31.帰りの馬車にて ②
「──よくもまぁ、そこまで余計な話をしてくれたもんだね」
「いやでもほら、私はとても感動しましたよ。おかげで私のジュニアさんへの好感度はウナギ昇りですよ。今なら抱きしめながら頭ナデナデもしてあげます」
私が再びジュニアを抱きしめようとすると、
「遠慮する。僕は君なんかに同情されるほど自分が辛い人生を送っているとは思っていない」
と頭を片手で抑えられて拒否された。
「同情なんかじゃないですよ。私は本気でジュニアさんの生き様がカッコイイと思うし尊敬しているのですよ」
「カッコイイ? 可愛いの間違いなんじゃないの? 君は僕が8歳だって事を知って急に子供扱いをし始めたんだろ」
ギクッ!
「そうでもないと、君が自分の方から男性を抱きしめるなんて事できないよ」
ドキッ!
「そ、そんな事はないですー。私はどんな男性でもほいほい抱いちゃう女ですー」
「挑発されたからってその返しはドン引きだよ。そういう事はせめて処女を捨ててから言いたまえ」
ずがーん! ……って、おい。
「ちょっと! 今のはセクハラですよ!」
「俺は8歳の子供なんだろ。子供の無邪気な発言ぐらい笑って許しなよ」
「おっと、そうはいきませんよ。ジュニアさんは確かに年齢的には子供かもしれないけど、精神年齢は私より遙かに上なのですよ。だからダメです!」
ふふん、どうだまいったか。
「君はそういう事を胸を張って言ってて悲しくならないのかい?」
なってる。だから聞かないで。
「夫婦喧嘩してるところ悪いんだけど、町に着いたよ」
「「夫婦じゃない!」」
不毛な争いは馬車内に顔を覗かせた御者のおじいさんへのダブルツッコミをもって終戦となった。いつの間にか馬車はルーザヌの町の馬車乗り場へと辿り着いていた。
「──じゃあ俺はアエリオを家まで連れていくから、君はそこでゆっくりと休んでてくれ」
「了解。いってらっしゃーい」
熟睡しているアエリオを起こすのは可哀想なので、家までジュニアがおぶっていく事になった。私はそれを見送って再び馬車内の椅子に腰掛ける。御者のおじいさんもいつの間にか居なくなっていたので、現在私は独りぼっちでお留守番中だ。
「────ぷはぁ!」
あー辛かった。無理に明るく振る舞うのも中々体力を使うものね……。ジュニアは私が彼に抱きつくのは自分を子供扱いしているからと言っていたけど、それは半分アタリで半分ハズレといった感じかな。たしかに辛い過去があっても頑張っている年下を褒めるという意味が多いに込められていたのは認める。大森林の中では特にそうだった。
だけど真の目的は本心を隠す事。もうナビゲーターをする自信が無いというのをジュニアに知られたくなかったからだ。だから執拗に抱きしめようとしたり明るく振る舞ったりした。でも至近距離で面と向かうと簡単に見透かされそうな気がしたから、馬車内に入ってからは隅っこで丸まってやり過ごそうとした。なのにジュニアが妨害してきたので、無理にでも更に明るく振る舞い続けるしかなかったの。ちゃんと呼吸していたのに息苦しくて仕方なかった。窒息する前に町に着いてよかったよ……。
「これからどうしようかな……」
いくら誤魔化してもいつかはバレてしまうだろう。その時、私は完全にジュニアの声を代弁するマネキン人形となるだろう。それは嫌だ。たしかにもう自信は無い。でもだからといってそう簡単にナビゲーターを諦めるなんて、そんなのできないよ……したらダメなんだ……諦めたら二度とあの人に会えない気がするから…………。
「どうした、今にも泣きそう顔をして。辛いことでもあったのかい?」
「──っ!?」
突然スゥーっと登場した御者のおじいさんに驚いた私は、馬車の隅っこまで身を引いた。というよりも最初から隅っこだった。おじいさんに指摘されて初めて自分の目が潤んできている事に気付く。私は目を閉じて上を向き、ぎゅーっと力を込めて涙を戻し戻しする──からの笑顔でVサイン。
「全然泣きそうじゃないですよ。私は元気いっぱいですっ」
「うーん、あまりそうは見えないけど。まぁいいや、これでも飲んで落ち着きな」
おじいさんは私の隣に座ると、木製のコップを手渡してきたので、私はそれを素直に受け取る。中身はホットミルクだった。一口飲むだけで、深くて優しい味わいが疲れきった私の全身にぶわぁっと広がっていく。
