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34.朝起きたら裂け目がありました。

 色鮮やかな世界で少女が踊り続けている。

 

 そこには彼女一人しか存在しない。

 それでも踊り続ける。笑顔を絶やさず踊り続ける。


 やがて少女の周りには、人が1人、2人、3人と集まってくる。彼女の笑顔と踊りにつられて、人がどんどん集まってくる。


 少女は探す。踊り続けながら、笑顔を絶やさずに探し続ける。人ゴミの中を探し続ける。彼女の世界に輝きをくれた、あの少年を。


 でも見つけることはできない。でも絶対に諦めない。踊りも笑顔も絶対にやめない。その日がくるまでは──。





「……また夢見てたのか私」

 

 夢を見ていた。忘れているだけかもしれないけど、私は普段からそんなに夢をみる方ではない。こちらの世界にきてからよく夢を見る。しかも何故かその夢は全て時系列にそって続き物になっている。何やらご都合主義のニオイがするのは気のせいなのだろうか。

 ニオイといえば、妙に牛臭い……って、隣にいるじゃない。


「モー」

「お、おはよう牛さん……」

  

 私はどうやらロビーの牛さんスペースにある藁の上で眠っていたみたいだ。


 ……あ、思い出した。トムスーザンに地獄の無言3時間耐久相風呂を強要された私は、フラフラになりながらロビーにたどり着いた。

 そこで無性に水分が欲しくて仕方がなかったので、無断で牛さんから牛乳を拝借しようと牛さんスペースに侵入した。そしてこの藁が予想外に気持ちよかったのでそのまま寝てしまったんだ。


「────んん、あれは一体……」


 もしかしたら私はまだ夢を見ているのかもしれない。ロビーの中央付近にありえない物が見える。あれは……裂け目? 何もない空間にカッターで切り裂いたような裂け目が開いている。

 うん、これは間違いなく夢だろう。だったら近付いても問題ないよね。私は無警戒にその裂け目の前まで移動した。


「やぁ、おはよう。藁の寝心地はどうだった?」

「おはようございます。意外とフカフカでした」


 裂け目からぴょこっと顔だけを覗かせたジュニアに挨拶を返す。…………は?


「お、お、親方さまああああああ、裂け目からジュニアがあああああ!?」


 私は全力で後ろに飛び退く。バランスを崩して着地に失敗して、後頭部から近くにあったタンポポ椅子に突っ込む。抜群のクッション性としなる茎がバネとなり、私は反動で飛ばされ、半回転して顔から床に突っ込んだ。

 いたたた……え、痛い?


「朝から騒々しいな。笑いを取るナビゲートはやめたんじゃなかったのかい?」

「別にナビゲートの練習をしているわけではありません。それよりも、これって夢ですよね?」


 頭だけではなく、裂け目からジュニアの全身がスゥっと姿を現す。


「なんだ、まだ寝ぼけてるのか? 眠気覚ましにトムスーザンでも連れてきてあげようか?」


 両手をクロスさせてバツマークをつくり、声を張り上げて「ご遠慮!」と叫ぶ。


「夢じゃないっていうなら、あの裂け目は何なのよ」

「何って次元の狭間だけど?」

「……ワンモアプリーズ」

「次元の狭間」


 ワッツ!? ジゲンノハザーマ!? 

 も、もしかして、あれに入れば日本に帰れる!?

 そう頭で考えるよりも早く、すでに私の体は動き出していた。


「いざ、マイワールドへ!」


 ──ピタッ。鼻先が裂け目に接触する寸前で思いとどまる。

 落ち着け、さすがにこれは先走っていいやつじゃない。もし別の異世界にでもつながっていたら洒落にならないわよ。そこにナビゲートできるようなアトラクションがなかったら人生チェックメイトだ。


「あのぅ、ジュニアさん。つかぬ事をお伺いしますが、この狭間はどこに繋がっているのです?」


 裂け目と睨めっこしたまま、ジュニアに質問をした。

 ……ん? 背中を触られた?


