は、トラウマのせいで著しく体調が悪化してきたのを抑えるのに必死なのだ。実は私、このシャボン玉のせいで一度死にかけているんだよね。というか、次の展示品はやく出てきてよ。ああ、何だか息苦しくなってきた気がする。ここからはちょっと声を張り上げずに静かめでナビをしていきましょう……。


 私の願いが届いたのか、それは猿みたいな笑い声と共にやってきた。


「うぃーきっきっきっきいぃぃぃぃぃ!」

「見ろ、私達を次なるステージへ運んでくれる小悪魔ちゃん達のご登場だ」


 小学3,4年生ぐらいの大きさをした小悪魔達が前方から蛇行飛行しながらやってきて、バラバラに散開して何やらフォーメーションらしきもの組んだ。


 頭からちょこんと生えた小さな角、ジグザグ矢印型の可愛らしいシッポ、一見悪そうな顔をしているけどパッチリ眼で、どことなく愛嬌のある見てくれをしている。手に持っているキャンディー、チョコレートやバナナにイチゴ、他にも見たこともないお菓子や果物等々、それぞれ先端に異なるおいしそうな物が付いているステッキが、更に可愛らしさを引き立てている。


 こんなにメルヘンチックというかファンシーな魔法人形の原動力が、あの汚らわしいロッキンの魂というのが非常に残念で仕方がない。


「ロッキンの魂は、独特な動きをしたり、遊び心溢れる魔工芸品を作るのに最適だ。しかし、お前達みたいな魔工芸ばかりやってるような奴らには知らない者も多いと思うが、ロッキンは見た目が最悪でとにかく気持ち悪い」


 一応、透明ボード君にロッキンの絵を描いてみる。こういうのだけ結構そっくりに描けてしまう自分が嫌になる。


「なので、あまりお客様にロッキンの魂を使っている事は言わない方がいい。もし、お客様がロッキンの姿を知っていたら、その魂でさえ生理的に受け付けられない場合もあるからな」


 かなりどうでもいいアドバイスをしているにも関わらず、生徒達は熱心にメモを取っている。商売に関係する情報への食いつきが良すぎでしょ。貴方達は本当に苦労してるんだね……。でもね、とても言いにくいのだけど、今回の展示物はいつも以上に実用性を考えてないのが多いよ……。 


 生徒に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、私の今の心情を現すかのように、辺りを照らしていた光る球体が一斉にその輝きを失い、ボート周辺は一瞬にして闇に包まれた。生徒達は何が起きたかわからずにざわつき始める。それとは逆に、私はホッっとしていた。やっと始まるのかと。


「うっきぃぃぃぃぃ!」

「お前達、何かに掴まるんだ!」

 

 1匹の小悪魔のかん高い鳴き声がした刹那、ボートが僅かな衝撃と共に前方に急加速した。それと同時に漂ってきた甘いニオイと共に、辺りをピンク色の淡い光が美しく照らし出す。でもこれは光る球体によるものではなく、ボートを覆うシャボン玉が発光しているのだ。泡の後方ではジェット噴射のごとく無数のピンク色に発光した小さな泡が吹き出していた。それがキラキラと美しく光る泡の道となって、シャボン玉の軌跡を幻想的に表現している。


 そして小さな泡は、いつのまにかボートを覆う泡の内部にも発生しており、それは数秒後にパチンと弾ける。その瞬間、辺りに充満していた甘いニオイは消えた。私は大きく息を吸い込み──ふう、生き返った。これでやっと思う存分声を張り上げる事ができる。

 ちょっと生徒達が困惑気味だから軽く現状説明でもしておこうか。


「説明書を見たらわかると思うが、何が起こったのかというと──またくるぞ!」


 そんな暇はこれっぽっちもなかった。ボートの進行方向を塞ぐバナナステッキを持った小悪魔がプロ野球の外国人助っ人ばりの豪快な構えからの──ジャストミート!