「ふぃー、ほっこりするぅ。これってもしかしてジュニ……イグルーさんの牛さんの牛乳ですか?」
「ああ、さっきお裾分けしてもらったんだ。あの牛の牛乳は本当に素晴らしい。おかげでイグルーさんの声も大分マシになった」
「イグルーさんの声がマシにって魔法焼けがって事ですか? この牛乳で?」
ジュニアが牛を飼っているのはノドのケアのため。私はふとアルバリオンがそう言っていたのを思い出した。
「うん、そうだよ。牛乳を飲むとノドにできる粘膜が魔法焼けに効くのさ」
「へぇ、おじいさん詳しいんですね。魔法焼けって有名な症状なんですか?」
「いや、魔法分野に携わる者なら当然知ってるだろうけど一般的にはマイナーだろうな。とても希な症状だから」
「ふむ。という事はおじいさんは元魔工芸師?」
私がそう聞くと、おじいさんの顔に陰りが見えた。
「そうだ。ワシは1年前まで魔工芸師だった。そして……イグルーさんを今の状況に陥れてしまった張本人でもある」
「え……ええええええええええ!?」
「お、おい。大丈夫か?」
私は驚きのあまり椅子からずり落ちてお尻を強打した。でも痛みは感じなかった。それよりもおじいさんのカミングアウトが衝撃すぎたから。
「おじいさんが観光客に絡まれた中年の魔工芸師……?」
「うむ。ワシなんかのために人生を狂わせてしまって本当に悪い事をしたと思ってる。しかもワシはその後一気に老化が始まって結局半年たらずで引退してしまって……せめてもの罪滅ぼしに御者をやらせてもらっているが、この程度じゃとても償いきれん……」
おじいさんは自分の不甲斐なさを恨むようにきゅっと唇を噛みしめる。両手を血が出そうなほど握りしめ、上半身がわなわなと小刻みに震えている。
「悪いのは観光客であって、おじいさんは決して悪くないよ。だから自分を責めないで……」
アエリオが言っていた。この世界の住人は人生の終盤における老化が早いと。おじいさんはその時が来るまで諦めずに必死であがいたんだ。そんな彼を責める権利なんて誰にもないはずだ。あってはならないんだ……!
「ありがとう、姉ちゃんは優しいな。君みたいな女性がイグルーさんの傍にいてくれたら、ワシも安心して死ねるってもんだ」
「そんな事言わないでくださいよ! おじいさんは──」
まだまだ長生きできますよ。と言いかけた寸前で私は思いとどまった。そんな無責任な事を言っていいはずがない。それに私は一度言ってしまっているんだ。今考えれば無責任を通り越してあまりにも愚かで浅はかで残酷な言葉をこの人に言ってしまっているんだ……。
「ごめんなさい!」
深く頭を下げる。
「んん? 何故謝るんだ?」
「私、実は異世界から来たんです。それでこの世界の人達が短命なのを知らなくて、お昼に会った時にとんでもなく失礼な事を言ってしまいました……」
私は椅子から立ち上がり、床に正座をする。そして両手をついて──
「本当にすみませんでした!」
土下座。
「……わははははは!」
おじいさんは私が今できる精一杯の誠意を豪快に笑いとばした。
「そんなのもう気にしてないから顔をあげてくれよ。それに姉ちゃんが異世界から来た事は大森林に向かう途中で聞いてたから知ってるよ。あとワシの前でもジュニアさんでいいよ」
「あ、そうなんですか。イグ……ジュニアさんがそんな事を……」
ゆっくりと顔を上げておそるおそる、おじいさんの顔色を窺う。とても優しい表情をしていた。
「そりゃあ、昼間にちょっと話してあと20か30年は生きられるって励まされた時は変な子だなとは思ったけど、イグルーさんから事情を聞いて納得したよ。そんな見た目をしているのに実は19歳なんだって? 長生きでうらやましいよ」
おじいさんが喋り終わったと同時に私は勢いよく立ち上がって口を開く。
「私の歳まで聞いちゃったんですか!? ええい、ジュニアめ。乙女の年齢を勝手にバラすとは許すまじ!」
大袈裟に怒りを露わにしてみたけど、実際はそんなに怒ってなかったりする。長生きがうらやましいと言われてどう反応すればいいかわからなかったので、咄嗟にジュニアをダシにして誤魔化してしまった。
「まぁまぁ、そう怒りなさんな。イグルーさんは君の事を自慢したいだけなんだよ」
……自慢って何を? 我が家には異世界人がいます的な?