「入ってみればわかるよ」

「え──」


 突然、視界が真っ暗になる。少し遅れて浮遊感──というよりは水中に潜っているような感覚が全身を襲う。でも水中とは違って抵抗なく軽々と腕を動かせる。宇宙空間ってこんな感じなのかな。


「ん? 宇宙? ──い、息があああああ……」「できるでしょ」


 ──あ、できる。

 声のした方向を向くとジュニアがぷかぷかと浮いていた。真っ暗なのに何故か姿がはっきりと確認できる。 


「ちょっと、ここは一体どこなのよ。ていうか、背中押したでしょ!」

「急にタックルしてくる奴がそれぐらいで文句を言うなよ」


 正論すぎて何も言い返せない。


「ここは俺専用の魔法次元空間だよ」

「魔法次元空間……?」

「その名の通り、次元の狭間内に俺にしか入り口の開けれない固定化された空間を作っておいて、いつでも呼び出せるようにする魔技術が魔法次元空間だ。俺のような上位の魔分野に携わる者にしか使用許可の降りてない大魔法の一つだ」


 ほほう、とても魔法らしい魔法で良いと思います。……いや、良くない。


「次元の狭間の中って事は、もし他の異世界からも次元の狭間が開かれたら、私達はその異世界に吸い込まれてしまうかもしれないって事ですか!? 冗談じゃない、早く出ないと!」

「それはないから安心してくれ。俺専用の空間だと言っただろ。ちゃんとした手順を踏んで作られた裂け目以外から侵入するのは不可能だよ」

「何故そんな事が言いきれるんですか!」

「君の世界ではどうか知らないけど、こちらではちょっとした事故で次元の狭間ができる事なんてのは、そこまで珍しい事じゃないんだよ」

 

 何て物騒な世界なのよ……。

 でもよく考えたら粉の分量を間違えたぐらいで簡単にできちゃうぐらいなんだから、そりゃ日常茶飯事でも不思議じゃないよね……。


「できてしまうものは仕方ない。それなら利用しようじゃないかって事で何世代にも渡って研究が続けられた結果、完成したのがこの魔法次元空間って魔法なわけだ」

「ほう、それは素晴らしいですね。で? 安全だと言いきれる理由は?」

「俺は先代達が本気で研究してきた成果を信じてる。それだけだ」

「理由になってない!?」

「うるさいなぁ、俺だってその研究は専門分野じゃないんだよ。時間がないんだから、細かい話はまた今度ね」


 そう言ってジュニアは私の腕を強引に掴む。


「ちょっと話して──ひゃあ!?」


 飛んでる。次元空間なる場所で、私はジュニアに引っ張られる形で飛んでいる。遅すぎず、早すぎず、適度なスピードで風が気持ちいい。でも残念なのは風でしか飛んでいるという実感が得られないという事。


「何もなくてつまらない所ですね」

「そんな事ないよ──ほら、見えてきた」

 

 ジュニアの言うとおり、僅かにだけど前方にぽつぽつと光が見える。進めば進むほど、その光は強く大きくなっていき、数もどんどん増えていく。更に近付くと、光以外の動く物体のシルエットが確認できた。その数秒後にはシルエットの正体が露わになり──


「ト……トム……トムスーザンがいっぱいる…………」

「しっかりしろ、あれはトムスーザンじゃないよ」


 ──ハッ!