 

 バナナステッキでバッティングされたシャボン玉は、打たれた箇所から黄色の泡を噴射しながら後方斜め上へと進路を変えて急加速。中のボートはというと、衝撃で少し揺れはしたものの向きを変えることもなく水平を保っている。同時にシャボン玉の光がピンクから黄色へと変化してバナナのニオイが漂ってくる。さっきと同様で内部にも小さな泡が出現し、数秒後には破裂してバナナのニオイが消える。そして私は再び深呼吸をした。


「もう理解できただろうが、小悪魔にステッキで打たれた方向にシャボン玉は進む。そしてステッキに対応した色に光るわけだ。ちなみにボートは見えない魔糸で向きを固定したり、ある程度までなら衝撃を吸収できる工夫が施されているので、どれだけシャボン玉が激しく動いても大丈夫──」


 説明をし終わる前に次の小悪魔がシャボン玉の進行方向に現れ、今度はスイカステッキで前方斜め上へと打ち出し、光は赤へと変わりニオイはスイカ、数秒後には小さな泡が破裂してニオイが消える。その一連の動きをシャボン玉が繰り返しながら進んでいく。

 

 オレンジステッキで右へ。ケーキステッキで前方へ。よくわからない果物で下からの、よくわからないお菓子で前方へのコンボ。めまぐるしく進行方向をかえながら様々なニオイを楽しみつつシャボン玉とボートは小悪魔にされるがままに進んでいく。ちなみに一番最初の小悪魔はキャンディーステッキだった。


 生徒達は慌ただしく熱心に小悪魔を観察しつつ、説明書に目を通していく。その間、私は邪魔をしないように一人虚しく透明ボード君に小悪魔の絵を描いていたのだけど、どうしてもロッキンになってしまう。だれか助けて……。


「──さて、そろそろ失敗談のコーナーといきますか!」


 頃合いを見計らって口を挟んでみたのだけど……ああ、これは夢かしら。まだ失敗談を話していないのに生徒達が私の方を向いてくれた。これって私の話に興味と価値を見いだしてくれたって事だよね。

 嬉しい……感動して……ダメダメ、泣いてる場合じゃない。伝えなきゃ。私が今回のナビゲートにおいて一番伝えないといけないと思っていた、私の命を奪いかけた恐ろしいテストの話をね……。


「まずは先程説明できずにいたシャボン玉内部に出てくる小さな泡だが、あれには消臭力を付加した特殊な酸素が詰まっている。シャボン玉内は密閉空間なので、あれがないとそのうち私達は窒息死してしまうんだ」


 そう、これが小悪魔が出てくるまで私がテンションダウンしていた理由だ。あそこまでは完全に酸素補給のない状況だったからね。節約してたわけだ。

 まぁ、そんな事しなくても十分な酸素はあったはずだけど、私は慎重にならずにはいられなかった。知っているんだ。私は酸素がなくなった時のあの恐怖と地獄を……。


「お前達も魔工芸師の端くれなら、こだわりの一つもあって魔工芸品を作成していると思う。でもな、これだけは忘れないでくれ。どんなに崇高なこだわりだとしても、人の命よりも重いこだわりなどないという事を……」


 生徒達がごくりと息を飲む。私の演技成分0の神妙な語りが彼らにプレッシャーを与えたようだ。


「シャボン玉内にできる小さな泡をどう思う。なぜ小悪魔が外側を叩いたら中にも泡ができるんだ? 演出的にそれはおかしいのではないか? と思った奴もいるんじゃないか?」


