36.これが私の、私だけのナビゲート! ①
「ついにこの時が来た。あの大惨敗を果たした日から一週間、私はこの日をずっと待っていた。私は再び立つ、あの因縁めいた戦いの地へ。誓おう、今度こそ勝利をこの手に納める事を。さぁ共に行かん、リベンジという名の聖戦へ!」
──なんて感じにカッコよくキメてから出航してやろうと思ったのに……なんで……なんで……。
「何でどこにもいないのよ、バカジュニア!」
「モー」
牛さんしかいないロビーで怒声をあげる。虚しい。
これも全てジュニアのせいだ。朝起きて勝負服に着替えて意気揚々とロビーに行って朝食を食べた。そんな私に、アルバリオンが慌てた様子で『マスターがどこにもいないんだよぉ』と言ってきた。私とアルバリオンが、手分けして館中をくまなく探している間にお客様達が訪れてしまった。
なので、アルバリオンを受付に行かせて、私は捜索を続行した。そして結局見つからずにロビーに戻ってきて現在に至る。お客様の姿が見えないことから察するに、おそらくアルバリオン先導のもと、すでにボートで待機しているものと思われる。
こちらの準備は万全だ。私はいつでもナビゲートできる。お客様達もきっとすでにボートで真剣モードになって待っていてくれている。あとは出航だけなのに、あのボートには決定的に足りないものがある──
「ああもう、マジでどこにいったのよ。あのエンジン!」
「誰がエンジンだ。減給するぞ」
声がした方向に振り返ると、そこには館の扉から体を半分だけ覗かせているジュニアが立っていた。
「減給とか言ってる場合か! 一体どこに行って……え、アエリオ君?」
怒鳴りつけている最中に、扉からぴょっこと、もう一つ顔が姿を現わした。それは間違いなくアエリオだ。
「ど、どうも。おはようございます。ユイさん」
「お、おはよう、アエリオ君。えっと、何でここに?」
「俺が連れてきたんだよ。彼には君のナビゲートを見届ける必要があるからね」
アエリオに質問したのに、答えたのはジュニアだった。心なしか声がウキウキしている気がするのは気のせいだろうか。
「見届ける必要があるってどういう……あ、そうか。昨日の約束ですね」
「ああ、そうだ。君が提案したのに忘れてもらっては困るね」
えへへ、完全に忘れてた。昨日の夜、私がナビゲートが成功したらアエリオを弟子にしてくださいとお願いすると、ジュニアは私が完璧にやり遂げたら考えると言ってた。でもここに連れて来たということは、成功さえすればほぼ確定だと思っていいのではないだろうか。
「アエリオ、御代はいいから先にボートに行ってくれ。頼んだよ」
「はい、わかりました。ユイさん、頑張ってくださいね!」
「う、うん。頑張るね」
うぅ、プレッシャー……。
アエリオは私の前でペコリと頭を下げると、船着き場の方へと走っていった。手には鞄を大切そうに抱き抱えていた。
「さて、私たちも行きましょう。皆さん、お待ちですよ」
「ちょ、ちょっと待った」
アエリオの後を追いかけようとすると、ジュニアが慌てて私を呼び止める。何ですかと聞き返すと、「いいから、ちょっと座ってくれ」と促されたので、近くのタンポポ椅子に腰掛ける。
そして無言が続くこと数十秒後、
「よし、行こうか」
と、結局何もないままジュニアはそそくさと船着き場へと向かって行った。
……時間稼ぎが露骨すぎだっての。
船着き場に来た私は、一直線にお客様が待つボートへと乗り込む。うん、今日もガリ勉揃いね、結構、結構。お客様達の勉強するぜオーラがヒシヒシと伝わってくる。大惨敗した前回のナビゲートと同じで、就航前だというのに全員が手に持っている用紙の束に熱心にメモを取っている。ふふん、予想通りね。
前回との違いがあるとすれば、お客様の中にアエリオという知り合いが混ざっているのと、最後尾の木製の席には女性の代わりにジュニアが座っている事だ。彼が普段ボートに添乗することはないのだが、今回は私が無理を言って乗ってもらう事にしたんだ。ふふふ……準備は完了。さぁ、始めましょうか!