 いかんいかん、昨日の地獄がフラッシュバックされて気絶するところだった。


「大丈夫か? 白目剥いてたけど……そこまでトムスーザンに酷い事されたの?」

「いえ、ただ無言で一緒にお風呂に入ってただけなのでご心配なく」

「なんだ、天国じゃないか」


 そういう事は3時間入ってから言っていただきたい。まぁリアル天国になら何度か逝きかけましたが。


「それより、このガイコツさん達は何をしているんですか? 何かを作っている?」


 光を放つ球体がいくつも浮遊している空間で、軽く30人以上はいるであろうガイコツが、皆忙しそうに広大な空間を泳ぐようにしてせわしなく動き回っている。

 ある者はノコギリで木材をギコギコし、ある者は針と糸で布を縫い合わせ、ある者は粘土をコネコネしている等々、皆が皆、それぞれの作業を分担して何かを協力して作っているように見える。


「このガイコツ達には魔工芸品の骨組みを作ってもらっているんだ。ちなみに、今使っている船もここで造ったんだよ」

「え、魔工芸って全部魔法で作るんじゃないんですか?」

「魔法で作っているじゃないか。ここのガイコツは全員、俺の魔力で動かしているのだから」


 なるほど。……なるほど? 納得しちゃっていいのだろうか。魔力で動いてるからといって、日曜大工品で作業しているガイコツを魔法と認めてもいいものだろうか。うーむ……。


「冗談だよ、冗談。そんなに真剣に悩みなさんな。もちろん一から魔技術だけで作る場合もあるけど、骨組みを魔法で整形したり特殊能力を付加するのが一般的な作り方だよ。この方法だと骨組みさえしっかりしていれば、外見を変化させる事も比較的簡単にできるからね」

「へぇ、じゃあ──」

「嫌だ。一回発表した展示品の仕様を途中で変更する気はないし、魔力がもったいない」


 ぶー、まだ何も言ってないのにぃ。このエスパーマフィア!


「ここで作られた骨組みはあそこから俺の研究室に持ち運ばれて、俺が仕上げをするんだ」


 ジュニアが指をさした先には先程と同じ裂け目があった。そこまで連れていってもらって覗き込んでみると、裂け目の先は、間違いなく2度程お邪魔した研究室だ。その証拠に部屋の入り口の側には──。


「ト……トムスーザンがいる…………」

「どれだけトラウマなんだよ……。おーい、トム。悪いけどこれからは男風呂で待機してくれな」


 ジュニアが裂け目に顔を覗かせながら命令すると、研究所から「御意」という声が聞こえてくる。おそるおそるもう一度覗いてみると、すでにトムスーザンの姿はなかった。今日から毎日24時間風呂に入り続けるのだろうか……。


「まぁ、大まかな魔工芸作成の手順はそんなところかな。細かい部分はまた追々説明するけど、質問とかある?」

「えーと、要するに作業はここと研究室の2カ所でするって事ですよね?」


 ジュニアはこくりと頷いた。


「じゃあ私がジュニアさんの魔工芸を学ぼうとする場合、どちらにいるのがいいんでしょうか」

「どちらがと言われても、基本的には俺が研究室で行う行程の方が大事だけど、骨組みの構造を把握していないと理解できない物もあるし……まぁ、そこは臨機応変に頼むよ」


 うーん、大変そうだけど頑張るしかないよね。


「あと、ここのガイコツには今回作る魔工芸品に関する俺の記憶と情報が全て魔力にのせて伝わるようにしているから、わからない事があればこいつらに聞くといい」

「何でも? 本当に何でも?」

「うん、作成する魔工芸関連だけだけどね……何か企んでる?」

「イエイエ、ナニモタクランデマセン」


 ぐへへ、これは良い事を聞いたぞ。


「……怪しいけど、まあいいや。他には質問ない?」

「あ、最後にもう一つだけ。これはちょっと魔工芸とは関係なくなっちゃうんですけど……」

「いいよ、言ってみなよ」

「ジュニアさんのガイコツって喋れますよね。それだったら人に声なんて借りなくても、彼らにナビしてもらえばいいんじゃないんですか?」

「ああ……それは一応できるんだけどさ……ほらあれだよ、俺の作ったガイコツってさ……何故か喋り方が……独特になるんだよ……」


 あぁ、納得。

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