 即座に首を縦に振った一番奥の奴は放っておくとして、それを抜いてもそれなりの数の人数がウンウンと頷いている。そういう奴らにこそ私は伝えたい。伝えなければならない。


「お前達がそう思ったように、イグルーも同じ事を考えた。しかも奴は何をトチ狂ったのか、ボートが固定されているのもおかしいと思ったんだ」


 思い出したくない……思い出したくない。思い出したくない。でも、私は語らなければいけない。あの悪魔の所業を……。


「どうしてもそのこだわりを捨てられなかったイグルーは悪魔の実験を行う決断をした。被験者は私だ。実際にどういう事が起こったかというと──」


 私は長々と自分に身に降りかかった不幸を語り尽くす。


 要約すると、何も知らされずに乗ったテスト用の一人乗りボートが突然シャボン玉に包まれて、ステッキで打たれるたびにグルグルと回転するボートに私は必死で掴まりながら、消臭されないために次々と混合される甘ったるいニオイに気を失いそうになりながらも必死で耐える。それがボート内の酸素がなくなって中断されるまで続けられたというだけの話だ。


 シンプルだからこそどれだけ狂った実験を行われたかが、よーくわかった事だろう。しかも生還した私にかけた言葉が『ご苦労様。やっぱり安全策を考えるしかなさそうだね』だけよ。もう信じられないよ、あの魔工芸オタク!


 生徒達もさすがにこれにはビックリしたようで、全員がドン引きした表情でチラっとジュニアの方を振り向く。当の本人は寝たふりでごまかすばかり。ちょっとは反省しろ!


 ──その後もいくつか失敗談を披露したけど、いまだに小悪魔のバッティングリレーは終わる気配がない。

 小悪魔のステッキは私とジュニアで意見を出し合ったのだけど、二人とも自分の意見を引こうとせずに、結局出た案のほとんどを採用する事になった。その数なんと70……いやー失敗失敗。でもこれは先生の威厳に関わるので秘密にしておこう。でもどうしよう。さすがに勉強熱心な生徒達も飽きてきてるよ……。

 

 その時、小さな救いの手がそろーっと伸びてきた。


「あ、あのー。質問いいですか?」

「え、あ、うん。じゃあアエリオ君、質問どうぞ」


 やったーついに来たわ。いつか質問してくれるって信じていましたよ、アエリオ様。未来の師匠が率先して質問したのに、弟子候補の貴方がしないわけにはいかないもんね。

 さぁ、遠慮せずに何でも聞きたまえ。……私のわかる範囲で。


「えっと、説明書の仕様だとシャボン玉の強度はそれほど高くないと思うんですが、なぜここまで何度も強打されているのに割れないのでしょうか?」

 

 ……わかる。その理由、私知ってる。アエリオ、ナイス!


「良い質問だ。実はあのステッキは実際にシャボン玉を打っているわけではないんだ。ステッキとシャボン玉には相反するマナがそれぞれ混ぜられているので、接触する前に反発力で玉を飛ばしているのさ」


 私がそう言うと、アエリオは慌てて説明書を確認し始めた。


「──ほ、本当だ。説明書の仕様欄を見ると、たしかに反発する素材が使用されている……。完全に僕の見落としだ。つまらない質問すみません!」

「そんな事はない。きっと他にも見落としてた人はいるよ。とてもナイスな質問だった。これからもドシドシ質問なさい!」


 顔を赤らめて俯いてしまったアエリオに労いのグッドサインを送る。本当に悪くない質問だったよ。その証拠にナルホドっていう顔をしている人も少なくなかった。それに私は質問をしてくれたって事実がとっても嬉しいよっ!


「──お、ついに小悪魔達の悪戯から脱出できるぞ」


 最後の小悪魔はステッキではなくてフォークを持っていた。そのフォークでシャボン玉をチクリと刺すと、けたたましい破裂音ともにボートは解放され自由に航海を始めた。周囲の球体も光りを取り戻した。


 長すぎてウンザリしちゃったけど、質問もしてもらえて気分はウッキウキだ。よーし、ここからも失敗暴露しちゃうんだからね!


 小悪魔達から解放されたのと、アエリオから質問された嬉しさで舞い上がっていた私はまだ気付いていなかった。彼の質問以降、わずかにだが生徒達の目の色が変わった事を。


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