「皆様、おはようございます! 本日は我がマジックルーズにご乗船いただき誠にありがとうございます! ナビゲーターの八代結衣です!」
笑いを取るのはやめたけど、元気を無くすとは一言も言っていない。私は元気ハツラツで挨拶をした。
でもマジックルーズと言う時だけは、無心で棒読みをした。それがマジックルーズの意味をお客様に知られないようにするというのが、その名前を続投するためにジュニアに提示された条件なのだ。チラッとジュニアの方を見たが、特に怒っている様子はない。どうやらセーフのようだ。
次にお客様達の様子を確認する。うん、皆様ご熱心に用紙と睨めっこをしている。アエリオぐらいはちょっとぐらい反応してくれるかと思ったけど、彼もまた私の事なんでガン無視で熱心に睨めっこをしている。
これはもう長々と前口上を並べても効果は無さそうだ。とっとと、始めましょうか。
「それでは皆様、今回このボートが進むべき舞台は──上をご覧ください!」
私が天高く右手人差し指を振り上げると、ボートの頭上にどこからともなく翼の生えたリアルな8匹の豚さんが飛んできて綺麗な円を描く。この豚さん達は研究室で私が泣かせた豚さんと同型だ。
皆さん、口にも表情にも出さないが、『またリアルな魔工芸か……』と思っているお客様はいると思う。でもそれは違う。誤解なの。お姉さんが今からそれを証明してあげる。
「開け、天界への門! メタモルフォーゼ!」
掲げている右手で指パッチンをすると、豚さん達が一斉に強力な光を放って自分達の姿を隠す。次第にその光が衰えていくと──そこから現れたのは金色のラッパをもったメルヘンチック全開な可愛くデフォルメされた8匹の天使だった。
「皆様、ご覧ください。8匹の豚が天使へと変貌を遂げました。これは可変式の骨組みと、魔粘土で形成された外殻を、変形命令文を刻み込んだ起動用コアを介して──」
普段ならテンション高めに大袈裟なリアクションで笑いの一つでも狙いに行くのだけど、今回はそれはしない。代わりに私は、あれほど嫌っていた淡々としたつまらない説明を自らの意志で垂れ流す。本当はこんなの嫌だけど……我慢だ……我慢……このために必死で覚えたんだから……。
私が必死に耐えながら説明をしていると、8匹の天使達はラッパを吹きながらぐるぐると描いた円に沿ってぐるぐると回り始めた。すると、しばらくして、空に大きな裂け目が突如姿を現す。そう、あれが今回の舞台であるジュニアの魔法次元空間への入り口なのである。
「本船は只今より、あの次元の狭間へと突入を開始致します。皆様、安全のために何かにお掴まりください」
私が注意を促し終えると同時に、ボートを物音一つ起こさず静かに上昇を始め、何の躊躇もなく魔法次元空間へと進入する。そんな私達を待ち受けていたのは空間内に無数に点在する光の球だった。その光はどれも淡く美しく、自分は星の海に迷いこんでしまったのではないかという錯覚を起こさせる。
魔法次元空間はジュニアが言うには、魔法分野で上位と認められた者だけが使える大魔法らしいので、ここにいるお客様のおそらく全員は、この空間に入るのは初めての体験だろうし、憧れを持っていたことだろう。その証拠に彼らは揃って感嘆の溜息をついている。
ふん、こんな事ぐらいで感動してたら身が持たないわよ。今から、私は貴方達の知的好奇心をくすぐりまくるナビゲートをしてやるんだから。
次の説明すべき魔工芸が出現するまでそれほど時間もないし、そろそろ一発かましてやりますか。心して聞きなさい。これが私の、私なりのナビゲートだ!
すぅぅぅぅぅぅぅ────
「こんなつまらないナビゲートやってられるかああああああ!」
腹のそこから声を捻り出す。更に追撃で──
「よく聞け、お前達! さっきの豚どもは醜い変身シーンを隠すために光の精霊のマナを使用して発光させていたが、最初は費用を抑えるために、圧倒的に安価な雷光の粉ですませようとした。その結果、あの豚は無惨に爆発して骨組みから何から何までグロテスクに飛び散った! 雷光の粉は分量を間違えたら次元の狭間が開いてしまう程の爆発を起こす危険な代物だ。いいか、どんなに予算がきつくても絶対にここだけはケチるな。わかったか!」
乱暴な口調と女番長のような声色で、ジュニアの失敗談を声を荒らげて暴露してやった。