その言葉の真意がよく掴めず、私は眉をひそめて首を傾げる。
「彼は嬉しそうに話をしてくれたよ。魔工芸師以外であんなに情熱と本気をぶつけてきた奴は初めてだって。しかもあいつは自分の名を売るためではなくて、俺の魔工芸をもっとキラキラと輝かせようと必死なんだって。馬鹿馬鹿しいけど、本当にそんな事ができるなら是非やって見せて欲しいってさ。姉ちゃんはとても期待されてるんだな」
……ま、まさかのそっち!?
「またまた、ご冗談を。私はジュニアさんに愛想つかされてお使い係にされた身ですよ。期待されてるわけないじゃないですか」
「いやいや、それは君の勘違いだよ。今回のお使いは純粋に社会見学が目的だったと思うよ」
「適当な事言わないでください。何故おじいさんにそんな事わかるんですか」
……むむ、おじいさんが不敵な笑みを浮かべている。まさか証拠があるわけじゃないよ……ね?
「あまり喋りすぎるのもあれかと思ったんだけど、信用してもらえないなら続きを話すしかないな」
ま、待ちなさい! それ以上は戦争になるわよ。町が火の海に飲み込まれてもいいというの!?
そんな心の中での必死な警告が伝わるわけもなく、おじいさんは楽しげに続きを話し始める。
「イグルーさんが言うには、姉ちゃんはまだこの世界の事が理解できていないせいで、的確な方法がわからずに目的までも勘違いしている状態なんだって。でも彼は信じてる。いつかその方法を見つけだして自分の魔工芸を輝かせてくれるって。それまで君は絶対に諦めたりしないって」
──か……か……かかか……
「だからその日が来るまで俺はあいつを見守るんだって言ってたよ。出会って数日でイグルーさんにそこまで言わせるなんて、姉ちゃんも隅におけないねぇ。隅っこに座ってたけどね」
火事だああああ、私の顔が大火事だあああああ!
おじいさんの寒い一言がなかったら全身燃えてたあああああああ!
今すぐ町の外の川に飛び込みにいきたかったが、こんな状態で馬車から出て草原にでも引火したら大変だ。仕方ないので私は応急処置的に両手を団扇代わりにして音速で扇ぐ。今、私の手はあまりに速すぎて千住観音のようになっていることだろう。そんな緊急事態の傍ら、おじいさんは暢気に朗らかな笑みを浮かべて私の滑稽な姿を観察していた。
「いいねぇ、青春ってやつだ。まぁそんなわけで、姉ちゃんはまだまだこれからなんだ。だからあんまり落ち込まないでチャレンジあるのみだよ」
じゃあワシはイグルーさんが帰ってくるまで馬に餌でもやっとくよと、おじいさんは私の心をかき乱すだけかき乱して馬車から出て行った。それを確認した私は、更に顔を左右に高速で振る動作も取り入れ、全力で消火活動にあたった。鷹さん、もし近くにいたら私の顔にどうかフンを落としてください。




